第四十一話:足舐め吸血鬼
それからしばらく尋問を続け、目ぼしい情報をあらかた引き出し終えたので女吸血鬼ミラカには愛玩奴隷の陽動を指示した後に別行動とることにした。
目指すのは湖畔の遺跡の最奥にある祭祀場。ミラカの話が正しければ、そこでグラーキスが愛玩奴隷達から吸血して得た力を使って宵闇の霧を降ろす儀式を行っている、とのことだ。
無論、ミラカがその場をしのぐために嘘をつき、仲間を集めて数の暴力で襲撃してくる可能性は無いわけではない。尤も、ミラカ程の能力があれば騙し討ちなどせずとも、どうとでも出来る手段は多数あるのだから、こんな回りくどいやり方をやる意味はほぼない。
第一、疑って手がかりもなく闇雲に探して時間を無駄に浪費していられる余裕もない。罠であろうが"確実に敵が居る"場所へと向かうというのは案外悪くない。むしろ、罠や待ち伏せがあると気構えて諸共叩き潰すくらいで丁度いい。
「グッ……先ほど、血をミラカに返したのは早計だったか」
やたらと喉が渇く。血が吸いたくて吸いたくてたまらない。飢えのような苦痛から逃避したいから来る欲求ではない。テンプテーションを受けた時のように、本能や衝動に直接働きかけて来るような渇きだ。
何度か痛みで誤魔化そうと試みてはみたが、痛みを得るために傷をつけて血液を失うと衝動がより強くなる。どこまで耐えられるかは分からないが、理性がトぶのは時間の問題だろう。
だから、とにかく敵が必要だ。吸血して渇きを潤すにせよ、理性をトばして暴れ狂うにしても。
「や~元気そうかい? ゾンヲリ君。なんてね」
その一声と共に、天使ヨムが目の前に現れた。その瞬間、吸血鬼化して強化された嗅覚が、脳髄に直接語り掛けてくる。処女だ、目の前の天使の生き血を啜れ、貪れ、犯せ、と。
「グッ、ガァ……また、冷やかしか」
「あはは……どうしたんだい? ゾンヲリ君、目が血走ってて怖いよ~? もしかしてボク、キミに襲われちゃうのかい? クスクス」
ヨムはと言えば、相も変わらず人をおちょくった調子で首をかしげながら顔を近づけてくる。 芳醇な香りを漂う無防備な首筋に視線が釘付けにされる。
ヨムのことだ、今のこちらの状況を理解した上で、わざとこうして見せびらかしているのだ。
「今すぐ目の前から失せろ! 今はお前の相手をしている余裕がない」
「まぁまぁそう邪見にするもんじゃあないよ? ゾンヲリ君、ボクのこと吸血したいんだろう? 別にボクは構わないよ? ほら、ほらほらほら」
「ふざけるなよ」
「……はぁ、全く……ふざけているのは後先考えて居ないキミの方だよ。アレかい? キミは気合とか根性で全部何とかしようとか考えてないかい? それとも、いつもみたいに身体を変えさえすれば"その状態から元に戻れる"とでも思っているのかい?」
「いいや、恐らくは戻れないだろうな」
「その通り、キミの魂はねぇ、身体に引っ張られて"変質"しているんだ。つまり、キミの魂は吸血鬼そのものになってしまったわけでね。肉体を入れ替えてもキミはずっと吸血鬼のままだし、キミが宿った肉体もキミの魂に引っ張られて吸血鬼化してしまうんだよ。この意味が分かるかい? ネクリアちゃんはきっとすごーく怒るだろうね。あ、ちなみにボクも怒ってるよ~? ムカムカカムチャッカファイアーだよ~、なんてね」
俺という歪んだ魂が宿った肉体は歪められ吸血鬼化するというならば、ブルメアの身体もネクリア様の身体も"二度と借りられない"状態になってしまったと言える。
俺を受け入れた瞬間、肉体が吸血鬼に変貌してしまうのだから。
以前、強力なアビスの身体を使おうとした時に、ネクリア様から魂が歪むからと、禁じられていたのは覚えている。だから覚悟していなかったわけではない。
安易な方法に頼れば大きな代償を支払わされると相場が決まっている。ただ、それだけの話だ。尤も、左程大きなデメリットのある話でもない。
今まで生者の暖かな身体を一時的にでも借りられてしまっていた方が"おかしかった"だけなのだから。何より、ネクリア様やブルメアの身体でミラカやグラーキスと死闘するよりはよっほどマシだ。
ミラカの情報が正しければ、ヒトの身体で戦ってしまえばグラーキスに強制的に吸血鬼化させされて支配されるので勝てない。そして、高位の吸血鬼は異性を見て、あるいは見られただけでも"魅了"するため女性の場合も勝てない。私が痛みで魅了に抗えたとしても、ブルメアやネクリア様の精神が魅了に抗えなければ肉体の制御権を奪われ封殺されてしまうのだから、当然、生者の身体では自身の腹を切って魅了に耐えるという手段も使えない。
その上で"まともに戦って"現実的な勝算が少しでもある方法があるのだとすれば、グラーキスの支配を受けていない吸血鬼の男の身体、つまりこのユークの身体だけしかないだろう。
だから、戦うと決めた以上、こうなった事には後悔はしていない。
「言いたい事はそれだけか?」
「まぁ、待ちなよ。ゾンヲリ君」
ヨムは唐突に自身の指を噛むと、傷口から流れる鮮血を大げさに見せびらかす。そして、匂い立つ芳醇な血の香りが鼻腔を掠めた瞬間、脳髄に火花が散るような感覚に襲われた。
「グッ……ガ……ぁ……ガァァァアアアッ!」
渇きを潤す処女の生き血が目の前にあるのだ。何を我慢する必要があるのか、啜れ、貪れ。衝動のままに、本能のままに、頭の中に耳障りな声が響く。
声に導かれるままに、目の前の女を押し倒していた。
「や~……強引だね……。まさかこのまま襲われちゃうのかな?」
「ガ、ァ、はぁ……はぁ……ヨム、貴様……馬鹿げた真似を……」
首筋に牙を突き刺すという寸での所で思いとどまれた。
「おや、おやおやおや? まだ抗えちゃうんだねぇ。なんてね、キミならきっとそうするとは信じていたさ。まぁ、このままキミに吸血されてキミの愛玩奴隷吸血鬼天使になってしまうというのも中々面白そうではあったけどね、クスクス」
自身が吸血鬼に襲われそうになっているというのに、ヨムはどこまでも自身の事に関しては他人事で生存意欲を持っていないのだ。
「でもね~、ゾンヲリ君。我慢は良くないと思うよ? そんな栄養失調でヘロヘロな有様のままでキミは吸血鬼の貴族と戦うつもりなのかい? それは勇敢ではなく無謀ではないのかい?」
「何が、言いたい……」
「ボクはほら、色々な事情でキミを助けてはあげられないけどね、偶々こうしてうっかりと指を切って血を流してしまう……な~~んてことがあるわけさ。そしてほら、偶々指から血が滴りおちて足指の爪先についてしまう……な~んてことがあってもボクには全く関係のないことさ。だってね、ボクの身体から離れてしまった羽もそうだけど、ボクの身体の外に流れてしまった血をどこぞの誰かが勝手に拾って好きに使ったところで、ボクは全く預かり知らぬことだからね」
ヨムはむくりと上体を起こすと、白タイツとブーツを脱ぎすて自身の足の指先に血を垂らした後に、俺の眼前に差し出してくる。
「……要点は短く言え」
「ほら舐めろよ。犬のように、這いつくばって、ペロペロと丁寧にね。ああ、別に牙を立てたければ立ててくれても構わないよ? クスクス」
人が弱り果てた所を見計らってついに正体を現したな。
「クッ……倒錯した愉悦主義者め……」
「あはは……別に嫌なら舐めなくてもいいんだよ~~? でも、キミはそんな安っぽいプライド一つのために世にも珍しい天使の血液を舐めてお手軽にパワーアップ出来る機会を逃す程に愚かなのかな~~?」
ヨムが鉄面皮の裏ではニタニタとした笑みを浮かべているのが分かる。この挑発的な物言いなど無視して顔面を殴りつけてやりたくもなるが、そうもいかないのがこの天使の性質の悪いところだ。
ああ、実に気に食わない。気に食わないが、ヨムの口車には乗ってやる。足や尻の穴を舐めるくらいで目的が果たせるというのなら、俺は今まで幾らでも舐めて来たのだから。
ヨムの前で這いつくばる。そして、足指の爪先に舌を這わせて付着している鮮血を舐めとっていく。ゆっくりと、丁寧に。
一度舌を這わせただけだというのに、あれ程あった渇きが潤されていく。体内に奇妙な全能感にも似た力が漲っていくのだ。これでもし、ヨムの首筋に牙を立て思う存分に吸い尽くしたのならば、どれだけの力が得られるのか……そんな考えが脳裏を過った。
「あはっ! あははっ! ああ、この、胸やお腹の辺りがゾクゾクしてくる感情を何と呼ぶのだろうね?」
愉悦だろう。と言葉を返す気もおきなかった。
ヨムはどこかうっとりとしあ表情を浮かべながら、這いつくばっている俺の頭に手を伸ばし撫で回して遊んでいる。
「こうやって、キミに純潔の血液を与えてやれるような都合のいい女なんてボクくらいだよ~? もう少し……はぁ……んっ……感謝してもらいたいものだね……」
ネクリア様もブルメアも非処女だ。非処女の血は吸血鬼にとって毒となる。しかし、吸血鬼となってしまった以上、俺も継続的に処女の生き血を何らかの方法で摂取しなければ廃棄物化し理性を飛ばすことになる。さらに、吸血鬼同士で相互吸血し合った所で血液量の絶対値は増えないので、仮にミラカから吸血し続けたとしてもいずれ限界がくるようになっている。
だからこそヨムはこうやって俺の足元を見ることが出来るのだろうな。
「ん……はぁ……ああ、なるほど……"これ"は直接牙を立てられなくても"血液を与える"という行為そのものも条件に作用してしまうんだね……ふぅ……。一つ、んっ……勉強になったよ……」
舌で指先を舐めとる度に、ヨムは声を押し殺したような吐息を漏らし身動ぎする。見上げて表情を窺えば、普段の鉄面皮とは違い頬まで紅潮した蕩けきった妖艶な笑みを浮かべているものだから。
思わず目を反らした。
「何を、言っている」
「全く、キミが悪いんだよ? ゾンヲリ君。ボクに"あんな行為"を堂々と見せつけて……興味を惹かせるものだから……はぁ……」
「あんな行為……? ああ、ミラカに対し行った"輸血"のことか」
ロスト化しかけてる吸血鬼を正気に戻すには輸血するしかなく、ミラカ以外のグラーキスの愛玩奴隷も貧血状態に陥っている者が多いため、そういった者達を正気に戻すためにミラカも愛玩奴隷達に輸血をしなくてはならない。
そのため、俺の血液の半分はミラカに返しておいたのだ。同時に、ミラカから予め"強力な強制支配"を受けておくことでグラーキスとの戦闘中に受けるであろう強制支配に対する抵抗力を"気休め"程度に高める意味もある。
その結果が、今の俺の貧血状態というわけだが。
「あはは……、うん……これは、まいったね~……。こうやって天使を虜にしてしまうのだから、キミは本当に罪作りで女の子泣かせだね。んんっ……というより、ゾンヲリ君、キミは、足を舐めるのやたらと慣れてないかい? んっ」
「昔、水虫だらけの小汚い足を舐める程度の機会なら幾らでもあったのでな。尤も、その経験が今役に立つとは思ってもいなかったが」
ただの無力な少年が一人で生きる為ならば、金を持ってるおじさんの足や尻の穴を舐める程度のことはする。より多くの金を貰うためならば、当然おじさんにはより気持ちよくなってもらって気前も良くなってもらう必要があった。だからかつての俺は恥も外聞もかなぐり捨てて舐めたさ、ただ生きる為に。
「や~失礼だね~、可憐な美少女天使であるボクの足は綺麗だろ~?」
だからこそ、悦ばせ方は心得ている。ヨムの表情は鉄面皮であっても身体の反応は正直だ。今、どこを舐めてもらいたいのかも身のよじりや力みから教えてくれる。
親指の先から付け根まで、そして小指の先まで、足の裏から足首へと、舌を丁寧に這わせていき。
「まだそこには血を塗ってな――」
が、正直そんなヨムの趣向に一々付き合ってやるのも面倒だし時間ももったい無い。手っ取り早く用は済ませるべきだろう。
血が塗られていない場所を舐められ驚いたヨムを再び押し倒すと、白い羽がバサリと飛び散る。そして、鮮血の流れるヨムの指を咥えむしゃぶる。
「あっ、あっ、ひぅっ……ゾンヲリ君、直接っ直接しゃぶって吸うのはっ。ダメだって! あ、あぅぅ……」
体内に天使の魔力が含まれた血が入り込んでくる度に、力が漲り言い知れぬ万能感に満たされていく。
ダメだダメだとは口では言いながら抵抗する気が全く無い。それどころか完全に脱力して成り行きに任せようとしてる身体の方が正直だと言ってもいい。ネクリア様風に言うならば、誘い受けとでも呼ぶべきだろうか。
ああ、そもそも本当に嫌ならわざわざ足に血を塗って足を舐めろなどという回りくどいことはせず、地面にでも垂らしておいてそこを勝手に舐めてろで済む話だ。
ようするにこれは茶番でしかない。
「……それで、もう気が済んだのか?」
「あれ~……? おかしいね……ここはキミが我慢しきれなくなってボクに襲い掛かって一線踏み越えちゃう場面じゃないのかい?」
ヨムここにきてスッと素面に戻ってみせた。尤も、腹に風穴を空けられようが自身の生命維持に全く関心の無かったような奴だ。特に驚くことでもない。
「だったらせめてその能面大根役者は止めて、もう少しまともな演技くらいはしてみせろ」
「う~ん……ブルメアちゃん辺りを参考に反応してはみたんだけど、中々手厳しいね……」
「何故このような茶番を?」
「それはね~半分は検証さ。吸血鬼は天使の脅威となり得るのかをキミを介して調べたのさ、ボクにはそれを天界に報告する義務があるからね。ほら、一応観察者としての仕事もしていないと流石に怒られるから」
「それで、吸血鬼は脅威だったのか?」
「いや~脅威だね~、すっごく脅威だよ~?。なんせ予め精神干渉系に対する抵抗力を上げておかないと"キミレベル"の吸血鬼は観察し続ける事さえも割と危険だということが分かったからね」
「それは、どういう意味だ?」
「キミは自身の変化に気づいていないのかい? ああ、いや、これは言わないでおくよ。その方が色々と面白そうだしね」
生前のゾンヲリさんと言えば足舐めである。奴隷としての経験上、おっさんの水虫だらけの足から高飛車お嬢様のつるっつるの足まで幅広く舐めて来た実績があるのだ。(生前の過去話談)
エリートマゾ犬奴隷ならやはり足舐めくらいはしないとな!