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第三十四話:吸血鬼誘因作戦?

「おい、待てゾンヲリ。今から別行動ってど~いうつもりだ。説明しろ」


「吸血鬼は嗅覚を頼りに私達を追跡できます。これは夜狼や虫のように嗅覚に優れた肉体を体感したからこそ理解の出来る感覚にはなるのですが。例えば、地面に落ちた髪の毛はおろか、汗のような体液の一滴ですら遠くから"痕跡の道"として見えてしまうのです。 この追跡を防ぐためには、一旦"流水の水路"を跨ぐようにして移動するといった形で、"連続している臭いの痕跡の道を一度途切れさせる"必要があります」


「ふぅん? つまり、吸血鬼に追跡されないようにするために、お前は私達の残してきたであろう痕跡を隠してくる。そういいたいわけか?」


「ええ、欺瞞工作は残っているエクソサンソンの体液を使えば可能です。そして、私はこの通り、止血したとはいえ、血の臭いを漂わせています。この状態でネクリア様達と同行すればそれだけでも吸血鬼に探知追跡される危険性が高まり、見つかってしまえば少年を保護して戦うにせよ、逃げるにせよ困難を極めるでしょう」


 吸血鬼相手にはエクソサンソンの体液による悪臭が有効であるのはブルメアから受けた戦闘報告からも確認済みだ。


 そして、エクソサンソンの体液を等間隔に散布して作った"臭いの壁"を作っておけば、その先にある臭いを吸血鬼は探知できなくなる。その上で、自身に付着している血の臭いで吸血鬼を誘因し、ネクリア様達が向かう方角からはなるべく離れることで吸血鬼からの追跡をかわせるだろう。


 尤も、それでも気休めにしかならないが。やらないよりは遥かにマシだろう。


「なるほど、お前の言いたい事は分かったぞ。要するに、囮をやるつもりなんだな?」


「はい。私ならば万が一吸血鬼と遭遇し、撃破されたとしても後で死体を回収してもらえれば問題ありません。場所や方角はフリュネルの"声"で共有できますのでネクリア様達が目的地にたどり着くのを見計らってから合流します」


「ふむ、当然却下だ。ゾンヲリ、私が一番懸念しているのは何か分かるか? お前が吸血鬼化させられた場合の想定がすっぽ抜けてるぞ、馬鹿」


 ネクリア様の懸念はもっともだろう。考えて居なかったわけではない。


「その点は問題はないでしょう。"ヴァンパイアの死体はネクリア様によって支配"されています。つまり、ゾンビならば吸血鬼による支配は受けない可能性が高く、また死体を相手に吸血する可能性は低いでしょう」


 状況証拠として、死んでしまっているヴァンパイアの死体をゾンビ化しネクリア様が自在に操れているということは、支配能力は上書き出来ているということだ。さらに、吸血鬼は処女や童貞といった吸血対象に"嗜好を求める"傾向があるならば、それこそ鮮度の落ちて不味そうな死体に吸血を行うということもしないだろう。


 無論、これは単なる憶測でしかない話ではあるが、ゾンビでしかない私が吸血対象となる可能性は、極めて低いだろう。なんせ、あのサキュバスですら"口づけした後に吐く"くらいの汚物なのだからな。


 嗅覚の優れた吸血鬼、特に眷属を作れる能力を持つ貴族と呼ばれるような存在がそのような暴挙を起こすとは思えない。


「そういう問題じゃない。吸血鬼化による魂に対する汚染自体を私は問題にしているんだ。第一あれは心臓と血液を抜いて封呪処理した後に念のため吸血鬼化していない魂を入れて動かしているんだからなっ」


 ネクリア様がヴァンパイアをゾンビ化する際の現場を見ていなかった以上、死霊術の理屈はよくわからない。無論、ネクリア様がネクリア様なりに考えてくれているのだけは理解できる。


 だが、いずれにせよ私が吸血されるという状況以上に、ネクリア様達が貴族吸血鬼に補足されるという最悪の状況だけはなんとしてでも避けなければならない。


 一という消耗品を犠牲にすれば九という成果が確実に得られる方法があるのに、十を得るために十を犠牲にする危険は冒せない。私は、確実に一つを得るために九を犠牲にするのを(いと)うつもりはない。


「ネクリア様……吸血鬼との戦闘はあくまで最悪の想定です。当然、戦闘は極力避けますし、相手が下級ならば私は負けません。エクソサンソンの体液の臭いを利用して索敵されないように心がけます。それではいけませんか?」


「グッ……だが、お前が離れたら私達の護衛はどうする。魔獣だって出るかもしれないだろ」


「そこは、ブルメアに任せます。少なくとも、下級吸血鬼を相手出来るならばブルメアは今の私とは同程度には戦えます。そうだな?」


 これは、ネクリア様の安全保障を担っていたのが私一人だけであった頃には使えなかった選択肢だ。幸福か、不幸か、ブルメアの成長が戦士として頭数には入れられる領域にまで追いついてしまったのだから。


「うん、任せてよゾンヲリ! ネクリアの事は私が守ってあげるからねっ。だからネクリアもゾンヲリの言うこと信じよ?」


「えぇ~……」


 自身たっぷりに豊満な胸を張るブルメアとは対照的に、ネクリア様は心底嫌そうな顔をしていた。普段のブルメアがブルメアなだけに、ネクリア様のその気持ちは分からないでもない。


 それに、以前遭遇した"悪夢(メア)"の人格の件もあるだけに、正直私も不安感を否めないのだ。倒錯(とうさく)的な彼女がどういった条件下で表に出てくるのか、出て来たとしてネクリア様を相手にどう接するのかがまるで未知数なのだから。


 ……いずれにせよ、これはいずれ来るであろう"万が一が私に訪れた時"に、ネクリア様を守れるかどうかの資金石になる。


 思っていたよりは、大分早かったな。ああ、そしてブルメアならば私の予想の上を往くだろう。ならば是非もない。そこに期待させてもらう。


「仕方ない。なら約束しろゾンヲリ。必ず無事に戻ってこい。いつもみたいに"玉砕"するのだけは絶対に許さないからな」


 ネクリア様に"いつもみたいに"と釘を刺される程に、私はこれまでに敗北を重ねすぎている。敗北に慣れ過ぎている。絶対の勝利ではなく、敗北を前提とした作戦を立てすぎている。いつ負けてもいいのだと。そんな甘えがあるのではないかと。


 どこか、そういう所をネクリア様には見透かされているような気がした。


「……善処しましょう。では」


 私には、ネクリア様を納得させられる言葉は思いつかなかった。


 第一、ちょっと考えれば分かりきっている話だろう。このユークの身体では貴族はおろか、ユーリカにも勝てない。多少の技術でどうこうできない程度の"自力の差"が吸血鬼とはあるのだから、勝てると見栄を張ったところで全く根拠が無い。ただの詭弁にしかならない。


 吸血鬼が追って来ているならば欺瞞工作に使える時間もあまり残っていない。故に半ば話を打ち切り、元来た道に向けて踵を返し、振り返らずに駆け抜けた。


「おい、善処じゃなくてちゃんと"はい"って言え! おい! ゾンヲリ!」


 ああ、それでも勝つ方法があるのだとすれば。やはり、ただ一つの目的を果たすために、それ以外の全てをそぎ落とさなくてはならない。


 剣の刃とは、薄く薄く研いでこそ切れ味が増すのだから、な。



 隙あらば捨て肝を始める妖怪身体置いてけのような何か


 そんなゾンヲリさんはいまだにイルミナさんと初キスして吐かれた経験を引きずっていたりするらしいな?


 なお、ゾンヲリさんは「ははっ、汚物であるゾンビとキス(吸血)する奴なんておらんやろ?」みたいな見当違いの例え話ををしているが、実際はキスされているから吐かれてるのだ。


 なんなら闇メアさんの方は吐かなかった……というのはごま塩程度に覚えておいて欲しいのさ……。

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