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第二十三話:女心は複雑怪奇で危険なキノコにご用心



 ブルメア宅へ戻った時、室内はもぬけの殻となっていた。


「……ブッ(一体……何が起こっている?)」


 まさか、ブルメアとネクリア様両方が拉致されたのか? いや、その割には戦闘の痕跡や特に荒らされたような跡がない。今のブルメアならば集落の中で目撃した者達の中で最も戦闘能力が高いであろうユークが相手でも早々やられることはないはずだ。


 ならば、ブルメアとネクリア様は何らかの理由で自らの意思で出て行ったと考えるのが妥当か……?


 何よりも気になるのは、発情した雌のフェロモンともいうべきだろうか。ゴキブリの本能に直接訴えかけてくるむせかえるような強烈な女の残り香が室内に色濃く残っている点だろう。


「や~ゾンヲリ君。ネクリアちゃん達においていかれてしまったねぇ~。これからどうするんだい?」


「ブブっ……(今現在の状況を整理する。少し考えるので待っていてくれないか)」


 実のところ、このムシケラの身体は"雌の匂い"を感じ取る能力が夜狼の嗅覚の以上に優れている。よって、ネクリア様とブルメアの匂いを覚えておけば現在どの方角に居るのかは大よそ分かるのだ。


 だからこそ、ここで何が起こっていたのかを正確に知る必要があった。やむを得ずに集合場所を離れなくてはならない理由次第では、策の一つは弄さなくては彼女達に危険が生じかねないのだから。


「おや、おやおやおや~? この匂いはもしかして~? あははっ、ゾンヲリ君。彼女達ってばキミに内緒でこ~いう"いやらしい事"しちゃうんだね~」


 どうやら室内を調べているうちにヨムも匂いに気づいたようだが、その上で現在の状況を判断するに、恐らくネクリア様の方は"いつものアレ"だろう。だが、ブルメアの方も同じ理由なのが全く解せない。


 ……いや、二人揃って同じ方角に外出していて、室内の状況から鑑みるに女性同士で"そういう行為"を致したと見るべきなのか? それとも、逃げて行ったと思われる"見知らぬ子供の足跡"があることから、二人でエルフの子供を性的に無理やり襲ったとでもいうのか……?


 う……うむ。まぁ、いずれにせよそういった趣味があるという事自体は、私がとやかく言うべきではないのだろうが……。言うべきではないのだろうが……。


 いくら可愛くても小さな子供を無理やり襲うのだけは流石にダメだろう。


 私にもかつて剣闘奴隷として闘技場に売り払われる前は豚のような体躯の貴族に少年奴隷として飼われて"色々あった"頃があるだけにな……。いくらネクリア様達でもそれだけはしていないと信じたい。


「よ~し、それじゃあ彼女達に倣ってボクらも一緒にえっちなことでもするかい? と言ってもキミがその姿じゃあ出来ることが限られてしまうけどね。そうだ、おっぱいでも見るかい?」


「ブブッ(言っておく、この身体は視力は良くない。お前が勝手に脱いだ所でどうともなりはしない)」


「なるほど……視えてないんだね。では"ココ"に挟んであげようかい?」


「ブッ……ブブブブブッ!(おい、馬鹿やめろ。いい加減にその話題から離れろ)」


「や~ボクとキミの仲じゃないか。そんなに暴れなくてもいいのに、つれないねぇ」


 正直なところ、ブルメアには薄々マゾの気があるとは日頃から思っていたが、えっちに対する欲求もあったというのは意外だったな……。いや、"メアの件"もあることだし意外でもないか。


 ただ、ブルメア自身は男性に対する不信だとか恐怖を感じているであろうし、ネクリア様はつまみ食いでは満足できずに欲求不満を拗らせたと考えれば……女同士はお互いの利害も一致するので十分可能性としてありえるのか……? あるいは、以前の"亀甲縛り"が気に入ってしまったのだろうか……? 


 い、いかんな。建設的な考えが何一つ浮かばない。ま、まぁ、なんにせよ女心は複雑怪奇ではあるが、二人の足跡の様子から見ても"自然"であることから、彼女達の方は恐らく緊急性が無い。仲がいいのもいいことだろう。


 ただ、逃げて行った少年の事は気になるな。恐らく、ウィローと呼ばれていた最年少のエルフである可能性が高い。また、集落に訪れた際にも一人だけ私達部外者に対して敵意や悪意の類の視線を送らなかった少年、恐らく彼がウィローだろう。


「それで、考えが決まったのならどうするんだい?」


「ブブッ、ブッ(一先ずはネクリア様達を追う。何をするにせよ合流しなければ話が始まらない)」


 とにかく、今夜吸血鬼が現れるというのなら"戦える身体"が必要になる。


 〇


 守り人のユークは集落のまとめ役である村長の家を訪れていた。


 その目的はアイゼネの守り人に就任したことでの初日の挨拶であったが、ユークにとってはもう一つの目的の方が重要だった。


「それでは、彼女達も集落の一員として認めた上で、出迎え時にあったような無礼で差別的な言動は今後慎むように、集落の者全体にも徹底周知してもらえますね?」


 集落を訪れた同胞であり恩人に対し、いきなり"半鬼(オルグハイ)"などといった罵詈雑言を浴びせかけるという光景が、ユークの目にも余っていたのだ。


「ええ、ええ。ユーク殿のご懸念は大変にもっともです。今後は集落の一員として末永くお付き合いしていくためにも、我々一丸となって善処することを約束致しましょう」


 ユークの行った注意を村長が全面的に認めて見せたのだ。話はこれで決着したとでも言うように、村長は手を差し出して握手を求め、ユークはその手を握り返して見せる。


「村長にも分かって頂けたようで何よりです。それでは、守り人ユーク、これからは微力ながら全力をもってアイゼネの守護にあたります。どうぞよろしくお願い致しますね」


「では暗い話はこれくらいにして明るい話に入りましょう。新たな守り人ユーク殿のアイゼネ配属を祝って、我々からささやかながらも宴を用意致しました」


 そう村長が言い終えると、ユークの卓上には色とりどり生野菜や根菜に森の幸であるキノコ類を飾り付けたサラダが運ばれてきたのだ。


「これはかたじけない。しかし、集落で備蓄している食料には余裕が無いと聞き及んでいたのですが、大丈夫なのですか?」


「ははは、こんな時だからこそですよ。今後集落を守っていくためにも、ユーク殿にはしっかりと精を付けてもらって吸血鬼の相手をしてもらわねばなりませんからな。ささ、どうぞお召し上がりください」


 ユークはふと、自分の皿に見慣れぬキノコが盛られていることに気が付いた。無論、大森林には多種多様なキノコが生息しているため、見慣れぬキノコの一つや二つがあったところであまり気にはしない。


 なにせ、エルフにとってキノコとは主食である。集落毎に採れるキノコも違ってくるのだから、一度も食べたことのない見慣れぬキノコを食べる事こそがエルフにとっての娯楽なのだ。


「……では、頂きましょう。おお、これは中々美味しいキノコですね」


 口の中に広がる強烈なキノコの旨味に、ユークは舌鼓(したつづみ)を鳴らした。


「ええ、これは近場の森で採れる特産キノコでして、アイゼネの祭りではよく振舞われるのですよ」


「なるほ……ど。ん、なん、だ……? 急に、眠気が……」


 ユークは強烈な眠気に抗いきれず、その場に倒れ伏してしまう。


 美味しいキノコが必ずしも無毒であるとは限らない。むしろ、キノコは自らを多種多様な生物に食われようとするために、わざと美味しくあろうとするのだ。


 自らを捕食した者を毒によって殺害し、その死骸を分解して生じる栄養素を糧とすることで。無論、エルフや大森林に住まう魔獣達も毒に対する免疫を獲得しているので中々死なない。


 そこでキノコは進化の方向性を変えた。


 毒では中々殺せないのならば、キノコの代わりに"別の生き物"に殺してもらえばいいのだと。殺す程強烈な毒では即座に免疫を獲得されてしまうというのならば、獲物の身体が毒や害と認識しない程度の"弱い毒"を作ればいいのだと。


 そうして生まれたのが、アイゼネ特産の昏睡キノコだった。


「本来は巫女となった眠れる女と祭りに参加した集落の男たちとの間に契りを結ぶ儀式だったのですが……、吸血鬼の件で巫女不足となり恒例通りに祭りを開催するわけにもいかなくなりましてね」


「ユーク殿には吸血鬼を鎮めるための贄となって頂きます。これも集落のため、エルフ存続のため、どうか恨んではくれませんよう」

リアルゴキブリが発情した雌のフェロモンを探知する範囲はおよそ半径数キロメートルと言われているらしいぞ? 意外とミラクル生物だよね……ゴキブリと思った今日のこの頃


 ちなみに、人の1億倍も優れた嗅覚を持っている犬の匂い探知範囲はおよそ3mらしいな?

意外と距離が短く感じるが、汗などの臭いの痕跡は連続して残されるのでそこから追跡することによって20㎞~160㎞先の発情した雌を見つけることが出来るらしい……


 といった性質から、夜狼に襲われたくない人は一旦川などを挟んで移動し、3m以上の間隔で匂い物質を残さないように移動するといった工夫が必要になるかもしれない。(木の上を移動するパターンも考えられるが、嗅覚範囲から逃れるには3m以上高い木が必要ってことになるので案外大変)


ごま塩程度に覚えておいて欲しいのさ…

まぁ、魔獣の領域で血とか流した日には入れ食いですね、はい。ダメージを受けないことは大事大事

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