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第二十六話:愛と暴力が世界を救う


「ヒィッ! 吸血鬼だ!」

「吸血鬼が現れたぞ!」

「何故吸血鬼が暴れて!? 集落は襲わないという約束と違う!」


 突然の来襲者によって集落は喧騒と悲鳴に包まれることになった。


「ォオオオオオオオオオオオオオ!!!!」


 集落のど真ん中で耳をつんざくような咆哮を狂ったようにあげ続ける吸血鬼の死体(ゾンビ)。アレは、ネクリア様【アニメート】によって支配されている個体だ。


 八つ当たりのようにがむしゃらに周囲のモノに攻撃を加える。獲物(エルフ)に飛び掛かるフリをしては寸での所で大木や壁に激突するといった、見る者が見れば分かる吸血鬼にしては間抜けで違和感だらけな行動の数々。


 だが、この定石から外れて"何をするのか分からない"という手合いは案外恐ろしいものだ。


 そのせいもあってか、エルフ達は運んでいたユークをその場に置き捨てて家屋や巨木の影に隠れてじっと息を潜めている。本来、嗅覚に優れた吸血鬼を相手にそんな潜伏をしたところで無意味にも等しいのだが。


(ん、上手くいったみたいだな。皆隠れ始めたぞ)


(ええ、流石ですネクリア様)


 運ばれている最中に地面に落とされた衝撃のせいか、あるいは吸血鬼ゾンビの出した激しい騒音のせいか、す巻きにされていたユークがもぞもぞと動きだした。


「うっ……う~ん。な!? 吸血鬼!? クッ、縛られている!? 一体どうなって!?」


 ユークの反応までは全て計画通り。ならば後は仕上げに移るだけだ。


「フッ」


 ダインソラウスを強く握り気合を込めて天高く跳躍する。そして、眼下の吸血鬼の心臓目掛け、全身に力を込めた投擲を放った。


「オオッ!」


 ネクリア様の恵まれた筋力と重力加速によって繰り出される必殺の一撃は、凄まじい速度で風を引き裂く摩擦で轟音と高熱を帯びて一層白く燃え盛る。


 その炎の軌跡は宵闇の霧を払う一筋の光線となり、吸血鬼の心臓を大地諸共くし刺しにした。そして、遅れて発生するのは衝撃波、吸血鬼の肉体は内部から爆散し、その血肉と砕けた瓦礫で周囲に花火を巻き上げたのだ。


 戦技【流星衝】。天より失墜する一筋の流星が地上にもたらす衝撃を模倣した投擲術の奥義だ。その破壊の跡には何も残らない。


(ゆおおおおおっイデッ! イデデデデ! 千切れる! 腕が千切れるぅ! おい、馬鹿っ! 少しは自重しろゾンヲリ!)


(ネクリア様大丈夫です。これはただの筋肉痛です。大分加減してますので3日も寝れば元通りに治り、それどころかより強い筋肉になれますよ)


(そ~いう問題じゃなくてなぁ~。まぁ、最近はお前のコレにも慣れてきた気がするけどなぁ。もうちょっと優しくだな~。まぁ、私はちょっと乱暴なのも嫌いじゃないぞ? ちょこっとだけだぞ? でもな~女が筋肉ムキムキになるのはなんか違うだろ~――)


 やわな戦士の肉体でこの戦技を放てば腕どころか全身の筋肉はおろか、骨までズタズタに断裂するだろう。それが、この小さくて華奢なネクリア様の身体では高々筋肉痛程度で済んでしまうのだから。


 ……エルフの視力や夜狼の嗅覚でも感じたが、種族の差というのはなんとも理不尽だ。


 兎にも角にも、衆目の目の前で【流星衝】を使ってこれだけ派手に吸血鬼を殺して見せることで、周囲に理解させられるだろう。いかに相手の力量を図ることも出来ない節穴な目を持っていたとしても、一度機嫌を損ねたならばそこの地面に空いた窪みの一部と化すのだとな。


 これでネクリア様に対し無礼な態度をとろうなどと考える者はよほどの命知らずだけだろう。


「吸血鬼は殺した。大事はないか? ユーク。今拘束を解いてやる」


 空中からユークの前に降り立ち、拘束を解いてやる。


「え、ええ……え……?」


 ユークはまるで夢や幻覚でも見ているかのように、何度か私の顔を見返してきた。


「一体何が――」


「今は詳しい話はあまり大きな声では言えないし説明する時間もない。が、私達を信じてもらえると助かる。とにかく集落の外までついてきてくれ、吸血鬼達がもうじきやって来る」


 ここで集落の者達の所業を暴露したところ要らない説明が必要になるだけだ。そして、ここでの会話はエルフ達に聞こえてしまっていてもおかしくはない。


 ならば、守り人のユークに対して必要な説明とは、"敵が来る"という事実だけで十分だ。


「待ってくれ、それなら武器を――」


 大地に巨大な亀裂と窪みを生みだした血塗れのダインソラウスを引き抜く。


「必要ない。銀を含んでいない矢を射かけたところで吸血鬼は殺せない。コバルトナイフの予備なら一つ貸せるが、使えるか?」


「い、いえ。そもそも実戦で短刀を武器として使って戦ったことなど木剣を使った訓練が殆どで……」


 一つの得物だけを使って戦うというユークのような事例は珍しくはない。特に、射手や魔術師はその傾向が顕著だろう。近接戦闘そのものを潔く諦めることで射手としての技能を高めることに専念するというのは、悪い事ではない。


 だが、得物を失う。あるいは得物が通じない相手と出会ってしまえばたちまち機能不全に陥る。特に、吸血鬼は弓や木槍といったエルフの標準武装との相性が極めて悪い。


「ならば逃げと護身に徹しておくことだ。それ以上は求めない」


「それでも……それでも、私は守り人なんだ。貴女方にだけ"戦いを任せる"わけにはいかない」


「ユーク。貴方は一つ思い違いをしている」


「それは、どういう……意味ですか」


 集落の入口は目前、というところでユークの足が止まった。ここまで来れば、集落のエルフ達に話を聞かれたところで問題も無いだろう。


 後の事はユーク自身が決めることだ。


「私は貴方が集落(アイゼネ)の者達の(たばか)りによって吸血鬼の生贄にされるのを"防ぐために"ここに来ただけだ。"それ以上"のことは、するつもりはないよ」


「何故ですか……先ほど貴女が凄まじい力で吸血鬼を一瞬で屠り去る姿を見ました。それだけの無双の力を持っていながら……、私に手を差し伸べておきながら、何故私だけなのですか?」


「答えは単純だ。これからもうじき現れるであろう貴族吸血鬼(ノーブル)は少なくとも今の私よりも強い。ようするに、勝てないんだよ。そして、集落(アイゼネ)の者達を眺めた上で助ける気などまるで起きなかったというだけだ」


「それで私が逃げたら、集落に残っている者達はどうなるのですか?」


「死ぬだろうな。吸血鬼に差し出す生贄を用意出来ないのだ。一人残らず皆殺しか餌になるだろう」


「……そうですか。では貴女方はもう立ち去って下さい。私は弓をとりに戻ります」


 ユークが私に向ける瞳はどこか悲壮感が籠っている。恐らく、覚悟はしているのだろう。


「一応言っておく。ユーク、貴方が一人残って自己犠牲に殉じた所で何も変わりはしないよ。精々屍か貴族吸血鬼(ノーブル)の傀儡人形が一つ増えるだけだ。ようするに、手の込んだ自殺でしかない」


「そうなのでしょうね。貴女から見れば、私など子供の癇癪(かんしゃく)にしか見えないのでしょう。それでも、私は守り人なんです。集落の人々を守る責務があるんです」


「それで貴方を生贄にしようとした連中(クズども)を守る為に命を捧げると? ああ、馬鹿げている。決意だけでは何も守れやしないのに?」


「確かに、彼らは愚かかもしれません。吸血鬼に組みしては他者を騙して……それ以前から自分勝手な事ばかりしています。ですが、彼らがああなってしまったのは、彼らをこのような場所に押し込めておくだけだった私達や中央にも責任がありますから」


「そうか。なら私は此処を去るよ。それと、ユーク、貴方のその悲壮な覚悟には敬意を送る」


「一つ聞かせて下さい。貴女の纏っている雰囲気、立ち振る舞い、もしや……」


「ああ、ユークの推測の通り。今は私がゾンヲリだよ。そして、先ほど私が身体を借りていた娘の名はブルメア、この集落で"半鬼"として虐げられてきたエルフの娘だ。その上で、私は"彼女の味方"として行動をするつもりだ」


「……そうですか。ゾンヲリさん。貴女はきっと精霊のような存在なのですね。事情も大よそ察しました。貴女が集落の者達に怒りを覚えるのも無理ありませんね」


「では私からも一つ聞く。ユーク。貴方は何故こんな集落に残ろうとしている? その真意はなんだ?」


「あはは……それはどうか聞かないで下さい。ただの我儘、のようなものですから」


 そして、ユークは弓を手に取るために集落の中へと駆け戻っていった。誰に求められるでも認められるでもない、報われることもなく、それでも誰かの為に突き進む雄々(かな)しく孤独な背中が宵闇の霧に溶けて消える。


 ユークが何故そうまでして守り人であろうとするのかは私には分からない。だが、これを見捨てるというのは、つまるところ私もまた、無力を理由に好き勝手に振舞う集落の連中(ゴミクズ)と同じ、という事でしかない。


「あはは、本当にそれでいいのかい? ゾンヲリ君」


 そして、こういう時を見計らったかのように天使は突然姿を現し、嘲笑する。


「何の用だ。ヨム」


「や~ほら、ボクの前ではムシケラが神を屠ると豪語して見せたキミがね~、まさか高々"吸血鬼如き"に及び腰になるのかい? それはちょっとばかり期待外れが過ぎるんじゃないのかな。なんてね」


「お前が私に何を期待しているのかなどと一々知ったことか」


「そう寂しいことは言わないで欲しいものだよ。あの身体でも加減したとはいえボクを倒せるキミにはね、彼らを助けられるだけの力が十分にあるのは"厳然たる事実"じゃないかい? キミは単に、"身勝手な集落のエルフ達が裁かれるべきだ"という主観と結論に基づいて見捨てているだけだろう?」


 相も変わらずこの天使は痛いところを突いてくる。


「それで、私にどうしろと言いたいのだ?」


「や~ボクはキミにどうしろとは言わないよ。ボクはいつだってキミの傍に寄り添って見ているだけだからね」


「そうか、ならば黙って見ていればいいだろう」


「そこはほら、ボクだってたまにはこの人間が書いた紙切れに記されてる"天使らしい"ことをしてみたくなるものじゃないか。ほら、人々を導くとかなんとか」


 ヨムはいつの間にか手に持っている古ぼけた黒い聖典のページペラペラとめくって見せた。


「そうか、それで、ありがたい天使様は私に何をおっしゃりたいのでしょうか? 目の前に居る人々は問答無用で全て救って見せろとでも私めに言いたいのでしょうか?」


「流石にそこまではボクも傲慢にはなれないよ。ただ、キミが集落のエルフ達が裁かれるべきだという怒りの源泉は、彼らがブルメアちゃんを虐げて来たというところにあるのではないかと思ってね。それって随分と贔屓(ひいき)にしいているんじゃないかい?」


「そうだな、それはあるだろう」


 それだけ、私はブルメアを身近に感じるようになってしまっているのは確かだ。故に、私はブルメアに情を抱き、その分集落のエルフ達に怒りを感じているのもまた事実だろう。


「ああ、勘違いしないでもらいたいんだ。ボクは愚鈍で愚昧で無知蒙昧で傲慢で強欲で貪欲で色欲にも素直で常に誰かに底なしの怒りを向けては虚飾を飾って嫉妬に溺れている彼らを救って欲しいだなんて言いたいわけではないのさ。ただね、当事者の代わりに彼らを裁くのはキミの意思、手を下すのは吸血鬼。爛れた魂を裁き冥府の底(タルタロス)へ導く断罪者(アウリエール)気取りにでもキミはなりたいのかい? と思ってね」


「分かりにくい物言いはやめろ。ヨム」


「それじゃあ分かりやすいようにボクが一つ例え話をしてあげよう。とある物語で勇者という存在が居ました。彼は常に正しく、善良で、弱きを助けて強きをくじき、人々を助けていました。彼の自慢は罪を犯したことがないことです。彼の前では常に悪い顔をした人間が無垢で善良な人々を虐げています」


「……まだ長話をするつもりか?」


「まぁまぁ、これくらい辛抱しなよ。それで勇者は悪い顔をした人々を"懲らしめる"わけさ。そして、最後にこう言うのさ、悪い事はもうしないように、とね。さて、ゾンヲリ君、悪い顔をした人々はもう悪い事をしなくなると思うかい?」


「いいや」


「そうだね、どうしても悔い改めることが出来ないという悪い顔をした人もいるわけさ。勇者が何度懲らしめても悪い顔をした人々は相も変わらず無垢で善良な人々を悪逆非道な方法で困らせるんだ。さて、そういう人間にもう悪いことをさせないようにするにはどうすればいいのかは分かるかい?」


「どうあがいても改善の見込みも対話の余地もないのなら結局殺すのだろう? 陳腐な物語にありがちな結末だ。それで、清廉潔白な勇者が罪を犯したことがないことが自慢だというのなら、代わりにその辺の暗殺者にでも悪い顔をした奴を殺させるのか?」


「や~……オチまで言ってしまうのは反則だよ。まぁ、つまりだね、キミは困っている人々を愛と暴力で救う勇者や、それでも困ったときのその辺の暗殺者の役でもやりたいのかい? と、ボクはキミに言ってあげたいのさ」


「そうか、そうだったな、お前の言う事は確かに道理だ」


 俺は俺の目的を果たす過程で、多くの者達を踏みにじってきた。当然、俺を憎んでいる顔も知らない誰かは世には腐る程いるだろう。にも関わらず、ぼっとでの全く関係のない第三者が気まぐれで俺を始末したらどうだ?


 俺を憎む者達の胸がすくと思うだろうか? いいや、違う。むしろ心底がっかりするだろう。どうしても自分の手で殴りつけてズタズタに引き裂いてやらなければ気が済まない。そういう類の人間も中にはいるものだ。


 かつての俺のように。それが復讐者という生き方だ。


 ああ、そうだ。アレらを裁くのは俺であってはならないだろう。そして、そこらで沸いた吸血鬼であってもならない。俺がブルメアから決して奪ってはならないものだ。


 内に秘めた憎悪と怒りは、決して自分以外の誰かに譲り渡していいはずがないのだから。


 何より、ブルメアはもはや俺の手を借りねば自身の復讐も果たせぬ程弱い女ではない。なんせ、俺が鍛え、修練にも耐え切ってきた戦士なのだから。


 なら俺がすべきことは、誰からも邪魔されない舞台をお膳立てするくらいでいいだろう。


「やはり、キミは歪んでるね。しかも素直じゃない。どう生きればそこまでねじくれることが出来るんだい? なんてね。それで、キミはどうするんだい? クスクス」


 天使は嘲笑う。恐らく、そうすることがこの天使の期待に応える行為になるからなのだろうが。


「私は彼の"意思"と選択(じこぎせい)を尊重するだけだ。それがせめてもの手向けでもある」


 ユークが一人で吸血鬼に挑んだどころで結局生餌にされるのは目に見えている。それはつまるところ生贄が通常通り用意され、吸血鬼がそれで満足するならば結果的に集落のエルフ達の安全は"無事に保たれる"だろう。


 それでユークの"意思"が果たされるというのなら、私が介入すべき点はもはや何もない。だが――


「だが、貰った琥珀と借りた住居分の義理くらいは果たそうか」


 命を賭す"真意"を見極める時間くらいはまだある。


 ヒトは理由もなく自分以外の誰かの為に命などという大層なモノを担保にしようなどと思わない。相手が生かす価値もないような正真正銘のゴミクズだと分かっているのならば猶更だ。


 仮にそんな奴が本当に居るのだとすれば、それは先ほどヨムが言ったような陳腐な物語に出てくる勇者のような存在か、あるいは、単に生きることに疲れて投げやりになってしまっているか、あるいは、完全に頭のイかれたホンモノの化け物くらいだろう。


 だが、私が見る限りではユークはそのいずれでもない。

 復讐のために一周回って吸血鬼から集落民を虐殺から保護しだすようになる辺り、ゾンヲリさんの重篤に拗らせたツンデレっぷりはもはや救いようがないのかもしれない。


 一応ダインソラウスにはまた(コバルト)張り付け加工してあるはずだが……どっかでサクーシャがボケて"黒錆びの大剣"ってうっかり描写しちゃってない不安になる今日のこの頃


 二月くらい経ってると割と忘れてる事多いんだよね……

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