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第五十一話:吸血鬼ミラカのもんもん


「硝子の棺に寝てた奴はユーリカで最後だな。これでようやく全員か」


「遺跡が急に崩れ出すだなんて……あの、ミラカ様、今一体何が起こっているのでしょうか? 状況が…」


「今は説明してられない。とにかく急いで遺跡の外まで避難しないと巻き添えを食うからな! とにかく走れ!」


「は、はい」


 アイツと別れてから、ミラカは遺跡の中を駆けずりまわって硝子の棺の中で寝ている愛玩奴隷達を起こして回った。奴隷達は皆極度の貧血状態で、ほぼ廃棄物化寸前の所を暗示をかけて仮死状態にする形で無理矢理渇きを誤魔化しているから、起きた直後はすぐに輸血してやらないと大変なことになるんだよな。


 一人二人ならまだいいけど、数十人分も輸血するとなるとミラカも正直しんどい。アイツから沢山血を分けて貰ってなかったらこんなことしようだなんて思えなかったくらいだ。


「はぁ……何とか間に合ったか……ん、んん……?」

「ミラカ様……空が……空が見えます」


 湖畔の遺跡を脱出して一息をついて、ふと湖の方に視線を向けたら紅く光る星が湖に写って……。

 違和感に気づいて空を見上げると、爛々と輝く星々が空一面に広がっている。


 【宵闇の霧】が解除されている。


 その事実にミラカに限らず愛玩奴隷達も困惑していた。当然だ。低位の吸血鬼にとって太陽の光は天敵だ。浴びたら焼けて死んでしまう恐怖の対象なんだ。


 それを覆い隠してくれる【宵闇の霧】とは、吸血鬼が朝と昼の時間に活動するためには必要不可欠なものだ。まぁ、ミラカなら別に無くても平気なんだけど。力は大分落ちるから太陽が嫌なものであるのは変わらないんだけどな。


「アイツ……いや、皆起こしたらこうなるのは当然だよな……」


 【宵闇の霧】は吸血鬼の勢力圏の維持と生存に欠かせない。だって吸血鬼が朝日に弱いと分かれば当然皆その時間帯に吸血鬼を狙うようになるだろうし、建物の中で日光からずっと身を隠し続けて生活し続けるだなんて不便この上ない。

 なんか怪しげな魔法を使うような連中の魔法そのものを封じられるので、吸血鬼が吸血鬼としての強さを発揮しながら魔法で弱点も突かれにくくなる夢のような環境にしてくれるのが【宵闇の霧】だ。


 だけど、【宵闇の霧】の発動は良い事ばかりじゃない。


 その発動と維持には膨大な量の魔力を必要とする。それこそ、【血の代行犠牲】によって多数の愛玩奴隷達から無理矢理抽出した生命力と魔力を常に消費し続けないといけないんだ。それが今、愛玩奴隷達を襲っている廃棄物化と渇きの原因になっているように。


 当然の話だけど、【宵闇の霧】の範囲を拡大すればするほど、常に消費し続ける生命力と魔力量は増大する。分かってはいたことだけど、いずれ絶対どこかで"破綻"するようになっている。現に今はもう破綻寸前だった。


 だって愛玩奴隷一人の渇きを満足に潤すために処女の生き血が毎日一人分は必要になる。50人も愛玩奴隷が居たら50人分の処女を毎日捕まえて来なきゃいけなくなる。そんなの絶対無理だろ。

 そのくせグラーキスは処女を捕まえてくると全員愛玩奴隷にしてしまう。自分だけが毎日好き放題吸血して渇きを満たしてるから気づいてないんだろうけどさ。



 周辺から拉致できる処女の生贄が枯渇してしまったら、もう新しい魔力と血液も得られなくなる。そうなるともう、全員一気にまとめて飢えるんだよな……。正直なところ、ミラカも色々だましだましに誤魔化してきたけど、限界だった。


「なぁ、お前達に聞くけどさ。グラーキスの事はどう思ってる?」


「愛すべき我らが主です」

「偉大なる君」

「慈悲深き君」


「ああ……うん、そうだよな。ごめん」


 前々も同じような質問をして同じような答えが返ってきて頭痛がしてきたことがある。そうなんだよな、こいつらはこいつらで一応幸せなんだ。まぁ……一応命令に従ってると気持ちいいし、吸血されても気持ちいいし……。ミラカも最近までそれでいいような気がしてたんだよな……。頭真っ白になるくらい気持ちいいから……。


「渇きは辛くないのか?」


「辛いです」

「苦しい……です」


 まぁ、それはそれ、これはこれなんだよな。


「だよな。じゃあ、それが無くなる……とは言わないけどマシになるとしたらどう思う?」


「そんなこと……ありえるのでしょうか?」


 その解決法が【宵闇の霧】を止めるということなんだ。そうすれば、少なくとも今の7倍くらいは渇かずに済む。アイツが現れる以前ならそんな選択肢があるだなんて思いもしなかった。


 ミラカが何言ったってグラーキスは絶対【宵闇の霧】をやめる気ないからな……自分だけは好き放題やれて何も苦しくない王様なんだから。


「あの……ミラカ様、空に赤い霧が……」


「うわ! おい、皆避けろ!【血死の霧雨】が来るぞ!」


 空一面を覆い尽くす赤い霧が、血の矢の形になって無造作に降り注いでくる。その攻撃範囲は驟雨地帯は遺跡全域だけど、ポツポツとした小雨程度なら湖の外側にある森林にも降っているくらいには広い。


「きゃあああああ!」


 ミラカならこのくらい防ぐのは全然平気だけど、病み上がりの奴隷達だと小雨にも反応しきれず血矢を被弾してしまう者も出て来る。


「あ、あ、ぁあっ! 血が……血が…吸われてっ、ぁぁあああ!」


 血矢に少しでも触れると吸血を受ける。


 愛玩奴隷達の傷口から流れ出ていく血は一筋の道になって遺跡の中へと吸い寄せられていく。そして、血を吸われてしまった愛玩奴隷達は見る見る痩せこけていき、乾いた老人のような姿に成り果ててしまう。


「おい、大丈夫か! ああもう、また血をやらないと……。くそ、あのバカ、まさか本当に考え無しに【血死の霧雨】を使うだなんて……宵闇の霧の再発動もすぐに出来ないのに、太陽の光を遮れる遺跡の天井まで全部ぶち壊してどうする気なんだよ! 自分でこいつらを全滅させる気か?」


 その後、血矢に被弾してしまった愛玩奴隷達に再輸血を済ませた。正直、グラーキスの奴には文句の一つは言ってやらないと気がすまなかった。


 だから、ミラカは一人でグラーキスの居る場所に向かったんだ。


「オラァァアア!しねぇぇええええ!」

「まだだ」

「さっさとくたばれぇえええ! ミンチにしてやる!」

「いいや、まだだ!」

「しつこいぞ、この死にぞこないめがぁああ!」

「まだだ!」


 現場に駆け付けたらグラーキスとアイツがずっと殴り合っていた。なんというかこう、もはやなりふり構ってない感じだ。お互い顔面から何からグチャグチャの酷い恰好をしている。アイツなんてなんであれで動けるのか不思議なくらい酷い見た目だ。首取れてるじゃないか。


 どっちが勝ってるのかで言えば多分グラーキスの方で、アイツは単に食い下がってるだけのように見える。


「……なんだこれ」


 正直、【血死の霧雨】を使わせる程にアイツがグラーキスを追い詰めてしまってるとは思ってなかった。それと、【血死の霧雨】をこんな場所で使う程グラーキスが考え無しの馬鹿だとも思ってなかった。


 ほんと、もう、馬鹿ばかりだ。ミラカも含めて。


「ミラカは、どうすればいいんだろうな……」


 どっちの味方をするべきなんだろうか。それともこのまま立ち尽くして見ていればいいのだろうか。


 アイツはミラカの使徒で、グラーキスはミラカをこき使っていて、だけど、ミラカとしてはミラカの使徒に勝って欲しい気持ちはある。やっぱり自分の血で作った使徒が勝ったら誇らしいし。


 だけど、吸血鬼の今後のために、アイツがグラーキスに勝つことは正しいんだろうか? そんな疑問がやっぱり浮かぶんだ。


 だって眷属を増やして、【宵闇の霧】で吸血鬼の勢力圏を徐々に増やして大きな国を作るというグラーキスのやり方自体は吸血鬼という種族がこの先生きのこるためには間違ってないんだ。 だから多少気に食わなくてもミラカはグラーキスの横暴を我慢した。我慢したんだ。


 処女の生き血しか吸わないくせして、ミラカが何とかエルフの処女をさらってくると何を思ったか全員眷属にするなんて馬鹿な真似をやりだしたって許したんだ。それでも、グラーキスが一番強くて無敵だったのなら何とかなると思った。思っていたんだ!


 でも、現実はあれだ。【血死の霧雨】まで使って自分の愛玩奴隷まで無差別に巻き込んでおいて、ボロボロになってるミラカの使徒とボロボロになりながら殴り合ってる。


 なんか、もう、無様だ。


 そしてミラカ自身、今のグラーキスには何の畏れも感じてない。怖くないんだ。


 そう思ったらなんか段々とムカついてきた。


 なんでミラカはあんな奴に今まで従ってきたんだ? ミラカから一方的に血を吸うばっかりで一滴すらも分けてくれないくらいケチくさいし、吸血中の身体の触り方がいつまでも胸とかお尻とかばっか揉んできてなんかいやらしい上にねちっこくて嫌だし。そのくせいつも高圧的でミラカのことを物みたいな扱いばかりする。


 大体、アイツが今再生能力が無くて苦戦してるのだって、元はと言えば愛玩奴隷を戦闘に巻き込まないようにするために気を配って、ミラカが愛玩奴隷達を起こして輸血していく分の血をアイツが沢山わけてくれたからだ。


 それが無かったら今頃勝ってるのだってどう考えてもアイツの方だろ。何でアイツの方が愛玩奴隷の安全に気を配ってるにグラーキスが無差別に味方を攻撃してるんだよ。おかしいだろ。


 でも、アイツはアイツでミラカの使徒なのに……使徒のはずなのに全然ミラカの言う事を聞いてくれないし、従ってくれる気もない。皆勝手なんだよ! どいつもこいつも


「んっ……」


 疼いた首筋の噛み痕に触れる。元々はグラーキスの噛み痕だった場所だ。でも今はアイツの噛み痕だ。歯形だってもうアイツの形になってる。もう一回グラーキスがここを噛んだってグラーキスの細くて短い牙じゃミラカの奥にまで届かない。


「ミラカに従う気がないんだったら、もういっそのことアイツが……ミラカの主になってくれたら良かったのに……」



 それにアイツの吸血はなんかこう、野性的で、後ろから強く抱きしめられてこう、求められてるって感じがして恥ずかしいけどドキドキするんだ。いやらしく触って来ないし。いや、別に雰囲気が盛り上がった時にちょっとくらい触るだけならミラカだって嫌じゃないし。抱きしめられるだけで終わるのはむしろちょっと寂しく思ったりもするって……

 

「ってああもう! こんな時にミラカは何を考えてるんだ」


 でも、切実な話だ。きっとこの世界にはミラカ達以外に吸血鬼なんて存在しない。吸血鬼になってしまった以上、結局今後もずっと吸血鬼として吸血して、吸血されて、眷属を作ったりして生きていくしかないんだ。


 この世界に元から居る住人(ヒト)からすればそんな害獣みたいな生態をしている吸血鬼なんて種族が受け入れられるわけないのも分かりきってる。だから"力づく"で吸血鬼という種族をこの世界に認めさせるしかないんだ。


 ミラカ達がこれから生きていくためにも


 だから、周りに何でも言うことを聞かせられるような強い奴が王様じゃないといけない。それが出来る奴はグラーキスしか居ないとミラカは思ってた。横暴で、ケチで、自分の事しか考えてなくて、節操無しに女奴隷ばっか作りたがる最低な奴に従うしかないと思ってた。


 でも、今は違う。


 アイツが王様だったら、多分ミラカ達や後から生まれた弱い吸血鬼の事も考えてくれる。だってアイツはイイ奴だ。


 最初にミラカがアイツを追っていた時、何人か別の臭いがする奴らを引き連れてたのに、わざとそいつらから離れるようにミラカの方に近づいてきた。多分、ミラカの追跡からそいつらを逃がすための時間稼ぎだ。それも自分は死ぬつもりの命がけで。


 ミラカから吸血して力を奪った時だって、本当ならミラカに無理矢理言う事を聞かせることだってできたのに、それをしなかった。それどころかミラカに血も返してくれた。愛玩奴隷を誰一人傷つけようとしなかった。


 アイツがもし、自分本位な奴だったらミラカに血を返しもしないし、グラーキスみたいにミラカや愛玩奴隷達を吸血支配して力を奪って操ればもっと有利に戦えたはずなんだ。


 はずなのに……アイツはそれをしなかった。ならもう、どっちに従うべきなのかは考えるまでもないよな。だってそれをしていたら、アイツの方が間違いなくグラーキスより強いんだから。


 吸血鬼のルールは単純だ。一番強い奴に従う。それだけ。

ゾンヲリさんがこれまで行ってきた数々の舐めプ(プロレス)が功をそうしてミラカさんの好感度を稼いだらしい……。というお話。

大規模魔法は味方を巻き込むのでご利用は計画的に……ごま塩程度に覚えておいて欲しいのさ。


このゾン天ワールド、男共のイケメン平均値が徹底して低すぎてクズばかりなものだから、ハルバ君やマジ君すら紳士枠になってしまう有様なのが終わってるよな……

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