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第三十三話:続、争いは同じレベルでしか発生しない


 合流地点の水場にたどり着くと、泉の(ほとり)にブルメアとその傍には少年エルフが話をしているのが見えた。それと同時にブルメアの長い耳がピクリと揺れる。


「あ、ゾンヲリ~、ネクリアもおかえり~」


 耳を澄ませば土を踏む音くらいは聞こえるだろう。


 とはいえ、声をかけるに遠すぎる程度にはそれなりに距離があったはずだ。なのに、ブルメアは私の気配を察知し、しかもネクリア様ではなくユークの身体に入っている私に対して「ゾンヲリ」と呼び、花が咲いたかのように無邪気な笑顔を浮かべて手を振りながら駆け寄って来る。


「あ、ああ……。よく私に気づいたな。ブルメア」


「えへへ、当たり前だよ~ゾンヲリのことなら分かるんだよ~」


「おい、ブルメア、お前ちょっと近いぞ」


 ネクリア様が私とブルメアの間に挟まるように仁王立ちし、縄張りを荒らされた子猫のように尻尾を逆立てて「フーッ」と威嚇行動を開始している。


「あ、ごめん」


 それまでブルメアと会話していたであろう隣に居た少年エルフはいたたまれない表情をしている。真意は読めないが、ブルメアが私達に対し親しさを見せたことに疎外感を感じ取っていたようにも見えた。


 ……このように見知らぬヒトに囲まれた状況下では少年も不安を感じていてもおかしくない。


「あ~……状況はどうだったか?」


「えっとね、吸血鬼を3人くらい現れたからやっつけておいたよ。ゾンヲリの言う通り小瓶使ったら吸血鬼達が動かなくなったからその間に首も落とした!」


 ブルメアは豊満な胸を張っている。戦果としては明らかに上々。この数の吸血鬼が集落の方に来ていたとすれば、厳しい戦いは免れなかったのだから。


 いや、しかし、確かに吸血鬼を撃破したなら心臓を潰して首は切り落としておけとは言った。言ったがな……。満面の笑顔を浮かべて報告するような出来事か……? 


「そうか、よくやったな。おかげで助かったぞブルメア」


「えへへ~ゾンヲリから褒められちゃった~」


「う、うわぁ……」


 目を細めて子供のように無邪気に喜ぶブルメア。一方で下を見れば、ネクリア様が苦虫をかみつぶしたかのような微妙な顔をしていた。そして、ブルメアの後ろに立っている少年がこの世の終わりを見たような顔をしている。


 正直、私もどういう顔をすればいいのか分からない。が、そろそろ少年に対して気を配ってやるべき、なのだろうな。


「あ~~……それで、そちらの少年について聞いてもいいか?」


「あ、うん。ウィローだよ。吸血鬼に襲われてたから助けたんだよ」


「そうか、怖くなかったか? ウィロー少年」


 あまり怖がらせないように少年の目線に合わせるようにしゃがみこんで語り掛ける。


「俺、ブルメアの方が怖かったよ」


 少年は正直だった。


「聞いたぞ、お前がゾンヲリって奴なんだろ? お前一体ブルメアに何をしたんだ! 答えろよ!」


「わ、ウィロー。何で急に怒ってるの? ゾンヲリは何も悪く――」


「うるさい!」


 少年から私に怒りを向けられる流れに思わず面を食らう。


 しかし、ブルメアは少年に対し私という存在について既に話している後なのだとすれば……。私がブルメアと親密な関係を築いてること自体に怒りを覚えているのだろうか。


「ブルメアがこの集落と居た頃に"仲良くしてくれた男の子"の幼馴染というのは、少年のことでいいのかな?」


「うん、そうだよ~」


「は? ちげーし。ブルメアがいつも一人ぼっちだから相手してやってただけだし。話反らすなよ」


 これで事実確認はとれた。 少年の反応は子供心ながらの照れ隠しのようなものだ。


 だとすれば恐らく、少年の最後の記憶から"変わり果ててしまった幼馴染"の姿を見て、その原因が私にあると見て怒りを覚えているのだろうか。


 ならば、その少年の怒りは尤もだ。反論の余地は微塵もない。弁解する気も毛頭ない。


「そうだな、少年の言う通り私は、奴隷であったブルメアに生きる術を教え、戦士としてある程度戦えるように教育もした。場合によっては"駒"としても利用もしたよ。と、言っても少年には納得してはもらえないか」


「当たり前だろ! お前が、お前がブルメアをおかしくしたんだ!」


「……ウィロー少年からすれば、そうなるのかもしれないな。ああそうだ。すまない。私が悪いのだ。ウィロー少年が私を罵って気が済むならばいくらでも罵ってくれ。殴りたければいくらでも殴ってくれ」


 こうして地べたに頭を擦りつけて謝罪をして済むなどとは思ってはいない。殴る蹴る、全身を切り刻まれても仕方がない。私が少年から奪ったモノは、きっとそういうものなのだ。


 だからこそ、私はウィロー少年の憎悪を甘んじて受けねばならない。


「違うよ、どうしてゾンヲリが謝ってるの? ゾンヲリは私を助けてくれただけだよ!」


「ゾンヲリ、お前さぁ……ロリショタ相手になるとほんと下手になるよな……。というかさ、いっつもボロボロになってるようなお前がちょっと子供に殴られたって蚊に刺された程度の罰にすらもなってないし、どうせ単に罵られたいだけだろ。ヘンタイが」


 ネクリア様は心底呆れたといった口調で呟いていた。そして、最後の吐き捨てるような言葉が胸に突き刺さる。


 半分は当たっている。耳が痛い。


「……いいよ。もう。謝ってるし。なんか、お前にこれ以上怒ったって仕方がないってことだけは分かったから」


「少年は、私を許してくれるのか?」


「いいって。俺、ブルメア追い出したり、俺のかーちゃんととーちゃんを吸血鬼に売った汚い大人達みたいなことはしたくない」


「そうか、ありがとう。ではせめてもの詫びに私が少年のために出来ることなら何でも協力するつもりだ。何でも言ってくれ、恋路、諜報、暗殺、強盗、破壊活動、何でもだ」


「う、うえぇ……?」


「なぁゾンヲリ、今のお前、傍から見てると食い気味すぎて若干……というかかなりキモイぞ……少し黙れ」


「はい」


 どうやらウィロー少年を少しばかり困惑させてしまったことをネクリア様に咎められてしまった。


「なぁ、お前強いんだろ? だったら俺にも強くなる方法を教えてくれ」


「少年は何故強くなりたい?」


「それは、言いたくない」


「?」


 一瞬ブルメアの方を見て、言いよどむ少年の心は理解した。


 大切に思う誰かを守りたい。尤もらしい理由だ。男ならば誰しもが一度は憧れ、そして胸に秘めておく想い。そのウィロー少年が守りたい者がブルメアなのだろう。


 ああ、出来ることなら少年のその純粋な想いには応えてやりたい。私にそれを与えられる力があるのならば是が非にでも与えてやりたい。


 だが、それは私に叶えてやることは出来ない願いだ。


「理由はどうあれど"強くなりたい"。そう想い、想い続けられたのならば、少年はきっと強くなれるだろう。私から言えるのはそれだけだ」


 生まれ持っての才能、機会を逃さない運、効率的に鍛えられる環境、そして強さそのものを補強する装備、強さを得る方法は数あれど、結局のところ、強くなるには強くなるために必要な"努力をし続ける"しかない。


 その努力の根本的な原動力となるのは、強くなりたいという"鋼の意思"を持ちづけることだ。愛のため、復讐のため、正義のため、己の欲望のため、理由などなんでもいい。


 だが、大抵のヒトはどこかでその意思は折れて強くなることに諦めてしまう。自身を上回る圧倒的な才能を目の当たりにする。高すぎる目標に絶望する。単純に努力が辛い。環境に恵まれず努力自体が困難であったり、運にも恵まれず志半ばに再起不能になったり力尽きることもあるだろう。 


 諦める理由となる"壁"は腐る程あるのだから。だから結局のところ、強くなれるかどうかは少年が壁を乗り越えられるだけの"鋼の意思を折らずにいられる"のか、という問題に終始してしまう。


 私には、少年の強さを測れても、意思の強さまでは測れない。


「なんだよ……それ。おかしいだろ……だってブルメアなんてちょっと前まで全然どんくさかった……強くなんてなかった。なのに今は守り人も勝てない吸血鬼をやっつけられるように出来たんだろ? だったら俺にだって出来てもいいはずだ」


「私は沢山頑張っただけだもん」


 ブルメアはムスっと膨れたように言った。


 実際その通りだ。ブルメアは持って生まれた資質もあるが、"頑張りすぎた"。無茶な努力を続けても死なない程度には運にも恵まれていた。


 仮に私がブルメアと同じくらい弱かった頃にブルメアと同じ努力をしても、同じ成長は得られないどころかもれなく死ぬか再起不能になっていただろうと思える程度には、ブルメアは運否天賦(うんぷてんぷ)を持ち合わせている。


 私から言わせれば、ウィロー少年が求めているブルメアを守れるだけの力を得るという"壁"は絶望的に高い。


 何故ならば、ブルメアはこれからもその才能の暴力に任せた努力と成長を続けるのだから。彼女が何らかの理由でその場に立ち止まらない限り、ウィローがブルメアに追いつくというのはどうあがいても物理的に困難を極める。


 1日の間に努力出来る時間の上限は、私が知る限り"たったの1日分しかない"のだから。


 尤も、"ヒトを辞める"。例えばオウガや吸血鬼や天使のような化け物に成り果てる……あるいは魔神のような超常的存在の力に頼る。他には強者の身体を強制的に奪い取るといった"安易かつ楽な方法"に縋ればその限りではないのかもしれないが、な。


 どの道、それは私には与えてはやれない領分の話だ。


「少年、ブルメアが強くなれたのは彼女の頑張りがあってこそなのは確かだよ。あまり悪く言ってやらないでやって欲しい」


「えへへぇ~…」


 ブルメアが感極まったようなだらしのない声を出しているが、聞かなかったし、見なかった事にしておく。


「だったら俺にもそれと同じことをやらせてくれよっ」


「承知した。だがこの場所はまだ危険だ。安全な場所に移動して吸血鬼の件が落ち着いてからでも構わないか? 少年」


 結局のところ、実際に壁の高さを己の身体で実際に体験してみなくては分からないものだ。だから、少年に挑戦する機会くらいは与えよう。その壁を見てどう判断するのかは少年の意思次第だ。


 私が決めることではない。


「分かったよ。約束だからな」


「ああ、約束しよう」


「……ゾンヲリ、お前、案外イイ奴だな」


「それは、どうなのだろうな?」


 一先ず、少年も落ち着いてくれたか。


「む~~~~~。ゾンヲリってば私にはイジワルするのにウィローになんか優しくない? おかしいよね?」


 なんかブルメアがムスっと膨れているが……。何故、少年相手に嫉妬心をむき出しにしているのだろうか。いや、時間が惜しい、ブルメアのことは今は放っておこう。


「ゾンヲリお前さ……ガキンチョには妙に懐かれるよな」


 そんなネクリア様の何気ない言葉が少年の気に障ったのか。


「うるさい蝙蝠女、お前の方がどう見ても"ガキンチョ"だろうが」


 売り言葉に買い言葉で少年が反撃しだした。

 ヤバいぞ、少年がネクリア様の逆鱗(こどもあつかい)に触れてしまった。収拾がつかなくなる。


「ああッ!?」


「お、お待ちくださいネクリア様。どうか今は抑えて下さい。大声を上げてこの場に留まるのは危険ですから」


「ふん、私は分別ある大人のオンナだからな。ガキンチョに何か言われたって一々気にしないぞ」


 尚も若干棘を残したような言葉を言ってしまうのは分別ある大人とは言わないのだが……。


「ガキンチョ」


 少年ンンンンンッ! 火に油を注がないでくれ! 頼む。


「ああっ!?」


「ネクリア様。どうか、どうか……」


「分かってるよ。私はお前らとち・が・っ・て・そこまで空気読めないわけじゃないからな。先を急ぐんなら早くするぞ、ゾンヲリ」


「ガキンチョ、変なカッコウした蝙蝠男女」


「ぐぎ、ぐぎぎぎぎぃいいいい!」


 その後もネクリア様は悔しさを滲ませ続けることになっていた。


 正直に言えば、ネクリア様の身から出た錆なので心情的にはあまり肩入れできないし、傍から見る分には好きな子をいじってる思春期の男の子のような微笑ましいやりとりにも見えなくもない。


 しかし……しかしだなぁ。命がかかってる状況下なのだから時と場合はなるべく考えて欲しい。


 尤も、子供に言っても仕方ない話なのかもしれないが……。


(や~子供の御守りは大変だねぇ? ゾンヲリ君。クスクス)


 姿を隠していた天使が私にだけ聞こえるように話しかけてくる。一瞬同意しかけてしまったが、この傍観者気取りの天使には触れない。無視だ。


(無視は悲しいなぁ。それでもキミのことが大~好きな優しいボクから一つ助言をしておくけれど、どうやらあんまり遊んでいられる時間も無さそうだよ? なんてね)


「言われずとも分かっている。ネクリア様、考えがありますのでこれから私は一旦別行動をとらせて頂きます」


 結界の地点まで移動するにしても"少年の足"に合わせて歩いていてはいずれ吸血鬼に追いつかれるのは必然だろう。ならば、念のために手は打っておくべきだ。

 大人の事情で誰もユーク君の死には触れてくれないのは悲しいね……。(殴


 もしもブルメアさんボディでショタコンゾンヲリさんがウィロー君に接していたら情緒や性癖を破壊しまくってたかもしれない。オネショタの波動……。


 なお、ネクリアさん十三歳を男女と称した理由は、主にウィロー君の豊満基準がブルメアさんになっているからである。ロリブルメアさんはその時点から既にネクリアさん十三歳よりデカイのだ。そして、女の子っぽい長髪をしている男エルフは別に珍しくもない。


 なんならユーク君も長髪ロン毛の女顔の美形なので声さえ発しなければ女で通るかもしれない。ごま塩程度に覚えておいてほしいのさ……

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