第六話:少女の英雄
朝の陽射しと共に、激しい爆発音が村の外側から鳴り響いた。音のした方角を見据えると、黒い煙が昇り、炎が燃え広がっていた。
「何がおきたんだ! ゾンヲリ」
眠り姫も爆発騒ぎによって仮宿から飛び出てくる。
「敵襲です。西地区の次は周囲の補給ついでに周囲の村に攻撃を仕掛けているのだと思われます」
何か黒い物が空の彼方から迫ってくる。ひゅるひゅると風を切る音が次第に大きくなり、それは付近の家屋に着弾し、炸裂した。
「うわっ」
たった一撃で家屋を粉砕する程の爆発の余波を浴びて少女はたじろいだ。
空から降り注ぐ爆発物。それは魔法ではない、人の手が加えられた兵器だった。この襲撃を行っているのは魔族ではなく、西地区を襲った騎士団でもない。別の第三者の勢力が、今ここに攻め込んできている。
「ネクリア様、逃げましょう」
「あ、ああ……なんで……」
少女は呆然としていた。魔族国西地区を焼き払われるだけでは飽き足らず、周囲の村まで殲滅される様を目の当たりにしているのだ。
「ネクリア様!」
「わ、分かった」
少女は私の背によじ登る。とにかくここを離れなくてはいけない。私は出口とは反対側の村の外側を目指して駆ける。
〇
逃げ惑う農夫の悪魔や淫魔達、それに対して銃口を向ける隊員達。俺も含めてだ。
「撃て!」
上官からの号令が発せられる。撃たなくてはいけない。命令だからだ。
魔導銃に魔力を込め、引き金にかけてある指を、引いた。筒の中から火が噴出し、中から射出された弾丸は、ゲリラ悪魔の眉間を撃ち抜いた。
「うわあああああっ」
ゲリラ悪魔達の悲鳴と、火砲の音は尚も煩く鳴り響く。硝煙の臭いとすえた血の匂いが、周囲に立ち込めていった。
一人、また一人と非戦闘員達が倒れて往った。
「ぐっ……」
胸の奥からこみ上げてくる酸っぱい物を無理矢理飲み干す。何度これを繰り返したか。もう思い出したくもない。見てもいられない。
「隊長」
「何だ、ヴァイス」
「私がこの先を先行偵察してきます」
上官は口元に指を当て、考え込む素振りを見せた。
「まぁいい。お前なら不意をうたれて死ぬ事もないだろう。行け」
「ありがとうございます」
〇
「隊長、ヴァイスを行かせて良かったのですか?」
隊員のうちの一人が上官に対し、ヴァイスに単独行動を許可したことを咎めた。
「2名、魔導銃を使える者はヴァイスを見張れ。何もなければ知らないフリをして戻ってこい」
「はっ」
二名の黒いサーコートを着込んだ者達が、ヴァイスと呼ばれた黒騎士の後を着けに行った。
「栄えある聖騎士元第5席の御父上がおられるぼっちゃんは勝手が許されて羨ましい限りですなぁ」
やり取りを見ていた誰かがそう呟いた。
「そこ、無駄口を叩くな」
「はっ失礼しました」
上官に咎められ、呟いた誰かは頭を深く下げた。
〇
「人間ダーッ!」
「お前たちは早く後ろから逃げるんじゃ」
こちらに槍を向けてくるのは劣等悪魔の中でも少し年老いた個体だ。その後ろに居るのは、小悪魔達。
「ま、待て、俺は君達と戦うつもりはないんだ」
両手を挙げて敵意が無い事を示してみせる。
「人間の言う事など信用できるか。貴様らが昨年に行った所業。ワシは今とて忘れてはおらぬぞ。その鉄仮面は笑いを隠すためにあるのだろう? 人間が」
年老いたデーモンが向けてくる感情は不信と敵意。そして、恐怖。その手に持つ槍の穂先は震えていた。
「頼む、話を聞いてくれ!」
一人でも多くの非戦闘員を逃そうと思い至り、先行偵察を願い出た。だが、目論見は甘かった。派手に攻撃を仕掛けて来た人間が信用されるわけが、なかった。
「問答無用!」
年老いたデーモンの手の震えは止まっていた。老齢の技の冴えは目を見張るものがある。だが、遅すぎた。
迫る一閃を避け、抜き打ちで一文字に切り捨てる。胴体から噴出した血が、黒いサーコートを汚した。
「やは、りな……」
年老いたデーモンは崩れ落ちながら、そう言い遺した。
「うわあああああっ村長! 人間め、よくもっ」
村長の後ろに居た青年の劣等悪魔も慣れない手つきで槍を手に取り、無謀にも突貫してくる。
「よせ、やめろ」
「うあああああっ」
先ほどよりも遅く未熟な突きが繰り出される。俺は、それを、切って捨てた。
「くっそ……おぉ……」
「なぜ……」
血染めのサーコート。黒は返り血を見えづらくしてくれる。だが、犯した罪は消えない。
「殺される!」
脱兎の如く逃げる子供達。
「待て、そっちの方面に逃げては……」
手を差し伸べても、それは虚しく空を掴むだけだった。結局、俺は殺人を重ねただけだった。誰も救えやしない。
なんだ……これは……。
「どうして……」
俺は一体、何をしているのだろうか。どうしてこうなってしまったのだろうか。ただ、無抵抗同然の人々を切り刻んでいるだけだ。
失意のまま、隊の元へと帰還するべく振り向けば、一人の淫魔の少女が立ち尽くしていた。
「おじいちゃん……」
「君、は……」
おじいちゃんと呼ばれた村長に駆け寄り、泣き崩れる少女。私は、それを、ただ見ていた。やがて、少女は立ち上がると、振り向いて私を見据えてくる。
「君は、逃げないのかい?」
「逃げてどうなるのかな」
「助かる、かもしれない」
「ほんとに?」
否、気休めだ。ただ、助かって欲しいと思っているだけだ。今、この少女に安全と思われる道を教えても、きっと助からない。
「本当だ。せめて君を安全な所まで送ろう」
「黒いお兄ちゃんが守ってくれるの?」
戦場に似合わない柔らかな香りが鼻孔をくすぐった。これは、隊に対する明確な裏切りだ。だが、俺は……
「ああ……」
俺は、少女の手を取り、侵入口とは反対方向に向かう事にした。
途中、空から降り注ぐ擲弾が、次々と村の建築物を破壊していった。魔導擲弾砲、発火の魔法と衝撃に反応する起爆剤を用いる事で、長距離からの目標に対する制圧砲撃を可能とする兵器だ。
村の制圧に使うような兵器ではない。
「どうして、人間は私達を襲うの?」
少女は手を引き、私の方を見てそう聞いた。
魔族と人間は敵同士であり、長い間戦争をしている。任務のため、名誉のため、復讐のため、誰しもが己の目的を果たすために戦っている。
私の場合は……。
「守りたい人々が居た。俺は、そのために戦っていた。はずだった」
魔族に苦しめられた人々を救うため、父は騎士を志し、平民でありながらも聖騎士の座にまで上り詰めた。俺は、そんな父を誇りに思っていた。だから、俺も騎士を志した。
「守るならこんな事しなくてもいいよね」
「そう、だな」
俺は恵まれていた。父の七光りと言われ、平民の血筋と言われるくらいには恵まれていた。
なのに……俺は焦り、すぐに得られる結果という名誉を求めた。前線で魔族と戦っていられるうちはまだよかった。非情であっても、戦いなのだから仕方がないと思っていた。
だが、現実はこれだ。功績のために無抵抗な人々を殺戮する。それが騎士だ。父を馬鹿にし、足を引っ張り合うだけの他の聖騎士共と何ら変わらない。私欲に目が眩んだ豚のような男が、俺だった。
「前にね、お兄ちゃんが言ってたんだ。目的を間違えるなって」
「……ん?」
「今みたいに村が焼かれそうになった時に、周りの人間を皆止めてくれた人がお兄ちゃん」
何のしがらみもなく、そんな事を本当にやれる者はいない。私や、この部隊の隊長であっても、上の命令には逆らえない。そんな勝手が許されるのだとしたら、それは英雄なのだろう。
聖騎士だった父や英雄と私の間に違いがあるのだとすれば、自分の行動に責任が取れない男が私だった。戦う理由の全てを、他人に預けてしまったのが私だった。
「君はそのお兄ちゃんの事が好きなのかい?」
「うん、大好き。だから初めてはお兄ちゃんがいいな」
そう、無邪気に惚気て見せる少女が眩しく映った。俺は、こういう者達の明日を、作りたかったのだ。
「なら、こんな所では死んでいられないな」
「うん」
皆は帝国兵で人括りにするのだろうが、皆モヒカンばかりというわけではなかったりする。それが人から理解されるかどうかはまた別の話。




