第四十四話:貴族吸血鬼
回廊の果ての大部屋へとたどり着くと、部屋の中央にはアビスゲートに何らかの加工を加えたと思わしき大型の魔方陣が、その奥には硝子の玉座に座し不敵な冷笑を浮かべた貴族吸血鬼と思わしき男が見えた。
互いに視線を交差するや否や、吸血鬼の男は一瞬苦虫を嚙み潰したかのように表情を歪めた。
「ああ、臭うぞ、躾けのなっていない醜く汚らわしい走狗の臭いがする」
開口一番にかけられる侮蔑。座したまま、心底からこちらを見下しているという様相で睨みつけられる。
「お前がグラーキスか?」
「誰が口を開くことを許した。走狗が、頭が高いひれ伏せ」
「ガッ、ぐぅ!?」
グラーキスが言葉を発した瞬間、身体が勝手に平伏の姿勢をとり始める。すぐ様に身体を起こそうとするも地面に縫い付けられて石化しているのか如く、意思に反して身体が全く言う事を聞かない。
これが、"格"の劣る吸血鬼に課されるという強制命令か。ただ一言、言葉を発するだけで下級の吸血鬼を制圧する。吸血鬼の絶対的な法であり、"貴族"と呼ばれる存在を作り出す仕組み。
ミラカからは聞いてはいるが、実際にこの身に実際に刻まれてようやく実感する。強制命令の影響下にあるうちは、とてもではないが"まともに戦うどころではない"だろう。
尤も、"意思そのもの"を強制命令で縛りきることはできないようだが。
「ほぉ、無様に這いつくばってもなお、走狗の分際でまだこの俺を睨みつける気概だけはあるようだな。いいだろう、俺の質問に答える許可は出してやる」
貴族吸血鬼は不敵に嗤う。既に主導権はグラーキスによって完全に掌握されている。少なくとも、グラーキスは"そう思い込んでいる"だろうな。
「先ほどから暴れ回って儀式を邪魔してくれているのは貴様だな?」
「ああ」
「それで貴様はミラカの走狗だな? 何の命令を受けて現れた」
「何故、俺がミラカ様の下僕であると思う?」
「貴様からはミラカの臭いがする。血を貰ったな?」
「……ふっ、くくっ……なるほど。そう思ったか。こうは思わなかったのですか? 俺がミラカを犯して無理矢理血を奪った。とな」
「何……?」
グラーキスの表情が一瞬固まる。想定外の答えが返ってきた証拠だろう。
「彼女の血は大変美味でしたよ。俺の手で快楽によがり狂っていく顔も可愛らしいもので、犯しがいがありましたよ」
強制命令に逆らい、力づくで無理矢理立ち上がってみせる。さも強制命令など最初から無かったかのように、あえて"余興に乗ってみせた"ように。
ここは余裕が無い事を敵に気取られるな。あくまで不敵であることを貫き、"対等"であるという姿勢を見せねばならない。そして、相手から冷静さを奪い、強制命令など全く効果が無いように"思い込ませる"ことだ。
「そういえば、途中に硝子に詰め込まれた女達も居ましたね? 彼女達も美しく美味しかったですね? ついでにですが、皆犯して処女も俺が貫いておきましたよ。ええ、皆随分といい鳴声をあげてくれたよ」
「……クズが」
吐き捨てるような言葉。グラーキスの瞳には怒りと憎悪が宿る。ああ、自分が殴りつけられる。尊厳を奪われるとは微塵も思ってないような傲慢な輩にこそ、この手の挑発はよく効く。
なんせ自分の自慢のコレクションを全てお釈迦にされたのだからな。処女と容姿に拘り、男を徹底的に排除して女達を独占してきたのだから、これに怒りや憎悪を覚えないわけがない。
「おや、随分と品の無い言葉を使うものだ。とても貴族とは思えないな。ああ、所詮始祖の"末席"、向こうではうだつが上がらずこのような場所に逃げ込んで来るしかなかった裸の王様気取りには相応だったか」
相手の劣等感を徹底的に刺激し、築き上げてきた誇りと自尊心を破壊しろ。そして、自身が劣っている存在である自覚させろ。それが、吸血鬼としての"格"を失わせる方法なのだから。
このような口撃一つで主導権が得られるというのだから、存分に利用するまでだ。
「キサマァァアア! いいだろう。殺してやる。それもただでは殺さん。ありとあらゆる苦痛を与えてから殺してやるぞ」
室内の空気が変わり、激昂したグラーキスから凍てつくような殺気を浴びせかけられる。尤も、自ら上位者という立場をかなぐり捨てて、戦いの土俵にまで降りてくれるというのだから。
「ああ、それは、楽しみだな。出来るものならやってみるがいい」
わざわざ一撃で仕留めてはくれないと約束までしてくれるのだから、随分とお優しいことだ。これで強制命令を使うという意識をグラーキスから奪った。
実際こんな目の前でヒロインNTRビデオめいたキレッキレの煽り食らったらじわじわと嬲り殺しにしてやりたいと思うよね……。しかしながら、それこそ無敵の人ことゾンヲリさん相手には悪手であるというのがなんとも性質が悪いね……うん。
というのはさておき、実はこのゾンヲリさんの挑発には色々な意図が詰まっていたりするらしい。
まずは、ミラカさんの差し金ではないと思わせることで、責任問題を深く追及させないようにするため。
また、処女厨であるグラーキスさんがゾンヲリさんのお手付きになった事で興味を失わさせるという目的もあったりなかったりするらしい。
これにより、愛玩奴隷達が遺跡から脱走したとしても、廃棄物化したようにしか思われないので、そんなのを一々一人ずつ森の中を歩き回って見つけてしらみつぶしに粛清なんていう面倒臭いことはグラーキス君の性格上やりたいとは思わない。(女性の生贄集めすらミラカさん任せ)
また、愛玩奴隷達がゾンヲリさんの手籠めにされたということを意識させることで、"増援"として呼んで数の暴力でリンチに利用するという手段を奪っているのだ。
という意図がゾンヲリさんのあの煽りの中に込められていたりするらしい……ごま塩程度に覚えておいて欲しいのさ……。




