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第三十話:何の成果も得られませんでした!


 先ほど生首にした吸血鬼3体は明らかに理性を持ち組織的に行動していた。


 一方は物陰に隠れながら集落外周を見張り、一方は大衆の動きを、もう一方は奇妙なことにユークではなくユーリカと呼ばれた隊長格と思わしき吸血鬼の方を監視していたのだ。恐らく、ユーリカという女吸血鬼と3体の男の吸血鬼では"指揮系統"が違うのか、特別に監視をしなくてはならなかった理由があるのだろう。


 いずれの吸血鬼も、偵察者(スカウター)や戦士として一定以上の技量も備えていたことから、これら複数を無策で同時に相手をすればネクリア様の肉体をもってしても苦戦は免れない。


 そこで、嗅覚を血の臭いで誤魔化すために予め用意しておいた原生生物のゾンビを使うことにした。これは、狩った獲物を引きずって歩く形でわざと現場に狩りの痕跡と血痕を残しておくことで、その場に"血の臭いが残っている"ことの不自然さをある程度減らす狙いもある。


 そして、自身も血を浴びて死体の真下に潜んで身動きをとらなけば完全に地形に溶け込むことが出来るというわけだ。尤も……ネクリア様は大分嫌がったが。


 死肉を漁りにきた原生生物を装ったゾンビで物音を出し、外周を見張る吸血鬼を森の中へと釣り出し、他の吸血鬼がユークに気をとられてる隙に背後から首を一刀両断に落とす。そして、新しく作った死体をネクリア様の【アニメート】で操り、それを使って見張りの吸血鬼を一体ずつ陽動して仕留めていった。


 いずれにせよ、相手が自身以上の強者、ゾンビや術者といった脅威が居ないだろうと高を括っていたからこそ出来た不意打ちの先制攻撃だ。一度でも声をあげさせたり吸血鬼の死体を目撃されたり倒れる物音を発生させようものなら一瞬で瓦解するのだから、分断し各個撃破するのは見た目程楽ではなかった。


 だが、それを完璧に行えたからこそ、ユーリカに対し不意打ちを入れて戦闘の主導権を完璧に握れたのだ。


 いきなり思ってすらいなかった攻撃を受ける。分かっていても相手の目論見通りに動かされる。計画していた予定が全てぶち壊される。頼りにするはずだった仲間達が目の前で無残に爆発四散し、血や内容物をぶちまける姿を見たら? 酷い臭いのする腐った血肉を全身で浴びる気分は?


 ああ、堪えるだろうな。私も知っている痛みだ。だからこそ効くだろう? この不意打ちは。


 己の無力感に打ちひしがれる。心が挫けまともに立っていられなくなる。ただの少女のように無様に泣き叫びたくなるものだ。敵を目の前にしておきながら致命的なまでの隙を晒してな。


 恐怖は武器になる。特に、相手が"まともなヒト"であればある程にな。


 ああ、ここまでやってしまえば目の前で怯える女吸血鬼殺すのはほんの一瞬だ。先ほどの3体の吸血鬼と同じように一瞬で首を落としてやればいい。


「……」


 だが……。相手はユークの姉だ。殺していいのか? それとも四肢切断からの生け捕りに留めておくべきか? 自我を持つ吸血鬼は"上位吸血鬼の命令にはある程度は抵抗できる"ようだが、それに期待するべきか?


 いや、迷うな。


 関係性は不明だが少なくともミラカとグラーキスという上位吸血鬼が二体以上いる。それらに私達という脅威の情報を与えてしまえば今のような有利は二度と作れなくなる。


 そして、ユーリカはグラーキスの支配下にあり、言動からして心から崇拝する域になっている。その上で、ユークのことを家族のよしみで特別に吸血鬼側に引き込みたいという考えがあるだけだ。つまり、彼女をグラーキスと敵対するように説得するのは不可能だろう。


 一度"吸血鬼となってしまえば二度と元には戻せない"。 そして、吸血鬼を拘束するには私が常に監視につかねばならない以上、生け捕りも困難だ。今後の勝算までを見据えるならば、我々の痕跡を知った者は残さず隠滅するしかない。


 意を決して大剣を強く握りしめる。狙うは吸血鬼ユーリカの首だ。


 地を蹴り、一瞬で肉薄し、怯える吸血鬼にトドメの一撃を振り――


「そこまでです!」


「グッ!?」


 私が剣閃を振るうその瞬間に、駆け付けたユークが間に割って入ってきたのだ。既に遠心力と勢いの乗ってしまっているダインソラウスの勢いを握力一つだけで無理やり制止させる。


「フーーッ、今すぐそこをどくんだ。ユーク。"死ぬ"ぞ」


 ユークの首の皮を一枚切り裂いた状態でなんとか止められた。ユークの首筋からは鮮血が伝っている。


 無論、この可能性を恐れていなかったわけではない。むしろ、ユークの目的からすればこうなるのは必然だった


「いいえゾンヲリさん、いくら貴女でも、これ以上ユーリカ姉さんを傷つけるのを許すわけにはいかない」


 ユークは至近距離だというのに弓を構えて矢を番えてこちらに向けてようとしている。目を見れば分かる、脅しではない。


 既に手遅れである姉を救う代案があるのか? 今ここでユーリカを仕留め切らずに見逃すリスクは? 私に矢を射かける前に喉元を切り裂く方が速い。などという実益や現状に即した会話をユークにしたところで無意味だろう。


 この道を往く(姉を救う)と覚悟を決めてしまっている男に対し、言葉は何の意味もなさない、無力だ。


 それに、もう遅い。吸血鬼ユーリカに立て直す時間を与え過ぎたのだから。


「ガハッ」


 突然ユークの胸から手が生えた。いや、背後からユーリカが手刀で貫いたのだ。


「ねぇ……さん。な、ぜ……」


 ユークは口や心臓から血を吐きながら、倒れ伏し、そして事切れた。


「チィッ」


 吸血鬼ユーリカの瞳からは意志の光が失せていた。上位吸血鬼の命令を忠実にかつ機械的に遂行する傀儡そのものと化している。


 そして、しばらく血だまりを呆然と見つめていたかと思えば、獣のような姿勢で地面に這いつくばって、地べたに溜まっているユークの血に舌を這わせようとしている。


 妙に艶めいた表情を浮かべながら。


「はぁ……はぁ……ぁ、ぁあああああ! ぁあああああああ!」


 舌が血を舐める寸前、というあたりでユーリカは突然苦し気に叫び出したのだ。


「ユーク……私、私はぁ! うわぁああああああ!」


 正気を取り戻したのか、ユーリカは泣き叫びながらその場から逃げ出していった。


「……」


 吸血鬼ユーリカを殺す機会はまだ幾らでもあった。私達の目的からすれば逃がす道理もなかった。だが、私は黙って見送った。


 目の前で死なせた男の命を懸けた願い、それを無碍にしてしまうのだから。


「全く、守り人でありながら我々を裏切り吸血鬼に媚を売ってネクリアさんの邪魔をしようなどと……どこまでも愚かな男ですなぁ」


 吸血鬼という脅威が近くに居なくなったことで、今までずっと物陰に隠れていたエルフ達がぞろぞろと出て来た。そして、物言わなくなったユークを見下ろして口々に文句を言い始める。


「弱いくせにしゃしゃり出てきやがって」


「守り人として恥ずかしくないのか!」


「……弱い、か」


 ユークの死体を蹴りあげようとする男の喉元にダインソラウスの剣先を突き付ける。


「ヒッ、急に何を」


「ならばお前達は、吸血鬼と私の振るう剣閃の間に割って入り、誰かを守ることができたのか? 一つ、試してみようか」


「や、やめてください」


 無論、ここに居る者全てに試さずとも結果など分かりきっている。


 目の前のコレと変わらない。自分に剣を突きつけられれば無様に小便を垂らして命乞いをするか、自分に剣が突きつけられなければそれを良しとして物陰に隠れて黙って見殺しにするだけだろう。


「ああ、ユークは間違いなく守り人だったとも。それで、言いたいことはもう終わりか? まだ何か異論や言いたいことが残っている者は前に出るといい。話を聞こう」


 集落エルフ達はバツの悪そうな顔しては、散り散りに去っていく。


「まさか、吸血鬼の肩を持つ気か……?」


「やはりよそ者はこれだから……」


「いいや、むしろ吸血鬼よりもあの者の方が危険じゃないか……」


「化け物め……」


 そんな声が小さく聞こえたところでもはや些末でしかない。取り繕うのも徒労だ。


(ほんっと、ムカつく奴らだよなっ。誰のおかげで助かってると思ってるんだか)


 少々のことでは動じないネクリア様が珍しく不機嫌そうに怒っているのだから、相当の事だろう。


 結果的に吸血鬼を始末したのは私だろう。だが、ユークがあそこで止めに入らなければ私は出るつもりはなかった。つまり、あの場において集落の者どもを守ろうと働いたのはユークただ一人だけだ。


 にもかかわらず、ユークに対するあの仕打ちは余りにも目に余った。


「ネクリア様の名誉を傷つけるという結果になってしまいました」


 その結果、またも立てた作戦は全てぶち壊した。集落の者どもとの関係性も一気に冷え込み、私の行いによって間接的にネクリア様が暴言に晒されることになったのだ。むざむざと吸血鬼には情報を持ち帰らせ、何一つ成果の無い無駄な戦いを一つ起こしただけ。


 全くもって、らしくない。感情的になりすぎだ。


 あの場においてすべきは、死人に口無しと言わんがごとく集落の者どもと迎合するような腹芸をすることこそが最適解であったのに。


(いや、それはもう別にいいや。むしろ殴ちゃってもよかったくらいだぞ)


「いいえ、ネクリア様の手を小汚い人脂で汚す必要はありません。あの者達は、誰かが何もせずともあの者達同士で最後の一人になるまで勝手に首を絞め続け合うことになるでしょうから」


 魔術かぶれが行った魔術実験の中にはこういう与太話があるそうだ。


 多種多少な毒虫を一つの壺に詰め込んでおけば共食いを始めるというものだ。


 だが、共食いをするにしても無差別ではなくルールがある。まずは弱い毒しか持たず孤立した毒虫から順に食われていくのだ。次に、毒虫たちは己が食われないようにするために自分に近しい毒虫同士で群れを作り合い、力が弱く数の少ない群れから喰らっていくようになる。


 やがて、自分たち以外の全ての群れを食らったら、今度は群れの中で小さな群れに分かれてのけ者を作って食らい合う。そして、全てを食らいつくして最後の一匹になった時に毒虫は気づくのだ。


 自身が孤独であることをな。


 最期は壺の外には青空が広がっていたことも忘れ、飢えに飢えて苦しみに悶えて死してもなお、アンデッドへと成り果てて、骨まで完全に腐りおちるまでの間延々と呪いを吐き続けていた……とな。


 これで手に負えなくなったので、誰も訪れることがないような場所の土の中に壺ごと雑に埋められたそうだ。


 誰かを食らうことしか脳がなく、屍を踏みつけて歩くような毒虫の末路などとそんなものだろう。そんな毒虫には誰も触れたがらないのだから。


「それよりネクリア様、周囲に気配が無くなりました。今なら……」


 遠目から視ている者に対しては「見ているぞ」と睨み返してやれば追い払える。それでも出歯亀を続けられる胆力の持ち主が居るならば、まだ違った結果もあったのかもしれないが。


(ん、じゃあちょっと代わるぞ。ユークと話するから)

ついに念願のユーク君を殺すことができたぞ!(殴


 守らなきゃいけない奴が死んで、どうでもいい奴らばかりが生き残る……何ともショッギョムッジョな後味になってしまったのでヨムちゃん辺りは草場の陰で腹を抱えて笑っていたりするのだとか。(なお、流石にゾンヲリさんから殺意向けられそうなので空気はよんだ模様)


 ユーリカさんがゾンビリアリティショックを発症してる間、ゾンヲリさんも剣をずるずる引きずりながら殺すか殺さないかでビビっていたというお話なのさ……。

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