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三十二話:異世界吸血鬼?


「本当にいいのか?」


 ユークは始めはゾンビとなって立ち上がる道を選ぼうとはした。しかし、痛みに耐えて辛うじて立ち上がる事は出来ても、それが精一杯だったのだ。視力の低下、感覚の鈍化、常に生じる死の激痛、ゾンビと成り果てたことで生前と同じように武器をとることすら出来なくなってしまっていたのだから。


 繊細な感覚と集中力を必要とする弓という武器を扱うユークにとって、それらの能力低下は致命的だ。これでは戦うなどともってのほか、足手まといにしかなれないのは目に見えていた。だからこそ……。


――ええ、貴女の糧となることでせめてもの力になれるというのなら、どうか、私の魂と身体を使って下さい


「ああならばその力、無駄にはしない」


 守り人ユークは私の糧となる道を選んだのだ。ネクリア様の死霊術によってユークの魂は効率の良い形の魔素へと分解、変換され、それを私が取り込むという形で。


「どうだゾンヲリ? 調子は」


「ええ、問題はありません。動けます」


 軽く肉体の具合を確かめてみる。


 ユークの魂を大部分取り込んだことで親和性が良くなっているのか、軽やかに動けるし反応するまでの時差が少ない。だが、それはあくまで"通常の死体"を動かすのと比べればの話だ。


 ユークの肉体でダインソラウスを両手に持つとはっきりと重量を感じる。振るえば体幹が揺れる。無論、全てを犠牲に限界以上に力を発揮としたとしても【流星衝】のような技を放つなどとてもではないが不可能だろう。


 はっきり言えば、今のブルメアよりも非力ではあった。


「なぁ、ゾンヲリ、別にさ、無理にユッくんの身体使わなくてもよくないか?」


 恐らくは私の戦闘能力の低下を心配しての言葉だろう。あるいは、ユークの肉体を弔わず冒涜することに対しての両方か。だが。


「これもユークの遺志ですから、それに、ユークの身体ならば"無理も利きます"ので」


 グラーキスを殺すのは、この肉と血で果たさねばならない。何故かは知らないが今はそう思えるのだ。


 それに、森に入って以来、ネクリア様とブルメアは仮眠どころか食事すらまだロクにとっていない。何度も戦闘を繰り返した身体的疲労の蓄積に加え、私が身体を動かし力を振るうことによって生じた魔力の消耗も回復しきるだけの休息だって得られていないのだ。


 あまり顔には出さないが、ネクリア様が時おり眠そうに瞼を擦ってるのがその証拠だろう。既に限界が近い。だからこれ以上は生者の肉体には頼れない。


「いや、私はお前のソレを大分不安視してるんだけどな? 絶対ロクな方法じゃないだろ」


 ネクリア様がちょこまかと近づいてきては服の裾を掴んで真下から心配そうに私の顔を見上げてくる。恐らく、【ソウルコネクト】で"最悪のケース"の際に私がとるであろう方法を大よそ察してしまっているのかもしれない。


「とにかく、今は水場で別行動中のブルメアとも合流しましょう。敵に場所が割れてしまった以上、早めに此処を発って次の目的地へ急いだ方がいいでしょうから」


 ユークが遺した地図には、森の中央部にある結界へと続く道が記されている。私がユークと成り代わったことで、結界の守護を担当している守り人エルフ達との"建設的な交渉"を行うことも出来るかもしれない。


 そして、何がなんでも今一番に欲しいのは"吸血鬼に襲われない安全地帯を確保"することだ。


「ん、んむ」


 ユークの身体は縫合処置(パッチワーク)で最低限の止血はしてあるとはいえ、傷口がちゃんと塞がっているわけではないし、衣服にはべっとりと血が付着しているままだ。 


 吸血鬼の嗅覚に容易く探知される状態にあるのだから。最低限衣服に付着してある血だけは水場で落としておく必要もある。


 尤も、敵がそれを許してくれる時間を与えてくれるかは分からない。一度吸血鬼に血の臭いを追跡されては逃げ切るのは身体能力の差からまず不可能だ。だからこそ、今すぐにでもこの集落を離れねば手遅れになる。


「待て、勝手にどこへ行くつもりだ! 守り人の義務はどうした? 無責任だぞ!」


 アイゼネのエルフが外へと向かう私達を引き留めようとしてくる。


「守り人の応援を呼びに行ってきます。今のままでは吸血鬼が再び現れた時にアイゼネを守るのは厳しいですので」


「そ、そうか……ならいい。ですがなるべく早く戻ってきてくださいよ。いつ恐ろしい吸血鬼がまたやってくるか分かりませんので」


 尤も、適当にそれらしい理由を述べて、それでもなお突っかかってくるというのならば、力づくで押し通るだけだが。退いてくれるのならそれに越したことはない。


「行きましょう、ネクリア様」


「それじゃあな~」


 ネクリア様は気に入った場所には「また来るぞ~」と別れ際に続けることがあるが、今回は無かった。それでも、あれだけ無礼な仕打ちを受けても無料の笑顔をアイゼネのエルフに送れる辺り、ネクリア様は私と違って敵を作らず味方を増やす術に長けているのだ。


 〇


 吸血鬼ミラカがアイゼネの集落へと向かう途中で足を引きずって歩いている吸血鬼ユーリカを発見した。


「お、おい、ユーリカ。どうした? 大丈夫か?」


 只ならぬ様子であったのでミラカはユーリカの元へ駆けつけたその時だった。


「ぁぁああああ……、ぁぁ……、ああああああああ!!!!」


 ユーリカはミラカに対し牙をむき出しにして襲い掛かったのだ。


「うわっ! おい! ユーリカ! 私が分からないのか!」


 ミラカはやむを得ずユーリカの背後に回り込んで羽交い絞めにした。


「ぁあああああ! あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!!」


 されどミラカの声は届かず、ユーリカは声にならないような声を喚きちらし半狂乱に手足をを暴れさせているばかりだ。


「や、ヤバいな。これ。おい、おい、しっかりしろ! ユーリカ! この傷、出血が止まっていない? まさか……"銀で傷つけられたのか?」


 再生能力が優れている吸血鬼であるユーリカの片膝の裏からは血が絶え間無く流れ続けていた。寸断された健も癒えておらず、膝裏から下は血の色に染まりきっていた。


 そんな状態でも無理やり走ろうとしたせいか、傷口はもはやグチャグチャに成り果ててしまっており、そのあまりの痛々しさからミラカは思わず目を背けそうになる。


「これは、出血しすぎで廃棄物(ロスト)化しかけてるのか……クッ、グラーキス。ちゃんとユーリカ達にも血を分けて……るわけないよな、グラーキスだし。むしろ童貞の血は汚らわしくて不味くなるから飲むなとか命令してそうだし、折角さらったエルフの処女も皆食料じゃなくて愛玩奴隷にするしな……だからミラカがいっつもこんな森の中駆けずり回ってるんだしな……」


 本来、膝裏に銀の短刀を突き刺された程度の傷で吸血鬼は廃棄物化しない。しかし、ユーリカは吸血鬼として活動するには十分な量の血を与えられていなかったがために"飢餓状態"に陥っていた。


 それで本来吸血鬼が持っているはずの再生能力も十分に発揮できない状態に陥っているのに加えて、銀で傷つけられてしまったのだ。


「ああ、もう! 仕方ない、ミラカだって"貧血"なのに! あ、でもユーリカはグラーキスの眷属だから牙立てて血を送るわけにもいかないよな……」


 吸血鬼ミラカは決心すると、自身の指に吸血牙を突き立てる。


「ユーリカ! ミラカの血を飲め。それとミラカの指に牙を立てるなよ! いいな! 絶対だからなっ!」


 そして、暴れるユーリカの顎を固定し、鮮血の滴る指を口の中へと突っ込んだのだ。


「ぁ……ぁ……。ミラカ……さまぁ……ぁぁ……」


 ユーリカは我を忘れてに吸血鬼ミラカの指をしゃぶっていた。舌を何度も転がし、少しでも多くの血液を体内に取り入れるために。それ以外のことなど何も考えられないといった風に、ミラカの血を舐めとっていた。


、それからユーリカの目の色からは血走った狂気が失せていくようになる。


「落ち着いたか? ユーリカ」


 その言葉と共に、ユーリカの口内から指が抜き取られる。


「はい……ありがとうございます。ミラカ様。私になど血を分けて下さるなんて……」


 足につけられた傷が完全に癒えていた。それどころか、身体全体に力がみなぎって来るような高揚感をユーリカは感じていた。


「まったく、ユーリカが廃棄物化でもしたらグラーキスに八つ当たりでお腹蹴られたりするのはミラカになるんだからな! それと、"貧血"の時は血の流し過ぎには気をつけろよな!」 


 吸血鬼ミラカはムスっとした表情をしていたものの、それほどユーリカに対して怒りをぶつけたいわけではなかった。むしろ、心からユーリカのことを案じているからこその注意でもあった。


「はい、ミラカ様には感謝が尽きません。"限界"に近かった私を案じてこうして外に連れ出して下さった件につきましても……」


「ふ、ふん、勘違いするなよ! お前達が廃棄物になったらまたミラカがグラーキスの吸血(エサ)当番にされる量が増えちゃうだろ」


 そんな悪態をつくミラカではあったが、ミラカの悪態はある種の照れ隠しのようなものであるのだとユーリカには分かっていた。


「ふふ、ではそういうことにしておきますね。ですが、ミラカ様も"当番"をされていたんですね」


「まぁ、ほら、"向こう"から"こっちの世界"にきた直後とかミラカとグラーキスの"二人"だけだったし。ミラカだってさぁ、ずっと一方的に吸われ続けるのが結構しんどいのは分かってるんだからな……はぁ……」


 吸血鬼ミラカは実感の籠ったため息を吐いてみせたのであった。


「……でも、それもきっともうじき終わるぞ。愛玩奴隷のユーリカ達が来てからミラカのしんどい時期が終わったように、吸血鬼の国が出来て大きくなればどうせグラーキスもそのうちユーリカ達にも飽きて相手もしなくなるだろうし、ユーリカ達だって自由にやれるようになっていく。だからもう少し我慢してくれよな」


 吸血鬼の人数が増えればグラーキスを頂点とした吸血(エサ)当番の一人当たりの負担量は小さくなる。それに伴って、吸血(エサ)当番以外の役割を必要とするようになり、愛玩奴隷という身分は次第に細分化されていき、上層と下層に分かれるようになる。

 

 そして、上層には下層を統括する"貴族"という役割が生まれ、下層は奴隷として貴族に奉仕するという構図が作られていく。


「ミラカ様は、グラーキス様がお嫌いなのでしょうか?」


「別に……嫌いじゃない。単にミラカが弱かっただけ。あっちの世界じゃ負けた奴や弱い奴は勝った奴や長く生きた上位始祖に血を支配されて何でも言いなりになるのは当たり前」


 吸血鬼ミラカはどこか自嘲気味に星も見えない空を見上げる。


「むしろ、一切動けなくなるまで自傷を命じられたりとか、人格自体を命令で全部書き換えられたりとか、ロストの群れに放り込まれて処女姦通の凌辱拷問刑の見世物にされたりとかしないし、加減して殴ってくれるだけで済むだけグラーキスは始祖の中じゃ"まだ大分マシ"な部類だよ。なんというか、"小物"なんだけどな。それに負けてるミラカもだけど」



 ユーリカから見れば圧倒的な強さを誇るミラカとグラーキスでさえも、向こう側の世界では"小物"に分類されるという事実が信じられなかった。

 勝者は敗者に絶対服従、それが唯一の法となる無法地帯では弱い者は生きていくことは許されない。弱い者に対し配慮する者も居ない。


「だからミラカは、血の濃さで全部が決まりきってるあっちの世界は嫌いだ。それでこっちの世界でまであっちの世界と同じ風にやる必要もないって思ってる」


 ユーリカはミラカに対し違和感を感じ取った。そんな世界の常識の中で生まれたミラカが、何故弱者である自身に対しここまで気にかけてくれるのかと。あちらの世界を嫌うのかと。


「ミラカ様は、吸血鬼らしくないように思えます」


「そうかもな、ミラカは元々"あっちに居た吸血鬼じゃない"し」


「……え?」


「あっ、とにかく、愛玩奴隷だって運が良くて沢山根性出して頑張れば貴族や始祖になれることもあるってこと! だからユーリカもきつくても頑張れよな! それでこの話は終わりな」


 はバツが悪そうに話を切り上げようとするミラカに対し、ユーリカは追求する気にはなれなかった。


「はい、ありがとうございますミラカ様」


「それで、一体何があったんだ?」


「ええと……ごめんなさい。何が……とは何でしょうか?」


 ユーリカはどこか要領を得ないといった風に聞き返した。


「根性無しエルフ共の中では一応"それなり"だった部類のユーリカが"後ろをとられた"挙句、ミラカが渡した下僕まで全滅するって相当だと思うぞ。 一体"誰に"やられて来たんだ」


 ユーリカを銀で蝕んでいた膝裏の刺突傷、それは背後をとられていなければ発生しえない傷だ。ミラカの記憶上ではユーリカと同じ領域の使い手はそれなりに見ることはあっても、それを圧倒するような使い手を見た覚えがない。


 さらに、吸血鬼と化したことで身体能力が大幅に強化されているにも関わらずだ。


「それは……ええ……と。集落に…ぁ、それで人の丈程ある巨大な剣を……あ、ぁぁぁあ、ぁああああああっ!! ユーク! ユークゥゥウ!!! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 ミラカに状況の説明を求めらたことでユーリカは自身の記憶を探ろうとした時、愛する弟の心臓を自らの手で貫いた触感までも思い出してしまったのだ。


「お、おい……ユーリカぁ……お~~い……、しっかりしてくれよぉ」


 吸血鬼ミラカは困ったように泣きわめくユーリカをあやし続けていた。


「はぁ……でも」


 吸血鬼ミラカはユーリカを胸に抱きながら舌なめずりする。


「吸血鬼になったユーリカをこうやって壊しちゃうような奴かぁ……あぁ……渇くなぁ……。非常食にしておいたミラカの下僕も皆死んじゃったし、童貞だったらその分の落とし前はつけて貰わないといけないな、ふふん……♪」



 何だかんだでゾンヲリさんがユーリカさんを逃がしていなかったらユーリカさんによる遅延行動が無くなってミラカさんが真っ先にマッハの速度で集落に突入していたので割とファインプレーだったかもしれない。というお話であったりなかったりする。


 そして、ユーク君の筋力ステータスは一月前まで奴隷やってたブルメアさん以下という悲しい事実


 なお、既にお気づきの方も居るだろうが、登場人物の中にはゾンヲリさんの事を"女の子だと最後まで誤解したままな"奴らがちらほらいたりする。

 第一印象が豊満エルフのブルメアさんでしかも女の子っぽい仕草をわざと見せてたりするからね……仕方ないね。(ゾンヲリさん自身はブルメアさんに好感を持たせるためにやっているが、正体知られると女の子ムーブしていたのはゾンヲリさんになるので……)

 

 特に亡霊部隊の連中はブルメアさんにインしているゾンヲリさんに性癖を破壊されてしまってる奴らがいたりいなかったりするという……。例えば、例の疲労回復あててんのよマッサージの件だとか、体調悪くて熱計る際におでこくっつけたり、マメに気遣ったりみたい童貞を殺すムーブを時折平気でやるからだ。(ゾンヲリさん本人は自意識が男だと思っていて、ゾンヲリさんの事を男だと理解しているつもりでやっているので意識していない時は無自覚にやってしまうのだ)

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