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第五話:清純系淫魔『ヴァージニア』

※ちょくちょくとゾンヲリさん以外の視点に入ったり、

三人称描写をしたりします。


 〇 ←これが当作品における視点変更の印となります。


 


 少女は私という獣の横で膝を抱えて座り込む。暗爪獣は狂悪な形相をしている魔獣だ。そんな化物の横に座るのは普通では考えられない。


「ねぇ、ガルは何処からやってきたの?」


 この肉体の持ち主についてという質問ならば、草原からという答えになる。私という魂についてならば、死後の世界という答えだろう。空を見上げると、爛々と赤く輝く星が妙に気になった。


 少女は私を見て「そっか」と呟く。


「なんかね。私ってガルに会った事があるような気がするの。おかしいかな?」


 心当たりは一切ない。頭を縦に振る。


「そうかな~」

「ガル」


「う~ん。ガルを見た時、すごーく懐かしい気がしたの」


 私は暗爪獣の身、少女に懐かしがられる(いわ)れはない。だが、何故だろうか、この村の事に覚えがある気がする。


 少し質問したい事が出来た。


「ガル」


 だが、私は獣の身。言葉を発する事は叶わない。こんな時、獣の身体は人と接するには不便だと感じる。私と意思の疎通が出来る相手はネクリア様しかいないのだ。


 少女は「やっぱり……」と言いかけて言葉を飲み込んだ。


「ここって痛くないの?」


 少女はつんつんと脇腹に空いた穴を指さしてみせた。


「ガル」


 何故、少女は私に関わるのだろうか。


「ガルも食べる?」


 少女は皮袋から焼き菓子を一つ摘み、私の口元でふりふりと振って見せる。意味もなくそこいらに居る動物に餌をやる感覚なのかもしれない。そもそも、獣の身体で少女の指を噛まないように菓子を食べるのは難しい。


 首を横に振っておく事にした。


「そっか……」


 暫くの間、静寂の時間が過ぎて行った。


「……」


 ふと、視線を感じて振り返る。が、特に誰も居なかった。


「どうしたの?」


 再び、何もない時間がただ過ぎ去っていく、少女は隣に座ってソワソワと触りたがりそうにしていたが、無視しておいた。


「ね、ガル。私ね……」


 沈黙に耐え切れなかったのか、少女は言葉を紡ぎ出した。


「本当のおとーさんもおかーさんもいないんだ。前に村に人間達がやってきた時にしんじゃった」


 少女は戦災孤児だった。よくある話だ。


「それでね。その時に私もそうなりそうだったんだけど。人間のお兄ちゃんが助けてくれたんだ」


 略奪を見かねて制止する物好きな人間も中にはいる。相手が可愛らしい子供の淫魔であれば尚更だ。私でも無抵抗な少女を切り刻めと言われれば辛い。


 だが、そうじゃない者もいる。必要あらば割り切る事も、ある。


「だから私がおーきくなったらお兄ちゃんをせーえきどれいにしてあげるんだっ」


 ……こういう時、どう反応すれば良いのか困る。それが淫魔の性なのだろうか、だとすればそのお兄ちゃんも大変だろうな。この少女が大きくなる頃にはおじさんになっているかもしれないが。


「ガル」

「えへへ~」


 結局の所、少女(ヴァージニア)は惚気話をしたかっただけらしい。犬の身だ。私に出来る事は恋愛相談役でも恋のキューピットでもない。黙して話を聞くだけだ。


「ガルは、怖い人が来た時に私を守ってくれる?」


 何故、その話を私に振ったのだろうか。答えは一つ。首を横に振る。


「そっか……」


 少女は小さな蝙蝠の羽根を垂らした。


「もうちょっとガルに会うのが早かったら違ったかな?」


 そうなったら糧になるのがオチではないだろうか。仮に、私が暗爪獣の身で意思を持って生まれたとしても、その時は獣の理の中で生きていくだろう。


 今の私があるのは、ネクリア様のおかげなのだから。


「じゃあ、ごめんね。ガル。明日また遊ぼうねっ!」


 少女(ヴァージニア)は立ち上がるとパンパンと埃を払い、私に手を振りながら夜の闇の中へと消えて行った。


 時間が許すのならば、それもいいかもしれない。


「ガル」


「おい、ゾンヲリ」


 やや温度の低い口調で呼びかけられる。


「起きていらしたのですね。ネクリア様」


「なんかキツイ雌豚の臭いがしたから起きてみれば、お前、ま~た性懲りもなくあの雌にデレデレしているのか? やっぱりロリコンかっ! このロリコンめっ!」


 小さくて可愛い少女が好意を寄せてきているのを強く拒絶できる程、私は強くない。だが、そうまで言われる筋合いはあるのだろうか。


「そんな心外な……」


「まぁ、でも。テンプテーションに抵抗して私に許可なく勝手に背中に乗せなかった事だけは褒めてやるぞっ駄犬」


「ハウッあ、ありがとうございますっ」


 何故か無意識に身体が跳ねてしまった。


「全く……お前は油断するとす~ぐ別の雌の匂いをくっつけてくるからな……オチオチ寝てられないよ」


 少女はぶつぶつと何かを呟きながら、私の毛並みで遊び始めた。


「も、申し訳ございません。ですが、その」


「いいか、ゾンヲリ。"懐かしい"。とか"前に会った?"とかはパパ活とか詐欺の常套手段なんだからな、少しは警戒する事を覚えろよなっ」


 パパ活とは一体何なのだろうか。一瞬だけ疑問に思ったが、深く考えない方がよさそうだ。


「ですが……」


 ……何かがおかしい気がする。いや、少女(ヴァージニア)は一部を除けば純粋な子に見えた。そのはずだ。


「だ~か~ら~、それが既に雌豚の術中にはまっているんだよ。淫魔がデレデレするのは大抵雄を騙して金とか精液とかを奪い取るためなの! 私も昔はよくやってたけど清純系とか巷じゃよくあるんだからなっ」


「せ、清純系……?」


 少女は私の知らない言葉を知っている。そもそも少女(ヴァージニア)は私を男だと認識しているのだろうか。


「もう面倒だから私以外の淫魔なんか一切信用するなっいいな!」


「は、はい。ネクリア様」


 私は、時折少女が分からなくなる事がある。"ネーア"としての経験から来るものなのか、淫魔の性によるものなのかは分からない。


 ここまで少女は私の毛を指に巻きつけたり、ワシャワシャして遊んでいたが、何かに思い至ったのかそれをやめた。


「なぁ、ゾンヲリ。お手」

「はい」


 ちょこんと少女の手に右前足を乗せる。少女はプルプルと震え始めた。


「これ面白いなっ! お代わり」

「はい」


 右前足を引っ込めて左前脚を少女の掌の上に乗せる。少女はやっぱり少女なのだろう。


 だが、ここにきて嫌な予感が……


「じゃあ、ちんちんしろ!」

「あの……ネクリア様?」

「どうした、早くちんちんしろ!」

「いや、その……」


 いや、これは色々不味いのではないか? 常識的に考えて。少女(ヴァージニア)はあくまで子供であるし、私の事をただの犬だと思っている。だが少女(ネクリア)様は違う。少なくとも私が元人である事を知ってるし、意思を疎通する事も出来る。


「お前にはどちらが正しいご主人様であるのか今一度分からせてやらないといけないからなっ。あの雌ガキにちんちんを見せて私に見せないのが許されてたまるかっ」


「いえ、私の御主人様はネクリア様ただ一人だけです。ですから!」


「いいから黙ってさっさとちんちんを見せろ! ゾンヲリ」


「その表現は不味いですよっ! あっやめっ!」


 私はこの日から人であることと尊厳を脱ぎ捨てる事にした。



 だが、意外と悪くなかった。



 その際、夜の見回りに出かけていた農夫のデーモンと目が合った。「ちんちん」と連呼する少女を神妙な顔つきで見ていた事について、少女には言わない事にした。さらに色々と拗れそうだったからだ。


 少女が私を虐めるのに飽きて眠りについた後も、意味もなく人とは何かを考え続けていた。



 答えは、出なかった。



 〇


 夜の闇に溶け込むような黒いサーコートを着込んだ者達、その手に持つのは剣でも弓でもない、別の兵器だった。彼らは魔族の死骸を袋に詰めて一か所に集めていた。


「これで全部か?」


 他の者達とは異なり、上等な黒い全身鎧を着込んだ上官と思しき男は一言述べた。


「はっここの村民は皆殺しにしました」


「ですが、例の大魔公の消息は掴めません」


「ご苦労、本日はこの村で一晩を過ごし、早朝、斥候が発見した次の村に襲撃を仕掛ける。隊の者は適示休憩を取れ、解散」


 黒いサーコートの男達は口々に持ち場に離れていく中、一人だけ、死体袋を見つめている黒い騎士がいた。腰には、装飾の施された質の良い魔剣を携えている。


 上官はその黒騎士に近寄り、肩を叩いた。


「どうした? ヴァイス」


「上官、本当に、"こんな事"を続けるのですか」


「お前の事だ。この作戦が気に食わないのは分かっている。だが、物事をはき違えるな。我々の役目は農村に潜伏したゲリラ悪魔の殲滅と大魔公を生け捕りにすることだ。それがオルヌル様の望みであると知れ」


「しかし!」


 黒騎士は首を振り、上官に意見する。納得できない作戦に対する憤りを隠せないのだ。


「誇りと名誉ある帝国黒騎士団の末席に入る気があるのなら、我慢するのだな」


 上官はそう述べた後、黒騎士を置いて立ち去った。黒騎士は拳を握りしめ、死体袋の山を見続けている。袋の口から顔を覗かせるのは、子供の悪魔や淫魔達、満足に戦えぬ者達だった。

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