第四十話:吸血鬼の格
「何故抵抗するのを諦めた?」
「ミラカはお前に負けたんだ……。吸血されて負けた吸血鬼が勝った吸血鬼の奴隷となって言う事を聞くのが当たり前だし、格の低い吸血鬼は自分よりも高位の格を持つ吸血鬼には絶対に逆らえなくなるように身体も心も縛られるルールがある……、はず、なのに……どうしてミラカの血族のお前が血主のミラカに逆らえたんだ……?」
「では、吸血鬼の"格"とは何によって定まるものだ?」
「吸血鬼の"誇りを体現することだ……。常に美しく優雅に、絶対者として力と畏怖を示して、誰にも屈せず自我の誇りを保てる者の格が高い、とは言われてる。でも、実質一番重要なのは"力"だけだ。力が無ければ結局負けて屈してしまって誇りも格も保てないし、血族となった者は血主より血が薄くて力は劣るし、血主には逆らえないように制約も課されるので実質言いなりになるしかない」
自身だけが優位に立てるルールを整備しておき、後からやってきた者には覆されないように不利を押し付ける盤石で理不尽な既得権益体制を築くというのは何も吸血鬼に限った話ではない。貴族が己の血統を優遇するように法を整備し、獅子がハーレムを別の雄から奪えば自身の子以外を皆殺しにしてしまうように、何処にいってもありうる自然の摂理だ。
ミラカの話を要約すれば吸血鬼の誇りとは、魅力と力と意志力の強さを問うのだろう。この中で最も重要なのはミラカは力だと言ったが、俺はそうは思わない。
結局のところ、強くありたいと願い力を求めるのも、美しくありたいと願い美しさを磨くのも、そこにあるのはそうなりたいと願い求め実現に向けて努力するという"意志"からくる行動の結果だ。
逆に言えば、生まれ落ちた環境に絶望し諦め、持って生まれた力と資質を腐らせ、停滞するのも衰退していくことも、隷属をするのでさえも、結局は"自らの意志で望んだ"結果でしかない。
最期まで抵抗して死ぬか、諦め受け入れて死ぬかという自らの意志で死に方を選ぶ権利くらいは誰しもが平等に有しているのだから。
「ならば"屈しなければ己の格は保てる”というわけか」
敗北し屈すれば全てを奪われる。それが嫌ならば屈しなければいい。例え、勝利が絶望的な圧倒的な敵が目の前に現れようとも、例え、進む道の先には痛みと苦しみしか無かろうとも、最期が訪れるその瞬間まで、ただひたすらに前へと進み抗い続ける。
いかなる障害が立ちふさがろうとも、鋼の意思を貫徹すればやれないことはない。ならばこれは、俺から言わせれば吸血鬼の"誇りとは、何の変哲もないただの"当たり前の話"にすぎない。
「それが一体どれだけ難しいか……ううん……。結局ミラカも根性無しなあいつらと同じだった。だからお前が勝って、ミラカは負けたんだな……」
ミラカは静かに瞳を閉じると、体重をこちらに預けながら無防備な首筋を向けてくる。
ミラカから漂う芳香に誘われるがままに、白い首筋にむしゃぶり付きたくなる。抗いがたい吸血への渇望と、ミラカを支配したという暗い充足感に支配されそうになる。そして、それを抑え込めもうとするほど、飢餓にも近い渇きの衝動がより強くなるのも感じる。
恐らく、コレに際限などないのだろうな。
「……? ミラカを、噛まないのか?」
「俺はお前から情報を引き出すために血を与えたのに、噛んで元に戻してどうする」
「変な奴だな……勝った吸血鬼は負かした吸血鬼に噛み痕を付けて自分の所有物にしたことを内外に示すのは当たり前だ。お前がミラカと同じ吸血鬼になったのなら、そういう衝動だってあるはずだ……」
「ああ、確かに。ミラカ、俺はお前が欲しい。その身も心も、血の一滴すら残さず全て俺のモノにしてやりたい」
「ぃっ!」
ミラカは一度大きく身震いする。それは恐怖からか、あるいは、思ったことや衝動をそのまま口にするという真に受けるのも馬鹿馬鹿しい台詞に思わず怖気が走ったのかは定かではない。
「だが、仮にこんな下らない方法で俺に無理矢理従わさせられたとして、お前は心から納得できているのか? それで幸福なのか?」
ミラカは言っていた。自身はグラーキスの下僕であると。そして、癒えていない噛み傷が首筋にある。これは、吸血鬼の流儀に言わせれば噛み主の所有物であることを示す意味があるのだろう。
「ミラカだって……納得しているわけじゃない……でもそれが当たり前のことだから……」
「そうか、それが聞けて十分だ」
「……え?」
「これで心置きなくグラーキスを殺せる」
グラーキスを殺害する際の唯一の懸念点、それは、グラーキスの奴隷達が真の意味でグラーキスを愛してしまっていた場合だ。この場合、ユークの願い通りの形でグラーキスを殺してもユーリカを救えなくなってしまうだろう。
最悪の場合、グラーキスの精神を徹底的に破壊し尽くして心を完全にへし折った後に、自らの意志で奴隷達の支配を放棄、あるいは奴隷達の思考そのものを命令される前の状態と同じになるように書き換えさせるという方法を取らざるを得なくなる可能性があった。
だが、それも杞憂に終わった。グラーキスの下僕と公言しているミラカがこう言うということは、つまるところその他の奴隷達もまた、身も心も完全にグラーキスに対して捧げているわけではない事を意味するのだから。
「本気……なのか? 本気でグラーキスと戦うつもりなのか? グラーキスは今のミラカより何倍も強いんだぞ?」
「無論、そのつもりだ」
「どうしてだ? ミラカにはお前がそこまでする理由が分からない……」
「ミラカ、俺の言う事を聞くと言ったな。では、"仮に"、今後、俺以外の吸血鬼の命令を一切聞くな、と俺が命令した際に、グラーキスの下僕は今後グラーキスの命令を聞かないという行動をとれるのか?」
「あぅ……でも多分……無理だ。そういうのは……格の高い吸血鬼の命令の方が"優先される"。だから、ミラカはお前に命令されてもグラーキスには逆らえない……と思う」
当然、ミラカのこの反応は予想していなかったわけではない。むしろ、案の定というべきだろう。
「ならば今の俺の格がグラーキスより高くなれば問題ないのだろう? つまり、俺自身の力でグラーキスを殺して証明してみせればいい」
俺が、俺の力でグラーキスを上回れば、グラーキスの犠牲者達に対して出されてしまったグラーキスの命令を強制破棄することも可能になると見ていい。
「それが出来るならそうだけど……ミラカに何をさせたいんだ?」
「可能な限りグラーキスの愛玩奴隷達に吸血して回り、一言こう命令しろ。一度遺跡の外に出ろ、と。理由は……気分転換など適当でいい」
「そんな命令して何になるんだ……?」
「仮に俺がグラーキスと戦闘状態になったとしても、余計な者は殺さず、殺されずに済む。その上で、仮に俺が敗れたとしても、偶々戦場を離れていただけで、"敵に加担した裏切者"の誹りを受けて制裁を受けるという可能性も低くなるだろう」
吸血鬼を相手する上で最も厄介なのは個人の圧倒的な戦闘能力ではない。数の暴力だ。身体能力が同程度の敵を同時に複数相手するというのは、それだけで相当苦しい戦いになる。
無策でグラーキスに挑めば、当然グラーキスは奴隷を肉の盾にしてくる可能性が高く、長期戦になればなるほど遺跡内に存在する奴隷吸血鬼達が増援として駆け付けてくるという状況に陥る可能性も高い。これにユーリカが含まれているという状況も避けたい。
それを防ぐには合流される前に全て事前に各個撃破するか、あるいは奴隷吸血鬼達をグラーキスに命令される前に命令が届かない場所に隔離しておき、味方には出来ずとも敵にもしないという状態にしておく必要がある。
「分かった。そういうことなら、ミラカはお前の言う事を聞くことにする……」
急用で執筆時間を潰されたり、何度か書いてはしっくりこなくてやり直して……というのを繰り返すこと既に3週間立っていた……
時間が経つのは早いものd(殴
やっぱりなんかまだしっくり来てないのでもしかしたら丸ごと書き直すかもしれないです。ご理解とご協力を(殴




