第五十五話:”本気”
城下に降りて劣等吸血鬼と戯れる。訓練場や図書室に長時間籠る。そして邪妖の巣に単身で乗り込んでは殲滅する。休むことも無く繰り返し続けるのだから全身汗や返り血や汚物塗れになっていることも珍しくはない。
致し方ないだろう。この世界に水や濡れタオルなどという気の利いたものを用意出来る環境ではないのでな。身体を洗うとなるともっぱら廃棄物を焼却するための焼却炉を焦熱風呂代わりにして汚物諸共身を全て焼き焦がすしかない。
ああ、だが、これは中々、イイ。心地のイイ痛みだ。ゾンビウォーリアのアレ程ではないが、命を焼き焦がしている感覚を実感できる。この中で血剣を素振りをし続けるというのも中々乙なものではないか。
「ハァーハッハッハッハ!」
思わず上機嫌になり笑いがこみ上げてしまう。こんなにも手軽に痛みを実感できるなどと、テネントゥールの設備の充実ぶりには感謝せねばなるまい。
延々と繰り返される再生と焼却により、己の心と身体を鋼に鍛え直せるのだからな。
「序列23位は火の入った廃滅炉の中で何をしているんだ……?」
「気が触れてるとしか思えないな…」
時たますれ違う"序列外"の貴族共からは奇異の目で見られるようにはなってしまったが、ああ全くもって問題ない。
それはわけを分からぬモノを見てしまった時にする目だ。己がゾンビウォーリアを理解の外にある得体の知れない存在であると認識してしまっていた頃のように。
つまり、未知に対する恐怖、畏れからくる反応だ。ククッ、ならば良し、むしろ好都合というものよ。
「そろそろ序列を狩るか…。しかし、序列を狩るには今の俺の弱点である近接戦闘技術を補うだけではまるで足りぬだろうな。……奴、ゾンビウォーリアならどうする…?」
そういう時、己は原点に立ち返ることにしている。ゾンビウォーリアならばどのようにして奴らを屠って見せるのだろうか、という思考法をすることだ。
奴は常に本気で己という吸血鬼と向き合ってきた。どのような考えを持ち、どのようなルーチンで行動し、それらを踏まえた上で作戦を本気で組み立てるということだ。
「その為に、俺は本気で知らねばならぬか。俺以外の序列の思考や性格、得意とする戦い方とその対策、そして弱みが何かを」
ゾンビウォーリアは己に対しこうもいった。己が持ちうる最も厄介な手とは、"数の暴力"……即ち手駒を活用されることである、と。
「従順かつ使える手駒も要るな」
冷静に今の己の立場を評価すれば、己は序列を持つ始祖の子達の中では現状"最弱"と言っていい。まともに正面から戦えば序列22位にすらも満足には勝てぬ。
序列とは、本来それだけはっきりと力量差がついているものなのだ。不意をうち、弱みを握り、数の暴力で叩きのめしてようやく対等……己は弱者の側であるのだと、今一度はっきりと自覚しなければならぬ。
弱者が弱者として弱者の戦法を使うことを躊躇ってはならぬ。
「しかし、手駒を得たとしても、上位の始祖の子達にそれをぶつけた場合、ゾンビウォーリアと同じ問題を抱えることになる。これをどうするかだ」
特に問題になるのがギアスと魅了だ。無策で数の暴力に頼れば、そっくりそのまま操られ、逆にこちらにさし向けられることになる。
これが、多くの吸血鬼達が"愛玩用"や食用以外の奴隷を配下として持たない理由だ。相手が自分より強ければ奴隷は"余程のこと"が無い限り基本的にギアスや魅了によって裏切るし、相手が弱ければそもそも数の暴力などに頼る必要がないのだからな。
そして、単純に手駒共は己よりもさらに弱い。仮にギアスや魅了の問題を回避したとしても、戦いの場に置けば一瞬でまとめて一蹴されるだろう。
それはゾンビウォーリア。奴とて承知していたはずだ。奴程の力量があれば、手駒を少々差し向けられた所で一蹴など容易のはず。なのに、何故奴は俺の持ちうる手札の中で数の暴力を一番の脅威と認識した? それが分からない。
そうだ。何か己に必要な決定的な知識が欠落している気がする。
「本気の学びが要るな」
己は、蔵書室へと向かった。そこには司書の侍従の女が退屈そうに鎮座していた。そして、もう一人、もはや顔馴染みとなりつつある半裸の変態がいた。
「おや、またグラーキス君じゃないか。奇遇だね。今度は読書の虫にでも始めたのかい?」
「……またキサマか、イグヌァーク。まぁそういうところだ」
「へぇ、でも始祖サマの攻略本とかは流石に置いてないと思うけどね? 一体何を調べるつもりなんだい?」
「歴史だ。この世界の"滅び"についてのな」
この世界、シュグラヘイムは既に滅び堕ち、"死の星"と化している。本来は生物など一匹たりとも住まう猶予など無い。ただ、始祖のような"力ある者達"がそこに降り立ち、力場を形成して繋ぎとめることによって辛うじて"星の終焉"を免れているというだけだ。
星が完全に死に絶えた時、世界は終わりを迎える。そこに在ったモノは全て弾け飛び、"無間の混沌"に飲み込まれて消えるのだ。
それを防ぐために、"ゲート"を介して"生の星"から生命を奪い取り、死の星へと力を送り込むことによって延命を図るか、死の星そのものを捨てて"生の星"に侵略移住するという方法を用いられることになる。
「また随分と唐突じゃないかい? 一体何がグラーキス君をそう駆り立てたのかな?」
「ではイグヌァークよ。貴様にはコレがどういうものか分かるか?」
「ああ、それは確か、昇る明星と呼ばれる"兵器"だね。確か、対吸血鬼兵器として旧人類が信仰していた太陽神を模して作った遺物だったかな。で、どうしてグラーキス君は宝物庫からそんな玩具をわざわざ持ち出したんだい?」
「ああん♡ イグヌァーク。さまぁ…♡」
いつの間にかイグヌァークの奴はさっきまで仏頂面していた司書の侍従と乳繰り合っていた。
「ククッ、試しに撃ってみたのだよ、こうやって自分にな」
仰々しい銃口を自身のこめかみに向けて見せる。
結論から言えば、肉体は一度全身が弾け飛び半壊する程度の威力と爆発はあった。例えるなら、ゾンビウォーリアの放った"楔"並かそれ以上くらいの威力はある。
「が、一発では俺を殺しきるには到底至らん代物だ。まぁ、そこそこ痛かったがな」
「また随分と思い切ったことをするね。マゾヒズムにでも目覚めたのかい?」
「目覚めた……と言えば目覚めたと言えるな。冗句はさておき、コレを戦力として計上する為には自分の身でどの程度の威力があるのかを具体的に確かめておく必要があったのだ。尤も、10万発くらい撃ち込めば俺は殺しきれるかもしれぬが、残念なことに装填数は2発、それも連射も利かん。弾速も遅い、周囲を無差別に巻き込む。まぁ、キサマが玩具と称するように、始祖の子達を殺傷する目的で使うには明らかに連射性と弾速と装填数と威力も足りてない。というのが己の結論だ」
「だろうね」
だが、この武器の優れた点は、"誰でも使うことが出来る"というところだ。ゾンビウォーリアの"楔"並の火力を一発だけ再現するというのなら、己を一度だけ怯ませたり肉体再生に至らせることが出来る。と、捉えることもできる。
「そこでふと思ったのだ、この武器を"本気"で10万発分量産すれば始祖の子達を一匹くらいは殺せるのではないか? とな。だから、この武器を作ろうとした者共について本気で調べてみることにしたのだ。もっと使える武器があるかもしれぬし、量産方法を知ることができるかもしれぬからな」
「アッハハハハハ。なんだいそれは、グラーキス君。復活の反動で下等な旧人類レベルにまで知能が落ちてたりしてないかい?」
「ククッ、そうでもない。ようは愚物は何でも"使いよう"次第だということだ」
ゾンビウォーリアならばその場にあるモノを全て使おうとするだろう。なにせ己ですら武器として成立させたのだから、一見まるで使い物にならないものでも使うもの次第では役に立つ。そういうこともあるだろう?
例えば、手駒にこのライザーハイペリオンを常備させ、ギアスの有効射程外から一斉射撃を加えるといった方法なら己でも今思いついた。つまり、"数の暴力"とはこういうことなのだろう?
「まぁ、グラーキス君は好きに調べるといいさ。徒労にならなければいいけどね。あ、ちなみに"旧人類史"はその棚にあるよ」
「ククッ、なんだ、イグヌァーク。キサマも案外読書家ではないか」
「まぁ、書物は退屈しのぎくらいにはなるからね」
そして、己は旧人類史を学んだ。そして、理解したのだ。"兵器"という概念をな。そして、その中で特に己の興味を惹いたのが、"核爆弾"という兵器だった。
その威力は、今己が住んでいるテネントゥールの城と城下をたったの一発で更地にして有り余る威力と範囲があるそうだ。そして、更地にした上で"毒"をまき散らしその後数百年は生命が一切住めぬ死の土地へと汚染し尽くすというものだ。
これを、旧人類は、世界中の都市国家を滅ぼし尽くせる、星が耐えきれなくなるだけの量の核爆弾を10倍以上用意した上で、旧人類は旧人類同士で互いに向けて撃ち合おうとしたそうだ。
「クククッ、ああ、なんだこれは! 素晴らしい…素晴らしいぞ! 核爆弾とは、星を砕き生きとし生ける生命を絶滅させうる程の本気の殺意ではないか! このような狂気を成せる程の本気が! 旧人類にはあったというのか!」
だが、次のページをめくって己は落胆した。結局、核爆弾はたったの二発、それもほぼ死に体の敗残国を相手に実戦テストでしか使われなかったのだ。
貴様が核爆弾を撃って己を滅ぼすつもりならば、己も貴様に核爆弾を撃ち込んで滅ぼし尽くしてやる。これを本気でやるというのははっきり言ってしまえば、"全く割に合わない"のだ。
敵対国を猛毒の更地にしてしまえば奴隷も資源も得られない。そして土地も再利用できない。撃てば諸外国から核爆弾を撃った非人道国として核爆弾を撃たれる口実を許し、外交的集団リンチも受けるのだからな。
そういった事情から、撃ってしまえば相手を滅ぼせるが確実に撃った側も滅ぼされる愚かな兵器。そんな意識が、核爆弾を旧人類に使わせるのを躊躇わせた。いわゆる核抑止論と言う奴だ。
それで、旧人類は本気の闘争を辞めてしまったのだ。
その結果、旧人類は表向きは"仲良くする"ことで100億に至るまで増殖し続けては土地削りとり、100億の糞尿とゴミをまき散らしては星を穢し、100億が資源と生物を際限なく一斉に貪り食らい続け、瞬く間に星の尽くを食い尽くしていったのだ。
星の為に! などと嘯いておきながらだ。
「なんだこれは……ふざけている。ふざけているぞ。何故だ! 旧人類はどうして核爆弾を搭載した大陸間弾道ミサイルを撃たなかったのだ! 憎かったのだろう?劣等人種が 根絶やしにしてやりたかったのだろうが! 気に食わない奴らを! 何故その為の努力を怠った! 本気で撃とうと思えば核ミサイルを撃ち込むことが出来たはずだろうが! 金と女のスパイを使って敵対国を懐柔し、技術を奪い陳腐化させ武装を解除させろ! 100発の核ミサイルで他の国全てを反撃させる間もおかずに滅ぼすのに足りぬのなら1万発の核ミサイルを用意しろ。非人道国と言われたくなければ洗脳で操るなりして無理矢理にでも敵対国に手違いで一発核ミサイルをてきとうな国の首都にでも撃たせてやればよかった。そうすれば正義の名の元に、100発の核ミサイル発射許可証を発行して全弾ぶち込めたはずだ! どうして全力を尽くさない! 本気でやらないのだ!」
「図書室では静かにしなよ、グラーキス君」
「イグヌァーク様ぁ……もっとぉ…♡」
そうして星は、増え続ける旧人類に耐え切れずに限界を迎えた。そうなってから旧人類は、飢えた農村ならばどこでもやってるような"間引き"の重要性を学んだらしい。そして、散々旧人類から凌辱され尽くした星もまた、旧人類に対し牙を剥くようになっていったそうだ。
異常な環境へと成り果てていく星は次第に異常な環境に適応できる"化け物"を生み出すようになった。そして、今度は旧人類と化け物の闘争が始まっていったのだ。
というのが、このライザーハイペリオンの生まれた経緯なのだそうだ。尤も、旧人類は化け物が生まれた段階で既に種として"老衰"の段階に入り、次第と数を減らすようになっていったのだ。
例えば、旧人類はネズミを使って"楽園実験13"というも行っていたらしい。
これは、アダムとイブという1対の雌雄のネズミに快適で生育に適した環境と無限のエサを与え続けて繁殖の経過を見届けた結果どうなるのかというものだ。
結論を言えば、ネズミはある一定の段階にまで増え続けると、次第に"異常な個体"の出現と共に少子高齢化していき、数を増やすのをやめてしまうのだそうだ。
例えば、親ネズミが育児を放棄したり虐待するようになり、雄のネズミは雌のネズミに一切の関心を持たなくなり、ただ毎日を寝そべり何もしなくなる"無気力"な個体が現れるようになり、雌のネズミは雄のようにふるまうようになり、同性同士で番になる者まで現れ、一部の強い雄のネズミは余ってるはずのエサと雌を独占するために狂暴化するようになる。そうして、次第に"まともな個体"が減り続け、駆逐されていくのだ。
やがて、生殖回数も完全にゼロになり、子供は一切生まれなくなる。最後の一匹ネズミは寝そべり続けた末に旧人類の年齢に換算すれば106歳という歳月で老衰し絶滅していった。
何よりも衝撃的だったのは、この実験は13回繰り返され、13回とも全て同じ結果になってネズミは老衰によって絶滅したのだという。
いわば、このエデン実験と全く同じ現象が旧人類に対しても発生したのだ。それが、旧人類を襲った"種の老衰"だった。そんな殆どの個体が"老衰寸前の死に体"で新たに出現した化け物との闘争に、旧人類という種は到底耐えきることはできずに淘汰されていったのだ。
そして、旧人類は絶滅寸前のヤケになってありったけの核爆弾やそれに準ずる兵器のボタンを押したのだそうだ。最期は死なば諸共と、星からすればはた迷惑この上無いとも言えるだろうな。
「……本気の闘争を諦めた結果、旧人類は、この世界は、滅んだというのか……」
旧人類は偽りの楽園を望み本気の闘争を辞めた結果、種としての新陳代謝が滞り、進化を止めてしまった。
だが、これは決して他人事ではないだろう。吸血鬼もまた、種としての正常な新陳代謝が行われていないという感覚がある。頂点の玉座に延々と居座り続ける始祖と、棺桶の中で無気力に寝続けている貴族共がそうだ。その一方でスラムでは劣等吸血鬼同士でその日を生きるために本能の赴くままに無秩序な殺し合いが行われている。
このテネントゥールもまた、"楽園の縮図"なのだろう。
「ク、クククッ…ならば俺は、本気の欲望の元で、本気の闘争を始めなければならない。財宝も、暴力も、女も、全て俺の物とするために!」
既に製造技術を喪失しているライザーハイペリオンの複製は叶わなかったが、旧人類が用いたと言われる"戦術"を知るに至った。
旧人類の戦争において、一騎当千の英雄は存在しなかった。
いや、使い方を覚えれば誰でも扱うことの出来た"兵器"こそが英雄だったと言い換えることが出来るかもしれない。歩兵を遠くから一方的に殺傷するクロスボウから始まり、クロスボウを弾きながら轢殺する鋼鉄の戦車のように、戦車を空から一方的に駆逐する対地戦闘機のように、そして、無限の射程を持ち世界中どこへも逃げる術など無い核爆弾を搭載した長射程大陸間弾道ミサイルのように。
自分だけは安全な場所に引きこもりながら、相手からは殴られないように遠い距離から一方的に大量の殺意だけを送り付け続けるというシンプルながらも最悪な戦術。
それを極限まで発展させていったのが旧人類の戦術なのだ。ならば、己もその思想に倣うとしよう。
「温故知新、歴史を学ぶのもたまにはいいものだな。さて…本気の戦争を始めるか」
戦いの結果は始める前から決まっているように、戦争を始めるには入念な事前準備が要る。必要なのは"兵器"とそれを扱う"手駒"。そしてそれらを効率的に扱い被害を最小限に抑える用兵だ。手駒はスラムの劣等吸血鬼から用意するとして、兵器の確保が問題になる。
大抵の吸血鬼にとって"吸血武器"が最強の武器になる。そんな中、わざわざ鉱石から金属を精錬して剣を鍛冶するなんて手間をかけるような吸血鬼は少なくともテネントゥール城内には居ない。
そのような武器を頼らなくてはならないのは、大抵は血の権能を上手く扱えない劣等吸血鬼だろう。そうしてスラム外を渡り歩いて劣等吸血鬼共から情報を得て見つけ出したのだ。
武具職人をな。
「キサマがアメミヤだな」
「これはグラーキス様、一体私めに何用でございましょうか」
「一先ずキサマの作った武具を見せてもらおう」
「それでしたらこちらはどうでしょうか? "焔鬼天"という刀になりますが、私めの自信作になります」
アメミヤが用意してみせたのは、薄く研ぎ澄まされた紅桜色の刃の刀剣だ。華美な装飾も無い至ってシンプルな武器だが、手に持った瞬間に全身に力が漲るような感覚を覚えた。
「ふむ、試しに振っても?」
「どうぞ」
自身で作り出した血剣よりも振った時の違和感が無く、羽のように軽く恐ろしい程に手に馴染む。だが、振えば斬撃は鋭く、重いのだ。
ああ、自身の吸血武器を累計千万回も素振りした甲斐もあってかその感覚の違いはすぐに分かった。
これは、良い武器だ。だが……。
「なるほど、微量だが持ち主の血を、命を食らっているな、この刀は」
アメミヤはそれを指摘するとバツの悪そうな顔をして目を背けた。
「ククッ、いや、俺好みのいい刀だ。実に気に入った。是非欲しいな。ああ、キサマは素晴らしい武具職人だよアメミヤ。この武器を作るために今まで本気で努力し、本気で武器づくりに取り組んできたのがよくわかる。だからこそ実に惜しいな。キサマのような優秀な才能が、誰にも理解されずにこのような辺鄙な場所に埋もれさせておくというのはな」
この焔鬼天という刀は持ち主の生命力を吸って威力を増す。一方で吸血鬼の作り出す吸血武器は他者の血によって作り出される武器だ。その威力は他者依存であり、今のメドゥーサの血を保有した状態の己の吸血武器と比べれば相当上質なものだろう。
ああ、そうだ。焔鬼天、これがあれば自身の身体能力を強化しながら吸血武器の自由度も増す。まさに可能性の塊ではないか! 使用者の生命力を食らう? 上等だろう。 夢の為に、勝利の為に、力が得られるというのなら、命など全てくれてやる。
ゾンビウォーリア、奴ならばきっとこれを使うことを一切躊躇わない。ならば己もやってやる。何故なら、己は本気だからだ。一度命を燃やし尽くすと決めたのならば、己はもう迷わずに前へと進み続ける。
「お、おぉぉ……グラーキス様からそれ程のお言葉を頂けるだなんて。恐悦至極にございます。どうかその刀はグラーキス様がお使い下さい」
ククッ、こうして本気で褒めておけば感極まったかのように上機嫌になって自分から武器を差し出してくれるというのだから、可愛いものだ。
「そこでだ、アメミヤ、キサマの腕を見込んで俺の為に装備を作ってはくれないか? 勿論褒美はくれてやろう。キサマの活躍で俺の立場が上がれば、望めば城への居住を取り計らってやるのもやぶさかではないが、どうする?」
以前の己ならばアメミヤを引き入れる際には眷属化による"支配"を頼っただろう。だが、己は気づいた。意志を完全に奪い去り強制する支配ではダメなのだ。
鋼へと至るまでに鍛え上げた不屈の意志と常軌を逸した狂気と夢と希望を追い求め続ける傲慢とも言える欲望。それらが欠けた状態では本気を発揮することはできぬ。アメミヤの持ち味を殺してしまうのだ。
だからこそ、アメミヤにも"本気"になってもらう必要がある。
「是が非にでもお願い申し上げます。どうか……」
アメミヤは努力してきたのだろう。だが、悲しいかな。"努力は醜い"を国是とするテネントゥールにおいて、アメミヤの努力が評価されることは断じてあり得ない。
ではその努力を認めさせるにはどうするかと言えば、ああ、ならば"戦争"を始めるしかないだろう。キサマらがずっと下に見ている醜いモノに敗れた弱者はもっと醜いのだと、多くの驕った吸血鬼共にその身をもって思い知らせてやるしかないのだ。
「ククッ、いいぞ。それと、この焔鬼天と同じように自身の能力を極限まで高める装備を他にも作れるか? それも装飾品のようになるべく"多数"装備できる形ならなおよいが」
「作れなくはありません。ですが、それらを作り出すのも、使うのにも大量の"命"を代償にします。焔鬼天一つの所持でさえ危険を伴うのに、多数を持つというのは……」
「構わん。俺は、奴と全てを賭けた"本気"の殺し合いがしたいのだ。ああ、血を流し魂を削り合う殺し合いをするというのに、殺し合った"後の事"など考える必要はなかろう? 俺の命は、ただその為だけに使うと決めたのだからな!」
ゾンビウォーリアならば己という敵を殺す為に全てを賭けてくれるだろう。ならば己もまた、全てを賭けねば不作法というものだろう。勝ちも負けも関係ない。その戦いに文字通り己の全て、人生を賭けるのだ。
余命など、1年、いや精々半年も持てば十分だ。悠久の寿命や時間に任せてダラダラと数百年も修行し続けるつもりもない。無駄に長く生きすぎた結果、始祖のように目的も無くただ退屈を持て余すだけな怠惰な生き方などごめん被るというものだ。
「しかし…」
「アメミヤよ。俺は奴との戦いで学んだのだ。後の事を考えれば必ず"甘え"と"油断"が生じる。本気を出せなくなる。どこかで余力を残そうとしてダラダラ過ごすための言い訳を考え始めるようになるのだ。その結果、俺は本気を出し切れずに無様に負けた。負けて何もかもを失いかけた。そして、生まれた意味を全うすることすらもできず、これまでにしてきた努力も水泡と帰してしまうのだ。そんな状態で生き続けて、俺は生きていると言えるか? いいや違うな。 ただ”死んでいない”だけだろうが」
「分かりました。そこまでの覚悟がグラーキス様におありだというのでしたら作らせて頂きます」
「そうだアメミヤ。俺はキサマの全身全霊を込めた本気の作品を、狂気を! 可能性が見たい! キサマの生まれた意味とその証を! 此処に存在しているという魂の叫びを! どうか俺の前に打ち立ててみせてくれ! 例え世界がキサマを否定しようとも、俺は、俺だけはキサマの努力と本気を認めよう! いや、世界にさえ認めさせてみせよう! だから、この俺の足跡へ続くがいい!」
グラーキス君…ゾンヲリさんに脳を破壊されて…ゴールドタイガーになっちゃった…。
なお、エデン実験の元ネタはユニバース25という動物実験の結果をそのまんまパク…(殴
あと一話くらいで一先ずグラーキス君のお話には区切り入ると思います……はい。
憧れとは、理解からもっとも遠い感情と云々かんぬん…
なお、サガフロ風に言うならば、ゴサルスのお店で幻魔(全ステータス+7)にトウテツパターン(強固な耐性)に砂の器まで購入しての残り最大LP3(ブルー君辺りになるとLP1)くらいになってる奴ですが、グラーキス君の場合はトウテツパターンを両手両足指に付けた上で体内や心臓にも埋め込む勢いでLPを払う気満々なくらいには"本気"みたいですね。ごま塩程度に覚えておいて欲しいのさ…。




