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第四十三話:ガラスの棺


 天使ヨムの案内で湖畔の遺跡の深部へ潜入している道中、幾つか硝子(ガラス)製の棺が安置されている奇妙な玄室が見つかった。


 棺は同心円状に6人分配置されており、その中にはいずれも見目麗しい吸血鬼の女達が眠っている。そして、部屋の中央には魔方陣と思わしき血文字の幾何学模様が紅く輝いていることから、この部屋では何らかの魔術的儀式が行われているのは明らかだろう。


「ぁ……ぁ……グラーキス様ぁ……」


 棺の中で眠っている女達はいずれも何やらうわ言を呟いているが声調はどこか甘ったるく、表情はまるで情事の最中かのようにだらしなくのぼせきっている。


 見る限り明らかに精神的にまともではない状態にあるだろう。魔術は専門外なだけにどう対応するべきかと考えあぐねていると、ヨムは姿を現し興味深そうに魔方陣やガラスの棺を調べて回っていた。


「ふむふむ、どうやら棺の中に居る女性たちに悪夢を見せて魅了支配、あるいは特定の思想や常識を何度も繰り返し囁き刷り込むような魔術、例えば【悪夢(ナイトメア)】や【堕落の囁き(イービルウィスパー)】辺りの邪術の類が施術されているようだね。それに加えてもう一手間加わっているようだけど」


「知っているのか、ヨム」


「ボクは魔方陣に記されている文字を見て魔術的効果を計算して何となくで推測しているだけだから当てずっぽうさ」


「なるほど、ならば……」


 安易な考えだが、中央の魔方陣が魔術と関係しているというのならば、そこを破壊してしまえば魔術は止まるだろう。


「ああ、ちなみに言っておくけれど。魔方陣や棺を物理的に壊すといった形で彼女達を下手に起こすのはやめておいた方がいいと思うよ?」


「……理由を聞いても?」


「この手の術はね~精神……まぁキミにも分かるように言うなら、頭を短刀で切り開いた後に脳みその中身を直接いじ繰り回して特定の感情を司る器官だけを切除する手術を行っているようなものでね。正式な手続きを踏まずに無理矢理起こした場合、短刀で切り開いている頭を縫合もせず脳みそがむき出しになっているまま手術を中断するような状態になるんだよね。ようするに精神が壊れて二度と元に戻らなくなるのさ。キミはそんな惨い仕打ちを彼女達にするのかい? クスクス……」


 確か、魔方陣とは緻密な計算によって魔術を発現する性質上、術式の構成に使われている魔法文字が一つでも欠損、あるいは順番を入れ替えただけでも計算結果が全く別の物となり効果が反転暴走することもあるのだと、ネクリア様も言っていた事だ。


 最悪6人の発狂した吸血鬼を同時に相手するハメになる危険性を考慮すれば、下手に触れるべきではない。か


「そうか、よくわかった。ではこの術を問題を発生させないように無力化する方法はあるのか?」


「さてね、この手の術はボクの専門外だしね。ネクリアちゃんなら知ってるんじゃないかい? ああ、だけどね~、そこの通路の方に伸びてる方の魔術回路は断ち切っても問題はないと思うよ。それはどうやら寝ている彼女達から吸収した魔素を別の場所に転送するための回路みたいだからね、何に使われてるのかくらいはキミでも流石に何となく分かるんじゃないかい? クスクス」


 奥の回廊へと続く赤く輝く血線、それは断ち切れとヨムは露骨に"誘導"を仕掛けてくる。尤も、そこまで魔方陣の計算結果が見えているというのなら魔方陣の安全な無力化方法も知っているだろうに。


 あえて情報を小出しにしてとぼけているのだ。この天使は。


「【宵闇の霧】の維持と拡大に、か」


 森一つを覆い尽くす程の霧を人為的に発生させる大規模魔術だ。ならば大規模魔術の発動を補佐する魔力的触媒が必要になってくる。それが、彼女達、吸血鬼の手に堕ちた者の末路というわけか。ヒトの血と肉、そして骨の髄までもが資源として徹底的にしゃぶり尽くされるというのだから、呆れるほどに合理的だ。


 そして、無理矢理救いだそうとしても今度は目覚めて発狂した"彼女達"に襲われるというトラップ付きというわけだ。


 とすれば、グラーキスはこのような狡猾な罠を張る程度には用心深い相手であるということは覚えておくべきだろう。


「そそ、だからね~それを壊して貰えるとボクも助かるんだよね」


 無論、ヨムの言う通りに動くのは合理的だろう。【宵闇の霧】を弱体化しておかない理由はないのだし、最初からそれが目的でこの遺跡へと潜入しているのだから。


「そうか、ならば」


 玄室からそれなりに離れた辺りで手ごろな石柱を見繕って蹴りを入れる。吸血鬼の強靭な身体能力から極限まで鋭さを高めて繰り出された蹴りだ。風化した石材程度ならば破砕するどころか"切断"さえも容易い。


「ちょっ、ゾンヲリ君!?」


「何をボケっとしている。瓦礫で潰されるぞ」


「待ってくれよ~ゾンヲリ君。今はちょっとそういうのされるのは困るよ~」


 要となる柱が切断されたことで風化した回廊の天井はガラガラと激しい音を立てて崩れ落ち始める。無論、瓦礫の下敷きになるつもりは毛頭も無い。落下物を躱しながら前へと進み、回廊の柱を次々と蹴り折っていく。


「全く、危うくボクも生き埋めにされるところだったじゃないか」


 地べたを走りつかれたのか、ヨムは息を切らしている。


「いつもみたいにプカプカ飛べばいいものをわざわざ地べたを走るとは、らしくないな」


「この場所ばボクの調子が悪くなるって言ったよね!? 周囲の魔素も霧に汚染されて利用できないから体内魔力は自然回復できないし、飛ぶのだって今じゃ有限の魔力を消耗し続けるんだから楽じゃあないんだよ? たまには節約も必要になるものさ」


 言われてみればこちらはむしろ全身に力が漲り体の調子がいい。【宵闇の霧】は影響下にある吸血鬼を強化し、その他の属性の魔術を阻害する地相ということになるのだろう。


 膨大な魔力を持つヨムと言えど、地相を完全に支配されてしまっている環境下では全く力が発揮できなくなる。いや、むしろ膨大な魔力に任せた魔術に依存しきってるからこそ、地相の影響はより大きくなるのだろうな。


 そして、宵闇の霧の震源地に近づくにつれ、その影響はより強まるということでもある。


「……そんな調子でよく付いてくる気になったな」


「そうしてあげないとキミの傍で見守ってあげられないだろう? なんてね。ま~ボクのことはいいさ、何であんな真似をしてくれたんだい?」


「回廊そのものを叩き潰せば、戦闘中に背後から現れる増援と魔方陣復旧の阻止を同時に行えると判断した」


 玄室の吸血鬼達が何の拍子で目覚めるか分からない以上、放置しておくのは危険だ。ならば通路そのものを遮断して後ろから追いかけられなくしてしまえばいい。


 もう一つは、魔方陣自体をその場で破壊しても、同じ魔方陣を同じ場所に術者が再度施術し直すだけで容易く復旧できてしまう。これでは【宵闇の霧】の復旧にかける時間をそれほど遅延できないだろう。


 だから、魔方陣を描くための画布自体を滅茶苦茶にすることにした。魔素を別の地点に中継する血線回路を引く回廊そのものを破壊してしまえば、遺跡自体の復旧は容易ではない。これならば、仮に俺やヨムが撃破されたとしてもグラーキスによって【宵闇の霧】再施術されてしまうことを長時間防止できる。


 その間、ネクリア様ならばきっと俺とは"別の手段"で吸血鬼を何とかする。それまでの時間程度ならば稼げるだろう。


「や~瓦礫で道が塞がってしまってるねぇ。これでどうやって帰るつもりなんだい?」


「これから敵と殺し合いに向かうのに帰り道の心配か? ならばお得意の【聖絶の光槍】でも使って壁にでも穴を空けて帰るんだな」


「やれやれ……ボクも地獄の底まで付き合うとは言ってしまっているからね。キミの選択は尊重するよ。でもいいのかい? もしもキミが負けてしまったら無力で可哀そうなボクはきっとなす術もなくグラーキス君にやられてしまうよ? そして無理矢理吸血鬼化させられてガラスの棺に閉じ込められてる彼女達と同じように奴隷や下僕にされてしまうわけだけど、本当にそれでいいのかい? ボクがグラーキス君に愛を誓うようになったら嫌じゃないかい?」


「構わん」


「……ゾンヲリ君、キミにとってボクの命ちょっとばかし軽すぎないかい? ボクは悲しいよ、よよよ~……」


「自分の命すらも軽視しきってるお前がそれを言うのか?」


 ヨムは自身の生命維持にまるで関心が無いというくらいには無頓着だ。奇跡で傷の再生が容易いからか、天使として長く生きたからなのかまでは分からない。


「あはは、違いないね。まぁ実際の所、それほど心配もしてないんだけどね」


「何故そう言える」


「ゾンヲリ君、キミならきっと負けないだろう?」


「まるで根拠の無い過信だな。相手は俺より遥かに優れた能力を持っていて底も知れていない。それに手駒も多い、数の質も劣る状態で情報も足りてないのだ。それでどうやって負けないと言い切れる」


「それでもキミはボクに勝ってきただろう? 今より遥かに脆弱な身体で、初めて遭遇した天使を相手にね。なのにキミは、吸血鬼如きに負けてあげるつもりなのかい?」


「無論、負けてやるつもりは毛頭もない」


「うんうん、だったらボクはキミの勝利をただ信じて祈りを捧げてあげようじゃないか」


 ヨムはそう言って目の前に跪くと、両手を組み、瞳を閉じ、静かに祈りを捧げるような姿勢をとった。普段のとぼけた調子とは違っていて、実に堂に入っていて清廉で高潔な美しい天使の姿に目を奪われてしまっていただろう。


 下半身が下着一丁という破廉恥極まる恰好のままでなければ、だが。


「我と共に生きる小さくも獅子の心を持つ冷厳なる勇士に祝福を、願わくば勝利と栄光を与え給え、今も先も、常々に、地獄の底へと墜ち、その先を往くまでも、アーメン。なんてね」


「……はぁ」


「おいおいゾンヲリ君、希少な希少な美少女天使がわざわざキミの為だけにかけてあげたお祈りだよ? 溜息なんて吐かずにもっと有り難そうにして欲しいものだよ」


死体(ゾンビ)に対し"生きる"とは何の冗談だ。俺もお前も生きてはいまい。ただただ死に損なっているだけだろうに」


 死んだ後に魂を仮初の入れ物に詰め込まれただけの存在。それが、ゾンビだ。見栄えは違えど天使も大して変わりはしない。使う入れ物が腐った肉袋か人形の違いでしかないように。


 第一、これでは獅子というより獅子身中の(ノミ)がいいとこだろう。などと言っても仕方のないことだが。


「それでも、"生き甲斐"くらいはあるもんじゃないのかい? それとも、キミの場合は死に甲斐とでも言ってあげた方がいいのかな?」


 それでもこうしてゾンビとして再び立ち上がってしまった以上、ゾンビとしてやるべきことを全うするだけ。それ以外、俺の中に残っているモノなど戦うこと以外に何もないのだから。


 ただ戦う為だけに力を求め、技術を高めてきた。それを振うことを止める、戦うことを止めてしまえば、俺にはもう何も残らない。ただ魂が腐りおちた先にある真実の死を待つのみだろう。


 己という存在に意味と価値を求めるならば、戦士として戦い続けなくてはならない。戦うための力と技術を思う存分に振い続けられる敵を求め続けなければならない。そうして意味もなく敵を倒し勝利(したい)を積み重ねては己よりも弱い弱者の屍を踏み潰し続ける。


 それを"生き甲斐"、あるいは死に甲斐と呼ぶのならそうなのかもしれないが。


「さてな。俺には分からない。お前にはあるのか?」


「そうだね~キミを観察するのが今のボクの生き甲斐だね」


 前にヨムは言っていたな。苦しみ続ける俺の姿が見ていたいと。


「他人の苦痛は蜜の味とでも言うつもりか? 加虐主義者め」


「や~間違ってはいないけれど、それが全てではないね」


「ではなんだと?」


「人間はねぇ~、自分の欲望を満たす為に自分以外の誰かを犠牲にすることも厭わないものさ。痛くて苦しくて汚いことも普通はやりたくないと思うし、自分以外の誰かに押し付けたくなるものだろう?」


「否定はしない。楽な道があるならば、そこを通るに越したことはないだろう」


「でもキミは、自らを犠牲に苦痛と困難ばかりの険しい道を選んで進もうとする。キミは道の先が見えていない程頭が悪いわけではないのだろう? それでどうしてもっと楽で安易な道を進もうとしないんだい?」


「楽で安易な道ばかりを選んで通った所で、いずれ袋小路に当たるか険しい道しか選べなくなる時が来る。そして、それまで楽な道に逃げて険しい道を通って来れなかった者は、より険しい道を通ることが出来なくなるだろう。俺には、進んだ道を後戻りするだけの時間も、道を選べる程の余裕もないだけだ」


 天使一匹倒せなくて幾千万もの兵士を持つ国を倒せるわけも無し、吸血鬼の親玉を倒せずして神を殺せるわけも無し。目の前の断崖絶壁さえも登り切れもせずして、どうして道の果てなど目指せるものか。


「でもそれだけじゃあキミの行動は不可解なんだよね。どうして吸血鬼の彼女、ミラカちゃんだったかな? 彼女にわざわざ貴重な貴重な血液を分けてあげて自分を弱体化するような真似をしたり、さっきのガラスの棺の子達から血を奪わなかったんだい? ミラカちゃんや棺詰めの子達から血液を奪いつくして強制支配してしまえばパワーアップしてもっと楽にグラーキスに勝てるとは思わなかったのかい? クスクス……」


 無論、その考えが無かったわけではない。そうすることがグラーキスを殺害するという目的においては合理的であることも理解はしていた。だが、俺はそうしなかった。


「……痛みだ。痛みを通じなければ得られない教訓がある。それに、放っておけば助かる見込みのある者を今殺しておかなくてはいけない理由も無い。神を殺すのと比べれば、この程度の"理想"を通す努力くらいはさせてもらう。それだけだ」


 結局のところ、一度痛い目を見なければどこかで驕りと油断が生じる。人づてに魔獣の楽な対処方を聞いたところで、実際に目の前で魔獣と相対して楽な対処法をとれるかどうかは別の話だ。楽な対象方法を取れないこともあるだろう。


 賢者は歴史に学び愚者は経験に学ぶともいうが、俺は少なくとも賢者ではなかった。己の目と耳で感じ、痛みという経験を得なければ本当の意味で学ぶことの出来ない、ただの愚か者でしかないのだから。


「うん、やっぱりボクはキミの事が好きだなぁ。愚かで、身の程を知らなくて、それでいていつも一生懸命なのに素直じゃないところがね」


「ヨム、お前に好かれても嬉しくはないがな。それと俺はお前のような何でも知った気になっている賢者気取りは嫌いだ」


「またまた~そんなに照れるなよゾンヲリ君。本当はボクのようなお清楚な美少女天使に好かれて嬉しいんだろ~?」


 自称、お清楚な美少女天使は鬱陶しく纏わりついてくる。これでは緊張感も何もあったものではない。いや……ここの所ヨムに限らず、誰かと行動を共にする度にこういうことばかりな気がするが。


「……チィ、また腹に穴を空けられたいか?」


「クスクス、ここでそんな事していいのかい? キミだってこの先に居る存在の気配に気づいてないわけじゃないんだろう?」


「無論、これ以上お前と遊んでいる余裕はない」


 回廊の奥へと一歩踏み進める度に、重苦しい重圧が強くなる。本能が肉体に直接働きかけてきて身動きを阻害しようとしている。


 下級の吸血鬼は上級の吸血鬼に逆らえない。吸血鬼という種族にはそういったルールがあり、吸血鬼となってしまったからには嫌が応にも徹底させられる。


 だが、思いの外足取りは重くはない。ふと真横の天使に目を向けると、無表情ながらもニヤついてる顔が目についた。


「それじゃあ精々頑張りたまえよゾンヲリ君。ボクはいつでもキミの傍でキミの健闘を"祈っている"からね」


 そう言い残し天使は手を振りながら姿を消すと、その場に白い羽がひらりひらりと落ちていった。


「……ふん。素直ではないのはお前も同じだろう、ヨム」


【ライオンハート】、恐怖や狂気や混乱や魅了といった精神的な状態異常に対して抵抗力を高めてくれる奇跡の祝福があるというのは知っている。恐らくヨムは自身の座標位置を対象にかけることで、グラーキスの女性魅了に対して抗っているのだろう。


 俺は偶々それに"巻き込まれた"ということなのだろう。故意か事故かはさておき。全くもって、余計な世話だとしか言いようがないのだが。


「……案内も含め、感謝はしておく」


 結局、ヨムの案内と助言が無ければこの遺跡の深部を進みグラーキスの前に至るまでに無駄に血が流れていた。魔方陣の対処を間違えれば何人も殺す羽目になっていた。戦闘による消耗を避けることも出来なかっただろう。


 俺にはヨムが何を考えているかなどと分からない。だが、それでも助かったことには変わりはないのだから。

はい、すみません、一月と半くらい……ですかね?

書いたり書き直したり普段書く予定にしている休日が唐突に潰れてリズムが狂ったりでいつの間にか結構時間が過ぎ去っていたらしいぞ?(殴


そして話があんまり進んでいない。本当に申し訳(殴

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