第七話:才能もあった、地位もあった。だが、無慈悲が足りなかった。
「モンスターかっ!」
「あ、ガルとネクリアおねーさんだ!」
少女様を背に乗せ、外壁まで辿り着いた時に少女から声をかけられた。見も知らぬ鬼気を放つ黒い騎士に手を引かれながらではあるのだが。
視線を外す事が出来ない。
「ガルルァ、ガルァ!グゥ……グルゥル」(ネクリア様、あの男は、危険です。一先ず降りてください。私がアレを引きつけます)
一目で理解する。アレは少女を乗せたまま戦える相手ではない。そして、腰に差してある鈍色の銃器。背を見せるのも危険だった。少女に射線が通らないよう、前に歩みでる。
「もうこんな所にまで帝国兵が入り込んだのかっ」
黒騎士は既に臨戦態勢となり、美麗な装飾の施された剣を引き抜いていた。
装備の質はこれまで直接相対した人間の中では最も優れている。その佇まいには一片の隙すらも見当たらない程、凛としていて凪いでいる。紛れもなく強者。魔族国で見かけた女騎士を遥かに上回る実力の持ち主だ。
「ネクリアだと? あの子が……」
黒騎士が少女に目を向けた瞬間、銃声が鳴る。次の瞬間には少女の眉間から血飛沫が散った。
「あ……れ……?」
「え?」
少女は倒れ伏す。
それはあまりにも突然で、突拍子もなく起こった。その場に居た者は皆、凍り付いていた。
「よくやったぞヴァイス。大魔公を見つけるとは大手柄だったぞ」
「これでさっきまでの件は隊長には報告しないでおいてやる。そこの淫魔、動くなよ。さもなくばそこのガキと同じ目に遭わせてやる」
物陰から現れた黒いサーコートを着込んだ者達が二人、片方の手に持っている銃器からは煙が立ち上っていた。
「あっ……?ああっ……? 何なんだ……コレは……」
既に果てた少女を見て、呆然としている黒騎士。サーコートの兵士達は銃口を私と少女に向ける。
……縁のある者を、殺された。
この感覚、かつての記憶で覚えがあった。私が俺であり、魂の根源に宿る感情。それは憎悪。
「グルアアアアアッ!」
敵は殺す。肉片一つ残さず、噛み殺してくれる。
「うわ、ゾンヲリ!」
「うおっ化物が! 撃てっ!」
鳴るのは銃声。弾丸が胴体にめり込んだ。
だが、それがどうした。大地に四つ足をめり込ませる程に力を入れ、跳ぶ。勢いに任せて狙うのは銃を構えた愚者の首筋だ。
「ガルァアアアッ!」
「クソ、止まらん」
空中でもう一発の弾丸を腹部に受け、内臓にめり込んだ。
しかし、その程度では死者である俺は殺せない。所詮は弱者を遠巻きに殺傷するための武器にすぎないソレで、戦いに身を置いた愚を知るがいい。
「ヒィ、アッ」「グルァッ」
重力加速の勢いと体重に任せ、黒いサーコートの頭から上を口に咥えた大剣で切り落とす。
膝を着き、血を洪水の如く垂れ流す倒れる首なしの死体。それはもはやゾンビにも使えない塵だ。
「おい、ヴァイス。いつまで呆けているつもりだ。さっさと戦え!」
「……分かった」
正気を取り戻した黒騎士が剣を構える。こうなる前までには二人殺しきっておきたかった。
「氷精よ我が剣に集いて彼の敵を討つ冷厳なる刃と成せ。【グリムコルドエッジ】」
黒騎士の周囲は青白く光る氷粒の浮かぶ空間と成り、それはやがて刀身の元へと収束し、青白く輝く氷剣を形作った。美しい装飾の施された剣は、さらに美麗に、そして鋭利になっていた。
それは魔法剣。
魔法の知識と戦士の才に優れる限られた者だけが扱える戦技だ。
「グル……」
戦を知らぬ者であれば見惚れてしまう程に、剣を中段に構えた黒騎士には一片の隙も見当たらない。
だが、迷いが見えた。
「ヴァイス、お前が戦え、俺は大魔公を無力化する」
「……分かった」
一拍置くと、黒騎士は地面を蹴り、電光石火の如く肉薄してくる。繰り出される刺突。それを横に飛んで距離をとって避ける。辛うじて躱す事ができた。
「遅い」
黒騎士は間髪入れずに空間を縦に切り裂くと、剣先から氷礫が幾度となく射出される。
「ガアアッ」
次々と肉にめり込んでくる感覚が全身を巡った。
避け損ねた礫は楔となり、動きを鈍らせる。そう何度も食らえる攻撃でもない。
「どうした。逃げるだけか。化物」
一合、それだけで隔絶とした実力差がある事を実感する。勝てない。ただ、それだけは理解した。
「さぁ、大魔公、おとしなくこっちに来い」
「うわあっ来るな! 馬鹿!」
少女はぱたぱたと羽根をはためかせながら逃走を図る。
「チッなら一本足をやっておくか」
銃声が鳴る。
「うわっ痛っ……助けて、ゾンヲリ」
掠めただけとはいえ、少女の膝から血が滲んでいた。足を引きずりながらも逃げようとする少女。弾を再び装填している黒いサーコートの男。不味い。
「どこを見ている」
黒騎士の気配はすぐ近くまで迫っていた。
「ガルルァッ」
背後から繰り出された刺突が、後ろ片足に突き立つ。痛みはそれ程ない。一瞬で凍り、使い物にならなくなったのだ。
……足一つ程度ならくれてやる。
「なっ!? どこに行く」
俺は残された三つ足で跳んだ。
「オラ、大人しくしろ」
再び少女の足元に銃口を向け、銃声が鳴る。
「うわああああっ」
次に来るであろう痛みに備えて少女は叫んだ。少女を叫ばせてしまったのは、激情に駆られて定められた本来の義務を放棄してしまったせいだ。
「あれ? ゾンヲリ!」
少女と黒いサーコートの男の間に割って入り、弾丸を胴体で受け止める。
「グルルァ、グル」(ネクリア様、大丈夫ですか)
「クソッ」
ガチャガチャと銃に弾丸を再装填しようとする黒いサーコートの男。飛び道具に頼り、研鑽を積む事を怠った愚か者。少女に傷を付けた罪を、死を以て償え。
「ガアアアアッ」
「うわああああっ」
首を刎ね飛ばす。一撃で切り殺すならばこれが一番だった。ようやく二人殺した。だが、後一人は先ほどの二体を殺すようには上手くはやれない。
足も一本使い物にならなくなった。逃走する事もできない。
「ゾンヲリ……お前、大丈夫か」
「ガルルァ、ガル、グルゥ……」(ネクリア様、私は大丈夫です。ですが、次の相手はそうもいきません。私が時間を稼ぎますのでお逃げください)
「なら、私の身体を使え、それなら」
首を横に振って応える。
「ガルア、グル、グルゥ」(無理です。それでも勝てません。急いで逃げてください)
「そんなの駄目だ!」
少女も首を大げさに横に振って見せる。
その間、黒騎士は剣を構えたまま、動かなかった。ただ、じっとこちらを見続けている。仮面の裏に隠れた表情を窺い知る事は出来ない。
「ガル、グルゥ」(……分かりました。では私が討たれた場合は、逃げてください)
「そんな弱気でどうするんだ。勝てよゾンヲリ」
「ガル」
少女に捧げるのは勝利のみ。格上の存在を前にしても、それを遂行しろと少女は言う。
到底無茶な話だった。だが、少女が望むであれば、私はやる。
「グルァ」
突進を仕掛けるために自由な脚の筋力を収縮させる。それに対応して黒騎士は無言で剣を上段に構えた。私の急所である頭を一撃で切り落とす算段なのだろう。だが、それはこちらとて同じ事。
死ぬ前に捨て身の一撃を食らわせて活路を開く、多少手傷を負わせれば少女が逃げる隙を作る事が出来る。
「……」
黒騎士は黙して語らない。だが、何故か隙だらけだった。
私はその隙を見逃さなかった。
「グルァ!」
全速力の突進で黒騎士へ肉薄し、喉元を大剣で貫く。回避はされなかった。攻撃もされなかった。黒騎士は抜け殻のように力無く崩れ落ち、驚く程に呆気なく、死んだ。
彼には剣の才能もあった。優秀な装備もあった。魔法の才能すらも持っていた。だが、致命的な程に、戦士に向いてない人間だったのだろう。
今の一合で私に分かったのは、それだけだった。
ヴァイス君には金も名誉も才能もあった。
だが、そのせいで立場と責任に縛られ続ける事になる。
無慈悲に敵を切り殺せないあまりに死んでしまったのだ。
設定補足
【グリムコルドエッジ】
所謂魔法剣。英語で言うとアイスブランド。
【冷厳なる氷葬刃】と書いてグリムコルドエッジだ!
グリムガルドっぽくて強い。
剣先から何か白っぽいのを飛ばしたりできるようになる。
刺さると相手に凍結状態異常と凍結ダメージを付与。
元ネタの方の氷属性は不遇だけど、この作品では氷属性を若干優遇してます。