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第五十六話:ワースト


 あれから、アメミヤを始めとした素質ある人材を手当たり次第"本気"で収集し、本気の"訓練"を施し、己の手足となって自在に動く"兵団"を築き上げた。


「武器は集めた。兵も集めた。策も練り、力も得た。ククッ、本気で成そうと思えば成せるものだな」


 この己の両手の指にはめられた指輪はどれも自身の能力を向上(ドーピング)させるものだ。これには代償や呪いは付き物だが、本気で慣れようと思えば"慣れる"ものだ。


 さらに自身の魔力を向上させるために、アルティマイト結晶体を自身の心臓に4度埋め込み、魔力感応性の高く強度も誇るオリハルコンの義骨で己の軟弱な骨を全て取り換え、肉体強度を高めるためにアダマンタイトの義手と義足で惰弱な両手両足も換装した。


 この肉体の換装手術に関しては吸血鬼の再生能力があれど命に関わる程の大手術が必要になった。特に心臓にアルティマイト結晶体を埋め込む工程では拒絶反応で三日三晩激痛で立つことさえもままならぬ状態となっていたが、気合で何とかした。


「ククッ、旧人類風に言うならば、さしずめサイボーグ吸血鬼とでも呼ぶべき有様かな? さて、耐久試験で試運転といくか」


 もはや、希少金属と完全に同化し機械と化した己の肉体は以前の原型を留めてはおらぬ。


 兵団の一部の人員も己と同じような"改造"を施しているが、成功例など微々たるものだ。改造に耐え切れず死んでしまった者の方が多いくらいだからな。

 己の場合は成功例で合計44回、改造に失敗して肉体が全損させ最初からやり直すハメになった例も含めれば246回。死亡して魂の棺で復活してしまった回数も100は超える。


 ククッ、己でなければ出来ぬぞ? このような人体実験はな。


「待ちなさい。序列23位」


 訓練場に試運転に向かう途中で邪魔な"女"に呼び止められたが、女を無視してそのまま通り過ぎようとすると目の前に立ちはだかられる。


「ワーストの分際で、この私を無視しようとするとは生意気ね」


「ククッ、申し訳ございません。全く眼中にありませんでしたので。ええと、ああ、確か序列22位、だったかな?」


「ッ! いいでしょう。今すぐ跪きなさい!」


 その言葉(ギアス)と同じくして、肉体に強烈な重圧がのしかかる。体内から血液が、心臓が爆発しようになる。


 この"声"を"別の命令"で上書きしてかき消そうと思えばかき消せることは既に兵団を使って実証済みだが、あえてのってみせることにした。ゾンビウォーリアのように。


「ぐ、おぉぉ! か、身体がぁ! 勝手にぃ!」


 ああ、ゾンビウォーリア。あの不死者と同じことが出来ていると思うとそれだけで高揚感から心臓がはじけ飛びそうになる。何とか抵抗している感を出すという迫真の本気の演技も付け加えておくとしようか。


「あはっ。良いザマね。序列23位」


 跪いてる己を足蹴にしてあまりにも得意げになってる序列22位の姿に思わず吹き出しそうになってしまったが、ここはまだ我慢しておく。


「ど、どうして、ワーストの俺になど構うのですか?」


「生意気なのよ、お前。最近じゃ何か劣等共を集めて変なことばかりしてるし、訓練場で馬鹿みたいな努力ばっかして、全部不愉快だから今すぐやめなさい。命令よ」


「俺が俺に使える範疇の権限に基づいて自由に振舞っているだけで、序列22位に対しては何もご迷惑はおかけししていないと思われますが?」


「うるさい! 兎に角迷惑なのよ! お前のせいで、最近じゃ兄上達が私こそがワーストだのと噂し始める始末よ」


「ククッ、だからキサマは、自分より序列が低くて弱いであろう俺をこうして足蹴にして安心したいわけだ」


「えっ…」


 目の前の女は、乗せていた足を振りほどき平然と立ち上がる俺を見て、信じられないモノを見るような表情を浮かべていた。ククッ、分かるぞ? その気持ちは同情しよう。かつての己もそうだったのだからな。


「どうかなさいましたか? 序列22位」


「嘘よ、なんでギアスがかからないの……?」


「そのような理由など単純明快だろう。キサマが俺より弱いと明確に自覚しているだけだ。さて、もう気が済んだかな? こう見えても俺は一秒も惜しむ程に本気で忙しくてな、序列1桁以内が相手なら兎も角、キサマのような有象無象の"強者"気取り如きに一々構っている暇はないのだよ」


 再び女を無視して通り過ぎようとした時だ。


「何のつもりです?」


 手袋を投げつけられた。


「序列をかけて決闘しなさい」


「ククッ、よろしいのですか? 下位の序列に一々決闘を申し込む意味も利得(メリット)も無いと一応申し上げておきますよ。お兄様方や始祖様の前で恥などかきたくはないでしょう?」


 己が今日まで決闘をしなかった理由はこれが理由だ。一々序列を上げて下位(うぞうむぞう)の序列に絡まれて貴重な時間を浪費したくなかったからだ。何より、決闘は衆目の元で行われる。大なり小なり手の内を見られることにもなる。


 ならば力を蓄えるならばワーストで居続けるのはまだ都合がいい。が、そろそろ頃合いでもあるか。


 それだけ、序列22位は追い詰められてるのだ。自分がワーストに堕ちるかもしれないという不安にな。己にこれ以上の努力を重ねられると負けるかもしれない。と、今さらになって危機感を抱くにはもう遅すぎるがな。


「うるさい。良いから手袋を拾いなさい。また前みたいに分からせてあげるわ。ワースト!」


「はぁ……そこまで本気だというのならば仕方あるまい。相手をしてやろうじゃないか。ククッ…」


 "以前の己"に勝利したという過去の幻想に縋るしかないとは憐れなものだ。あの頃からこの女は"何も変わってはいない"。強さも、意思も、地位も、全てが停滞したままだ。


 後日、序列決闘が行われることになった。退屈を紛らわす催しとしては丁度いいのだろうな。観客席にはイグヌァークも含めた10位より下位の序列は全員集まった。上位序列は当然ながら、五大君の勢力争いに参加していたり序列下位の弱者の戯れなど興味無い言った風に参加率はまばらだ。


「決闘の終了条件は降参の宣言、または訓練場外への逃走、あるいは死亡及び消滅した方が敗者となり、序列が降格及び剥奪されることになります。質問などは特にありませんね? では」


 訓練場の中央には居る審判はルールを説明するとさっさと号令をかけようとする。大体の場合、決闘は一瞬で勝負が終わるのだ。


「待て審判、決闘のルールについて質問がある。この決闘において反則となる戦闘行為はあるか?」


「ありません。敗北条件を満たさない場合、ありとあらゆる行為は許容されます」


 では"布石"の利用は全て問題無いというわけだ。


「一瞬で殺してあげるわ」


 審判の始めの号令と共に、序列22位は血の剣を作り出し、構えた。こうして10億回以上武器を振り続けて技術を身に着けたからこそ目についてしまう。序列22位の体幹のブレ、呼吸の仕方、どれもひどいものだ。まるで初めて木の枝を振って遊ぶような子供のお遊戯だな。


 あれは過去の己の姿だ。実に無様で、滑稽で、プライドだけは無駄に高く、恰好を付けたがる。そのくせ硝子のように心が脆い。


「……? 早く構えなさい」


「ああ、失礼。キサマ如きを相手に俺が動くまでもない。やれ」


「えっ? あっ…? 何……が…?」


 序列22位の心臓に穴が空いていた。あの程度も避けられないのでは終わりだな。続けざまに雨霰のように四方から飛び交う銃弾が序列22位を貫通していく。


「それは旧人類が作り出した武器の一つにあるリーサルドラコニスと呼ばれるアンチドラゴンライフルの模造品でな。その武器の平均的な有効射程はおよそ3キロから5キロメートル程度。弾速は精々音速に換算して15~20倍程度といったところだ。弾丸は銀加工を済ませた上で、メドゥサの血と俺の血で眷属化と石化能力、他に毒やら麻痺やら昏睡作用も付与済みで一応10万発までは弾丸を用意しておいたが、まだ必要か?」


 訓練場の外から狙えるように兵団を狙撃地点に配置済みだ。勿論訓練場内に張られている結界は既に己が事前に操作できるように支配しておいた。ならば号令一つで結界を消せば、その合図を皮切りに目標に対し集中砲火を開始、という寸法だ。


 戦う場所と時間が分かっているというのなら、せめてこのくらいの準備をしておくのが本気というものだろう?


 ちなみに狙撃者全員に製造したリーサルドラコニスを配備させている。当然だが、己が多少の回避機動をとったところで2キロメートル先から当てられるように"本気で訓練"してきた兵共だ。単調な動作しか出来ない的なら5キロ先からでも百発百中で偏差射撃込みで当てる。


 目視できず、声も届かない距離はギアスの有効射程外だ。だから序列22位に己の兵共を操ることなどできん。仮に操られたとしても問題にはならぬがな。


「あ……、あぁ……? 身体が…石に…」


「ククッ、もう聞こえておらぬか。石化耐性くらい最低限つけておくのは常識だろうにな」


 吸血鬼の再生能力や状態異常に対する耐性は極めて強力だが、石化が通ることは己の肉体で実証済みだ。そして、肉体が完全に石化してしまえば瞬間回復は"発生しない"。あとは粉々に砕けば終わりだ。


「そ、それまで」


 勝負は一瞬で決着した。勝負にさえなっていなかっただろう。見物していた序列下位(うぞうむぞう)共はとくれば。


「なんだそれは、卑怯だろうが! 恥知らずが」

「神聖な序列を決める決闘で手下を使うだと!? ふざけるな!」

「反則だ! すぐに序列23位を処罰しろ」


 といった野次まで飛ばす有様だ。


「ふむ、審判。手下を使う。これは反則か?」


「は……反則です」


「ほお、先ほどキサマの口から言ったことと矛盾するようだが?」


「そ、それは……」


「グラーキス君、そこまでにしておいてあげなよ。あんまり審判君を虐めちゃいけないよ? 彼も仕事で立場があるんだからね」


「ククッ、知っている。少しからかってやっただけだろうがイグヌァークよ。ほれ、回復してやろう」


 石化回復薬に加えてその他の状態異常回復薬を序列22位の奴にぶっかけてやる。


「ヒッ……」


 恐怖に濁った瞳。これではもはやただの怯えた生娘と変わらぬな。


「ククッ、すまないな? どうやら手駒を使うのは反則だったらしい。キサマが良ければ再戦も辞さないが、どうする? ああ、また反則になってしまうかもしれないが、他にもキサマの為に本気で用意しておいた布石はまだまだあるぞ。是非試させてくれ。俺の本気がどこまで通じるのかをな!」


「いい……いい、私の負けでいい……です。グラーキス様。どうか、今までのご無礼をお許しください」


 そう言うと、序列22位は自ら己の前に跪いて靴を舐めだした。文字通り、公衆の面前でワーストに堕ちたことを認めたのだ。


 唯一、ワーストであったはずの己に対してだけは強気に出られたという心の支えさえ失った女の姿は、何とも惨めなものだ。


「……ふん、つまらん女だな。ミラカはまだ俺に対して反抗的であったぞ? さて、諸君らもこれでは余興にさえならなくて退屈だろう? ククッ、折角こうして集まったのだ。ここに居る生意気なワーストを叩きのめしてやりたいとは思わないか? 無様に地面に這いつくばらせてやりたいと思わないか? 諸君らが"まとも"な吸血鬼ならば、思わないはずがないだろう! なぁ!」


 跪いて靴を舐めてる女を粗雑に蹴とばし、周囲の観客共に声をかける。折角用意した仕掛けを一つも使わないのは勿体ない。何より己自身が本気を出せていないことが残念でならない。


 敵が欲しい。己が全身全霊をかけて本気で戦える敵が。


「最弱同士の争いで勝って良い気になって挑発でもしているつもりか?」


「ククッ、別に俺はここに居る序列10位以下程度ならば"全員"をまとめて相手しても構わないのだがな? どうやら彼我の実力差すらロクに判別もついておらぬものもおるようだしな」


 後からネチネチチマチマと決闘を仕掛けられて時間を浪費するのも面倒だろう。この際一気に大掃除してしまうのも悪くない。その為の準備は"既に完了"させている。


「キサマァ!」


「アハハハハッ、ちょっとグラーキス君さぁ、流石にちょっと悪ノリが過ぎるんじゃないかい? その言い分だとボクも含まれてしまうんだけどいいのかい?」


「イグヌァークか。ククッ、確かにな。俺は実質的にキサマ単体を名指しで指名したつもりだったのだがな。残りはオマケだ。もはや戦いの頭数にすら入ってはおらんよ」


 序列22位があのザマだ。そして、イグヌァークを除いた11位まで装飾品や吸血装備で石化耐性すらロクにつけてもいない。実力もまた1桁台と比べればもはや"どんぐりの背比べ"。11位から22位まで全員集まって9位に挑んでも勝てない。そういうレベル差があるのだ。


「我々がオマケだと……?」


「そもそも、序列一桁とそれ以降では実力が乖離しすぎている。何故貴様等はこうも弱いのだ? 同じ始祖の血を受けておきながら、弱者の分際で弱者であり続けることを是として努力することを女々しいだの醜いと称して呑気に遊び惚けていられる? 五代君との勢力争いに参加しているのも実質"序列1桁のみ"だ。貴様等序列下位共は始祖の為に何か役に立つことを一つでも行ったか? そうだ、"何もしていない"。ただその場の気まぐれに自分よりも弱い女を探しては犯し、安全な場所に引きこもっては血と権利ばかりを貪り肥えてクソを垂れ流し続ける家畜と変わらぬ。はっきり言ってしまえば、"無駄"そのものだ。だから俺は思ったのだ。この際序列2桁は全てこの場で解体してしまってもいいのではないか? とな」


「キサマァ! 言わせておけばぁ!」


 序列16位が怒りに任せて突っ込んで来る。何の技術も無い感情に任せた単純な突撃。この後に及んでまだ己を舐めているのだ。こやつはな。さて、ゾンビウォーリア、奴ならばどうする?


 まぁ、こうするだろう。


「ガッ!」


 紙一重で躱し、焔鬼天を抜き打ちの居合一閃で胴体を寸断。すかさずに128分割してやる。血の権能でメドゥサの石化能力を付与しているのだから、当然だが、切り口から石化し、即座にバラバラに砕かれて再起不能だ。


 ついでに、魂の棺は事前に破壊しておいた。修復してなければ序列16位が復活することはもう二度と無い。序列16位だけに限らず、この場に居る俺とイグヌァーク以外の全ての序列2桁の魂の棺は破壊済みだ。


 奴らは、自分が今、この瞬間本当の意味で殺されるかもしれない…などと考えたことすらも無い。どうせ死んでも"復活する"などと気を抜いて弛んでいるのだろう? だからこのような事前工作を食らうような隙を晒してそのままほったらかしなのだ。


 ならば死んで当然だろうに。慈悲など要らん。餌が口元に運ばれてくるのをただじっと待っているだけの豚は死ね。


「弱い。あまりにも。今のなどほんのただの挨拶で軽く一撫でしただけだろうが」


 さっきまでは威勢よく野次を飛ばしていた序列下位共は既に静まり返っていた。視線を合わせればすぐに目を背けて後ずさりし始める。恐怖に引きつった表情浮かべ、嵐が過ぎ去るのをじっと耐えしのごうとしている。


 ああ、ああ、ああ、なんと情けない。これが吸血鬼の姿か? 否、生き恥を晒した豚の姿だ。


「なんでこの程度で動けなくなる。どうして本気で戦わない? 弱いくせに人数の利を生かし、策を練り、騙し、不意をうたない? そんなのだから貴様等は序列一桁にも登れぬ敗残者なのだ。貴様等も俺の記憶を通してゾンビウォーリアの戦いを見たのだろう? 仮にも始祖の子ならば、どうしてあれくらい出来ないのだ? 奴にはできた。ワーストの俺にも出来たぞ? ならば貴様等も、あのゾンビウォーリアのように、皆で限界を超えて血を吐き! 本気で戦おうではないか! なぁ!」


「やれやれ、グラーキス君もそこまでしておいてあげなよ。いくら出来が悪いとはいえ、流石に血を分けた兄妹が"無抵抗"のままに虐殺されていくのはあまりいい気分では無いからね」


「クククッ、ならばキサマが出てくればいいだろう? イグヌァーク」


「君は、僕との間にある実力差くらい気づいてると思ってはいたけどね?」


「ククッ、ハーハハハッ! ヒャーーーハッハッハ! だから面白いのではないか。今の俺の本気がどこまでキサマに通用するのかを試してみたい。そして俺はキサマにも本気になってもらいたいのだ! イグヌァーク!」

 ゾンヲリさんがグラーキス君をあの場でなんとしても絶対始末したかった理由がお分かり頂けるだろうか。ドラクエ5のヘルバトラーは初期値の全裸状態ですらクソ強いのにレベル99まで修行して伝説の装備で完全武装し始めたらもう手に負えないよねってツッコミ入れたくなる奴です。はい。


 だから、グラーキス君に学習される前に殺さないといけなかったんですよね!(なお、殺せてなかったのでモンスターが生まれてしまった…)


 今回で終わるつもりでしたが、まとめきれなかったのでもう一話あります……。

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へいへいへーい、干からびちまったぜー
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