第四話:処女の淫魔
「あああああっ! ゾンヲリ。私以外の女にそんな事するとか何考えてるんだ! この年中発情期!」
「くぅ~ん」(ネクリア様、申し訳ございません)
「ガルを怒るのはやめてよ!」
「はっ?」
少女は少女様と私の間に入り込み、手を広げて割り込む少女。その様を見て、少女様は開いた口が塞がらない様子だった。
「ガウ、くぅ~ん、ガルゥ」(その、勝手に名前を付けられてしまいまして……)
「はぁああああ!? ゾンヲリ、お前名前がどれだけ重要か分かってるのか? というか私が見ていないうちに本当に何やってるんだっ! 他の雌の命令を聞くだけじゃ飽き足らず、ちんちんを見せるだと!」
怒り心頭に発する少女様。それ程までに私は罪を犯したのだ。
「くぅ~ん」(申し訳ございません)
「そんなにガルの事怒るんなら私が貰ってもいいよね。おいで、ガル」
淫魔の少女は回り込んで私の左前足を引っ張ろうとする。
「はぁ? いやいやいや、おかしいだろ。ゾンヲリは私のだぞ!」
少女様は反対側に回り込んで私の右前脚を引っ張る。
二人の淫魔の少女は私に手を差し伸べる。
争いは同じ領域でしか発生しない。
今、少女達は私の所有権をかけての戦争を繰り広げていた。
……どうしてこうなった。
「ガルは私の!」
「ゾンヲリは私のだぞっ!離れろ!」
「ガルルァ、くぅ~ん」(ネクリア様、痛いです)
その気になれば大剣を振るえるのだから、こう見えても淫魔は意外と膂力がある。本気で私を引っ張ろうとすると普通に手足が千切れる。だからと言って、私が少女達を振り払ってしまえばケガをさせてしまう。
実に、困った。
「こらっ! ヴァージニア。何をやっとる」
救いの手を差し伸べたのは村長のデーモンだった。
「ううっ……」
ふるふると震える少女は私の前足から手を放した。村長のデーモンは何度も頭を下げながら、少女の手を引いていく。
「申し訳ございません。ネクリア様。こやつの事はどうかお許しくださいませんかの」
「私は優しいからなっ! 子供相手に本気になったりしないから安心しろ」
「おお、ありがとうございます」
少女様は謙虚に振舞い、慎ましい胸を張って見せる。実の所、少女の方が主張が激しかったりもするのだが。
「おい、ゾンヲリ。お前なんかかなり失礼な事考えてるな!」
「くぅ~ん」
【ソウルコネクト】中の思考は慎む必要があるようだ。どちらかと言えば、無駄のない体型の少女様の方が好きだ。
「ほら、いくぞ。ヴァージニア」
「ああ、ガル……」
少女は村長のデーモンに手を引かれながら、屋敷の中へと消えていった。名残惜しそうに小さな指を口に咥えているのが印象的だった。
何故だろうか、私も名残惜しいと感じていた。
「ほら、いくぞ。ゾンヲリ」
「ガル、ガルルァ」(はい、ネクリア様)
村長とのやり取りで、少女には一件の空き家が与えられる事になった。大魔公という地位が、少女を救ったのだろう。
「ここってさ、一年前の戦争では焼かれなかった場所なんだ」
空き家に向かう道中、少女は回りを見渡しながらそう呟いた。見る所も大してない程にのどかで平凡な村だ。
「1年前の戦争ですか。何があったのでしょうか」
「私は戦地なんて出てないから聞き捨てだけど。大陸中全ての人間の国と争ったみたいなんだ。この付近はギィルガワロスと帝国軍が派手に暴れまわったせいか、殆どの村は焼かれちゃったみたいなんだよな。ここは親父の領地だからさ、当然親父も戦地に出向いて……帰って来なかったけどな」
俯く少女にはまだ、戦災の爪痕が残っていた。
「ネクリア様。申し訳ございません」
「ああ、別にいいよゾンヲリ。結局、私の領地はボロボロ、西地区だって貧民街堕ち。仕事は増えるし、ほん~~っといい迷惑だよ。今も昔も……さ。何でどいつもこいつも戦いたがりばかりなんだろうな」
望まずに戦禍に巻き込まれた者達。望んで戦禍を広げる者達。私は後者に属する。……戦う事しか知らない私には、耳が痛くなる話だった。
「申し訳ございません」
「あ、悪い。別にお前をどうこう言うつもりじゃなかったんだ。止めておこうか、こんな話はさ」
「そうですね」
それから空き家に着くや否や、少女は真っ先にドラム缶風呂へと突貫する。度重なる戦闘、こびり付いた死臭、どれも少女には相応しくない。だから少女はドラム缶風呂を求めるのだろう。
私は外でお留守番だ。犬らしく。犬小屋は無いので家の戸の前でただひたすらに佇む。
「……ガル」
退屈だったので思わずつぶやく。獣の身体は今後も使う事があるかもしれない。
意味もなくぴょんぴょん飛び跳ねたり、ブーメランフックを繰り出してみたり、大剣を口に咥えて振るってみたりする。風を切る音から敵を狩るには十分な速度が出ている。十全ではないが、悪くはない。ただ、そんな事を続けていたせいか、通りがかったハゲの者に変な目で見られた。
まぁ、悪くない。
「あ、ゾンヲリ。備蓄のゴルゴンベーコンがあるけど食べるか?」
日が沈み始める頃、少女は私に対して食事を与えようとしてくれた。だが、私が食事をとる意味は殆どない。
味は分からないし、消耗品でしかない肉体に糧は不要だからだ。飢えはそれ程苦しいものではない。臓物の痛みの方が遥かに勝る。
「私は大丈夫です。ネクリア様がお食べください」
「む、そうか。後で欲しいって言っても遅いからな」
少女の休んでいる空き家から明りは消え、平凡で平和な日が終わろうかという時間帯。物陰からこちらをじっと伺っているであろう視線に気がついた。
「ガル」
吠えてみると「キャッ」という聞き覚えのある少女の声を聞いた。夜星に照らされていたのは、ヴァージニアだった。
「えへ、遊びに来ちゃったっ」
……何故か、はにかむ少女から目を離せない。もっと見ていたいという衝動に駆られる。少女は無造作に私の元へと近寄り、手を伸ばしてくる。
「うわ、ガルのここ、ふかふかだね」
なすがままに、少女に毛並みを触れさせてしまう。嫌な気はしない。このまま、溺れて……
「ね、乗ってもいい?」
勿論、否定するわけが……
「グルァ!」
「キャアッ」
迂闊だった。見た目は少女でも淫魔だ。テンプテーション。少女の妖香に惑わされかけていたのだ。
「ガル、どうして?」
どうして、と聞かれても、私は首を振る事でしか意思表示できない。少女を背に乗せる事は、別に嫌ではない。だが、少女様はそれを嫌がる。だから無許可に乗せるわけにはいかないのだ。
「そっか、ガルはおりこうさんだもんね……ごめんなさい」
少女の瞳に寂しさが宿っていた。獣の身では、「はい」か「いいえ」くらいでしか意思表示を示せない。言葉を発する事が出来ないがために、私は少女を傷つけざるを得ない。
「グル……」
「私の事は嫌い?」
首を横に振る。私は少女の事は嫌いではない。
「私の事は好き?」
首を横に振る。特に好意も抱いていない。
「そっか、でもお話はしてくれる?」
「ガル」
首を縦に振る。退屈を紛らわすくらいならば、少女様は許してくれるだろう。
「やった~!」
無邪気に笑うヴァージニア。先ほどの妖しさは既に失せており、子供らしい無邪気な笑顔だった。




