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第三十一話:今さら後悔してももう遅い


 ユークは奇妙な浮遊感を感じていた。それはまるで夢のようにおぼろげで、現実感というものがまるで無い世界に居た。


 ――うっ……私は……どうなって……? 寒い……。暗い……。怠い……。感覚が……無い。なんだ……ここは……どこなんだ……? 誰か! 

 

 たまらず声に出して叫ぼうとした。しかし、今のユークには声を出すという発声器官そのものが無い。ただ、意識だけがそこに残っている。


 彩のない暗い世界、音の無い静かすぎる世界、温かさも冷たさも何も無い世界の中で。


 ――これは、夢だ。夢なら覚めてくれ! 早く!


 得体の知れない空間の中で、自身は今までに経験したことの無い恐怖と混乱に襲われる。それに近しい状態があるのだとすれば、悪夢しかないのだとユークは結論づけた。


 しかし、悪夢の中ならば感じているはずだった。色が、肌に触れている温かさが、音が。しかし、いくら念じて心の中で叫んでも、漆黒の世界に変化は生じない。


 闇は何も語らなかった。


――うわああああああ! 誰か! 誰か! 誰かぁ! 


 それがユークにはとてつもなく恐ろしかった。これがいつまで続くのが分からない。これから自身がどうなるのかも分からない。1日、10日、一月、1年、100年、1000年……永遠に。


 もしもこの黒の永獄に閉ざされたのだとすれば、ヒトの精神には到底耐えられるようなものではないのだと理解してしまったのだから。


「おい、ユッくん、落ち着つんだ」


 何か暖かなモノに包まれるような感覚があった。そして、聞き覚えのあった少女の声も聞こえる。


――貴女は……


「私がネクリアだ。肩書の紹介は省略するぞ。それで、短刀直入に今のユっくんの状態を説明するとだな、ユっくんはもう死んでるぞ」


――そうだ……思い出しました。……そうですか……これが死ぬ……ということ。私は、姉さんに殺されて……死んだのですね


 ユークの中で全てが腑に落ちた。そして、闇の恐ろしさも静まっていたのだ。それと同時に、ユークはもしも少女が何も語り掛けてはくれなかったらどうなってしまっていたのかを考えてしまい、底知れぬ恐ろしさを実感してしまった。


 死んだことさえも自覚できぬまま、ただひたすら狂ったように心の中で助けを求めて叫び続けて、誰も助けてくれなかったら……? と。


「うむ。ま~言っておくけど、普段は私も有象無象の死霊を相手に一々ここまでていね~に接したりはしないからな? 冗談抜きで日が暮れるからな。ユッくんには色々世話になったよしみがあるから特別だぞっ」


――ありがとう……? ございます。


 若干恩着せがましい少女の剣幕に押されてユークは感謝の言葉を述べた。


「それでだな、ユっくんにこれから出来るであろう選択肢は三つあるぞ。一つは今すぐ私の手によって精神体ごと滅されること、もう一つはその場の成り行きに任せて高位の精神霊(アストラル)体の贄にされるのを待つか、もう一つは……エルフはゾンビ自体知ら無さそうだから説明に困るけど……ゾンヲリみたいな生ける屍に成り果てるかってところだなっ」


 消滅するか、捕食されるか、という選択はあまりにも救いが無い。そう思ったからこそ、ユークは第三の選択肢に関心を示した。


――ゾンヲリさんのように……ですか? なら……


 ゾンビになればゾンビウォーリアのような強さが手に入る。とユークは飛びつきたくなった。しかし、それを見計らったかのように淫魔少女は言葉を遮った。


「言っておくけどな、これはオススメしないぞ。ゾンヲリは色んな意味で規格外だからアイツを参考にしたらダメだからな。 まず、ゾンビになるとめっちゃくちゃ痛い。死んだ時の肉体の痛みがずっと残ってる状態になるし、肉体は腐って壊れていくから苦痛は増える一方で生前より"ずっと弱っちくなる"ぞ。しかも一回身体が動けなくなる程壊れたら終了だし、それ以上は私は一切めんど~みないんで、ど~してもやっておきたいやり残したことがあるならゾンビになってもいいかもなっ。 あ、ちなみに、参考までにユっくんの前にゾンビ体験した一般人(おじさん)の感想だけど、真っ先に俺を消してくれって頼み込んでくるくらいだったぞ」


 誰しもがゾンビウォーリアーのように強くなれるような手軽な魔法の手段ではない、と。ユークがゾンビウォーリアの吸血鬼すらも圧倒する"化け物じみた強さを見てしまっている"からこそ、淫魔少女は強く念を押したのだ。


――ですが、ゾンヲリさんはネクリアさんやブルメアさんの身体に入っていたのでは……?


「だからアイツは特別なの。流石にユッくんを身体に受け入れろって言われたら嫌だぞ。私のマナの余剰だってアイツもたせる分だけでギリギリなんだから。第一、私がそこまでしてやるほどユっくんからなんかしてもらった覚えもないからな」


――では、一体ゾンヲリさんは何をしたのでしょうか?


「そうだな、アイツは私専用のマゾ犬奴隷だぞ。 アイツは私の為に私が頼んだことは文字通り何でもするし、私に襲い掛かって来る敵なら人間の国家そのものだろうが魔神の眷属だろうが(オウガ)だろうが天使だろうが命がけでみ~んなやっつけようとしてくれるわけ。それも弱っちくて腐ってボロボロのゾンビの身体でさ、我儘も言わず気合一つで痛みにもずっと耐え続けてさ。実際それくらいあいつは私やブルメアのために働いてくれてるから身体を貸してやってるわけなの。それでゾンヲリと同じマゾ犬奴隷ムーブをユっくんにやれって言っても明らかに無理じゃん?」


――……そうですね。よくわかりました。


 誰に強制されたわけではなく、何の見返りも求めず、ただ己の意志で己を滅し己の全てを捧げんとする。そのような馬鹿げたことを馬鹿正直にやってしまうマゾ犬奴隷。だからこそ淫魔少女は絶対的なまでの信頼を置き、己の肉体を預けている。


 それは、万人に倣える覚悟ではなく、生物として必要な要素までもが欠落し破綻してしまった狂人であるからこそ成しえるもの。故に、淫魔少女はソレを"規格外"と称するのだ。


 しかし、その壮絶とも悲壮とも言える覚悟が無ければ、生きる屍として生きることなど到底出来ない。


「ってことをよ~~~く踏まえた上でさ、ユっくんはどうしたい?」


 淫魔少女はユークに選ばせた3択には、今すぐ終焉を受け入れるか、永遠の闇の中で誰かに捕食されるのを待つ運命を受け入れるか、先行きの無い苦痛だらけの肉の器を一時的に得るかというもの。


 いずれも救いは無かった。


――それではあまりにも救いが……どうにか、ならないものなのでしょうか?


「なるわけないじゃん。"死ぬ"ってのは本来そういうものだからな。理不尽で当然だし、そうあるべきなんだよ。じゃなきゃさ、一生懸命生きてる奴らに限って報われない可哀そうな奴らばかりになっちゃうじゃないか。私に出来るのは楽に死ねるか、死ぬことをほんの少しだけ遅らせてやることだけだぞ」


――そう、ですか。そうですよね……。私がこれから死ぬことに関しては納得は出来ました。ああやって姉さんに殺されてしまったことにも後悔はしていません。ただ……


「ただ?」


――姉さんのことが気がかりなのです。どうにか"助けてあげられない"のかと……ただそれだけが気がかりで


「ふぅん? それがユっくんの未練なわけね。 そうなるとぶっちゃけ私にはほぼお手上げだから、ゾンヲリに話代わるぞ」


 それまで暖かく感じていた淫魔少女の気配が突如一変した。


 死霊と化して生命の気配そのものを感じ取れるようになったからこそ認識できるようになった存在がいた。以前、ユークはソレを精霊のようなものと称していたが、そのような考えを即座に改めることにしたのだ。


 そこに居たのは"捕食者"だ。

 

 貪欲に魂を食らう狩人、隔絶した存在、ヒトの形をしたヒトならざるモノ、化け物。ユークにはそうとしか思えなかった。


――う、ぁっ


「どうかしたのか? ユーク」


 そんな化け物が気さくに問いかけてくるのだから、ユークにはたまらない。吸血鬼は恐ろしいが、それよりも遥かに得体の知れない恐ろしさを感じる相手だ。


 死霊と成り果てた今だからこそ感じる忌諱感、近づけば呑まれてしまうのだとユークの本能が警鐘をあげる。


 先ほど淫魔少女が言った"高位の精神霊体の贄になる"という言葉の意味をここにきてようやくユークは理解したのだ。死霊として彷徨い歩いたのだとしても、いずれああいう存在に見つかって食われてしまうのが末路なのだと。


――いえ……これで決心がつきました。 ゾンヲリさん。お願いがあります。どうか、ユーリカ姉さんを救って頂けませんか?


「救う……? ユークに一つ聞きたい。 ユーリカ姉さんを救うとは、一体どのような意味を指して言っている?」


――え……?


 ユークにはその質問の意図が理解できなかった。ユークの中では既に、救う手段など決まっていたのだから。


「私に出来ることは所詮、"敵を殺し尽くす"ことだけだ。それで私の刃によってユーリカの生に終わりをもたらすことで吸血鬼として生きる苦悩ごと滅尽することか? それともユーリカを支配している吸血鬼グラーキスとやらを殺せばいいのか? いずれにせよ、それは姉を救うことになりえるのか?」


――な、何故そのような話になるのですか、姉さんを支配しているグラーキスさえ倒せば……


「言ったはずだ。現状、吸血鬼から元に戻す方法はない。つまり、ユーリカは生涯吸血鬼として生き続けなくてはならない事を意味する。吸血鬼である彼女をエルフ達が受け入れてくれるのか? そして、ユーリカはグラーキスに身も心も捧げる事に幸福を抱いてすらいる。 それでグラーキスを殺したところで"愛する者が目の前に殺された"だけにしかならない。 グラーキスを殺した所で一度植え付けられた"愛情が消える保証もない"。 つまり、私に対し底無しの憎悪を抱きながら生き続ける事になるかもしれないわけだ。 それを"救い"と呼んでいいのか?」


――それは……


 吸血鬼グラーキスさえ倒せば何もかもが解決するのだとユークの中では暗黙的に思い込んでいた。しかし、いざ倒した後の事を考えてみれば驚くほどに救いがなかった。


 エルフは吸血鬼を憎み続ける。吸血鬼は血を吸わねばロスト化する以上、エルフを襲わないわけにはいかない。吸血鬼として生き続けなくてはならないというのは、エルフを殺し、エルフからの憎しみも受け続けるという苦痛に満ちた生涯を生き続ける。


 そして、そんな彼女を支えられるであろうヒトは……。


「分かっているはずだ。一度刃を向けた上で無関係でしかない私が彼女に対しいかなる説得を試みたところで心に響くことがなければ支配が解けることもあるまい。本当の意味で姉を救える可能性があったのは、ユーク、あなたしかいないのだとな」


――だけど私は……もう……


「そうだ、死んでいる」


 あの場面、ユークはどうするべきだったのか。ゾンビウォーリアが介入しなければ結局そのまま姉に殺されていた。姉を庇わなければゾンビウォーリアーに姉を殺されていた。


 その時のユークの持てる力では、あれ以上の事はやりようがなかった。


――そんなの。理不尽だ!


「そうだな。あの場で私がユーリカを殺そうとした結果、あなたは死んだ。その理不尽を押し付けた私を恨みたければ恨んでくれても構わない」


 ユークに恨む気など無かった。ただ。


――どうして、私はこんなに無力なんだ! 何も出来ないんだ……! どうして、手遅れなんだよ! どうして! どうして……


 己の無力さが許せなかった。下位の吸血鬼一匹すらも倒せない。誰かに助けて貰わねば殺される程無力な自分が許せなかった。


 あの時に"ああしていれば"という後悔ばかりが肥大化していく。


――私に、もっと、もっと力があったなら……


 ユークの中には暗い渇望が渦巻いていた。


「確かに、こうはならなかったかもしれない。今までそれを得られるだけの"時間"がユークには十分にあったはずだ。生きてさえいれば長い時間がかかってもいつかは姉を吸血鬼から元に戻す方法を模索できたかもしれないだろう。 だが、もう遅い」


 もしも、ユークの生きて来た年月を全て力を求めるためにつぎ込んできたならば? 吸血鬼に抗えるだけの強さを得ることも出来たかもしれない。あの場で姉を救うことも出来たかもしれない。


 だが、それを今までやらなかった。やろうともしなかった。平和で陽だまりのような日々がずっと続くと思っていたのだから、力を得る必要性など今まで微塵も感じて来なかったのだから。


 人並みの守り人らしくなれれば、それで十分だったのだから。


――ええ、もう、遅い……のですね。


 死、という現実を突きつけられる。死んでも死んでも死にきれないのに、死んでしまっている。


「それでユーク、あなたは私に何を望む?」


――姉さん……救って……グラーキスを……


「姉を救う、それがユークの本当の望みか?」


 ここにきて、ゾンビウォーリアーは聞き返した。


――どういう……意味ですか


「何故、全てが手遅れであると感じているのに、ここにきてもまだ姉を救うためにグラーキスを倒すことに"固執"する。まだ姉の幸福を願うのならば、他に方法は色々あるだろう?」


 グラーキスによって植え付けられた仮初の愛情に溺れて生きる。それもある種の幸福と言える。吸血鬼が繁栄し、吸血鬼によって世界が支配されれば、相対的に姉は幸福な立場に立っているとさえいえるだろう。


 そういった可能性をユークは始めから"排除"していた。


――それ、は……グラーキスが諸悪の根源で…


 魂の奥底を覗き込まれるような問に、ユークは言葉を詰まらせる。


「違うだろう? なぁユーク、"もっと素直"に言ってくれ。正直なところ、私にとって善悪などどうでもいいのだ。むしろ、私はどちらかと言えばグラーキスらと同類かそれ以上の悪行を行ってる。なんせ、私は誰かを傷つけて血と涙を流させておいて屍を踏みつけることしかできない塵屑でしかないのだからな。それに対し、行いの正しさを問うた所で意味などないんだ」


 それは、化け物や悪魔の類がかけてくるような邪悪な問いかけだった。折角心の奥底に閉じ込めて蓋をしているのに、ずけずけと乗り込み遠慮なくこじ開けようとする問いかけだ。


 正しくなくてもいいのだと、もっと素直に、ほら、目の前に居るのは幾千の魂を食らって堕ちる所まで堕ちた化け物(ゴミクズ)なんだ。何も遠慮はしなくていいと親身になって誘惑している。


――……殺して……くれ……


「誰をだ? 主語を間違えると大変なことになる」


――グラーキスを殺してくれ! 私から姉さんを奪ったクソ野郎を、どうかぶっ殺してくれ! 私が味わった喪失を、痛みを、グラーキスに味あわせてやってくれ! そのためなら何だってする! だから、お願いだ!


 パンドラの箱を開け、ユークはなりふり構わないありったけの憎悪をぶちまけてみせた。


「よく教えてくれた。私はあなたの憎悪を尊重する。そして、私がグラーキスを"必ず破滅させる"と約束しよう。それで、姉はどうすればいい? グラーキスを殺す過程で最悪殺さねばならなくなる可能性が高いが」


 続けて確認する。


 姉のために刃を鈍らせてなくてもよいものかと、憎悪の対象を殺すという純粋な目的ただ一点の為ならば、迷いを捨てて殺意という名の刃を研ぎ澄ませ、邪魔になるものは全て排除しなくてはならないのだから。


――姉さんはきっと吸血鬼にされて苦しんでいる。 そうでなければ私を殺す時に自分を苦しめてまで悩んだりはしなかったはずだ。もしも、吸血鬼になって苦しみ続けているというならば、その時は……なるべく痛みを感じないように、お願いします


「理解承知した。ありとあらゆる手を尽くし、誠心誠意努力はしよう」


 己と共に敵を滅ぼし尽くす破滅の刃を振るうことしか出来ない戦士は、そう宣言した。

もう遅いって2年か3年くらい旬が過ぎてるネタだよね……うん。今さらネタにしてももう遅すぎるね……。


グラーキス君とかいう加害者に姉を快楽調教で寝取られて脳を破壊されてしまったというだけで割りとアレな図式なのに。

ゾンヲリさんという加害者にサンドイッチされて闇堕ちまでしてしまったのは流石にちょっと可哀そうだよね……シスコンユーク君。ユーリカさんもレベル差10以上ある支配に抗える程度には重篤なブラコンなんで中々闇深いんだけど。


なお、ここでのユーク君のセリフは多分後でテストに出ます。はい。

ゾンヲリさんは以前もこんな感じで黒死病をまきちらしたという前科持ちなので……。

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