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第五十話:貴族より優れた劣等種は居ない


 糸繰人形のようにぎこちない動きで前進させられていた。ギアスに命じられた闘争を遂行するために。


 心は、目の前の首無しの化け物との闘争を拒否していた。


 闘争など、知性も無ければ誇りも無い獣やそれ以下の醜い者同士が行う低俗な行いだ。格下の者に対し一言ギアスで命じればそれだけで絶対服従という上下関係が明確に定まるのだから、高貴な吸血鬼の社会において、戦いとは殆ど発生しえない。あったとしても蹂躙になる。


 ギアスをかけられた時点で"格下"だ。とっくに血は枯渇寸前でブラッドマジックも使えぬ。心が既に敗北を認めている。一言"自害しろ"と命じるだけで終わる。


 なのに、何故戦う必要がある? 馬鹿げている。その労力はあまりにも無駄で、あまりにも徒労だ。合理的ではない。第一痛いし苦しい。こんなことして何になる? とても吸血鬼がやるようなことじゃない。


「ごふっ」


 心臓を刺し貫かれる。何度も腕や足を引き千切られては再生し、そしてまた引き千切られる。


 何度も何度も何度も、やがて再生できなくなるまで力ずくで徹底的に破壊され続けるだなんて、こんな拷問を受けたことはない。どうしてこんな所業が出来る? 理解できぬ。


「ギザッゴブッ」


 首無しの化け物は(おれ)の心臓に杭を打つように、自ら(おのれ)の腕を引き千切り、続けざまに千切れた腕で顔面を殴打してくる。


 胸に刺さった腕が邪魔で心臓を再生できぬ。攻撃も、躱せぬ。


 それは目の前の首無しも同じようで、全身の傷口という傷口から血を吹き出しながら殴りかかって来るのだから、こちらも何とか殴り返そうとすれば横から弾かれ、一方的に逆関節を決められてはそのままへし折られる。


「ぐぁああああ!」


 なんだこれは、理不尽だろう。


 腕は数秒"も"かかってようやく元に戻るが、その間も容赦なく殴られる。ふざけるな、こんなのずるいだろうが。せめて再生し終えるまで待て、それが吸血鬼の戦いにおける礼儀だろうが。


 己からの攻撃は一方的に弾かれ、首無しの化け物の攻撃をは一方的に叩きこまれる。痛みのあまりに転げ回りたいというのに、ギアスがそれを許してはくれない。


 ただ、戦うことを強いられる。


 痛くて、苦しくて、無様で、不毛で、何の為にこんなことをしているのかも分からぬ。己はただ、己による己のためだけの吸血鬼の王国を作りたかっただけだというのに。


 己より格の高い吸血鬼が居る限り、己は絶対に一番にはなれない。ギアスという絶対的支配が吸血鬼の法である限り。


 だから、己は、始祖の支配が及ばぬこの世界に逃れてきた。


 ここでなら己は一番格の高い吸血鬼になれる。いずれ、始祖から直接血を分け与えられたミラカから始祖の権能を完全に吸収し、さらに力を蓄え、始祖を超える数の女を集め、始祖よりも大きな吸血鬼の国を作り、元の世界もいずれ支配してやるつもりだった。


 最初は上手くいっていた。己の血に触れた者は皆己のギアスの支配下にできた。多少厄介な輩が居たとしても、己を殺し切れる者はそういない。一方でこちらはたった一滴でも血を仕込むだけで支配できるのだから、蹂躙だ。始めから戦いになどなりはしない。


 だが、そんな吸血鬼のルールを破壊する化け物が何故か目の前に現れた。今己を散々殴りつけてくれている奴がそれだ。


 己の振う腕は、目の前の化け物には当たらぬ。己の方が速いはずなのに。己の方が力が強いはずなのに。己の方が肉体の状態は良いはずなのに。相手は下級、己は貴族、格にしても己の方が高いはずなのに。


「なぁ……ぜぇ……」


 目の前の化け物の動きはもはやスローモーションだ。それは普段の己ならば躱すことなど造作もないどころか背後すらとっているくらい鈍重なものだろう。


 だが、己の足が全く動かせない。まるで時空魔法で100倍以上の超重力をこの身に受けているかのように、身体がとにかく重くてたまらぬ。


 そうしているうちに殴打されては地べたに殴り倒される。化け物は見下ろすように己の膝を踏みつけ、へし折る。そしてまた、顔面に目掛けて千切れた腕が振り下ろされる。何度も、何度も、何度も。己を殺す為に、己の再生能力を暴力一つで削りきるために。


 そうだ、馬鹿げてる。ほぼ無限とも言える吸血鬼の再生能力を銀の武器や神聖や太陽の光も無しに枯渇させるまで殴りつけるだのと、正気の行いではない。だが、それがまかり通っている。


「なぁ……ぜぇ……だぁ……俺の方が……優れている……はずなのに……なぁ……ぜぇ……」


「確かに、"吸血鬼として"は俺よりもお前の方が遙かに優れているだろう。もしも吸血鬼として、吸血鬼の力と法に則ってお前と戦っていたのならば、俺に万が一の勝機すらもなく、こうして地べたに頭を擦り付けていたのは俺の方だっただろう。だがな」


 化け物はそう言葉にしながら淡々と殴打してくる。


「お前にとって有利な戦場で、有利な法に、そんなものにわざわざ従ってやる道理はない。ギアスと言ったか? 確かにアレは強力無比だ。必殺と言ってもいい。アレが効いてたうちは俺は十分の一すらも実力を発揮できていなかっただろう。だがな、"十分の一程度もあれば"、戦士として未熟なお前を、戦士として相手をする分には十分だ。自分の十倍以上の体格と筋力と俊敏性を誇る獣をこの手で殺せる"技術"を磨いた者を、戦士と呼ぶのだからな」


 ここでようやく、己は致命的な思い違いをしていたことを知った。あの化け物にはギアスが効かなかったのではなく効いていた。効いていた上で、それをただの"力づくと技術でねじ伏せた"のだ。


 己はそれを見て、勝手にギアスが効かないものと思い込んで、再度ギアスをかけ直すことを勝手に諦めていたのだ。だが――


「ばかなぁばかなぁばかなぁ! そんな馬鹿な事が許されてたまるかぁ! ギアスは絶対だ。逆らえば死よりも苦しい激痛に苛まれ続ける! そんな状態で動けるわけがぁ!」


「ならば、その死よりも苦しい痛みとやらに"気合と根性"で耐え続ければいい。逆に言ってしまえば、ギアスなど、心の持ちよう一つで抗える程度の強制力でしかない」


「は……? 気合と……根性……?」


 何を言っているのだ。コイツは。理解できぬ。頭がねじ切れて生首になっても、心臓を潰されても、骨があらぬ方向に曲がっても、全身の血管という血管がズタズタに引き裂かれて噴水のように血液を垂れ流す肉袋と化しても、そのまま動けるのがただの気合と根性だとでも? それも、ギアスによって十分の一に低下した能力のままで? 


 頭がどうにかなりそうだ。 あまりに殴打されすぎて痛みで脳機能に異常をきたして幻覚と幻聴に苛まれてるのか、あるいは性質の悪い悪夢であって欲しいとさえ思う。


 開いた口が塞がらないという言葉は、このことを形容する為にある。同時に戦慄する。


 こんなもの、明らかに物理法則に反しているだろう。首がとれて心臓も肉体も再生できないのならそのまま死ねよ。それが世界の法則だろうが。そういう理不尽でおかしな超常現象を引き起こす理不尽な存在は吸血鬼の五大君のだけで十分だ。


 なんでこんな場所に現れる? なんでよりにもよって己の目の前に現れる? 


「だが、お前の現状を決定づけた要因は違う。俺はお前の強さと持てる手札と性格を事前に知り、その上でお前が本来の実力を発揮できなくなるよう情報を得て策を用意してから戦いに臨んだのに対し、お前は俺という脅威に対し何の手立ても打たずに戦った。その結果、お前は手駒を使えず、得意の魔術も満足に使えず、こうして不得手な肉弾戦で肉弾戦を得意とする俺と戦うという愚を犯した。もしも、どれか一つでも欠けていれば、あるいはお前が肉弾戦の研鑽を少しでも積んでいたならば今の俺の優位はなかっただろう。つまるところだ、お前は俺をナメきっていた。その隙を突かれたにすぎない」


 愛玩奴隷達を奪われ、【宵闇の霧】と【血の代行犠牲】の魔方陣を潰され、その上で目の前の化け物を取るに足らない相手と侮った結果、己の能力低下を嫌ってブラッドマジックを"使う程でもない"と思い込んで温存しようとしていた。いや、温存させられたのだ。


 それが全て、己を殺すために入念に用意された策だったというのに。


「は、ゴフッ……はは……ゴフッ、ははは………」


 知性の敗北。言ってしまえば、己は下等な獣以下だと言われたようなものだ。もはや、笑いしか浮かばない。だが、しかし……思い返せば、己は慢心しきっていた。


 いや、吸血鬼として慢心するのは正しいことだ。事実として、始祖やその子孫、上位眷属は皆慢心している。その上で、他者に対し圧倒的な力を見せつけ続けることで格を保つのだ。だからこそ、吸血鬼は力を誇示して隠さない。いや、隠せないのだ。


 そんなことをすれば、格が低いと侮られ、他の吸血鬼によるギアス支配を受け入れざるを得なくなるのだから。常に強者としての振る舞い続けなくてはならない。多人数で囲んで一人相手に寄ってたかる、策を用いる、努力を必要とするなどと、自身が弱者であると認めるに等しいのだから。


 だが、その大前提はギアスという格下の吸血鬼を完全支配する法があるから成り立つものだ。こんな、気合だの根性だのという馬鹿げた心の持ちよう一つで容易く破られるような法に……己は、支配されていた。


 これを笑わずにいられるものか。


「あ、あああああああああ!」


 相手の格は劣等吸血鬼だ。それは間違いない。


 吸血鬼の頂点、"五大君"のうちの一人が血の権能を使えず眷属さえも作り出せず再生能力も並以下の劣等吸血鬼だと言われている。だが、劣等吸血鬼でありながらも、その生涯を努力と研鑽に捧げ続けたことで時空すらも自在に操る能力を会得したことで吸血鬼の始祖の頂点に並び立つまでに上り詰めた者がいるそうだ。


 当時は馬鹿げた噂話とかしか思ってはいなかった。だが、目の前に居るのは、恐らくそれと同類だ。吸血鬼としての落第者であるからこそ、吸血鬼以外の力を会得し、威を示した者。それが本当に実在するのだ。


 己は、貴族だ。貴族とは、劣等より優れた誇り高い存在だ。だから貴族なのだ。


「ッ! "折り"きれないか」


 ああ、そうだ。殴られてもただ"痛いだけ"だ。何故、己は黙って殴られ続けていた。何故、目の前の劣等吸血鬼が痛みに我慢出来て、貴族である己に我慢ができぬ? 手足がもがれた所でどうせまだ数秒で治るというのに。


 ああ、そうだ。己は、今まで本気で喧嘩をしたことがないからだ。いや、己以外の貴族吸血鬼も含めて皆、本気で殺すか殺されるかというまともな喧嘩をしたことなどないだろう。


 何故なら、ギアスをかけられてしまえばまともな戦いになりようがない。だからこそ、ギアスをかけさえすれば、吸血鬼の争いは命令一つで決着がつき、支配と従属の関係も定まる。このような殴り合いなどしようがない。


 今にして思えば、このギアスという命令一つで決着がつく決闘自体が、始祖に対する下剋上を防ぐ仕組みになっている。努力や研鑽を積むことを醜いとする価値観でさえも、始祖の法によって植え付けられたものだ。


 逆に言ってしまえば、本気で努力さえすれば"始祖のギアス"は破れる。例え格が低くても五代君に並び立つ実力を身に着けることもできる。


 それを証明してみせたのが、目の前の劣等吸血鬼だ。


「感謝してやるぞ。劣等、いやゾンビウォーリア―よ。おかげで目が覚めた」


 殴られながら破れかぶれに殴り返してやればいい。ノーガードだ。最初に奴が己に対しやってくれたことをそのままやり返す。手足を拘束されるなら無理矢理自分でねじ切りながら殴りかかればいい。


 そんな単純な方法で己は奴に優位をとれる。


「グフッ、ガァッ!」


 何故ならば、奴には既に再生能力が無い。もはや血反吐を吐く分の血液すらも残っておらず、千切れた腕や首を元に戻すことさえできていない。ただ単に気合と根性一つで虚勢を張り続けている。


 奴の方が肉体の損傷状態を見るに己よりも痛みと飢えを強く感じているはずだ。このままお互いノーガードで殴り合い続けて肉体を完全に粉々にしてしまえば再生能力の差で己の勝ちだ。


 そんな当たり前の事さえも思考から消えていた。


 そうだ、己は、己はまだ。負けてはいない。勝手に負けていると思い込んで諦めていただけだ。本気だ。本気で戦うのだ。勝つために、死力を尽くさなくてはならない。


 目の前の劣等吸血鬼のように。


「俺は貴族だ。劣等のキサマに出来ることが、俺に出来ぬわけが無いだろうがぁああああ!」

グラーキス君がゾンヲリさんからパワハラを受け続けたことで気合と根性教に入信した瞬間である。


なんでグラーキス君が急にやる気を取り戻したのかと言えば、ゾンヲリさんがいつもの調子で無自覚にかっこつけて"戦え"だとか"死力を尽くせ"ギアスという特大バフを敵であるグラーキス君にかけるという大チョンボをやらかしてるせいだったりするらしいぞ? という実際の所は両者等しくポンコツ合戦を繰り広げているのだ。


 ごま塩程度に覚えておいて欲しいのさ……

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これで負けたらかっこ悪いじゃ済まないぞゾンヲリさん…
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