第五十二話:血み泥の味
今回は……うん。人によっては脳機能を破壊してしまう過激描写が含まれているので予めNTR警報を出しておきますね。なので苦手な方はスルーしてくださいね! つまり、ここから先は自己責任ですよ!
「くくく……ふふふふ……は、ははは……勝った……勝ったぞ。今度こそ俺はついに勝ったのだ! ハァーーーッハッハッハッハッハ!!」
ゾンビウォーリアの身体を完全にバラバラになるまで引き裂いてやった。これでもう流石に奴も動けんだろう。これでもまだ生首だけで動き出しそうな気配があるだけに油断はならぬがな。
己は転がり落ちてる生首を拾って勝鬨をあげてやったのだ。
この戦いで己は多くのモノを失ってしまった。これまでに溜めてきた血力、居城、そして奴隷共。己にとってはどれも安くはない大きな犠牲を払った。だが、その徒労感すらも今は心地が良い。
ああ、かつてない程に勝利の美酒という高揚感に己は酔いしれていた。全身全霊を込めて必死に戦って手繰り寄せた勝利、戦いを介して一つ上の位階へと昇りつめたという実感。どれも代えがたい。
本気で戦い勝利を手にする。このような快感を知らなかった今までの己は何と愚かだったのか。今にして思えば恥ずべきだろう。
「ゾンビウォーリア。キサマを踏み潰すのは……ぜぇ……もう少しだけ……ぜぇ…後にしてやる。キサマに加担した裏切り者共や……ぜぇ……キサマにとって大事な者共を……ぜぇ……目の前で辱め……ぜぇ…ギアスで操り人形にしてやった……ぜぇ……様子をたっぷりと見せつけて……ぜぇ…やった後だ。それが、俺に逆らった者への……ぜぇ……裁きだ」
「言ったそばからまた油断か。懲りないな。敵の頭は潰せる時にすぐに潰しておかないと、後悔するぞ」
ククッ……。決して楽に殺してなるものか。劣等吸血鬼が貴族であるこの己をここまでコケにしてくれたのだ。死、などという生ぬるい終わりは許さん。ああ、そうだ、そうだとも、己に逆らい挑んだ事をたっぷりと後悔させてやらねば己の気が済まぬ。 その余裕ぶった表情が泣き崩れ慈悲を懇願するようになった暁に見せつけてやるのだ。
真の絶望というものをな。
「油断……?違うな、これは勝者の余裕だ。負け惜しみが………ぜぇ…聞いて心地よいわ……ぜぇ……。しかし……少し……というか、かなり、疲れたな……。ぜぇ……血が、足りん……。女、女だ。処女の生き血が要る……」
こうして立っているのでさえも辛くなる程の痛みが肉体に残り続ける感覚を味わうのは、始祖に対しうっかり不敬を働いて存在ごと全殺しにされかけた時以来だろう。
だが、今はその痛みでさえも心地が良い。いい加減飽きてきた女共の血の味も、今なら至上の美酒に感じられるに違いない。ふっ、たまには優しくしてやるのも悪くないな。
生首を手に持って部屋の出入り口に目をやると、そこにはミラカが立っていた。ああ、香しい処女の匂いだ。今、己が、一番欲してる女がそこに居た。
「丁度いい。今すぐ血を寄越せ、ミラカ。命令だ」
そう言うとミラカはつかつかとゆっくり近づいてくる。普段なら命令すると嫌々といった感じだが、今回はやけに素直なのがつまらんな。
あの嫌がっているのを吸血で徐々に蕩けさせ、奴隷としての分を弁えるように躾けてやるのが面白いというのにな。
ミラカの肩口に触れようとした瞬間だ。
「ミラカに触れるな」
手を弾かれた。どういうことだ。そのはずみでうっかりと生首を落としてしまった。
「は……? おい、命令だ。血を寄越せ」
「ミラカはもう、お前の命令は聞かない。邪魔だ」
「グアッ!?ガフッ」
ミラカに蹴り飛ばされて壁に激突する。一瞬何が起こったのかを脳が理解するのを拒んだ。遅れてやってくる鈍痛に呻く。またアバラが折れて内臓が潰れたのか。
何百何千回と折られ続けていい加減この痛みに慣れつつあるのも困りものだが、思いの外己の身体は脆くなっている。
いや、それよりも、不味い、不味いぞ。あまりにも消耗しすぎてミラカを支配できなくなっているのか!?
そして、ミラカの奴は己を蹴り飛ばしておいて何をしているのかと思えば、落ちている生首の前にしゃがみこんで大事そうに両手で持ち上げているではないか。
「お、おい。待てミラカ。キサマ、何をやっている……何をやろうとしている!!」
「ミラカの君主様ぁ……」
今までのミラカから一度も聞いたことの無いような甘ったるく媚びた声音だ。そして、己に一度も見せたことのないような潤んだ目で生首を見つめているのだ。
そして、ミラカは壁に埋まっている己のことなど全く見向きもしようとしない。
お、おい、まて、待て待て待て。なんだそれは。
「ミラカが今まで貴方様からお借りしていた血液をお返し致します」
「やめろ……やめろぉおおお!」
「煩い、"少し黙れ"。雰囲気を壊して耳障りだ」
「ォアッ!?」
声が、出せぬ。全身に痛みが張り巡らされる。ま、まさか。この己が、ミラカより格下だとでもいうのか? 馬鹿な、馬鹿な馬鹿な!?
「ーーーーっ!!!!!」
己は、一体何を見せつけられているのだ。
ミラカが、己のミラカが、あの生首と口づけをかわしている。やめろ、それは己の女だぞ。あの血も、柔らかな身体も、全部己の為にある女だぞ。
それが何故、何故何故何故何故何故――
「はぁっ……んっ……」
尚もミラカは貪るように生首を相手に口づけを繰り返すと、そのうち生首から肉が生え始めた。なんだこれは、性質の悪い悪夢を見ているのか? あれだけ必死に殴ってようやく身体をバラバラに引き裂いてやったのに、新しく身体が生え変わってきているのだ。
つまり、ミラカの血を得たことで心臓と共に"再生能力を取り戻した"のだ。あの化け物は。
なんだそれは、ふざけるな。肉体再生なんて卑怯で理不尽にも程があるだろうが、ふざけるな、ふざけるなふざけるな。あんな化け物に持たせていい能力ではない。
「……はぁ……」
「……ミラカ、お前はそれでいいのか?」
「いい。ミラカの使徒であるお前がミラカの君になって欲しい。グラーキス、アイツは全然ダメだ」
裸体の化け物に身体を押し付けるように縋りついて抱き着く媚びた女の姿が目に映っている。あんなものが純潔を保った処女だと? ふざけるな!ふざけるな! どう見ても血も魂も身体も汚れきった淫売そのものだろうが。
湧き上がる怒りのあまりに全身の血管がブチブチとはちきれる痛みに支配される。
「ミラカァアアアア! キサマァアアアアア!俺を裏切るというのかぁああああ!!!!!」
そうだ、この程度のギアスなど気合で破れる。奴に出来て己に出来ぬわけが――
「チッ、本当に煩いな。それより君主様……ぁ♡。ミラカの血液はまだ足りてませんか?よろしかったらミラカからもっと直接吸って下さい……♡」
「……いや、もう肉体を再生する分には十分貰っているが……」
「いいえ、全然足りてません。ですから……」
「一応戦闘中なので少々気が……いや、個人的に大分気が進まないが……いや、そうだな。これも"ユークの願い"のうちか。ならば。お前を貰うぞ。ミラカ」
奴はそう言うと、意を決したのか無防備に晒されてるミラカの首筋に、己専用だった吸血痕に無遠慮に吸血牙を挿し込んで――
「はぁい♡ あっ……」
「待て、待て待てまて!やめろ!やめ――」
「はぁ……ん♡ああっ♡あっ♡あっ♡吸われてるっ♡ もっとぉ……♡ もっとミラカを吸って♡ 求めて下さい♡ もっとぉ~~~♡君主様~~~ぁっ♡」
ジュル、ジュル、と、血液を啜る下品な水音が鳴り響く。
あのミラカが喘いでいる。己ではない別の男に抱かれて、吸血されて、快楽に顔を歪ませては己ではない別の男のことを心から愛しそうに呼び嬌声をあげている。
頭が、脳味噌が、どうにかなりそうだ。
「お、おぇ……おぇぇえええええ……」
こみ上げる胃液を吐き出してしまう。
己の築き上げてきた世界がガラガラと崩れ落ちていく。目を背けたくなるような光景を見せつけられている。なのに、目が離せないのだ。 己の目の前で、己の為の女が、己以外の女に成り果てていく様に、己は目を背ける事が出来ない。
まるで身に食らいつく蛇のように身をくねらせ縋りつく浅ましい女の姿。己には一度も見せたことの無いような表情を浮かべる女の姿。それを見て、己は、己は。
見惚れてしまっていたのだ。
今、この瞬間にはっきりと自覚してしまった。己は、ミラカを心の底から欲しているのだと。そして、それを奴に奪われたのだと。
悔しさと、怒りと、悲しさと、憎悪。情欲、そしてそれ以外のよくわからない感情でグチャグチャになって言葉にできない。
「み、ミラカァ……」
「ふぁぁ~♡気持ちいい♡ 気持ちいいですぅ♡ぅぅ~~~~♡」
ミラカはもう、己を見ていない。眼中に入らないのだ。己の発した情けない声さえも、もはやムシケラの放つ鳴声とでも言うがごとく、ただ目の前の快楽だけに集中している。
どうして、どうして……。己から全てを簒奪していくのだ。奴は、ゾンビウォーリア―は。
「クス……」
誰かが、己を見下ろして嗤っている。そんな声さえも聞こえてくる。やめろ、嗤うな。嗤うな嗤うな嗤うな。どうしてこっちに来てまで己は嗤われなくてはならない。ここでなら嗤っていいのは己だけのはずだったのに、何故、何故何故ぇ……。
己は、こうして見ていることしか出来ないのだ……。
「うわあああああああああああああああああああ!」
絶叫しながら何度も地面に頭を勢いよく打ちつけ続ける。現実を忘れられるような激しい痛みが欲しかった。そうしなければ己は己を保てそうになかったからだ。
血が止まらない。涙も止まらない。そうして気づいた。己が泣いていることに。
今この現状に抗う力を持たぬ己の無力感からか、ミラカを失った事を自覚した喪失感からか、もう取り返せぬところに来てしまったという絶望感からか。この状況を生み出した理不尽の権化そのものへの抗議からか。
もはや、分からぬ。何も……。
やがて、女の嬌声が止んだ。己から全てを簒奪していった男は、ぐったりとしているミラカを静かに寝かせる。
「ん……"負けるな"よ。ミラカの使徒としての命令だからな」
「ああ」
その短いやり取りを終え、立ち上がってこちらを見据えてくる。
「待たせたな。では、第二ラウンドといこうか。グラーキス」
そして理解する。始めにゾンビウォーリア―と相対とした時と、平常的に周囲に発している魔力、闘気、肉体の強さ、そして吸血鬼としての格が二段階程上がっていることに。今の奴はエルダー相当の吸血鬼。
本来のミラカの使徒としての力を取り戻した状態にある。
つまり、完全回復のふりだし。それどころか第二形態、もはや最初とは別物と化し、吸血鬼の即時再生能力すらも手にした状態だ。
心が軋み、折れる音がした。
なんせ、己にはもう、もう一度劣等吸血鬼状態の奴と戦える余力さえもはや残っていないのだから。
「は……ははは……」
本当にどうしようも無いモノを見かけてしまった時、思わず笑い声がこみ上げてしまうのだ。なんせ、奴は、"わざと自身の力を落とした貧血状態"で己と戦っていたのだ。まるで、己如きを相手するならこの程度で十分だと言わんがごとく。
実際問題、己を相手するにはそれで充分だったのだ。今のこの状況が物語っている。それでもなお、ありとあらゆる計算を巡らし、勝機を見出そうと考えて結論を導き出した……。その結果…。
必敗だった。どうしようもない。
ミラカや愛玩奴隷共を手駒に持ち、【血の代行犠牲】とブラッドマジックを十全に使える初期の頃ならばまだ戦いようはあった。ゾンビウォーリア―という相手に真剣に向き合い、策を巡らしていれば勝てる可能性があった。かもしれない。
ああ、だが、今はそれはもう、無いモノねだりでしかない。全て失った後なのだから。
もう、弱者に許された最後の手段、服従の姿勢をとるべきだ。そう、思ってしまった。己は自ら崩れおちようとした。だが……
「戦え」
キィンと脳裏に響く、奴のその言葉に呼応するように肉体が、全身が、軋み始める。ギアスだ。強制的に再び戦闘態勢をとらされる。なんだそれは、あんまりだろう。
もはや奴の接近を目で捉えることすらも叶わない。迫りくる暴風に頭を鷲づかみにされ、遺跡の地盤へと勢いよく叩きつけられ、そのままヤスリがけされるように地を引きずられる。
地盤で顔面を研磨される度にジリジリと火の粉を噴き上げらえる。全身を削られる。壁面に叩きつけられ、全身を砕かれ、消し飛んだ頭部が元に戻ると再び頭を鷲づかみにされ、また引きずられ、壁面へと叩きつけられる。
口元に広がっていたのは血と汚泥の味だ。
気づけば遺跡の岩盤を全て貫通して外まで投げ飛ばされたらしい。その辺に生えてる枯れた巨木も2本程へし折っていた。
「もう……無理だ。許してくれ……お願いだ」
「血が流れるならまだ戦えるだろう。さぁ立て、戦え」
頭を踏みつけられ地面に縫い付けられていた。
ギアスの命令に従うままに起き上がろうにもピクりとも動けない。ふざけるな、立てと命令するならせめて立てるように配慮しろ。こんな理不尽な命令あってたまるか。
圧倒的膂力、理不尽なまでの暴力、生物としての格の違いを思い知らされている。
思い返せば、これはさっきの己と奴の立場が入れ替わった状態にある。だが、奴はどんなにボロボロになっても「まだだ」と言いながら立ち上がってきた。吐き出す血反吐さえなくなってもなお。
ああ、異常だ。なんでそんな真似が出来る? 理解できぬ。まるで勝機さえも見出せぬのに、無駄だろう。無意味だろう。虚しさしかない。いっそ死んでしまえたら、存在ごと消滅してしまえたら楽なのに。そんな黒い絶望という概念そのものが立ちはだかっているようなものだ。
なんでそれで這い上がろうと思えるのだ。己には理解できぬ。だが、結果だけを見れば、這い上がり続けた奴は今、己をこうして踏み下している。
「もう……十分だろう……? いっそのこと、殺してくれ……ガハッ」
「いいや、まだだ。まだ足りない。この肉体に残された"遺志"が言っている。お前の全てを奪い殺し尽くすにはまだ足りないとな」
そう言って己の頭を踏み潰していく。再生する度に何度も何度も何度も。へし折った丸太で心臓ごと地面にくし刺しにされ、地面に縫い付けられて身動きもとれぬまま、ただ一方的に踏み潰され続ける。私刑、拷問だ。
己の、この吸血鬼という容易く死ねぬ無敵にも近い頑丈な身体に生まれてしまったことを憎んだ。こんなにも殺されることが辛いことなのだと初めて知った。
女達を奪われる苦しみ、ただ一方的に殴られ続ける惨めさ、後悔。痛みで身体が悲鳴をあげている。心も悲鳴をあげている。もはや、身体をピクリとも動かすことも叶わない。ただその事実だけが己に圧し掛かって来るのだ。
やがて精も根も尽き果て、ギアスでさえも肉体がピクリとも動けなくなった。
「これが、敗北、なの、か…ぁ……」
己が生まれて初めて行った本気の喧嘩での敗北。取るに足らない、ゴミのような劣等吸血鬼に、貴族であるこの己が敗れたのだ。そして、そのたった一度の敗北で、敗者である己は全てを奪われたのだと。
例えるなら、絶対的強者によって生きたままハラワタを貪り食われていく、そんなエサになったような気分だろう。そう、己は今、エサ以下に成り果てている。生殺与奪の権利すらも奪われ、ただ死に朽ちていくだけのエサ。
あまりにも、残酷で無慈悲な世界の真理。弱者の末路だ。
「俺は……弱いのか……こんなにも」
「いいや、グラーキス。お前は間違いなく強かったよ。俺が一人でどれだけ人事を尽くしたところで勝てはしなかっただろう」
「詭弁を。ならば何故俺は負けている……キサマは俺を踏みつけている。強者は弱者を踏みつけるものだろうが」
「俺がお前に勝てたのだとすれば、それは偶々"運が良かった"だけだ。そしてお前は、運が悪かった」
「運……だと……」
生まれ持った才でもなく、己を陥れた策や智謀でもなく、何度でも立ち上がる不屈の覚悟と闘志でもなく、己を圧倒してみせた戦闘技術でもなく、ただの"運"であると奴は言ったのだ。
「本来ならば、先ほど生首にされた時点でお前は俺に勝利していただろう。いや、それ以前に、吸血鬼の力を手にしなければ、俺はお前と"戦う"という段階に持ち込むことすら困難だっただろう。しかし、その状況を覆した者がいる。俺は偶然その"恩恵を得て"勝利できたにすぎない」
「ミラカ……か……。く、くくく……ははっ…よもや飼い犬に喉笛を噛みちぎられようとはな。これもキサマの計算のうちか?」
「いいや、こればかりは"行き当たりばったり"でしかない。俺が目論んだのは、お前が用いる戦術の中で最も厄介な"数の暴力"を防ぐために、ミラカも含めたお前のギアスや"魅了"による支配が及ぶ可能性のある吸血鬼や女性達を極力戦闘に介入させないことまでだ」
これには思わず苦笑するしかない。最終的に、己はミラカの気分一つで負けたと言っているのだからな。
もしもミラカの奴が最初からゾンビウォーリアの奴と一緒に乗り込んで来たのならば、ミラカの方をギアスで強制的に支配してそれで戦いは終わっていた。だが、偶々ゾンビウォーリアとの戦いで己は消耗し、力関係が逆転した奇跡的なタイミングでミラカの奴は現れた。
そして、己は、絶好とも言える最悪なタイミングでミラカに裏切られたのだ。
「もう一つ、聞きたい。何故、俺に自決を命じない。ギアスが効いてるのは見ていれば分かるだろう」
「俺はギアスなどという力を信用していない。所詮俺に破られる程度の力だ。他者に破られない道理もない。そして、ギアスは意に反する強度の高い命令である程反発されやすくなる傾向にある。自決はその最たる例だろう。現にお前はギアスを破っている。自決したとみせかけた所を霧化され逃走でもされようものならば俺にはお前を追う手段がない。そして、俺にとって最も困ることは、"俺を学習したお前"に万全の状態で戦に臨まれることだ。ならば、"反発されにくい"程度のギアスをかけてお前の"逃亡"意欲を削ぐべきだろう。今、この場で、確実にお前を"完全に殺しきる"ためにな」
奴にかけられた"戦え"のギアスは依然として己の中で叫び続けている。戦え、戦え、と。何度も反響し、ては脳裏に呼びかけて来るのだ。
その声に逆らえば肉体が軋み、全身の血管が引き千切れるような痛みに見舞われる。その一方で声に従うならば思考の迷いは消え去り、得体の知れない快楽、高揚感、万能感に支配され、普段の実力以上の力を発揮できるようになる。
命令に殉じようとする限りにおいて、ギアスは肉体と精神に良い影響をもたらすのだ。よって、ゾンビウォーリアのギアスに従って戦うというのは、一見己を有利にするだけだ。
冷静に考えれば、不可解だろう。だが、その疑問もようやく氷解した。
ゾンビウォーリアには己を完全に殺し切る手段は限られていた。逃げようと思えば己は霧化などで幾らでも逃げる手段があったはずだ。長い目で見れば、屈辱に耐えて一旦この戦いは捨て、多数の女を襲って力を取り戻してから再戦する。今度は確実に奴を倒せるように対策を練り作戦をたてることもできたはずだ。なのに……。
例え勝機がか細くても、勝ちさえすれば全てを得ることが出来る。その戦い勝利することへの一定の合理性が、誘惑が、思考の誘導が、吸血鬼の誇りが、己から"逃げる"という選択肢を奪い去っていたのだ。
気が付けば、己はもはや余力すらも使い果たし奴から逃げられなくなっていた。
「そうか、完敗だ……」
清々しい程に完敗だった。己は負けたのだ。吸血鬼として、男として、ありとあらゆる意味で、己はこの男に負けた。
なにより、この敗北に己自身が"納得"してしまった。言い訳のしようなどない。
「いたずらに嬲る趣味はない。が、生憎今の俺ではお前を上手く殺してやることはできそうにない。だから、存分に俺を恨んでくれ。グラーキス。お前の憎悪も受け入れよう」
そうして再び頭部を踏み潰される。
「恨みなど、するものか……だが…」
弱者が強者によって支配されるのは当然のことだ。殺されるのも、隷属させられるのも、それに文句を言うのは筋違いだ。
少なくとも吸血鬼という生き方においては、"弱い事が悪い"のだ。己は奴より弱かった。ただそれだけのことだ。奴が己をこうして踏み潰し殺すことも、ミラカや女共を奪っていくことも、強者として当然の権利を行使しているだけだ。
始祖を前にすればその血族は例外なく隷属しひれ伏すことしかできないように、始祖の機嫌次第で個々人の事情や感情など関係なしに殺され、弄ばれ、犯されることなど当たり前であるように。吸血鬼の誰しもがそのルールに疑問を持った事は無ければ、覆そうなどと試みた者もいない。
だが、ゾンビウォーリアはそれを覆してみせてくれたのだ。そのような"ルールなど下らない"と。本気を出せば抗えるのだ。と。
「これが口惜しいという気持ちなのだな」
恐らく、奴は本気で努力してきたのだろう。傍から見れば無様で滑稽で醜い努力をしてきたのだ。ただ拳で目の前の相手を殴りつける。ただそれだけの行為の効率性をひたすら追求し、身体能力の差さえも覆す為だけに、一体どれだけの時間を費やしてきたのかは今の己には計り知れぬ。
奴と己ではその技術には天と地程の格差が生じているのは紛れもなく事実だろう。
こうして痛みを受け続けても、奴もまた己と同じか、それ以上の痛みと屈辱、そして不条理と絶望を味わってきたのだろう。しかし、それでもなお、奴は痛みと不条理に耐えて直進し続けたのだ。
ゾンビウォーリア、奴は、己を殺す為に、一挙手一投足の全てが常に"本気"だった。これまで生きることさえもどこか投げやりで怠惰だった己と違って。
「今しばらくは、ミラカや奴隷共もキサマに預けておいてやる」
今にして思えば、結局奴はミラカを除けば、己の奴隷の血を吸っていないし、処女を犯してもいないのは匂いで分かった。ただ、己を逆上させて冷静さを奪う為に嘘をついたのだ。冷静に考えれば吸血鬼ならば誰でも分かるようなつまらない嘘をな。
だが、己はそのつまらない嘘一つで、窮地に陥った。そして、ギアスが効いてないのも大嘘だった。単に虚勢を張って根性一つで耐えていただけ。
それを見て、己の方が勝手に怯えていたのだから、今にして思えば笑える話だろう。これでは道化だ。だが、そんな道化のようなつまらない嘘一つをつけばこの状況にもっていけると奴は"計算"していたのだ。
己という吸血鬼と本気で向き合ってな。
ゾンビウォーリア、奴ほど己のことを本気で見て、本気で向き合ってくれた者は居ないだろう。そして、奴だけは本気で己のことを強かったと認め称賛してくれたのだろう。
だからこそ口惜しいのだ。この時間が終わることに。
「今度は、俺も本気でお前と戦ってみせよう。また相まみえる時が来るまで、つまらん奴につまらん殺され方をするのは許さんぞ。ゾンビウォーリア」
次、踏み潰されれば己は死ぬ。その確信がある。これから死ぬというのに、今以上に生を実感した覚えはない。
今ならばミラカの奴が惚れ込んだ理由も理解できる。今度は、今度こそは心行くまで、本気で命を燃やし尽くして殺し、殺されよう。己の最強の宿敵であり、畏怖し、尊敬すべき、麗しき不死身の吸血鬼よ。
「今度、か。では、死の先、深淵の果てでまた会おう」
「さらばだ――」
始祖の血を受けた吸血鬼を本当の意味で殺すにはただ肉体を滅ぼすだけでは不可能だ。霧散した魂は"棺"の置かれた場所へと還るようになっている。そして、血肉があれば何度でも復活できる。
己の棺が破壊されない限り、己は決して死なない。死ねないのだ。そして、己の魂の棺はこの世界には置かれてはいない。ミラカの棺もそうだ。
だから、今度は、今度こそは本気で殺し合おう。このようなつまらん保険など無しにな。
う~ん、こ れ は ひ ど い 。
ゾンヲリさんの性質悪いところは自分は寝取らせ癖があるくせに次々寝取っていくとこ、そういうとこだぞ。
そして、グラーキス君が脳を破壊されすぎた結果ガチホモを拗らせゾンヲリさん信者になるというオチも中々ひどい。
こうして通称ゾンヲリさん仕込みの気合と根性と本気による【ギアス破り】を習得し、努力することのすばらしさを脳に叩きこまれてアップデートしてしまったグラーキス君が故郷に帰って"不死身のゴリ押しによる本気の努力"をし続けるようになってまたひと悶着あるわけですが……。ままエアロ……。
クソ体力のボスキャラがどこぞの破壊神のベホ〇やどこぞの閣下のディ〇ラハンやらどこぞの邪竜のキュア〇ラムスのようにHP割合全回復使うのやっちゃだめだろ……というグラーキス君の後頭部ブーメラン芸が今回のお話なのさ……。