第四十九話:一晩千万回、感謝の人間グレートソード
「俺に敗北は許されない。俺に最も強く在れと願う者がいる限り、俺に破滅を望む者が在る限り」
「この、死にぞこな――」
グラーキスは足首に掴みかかる這いずる首の無い死体の手を振りほどき踏み潰そうと、片足を浮かせた。その瞬間、首無し死体はすかさずにもう片方の足首へと掴みかかり、勢いよく引きずりこんだのだ。
「うおっ」
重心を崩し、地から両足を離してしまったグラーキスは重力に従うがままに地面へと引きずり倒される。かと思われたが、実際に地面に倒れた際に受ける衝撃をグラーキスは受けなかった。
何故なら、既に立ち上がっている首無し死体の手によって宙吊りにされていたのだから。
そして、首無しは大きく振りかぶり、グラーキスを勢いよく地面へと叩きつけたのだ。差し詰め八つ当たりでこん棒を地面に叩きつけるように、ヒトをその手に"装備"して叩きつけたのだ。
「ぐべぁっ!?」
一撃で頭部の半分までミンチになる程の強烈な痛打を受ける。無論、グラーキスの強靭な再生能力をもってすれば一瞬で元に戻る程度の些細な一撃でしかない。
「キサッ――」
だが、それも一度では終わらず、二度、三度と繰り返されればどうだろうか。首無しはグラーキスを何度も地面に叩きつける。何度も、何度も、何度も。それは徐々に、徐々にと速度と鋭さが増し始める。
そして、もはやこん棒とは到底言えるものではなく、岩盤をも容易く切り裂く鋭利な刃。人間グレートソードとでも呼べるような代物へと変化していったのだ。
首無しは己を縛り付ける肉体の限界という名の鉄鎖を引き千切り、再び|常軌を逸した狂気の領域へと昇りつめ、闇に吠える。
「灰の足跡に続く屍の城。流した血で杯を満たし、潰した肉は晩餐に、削いだ骨と皮で卓上を飾り、魂を薪に暖炉へとくべ、痛みに狂い嘆く断末魔を讃美歌に。其の無味にして無常なる死を余すことなく、慈愛の女王へ捧げる貢ぎ物とし祝宴を開いてみせよう。今、飢えた猟犬を縛る鎖枷は断ち切られた。この牙、その身をもって受けるがいい」
――世界が回る。なんだこれは、呼吸が出来ん。声もでん。目が潰れる。耳が削げる。肌が裂ける。全身が焼けこげる。肉が潰れる。骨が砕ける。なんだこれは、痛い、痛い、痛い!やめろ!やめろぉおおおおああああああああ!!!!!!
首無しが行っているのは"ただの剣舞"だ。毎晩、当たり前のように、人丈以上の大きさと重量を誇るダインソラウスを振り続けてきた。ならば、人丈程度の物をその手に持てば振えない道理はない。
首無しが弱者の肉体で振るっていた時でさえ、ダインソラウスを一晩最低10万回は振ってきた。吸血鬼の膂力を持つ今ならば、首無しは英雄剣技さえも振うことを可能とする。
【八連剣陣】
それは剣技を極めた英雄の到達点だ。刹那……指を一度鳴らせばその間に65回は訪れる極超短時間を示す単位の間に、一度に八連の剣閃を見舞うそれは、常人には目では到底捉えることすらも出来ない。
秒に均せば千にもなる剣閃が、周囲の瓦礫を切り結び、塵芥へと変えてしまう。
それはたった一振りの剣閃で万物を切り裂く。大地を切り割き、天空を薙ぎ払い、実体を持たぬ魔でさえも逃れる術はなく、その刃の足跡に残るのは真なる虚無空間のみとなる。そして、真空は周囲の大気を無差別に食らいつくし竜巻と烈風を引き起こすのだ。
粉微塵と化した瓦礫は真空竜巻の暴風圏によって舞い上がり、互いに打ち付けあっては無数の烈火を散らすカマイタチと化してしまう。
そのまるで魔法のような現象を、ただの純粋な剣速という暴力のみで自然発生させているのだ。
「ああ、折角頑丈なのだ。高々数振り程度で簡単に壊れてくれるなよ? グラーキス」
それは、鋼の剣であれば、何もない空間をたった一薙ぎすることでさえもその衝撃に剣自体が耐え切れずに砕き折れてしまう。そうでなくとも剣圧によって無数の圧縮と膨張を繰り返して加熱しきった大気と砂塵との摩擦によって熱された剣は次第に赤熱化し、いずれ融点へと到達した段階で溶けて爛れてしまう。
英雄の剣技には、並の剣では到底耐えられないのだ。だが、幸か不幸か、そこには英雄の剣技に耐えられてしまう耐久性を持った手ごろな剣があった。それが、グラーキスという名前の吸血鬼だ。
英雄剣技で剣が受ける反動、それを人の身で受ければ秒間にして千回岩盤に叩きつけられ肉体を削りとられ、全身の皮膚を砂塵混じりの真空波に切り裂かれ、灼熱と化した大気によって喉と肺を焼き焦がされることになる。それが、今のグラーキスを襲っている耐え難い激痛の正体だった。
「ああ、そう言えば、俺のちゃんとした自己紹介はまだだったな。俺の今の名はゾンビウォーリアだ。先ほどは口数が少ないと指摘されてしまったことでもあるし、こうしてただ待つのも退屈だろう。故に、反省も踏まえ一つ至極どうでもよいような他愛もない昔話をしよう。俺は"使えるモノは何でも"使う主義ではあるが、ヒトを使ってヒトを相手にコレを振るうのは、剣や武器の入手に困り果てていた奴隷剣闘士をやっていた頃以来になるだろう。ああ、これでいて案外便利なのだ。人間は一振りで使い捨てに出来る武器にも盾にも飛び道具にもなるからな、その上そこら中に居るのだから、数にも困らない」
そのような首無しの生首の理不尽で不条理な挨拶など、激痛に悶え、耳が削げ、目の潰れたグラーキスには聞こえるわけもなく、ただ虚しく木霊していくばかりだ。されど首無しは剣舞を続け、生首は淡々と語り続ける。
「俺の出自は戦災孤児でな、実のところ本当の親の名も、本当の自分の名すらも知らぬ。ただ死んだ女の腸から生まれ、ドブネズミのようにスラムの路地裏で泥水を啜り生ごみを漁っては、明後日には飢えて野垂れ死ぬ、そんな何処にでも当たり前のように腐る程居るクソガキの一人でしかなかった。偶々、幸運にも慈悲深い貴族の目に留まって気まぐれで拾われたことで死にぞこなってしまったわけだが……最低限の剣の扱いはそこで覚えたものだ。尤も、俺に剣の才能は人並み程度にしか無かったらしいがな。それが悔しくて、柄にもなく毎晩こうして剣を振り続けてきたものだ。始めは千すらも満足に振えず疲れ果てていたが、今夜の目標は、そうだな。身体が持てば"一千万"と少々"軽め"にでもしておこうか。俺の夜課と退屈な話に付き合わせて申し訳ないが、是非に最後まで付き合ってくれ」
――こ、こいつは、一体何を言っている!? と、とにかく、動き、を、止めねば
グラーキスは周囲に残った血の沼から生成した幾百幾千にもなる無数の血矢を首無しに目掛けて一斉に射出する。しかし、その矢が首無しに突き刺さる事は無い。
飛竜のブレスすらも切り伏せ無塵に帰す殺戮剣界を前にして、矢が通り抜けられる程度の隙間など微塵すらもなく、その迎撃されたすべての血矢は、グラーキスという剣の耐久力で受けきることになる。
無論、首無しが普段行ってきたように剣の耐久力を気遣う様子は一切ない。ただ壊すためだけに剣を振るうのだから。
――ガ、アッ!? ガアアアアア!? こ、こんな馬鹿げたことが許されてたまるか。不条理だろうが! ふざけるなぁぁあ!
自分の意思さえも裏切り自分に突き刺さる血矢。その不条理な痛みをグラーキスは呪った。
手元から魔術を繰り出そうにも、痛みに耐え、神速域で不規則に動き続ける手元の中に魔力を手繰り寄せる集中を維持することなど神業にも等しい所業を成せるわけもない。魔法を発動しようとした所でその場で自爆するのが関の山だ。
だからこそ、血の沼を起点に魔法物を生成し、首無しに目掛けて射出するという方法をとることしかできなかった。
「思えば、俺がまだヒトのままで居られたのはその頃までだったような気がするな。そんな貴族の元でのぬるま湯のような生活も、大して長くは続かなかったものだ。ドラゴン。奴が現れ、圧倒的な暴力によって俺の身の回りにあるものは全て焼き尽くされたことでな。それからというものは、まぁ色々あった。不幸自慢になるようで申し訳ないが、太って小汚い被虐趣味の醜男の尻穴を舐めては鞭に打たれ、飽きられたら多数の男どもの慰み物にされ尻穴を掘られる程度の仕事をしていたこともあったが……まぁ、どいつこいつも俺に対してこう言ってくれたものだ。それがお前の"運命"だとな。さらに周りを見渡せば同じように苦しみに嘆く者ばかりが目に映る」
――血の沼はまだ満ちぬか。足を止めさえすれば、これを止ま……
グラーキスは即座に再稼働した血の泥沼が満ちる瞬間を待っていた。沼が満ちれば首無しの足が止まる。そうなれば全身の力を使えなくなり、滑る水の抵抗で剣速は落ちて抜け出す機会が訪れる。
そして、足元に"血の沼が満ちて"さえ居れば、真下から一気に槍を生み出し串刺しにしてやれるのに、と。
―まだか? まだなのか? っッ!?
潰れ続ける眼球の痛みに耐えながら再生と同時に一気に見開いたグラーキスは唖然とする。血の河は確かに満ちていた。それは首無しの足元に雪崩れ込もうともしていた。
だが、それは殺戮剣界に阻まれ、熱で蒸発し、竜巻に巻き上げられて霧散し、一滴すらも首無しの足元に入り込むことがなかったのだ。それどころか、周囲に満ちている水位も先ほどより減っていた。つまり、グラーキス自身が保有する血液の量に限界が訪れ始めているということに、気づいてしまったのだ。
「そこで俺は学んだとも。世界とは、痛みと苦しみに満ちていて、不条理にして理不尽なものであると。だから俺は許せんのだよ。その不条理が、どう考えてもクソだろうが! 俺と同じように不条理に苦しむ為だけに産まれ、不条理に苦しみながら死に果てていく。永遠に変わらぬ一途で純粋な愛も、見果てぬ夢も、輝かしい希望と栄光も、不条理で無慈悲な暴力一つで全ていとも容易く踏み躙られる。それを強要するクソみたいな世界が、俺は許せんのだ。その憎悪と怒りを元に、俺はひたすらに求め続けた。不条理をねじ伏せ滅ぼすための不条理な暴力をな!」
――まさか、本気で、本気で吸血鬼であるこの俺を滅ぼし尽くすつもりなのか? ただの力づくで、自分諸共こうしてただ殴りつけ続けるだけで。 馬鹿げている。馬鹿げているぞ。そんなことがまかり通ってたまるものか。あまりにも道理に反している。
英雄の剣技の反動を受け続けるのは剣だけではなく、剣を振っている者自身でさえもその痛みと衝撃を受け続ける。"諸刃にして破滅の剣技"、自分諸共全て悉くを滅ぼし尽くす"滅尽剣"、その在り方の凄まじさに、グラーキスは戦慄していた。
「ああ、すまない。久々に語るものだから少し感情的になってしまった。笑わないで聞いてもらいたいのだが、こうして胸の内を話すのはグラーキス。実はお前が初めてなのだ。まだ年端もいかないような純粋な少年少女達に聞かせるには、余りにも聞くに堪えない下世話で下品な話でもあったし。このような世界など、知らずに済むのならそれが一番いいのだから。話をゆっくりと聞いてもらうというのなら、お前のような相手ならば後腐れもなくていい」
全身から血飛沫を上げ、自身すらも真空波と灼熱の大気で焼き焦がしながら平然と談笑しながら剣技を振い続けるなど――
――頭がおかしい、気が狂っている。
そうとしかグラーキスには思えなかったのだから。
「ところでグラーキス。話は変わるが……お前からコレは見ていて面白いものだろうか? とあるエルフの娘は面白いと気を使った言葉をかけてはくれるのだが、俺にはどうしてもそうは思えなくてな。他人が行っている何の為になるのかも分からないような無駄で虚しい努力をする様子に興味など惹かれないものだろう? むしろ退屈でさえあるだろうに。このような素振りを繰り返すという無意味な行為よりも実戦の方が何倍も有意義な経験と知識が得られるというのに、俺のこのどうしようもなく退屈でつまらない夜課に毎晩付き合わせて未来ある少女の数限りある貴重な時間を浪費させてしまうのは、あまりにも勿体なく感じてな……聞いた話では女性にとっては睡眠不足は肌や髪の天敵とも言うらしく、健康被害も心配なので個人的には大変申し訳ないと思っているのだ。是非忌憚のない意見を述べてくれると嬉しい」
話尽くして話題に困ったのか、首無しの生首はしょうもない話をし始めた。
一秒。そのたった一秒でさえも、グラーキスにとっては永劫の地獄にも等しい程の長さの苦痛を伴う。これまでの会話とも呼べるようなものでもない首無しの生首の独り言の一言一句にかけた時間を鑑みれば、想像も絶する数の痛みである。
「……やはり、言葉を失ってしまう程に俺の話は退屈なのだろうか? いや、すまないな。やはり気の利いた話の一つや二つ、事前に考えておくべきだったと反省はしている。グラーキス。お前のおかげでようやく自分の愚かさに確信がもてた。感謝する」
そして、沼の水位はグラーキスの意思に反して下がる一方。もしも完全に水位が枯れ果てた瞬間が訪れるのだとしたら自分はどうなるか。その可能性に思い至った時、グラーキスの中で、何かが音を立てて決壊した。
――う、うわああああああ! 千切れた腕がすぐに元に戻らない!? もういい。誰でもいい、誰か助けてくれ、このままだと死ぬ。殺される。もう嫌だ。嫌だ! 死にたくない。死にたくない! 痛いのも嫌だ! 苦しいのも嫌だ! 誰か! 誰か!!!!
徐々に衰えていく再生能力。吸血鬼としての耐久力の限界。死という絶対的な現実が、既にグラーキスのすぐ真後ろにまで近づいてきている。
泣き叫ぼうにも声は出ない。剣は叫ばないものだから。剣は剣を振う暴君に対して決して逆らえない。吸血鬼の誇りや支配のルールなどと、それを上回る圧倒的な暴力一つでねじ伏せられる。
その無慈悲無常な真理を目の当たりにして、グラーキスはなりふり構うのを止めた。その時だった。
「が、ハァッ!」
グラーキスは勢いよく壁に叩きつけられて苦痛の時間は終わった。千切れとんだ腕が足首についているのを見て、ついに首無しの腕が滅尽剣に耐え切れず千切れたことですっぽ抜けたのだと察した。
両の腕から先を失いながら首無しは転がっている生首を拾いあげると、脇に抱えながらよろよろと近づいてくる。それが、グラーキスには恐ろしくてたまらなかった。
「ひ、ひぃ……く……来るな……化け物、化け物がぁああああああ! こっちに来るなぁああああああ!!!!!」
「……化け物、か。その不死身同然の化け物からもそう呼ばれるハメになるとはな……まぁいい……」
グラーキスは半狂乱になりながら首無しに対して背を向けてのは逃走を選択した。だが――
「逃げるな。"戦え"」
「うっ……あっ……足が……勝手に……。こ、これは……ギアス……ば、馬鹿な……この、俺が……」
既に格付けは済んでしまった。心の底から恐怖、畏怖した瞬間から、吸血鬼の絶対のルールが牙をむく。弱者は強者のギアスには決して逆らえない。
グラーキスはその強制力によって、首無しの前まで歩かされている。ゆっくりと、ぎこちなく。
「さぁ戦え! 血を流せ。肉を潰せ。骨を砕け。魂を燃やせ。それでもお前達吸血鬼ならばまだ存分に戦えるだろう? ならば戦え! "死力を尽くせ!" 脳髄の血液一滴残らず搾り尽くしきるまで戦え!」
されど首無しは闇に吠える。戦え。戦って死ねと。
「は、はははは……はははははははっ。や、やめろ。やめてくれ! もういい、勘弁してくれ。どうして俺がこんな目に遭わなければならない。理不尽だ。俺がキサマに何かしたか? 何もしてないだろう? 何でこうなる。何でこんな酷いことが出来る? おかしいだろう?」
恐怖と痛みから引きつった笑いを浮かべるグラーキスの目じりからは涙が流れていた。
「何もおかしくは無いだろう。 お前は目立ち過ぎた。俺という不条理の目に偶々映ってしまった程度にはな。お前だって今まで散々その場で目についた他者やそこらへんに浮かんでる亡霊共に押し付けてきたのだろう? 吸血鬼の掟などという不条理そのものをな。ならば何も変わらんさ。今度はお前が偶々不条理を押し付けられる手番になっただけだ。世界とはそういう形に出来ている。それが嫌ならば、戦って抗うしかない。それができなくば黙って死に絶えていろ」
「キサマ……キサマァアアアア! 殺してやる! 殺してやるぞ! ァアアアアアアア!!!!!」
グラーキスは前進する。ギアスに逆らえぬのなら、もはや破れかぶれにでも戦うしかない。一縷の望みをかけて、悲壮とも言える決死の覚悟で戦うしかないのだから。
「俺がこれまでに散々踏みつぶしてきたように、いつか俺もまた、俺よりも強い誰かによって無様に踏み潰され殺される時が来るだろう。だが、それは今ではない。生憎予約も結構溜まっていてな。まだお前に殺されてやるつもりはない」
なまじグラーキス君に耐久力があるばかりに……範〇勇〇郎と化したゾンヲリさんの掴みハメを一度食らうと無間地獄編に突入するの結構酷いですわね
ゾン天界隈において不死身って単なる罰ゲームでしかないのよね……というお話
なんで首離れてるのに動けてんの? って疑問に浮かぶだろうが、ちょっと前にゾンヲリさんがネクリアさんに指摘されて骨をボルターガイストで浮かせて一日中クルクル回し続ける訓練始めてた話があったわけですが、その延長線上の話なんですよね。死体は骨より動かしやすいですので……。
なのでその気になれば実のところ近くにある分け身の死体を2体くらいなら同時操作して【シャドウサーヴァント】とか平気でやり始めるんですよね、このトンチキゾンビ(MP消費コストがエグイので常用しないだけで)
って形でデュラハン(首無し死体)と化しても動ける奴はヤバイアンデッドであることが証明されたわけですね