第二十二話:清純清楚で一途なネクリアさん十三歳
※過去回想編だといったな? あれは嘘だ。(また数万字コースになりそうだったので切り上げました。はい)
外に出ていた淫魔少女ネクリアが軽い足取りでブルメアの自宅に帰還してきた。
「今戻ったぞ~。って、んっ? 半裸みたいな恰好のままぼ~っと座ってどうしたんだ? ブルメア」
「……えっ? ネクリア!? あ、あれ……? 私、何で服脱げてて……お、おかしいよね、あはは……」
ベッドに座っていたブルメアの着衣が乱れていた。周囲に乱雑に脱ぎ散らかされた上着。それを訝しんだ淫魔少女はスンスンと鼻を鳴らすと、部屋には蠱惑的な女の匂いの残滓がかすかに漂っているのを感じ取ったのだ。
「ん? あ~……"ブルメアも"か? ま~アレだよな。たま~に無性にムラムラして発散したくなる日ってあるんだよなっ。私も最近多くて困るんだよな~。ゾンヲリの奴が近くにいると中々出来ないし」
「う~ん、発散って何?」
「まさかの無知無自覚かい! この天然ドスケベエロフめぇ」
「え、なんで!? も~それよりネクリアの方こそなんか変な臭いするんだけど……」
「うっ、確かにちょっと匂うな……。3回目搾った時に服にひっかけたか? ま、そういうブルメアも人の事言えないけどな。濡れ透けじゃん」
「わ、私、し、知らないもん。多分外出た時に水たまりに転んじゃっただけだもん」
汗や体液で透けている下着を隠すように、ブルメアは散らかった上着を拾い集めていく。
「ま、別にいいけどさ。……ゾンヲリが帰って来る前に一回臭い落としに水浴びにでも行くか?」
「泉なら近くにあるけど……集落の皆も使うから起きてる人に見られちゃうかもしれないよ?」
「あ~それはいいや。今さら盛った有象無象に裸見られたところでどうだかって感じだし、ゾンヲリが警護任せるくらいなんだからブルメアなら誰か近づいてきても気づけるんだろ?」
「うん」
「なら問題なしっ。ま、もし見つかっても適当に失神させてミルク搾った後にちょこ~っと【ソウルコネクト】で夢をいじって気持ちいい夢を見ていたことにでもしておけば誤魔化せるしなっ」
「えっ……そんな事して大丈夫なの?」
「ん? ああ、別に大丈夫だぞ? ま~しょ~じきここの集落の奴ら、見た目はイケメンでもマナとか色々濁ってて食あたりしそうだからあんまり多くは摂取したくはないんだけどさ、腐ってても精液だから魔力の足しにはなるんだよ。ま、三色ゴルゴンチーズ牛サラミピザでも食ってる方がマシだけど」
「そういうことじゃなくて……ゾンヲリが嫌じゃないかな?」
この場合の質問の意図は、集落の者達を勝手に襲って気絶させることで発生するであろう問題をゾンビウォーリアーが不快に思わないかという意味になる。
「あ~……そっちの話? 確かに事後臭とかはあんまり嗅がれたくはないな」
淫魔少女の返答はどこかズレていたのであった。
「ねぇネクリア……。それは多分ゾンヲリは今さら気にしないと思うよ……?」
ブルメアからすれば、淫魔少女が搾精行為を働こうとするところを現行犯で目撃するケースを"何度も"見てきているし、以前ゾンビウォーリアから淫魔少女ネクリアの欲求不満解消を飛竜狩りに頼んでみてはどうか? と問われてしまう有様だ。
バレてないと思っているのは、淫魔少女ただ一人だけである。
「こういうのは気持ちの問題なんだよ。 私はあいつの前では清純清楚で一途な感じのキャラで通るって決めてるんだからなっ。誰とでも搾精行為するようなビッチな印象は極力抱かせたくないの。だから発情抑制剤飲んで搾精衝動を必死に我慢してるんだからなっ」
「も~その言葉で全部台無しだよ! 結局我慢だってしてないし!」
「ま、淫魔にとって有象無象との搾精行為なんてそこらの芋虫食べて魔力補充するようなもんだから。私の中じゃえっちとしてノーカンだし、心は常に処女のままだから、セーフなっ」
「ネクリアって、やっぱりすごいよね……」
ああ言えばこういう。まさしく"無敵"な淫魔少女にブルメアは心の底から呆れていた。
「ま、いいから臭い落としに水浴びにいくぞ~」
その後、二人は仲良く水浴びに向かったのであった。
〇
ゴキブリの身体をもってすれば、集落の中を探し回って目的の情報を得るのは左程難しい事ではなかった。
何故なら、エルフ達はヒトの出す物音に対してはひどく警戒をしているものの、自然の音、つまりそこら中に居る虫の出す物音にまでは気を配らない。ムシケラ如きに"知能"があるなどとはなから思っても居ないのだから、視界の隅に鎮座していようが誰も気にも留めない。
そして、集落の中でわざわざ移動の痕跡を隠しながら生活をする程用心深い者などいない。多くの"新しい足跡"が集まる方角へと向かっていけば、自ずと秘密会合の様子を覗き見ることが出来るわけだ。
「今夜、吸血鬼が来るぞ。今度の生贄はどうする?」
「丁度いい、集落に来たあの"異種族の女"にしよう」
「確かに、あの幼さならば間違いなく処女だろう。吸血鬼も気に入るはずだ」
現在集落に滞在している異種族の女となればネクリア様しか居ない。これで既にアイゼネのエルフ達を見限るには十分な状況証拠を得た。
「ゾンヲリというエルフはどうする?」
ブルメアの身体を使っていた時に、私は彼らにそう名乗っている。
「……処女であるかどうかを確認し、処女ではない場合は集落の者全員の母として子を産んでもらおう」
「あの者がそれを呑むと思うか?」
「必ず呑むさ。ここに逃れて来るようなエルフに、他に行き場所など無いのは知っているだろう? 吸血鬼の力を知ってなお戦おうなどと考える馬鹿げた愚か者はいない」
「そうだったな。だが、その次の生贄はどうする? もう既に集落の女は皆吸血鬼に差し出した。我々にはもう後がないぞ?」
「……前回と同様、中央から派遣されてきた新しい守り人を使おう。それで吸血鬼がお気に召さなかった場合は最年少のウィローを使う。あれならば間違いなく操を保っているであろう」
「全く……操を保てている者だけが吸血鬼の生贄になる資格を満たせるというのに、集落の男の大半が"あの半鬼"と交わってしまったばかりに、貞操を保てている者がいないのだから困ったことになったものだ」
どおりでこの集落に来てからブルメアの様子がおかしくなるわけだ。
「集落から追放してもなお、あの半鬼の売女は我々に災いを残していくのだから、忌々しい」
「鬼の穢れた血の混じった忌子だとさえ知っていれば、交ろうなどと思わなかったというのに」
「元々アレはおかしかっただろう。何をしようがヘラヘラと不気味に笑って媚びるばかり、今にして思えばこの状況になるのをほくそ笑んでいたのかもしれんな」
「他の集落から生贄にする女を攫うという案も考えねばならないか」
以後、エルフ達は口々にブルメアに対する恨み節を述べては、当事者の預かり知らぬ場所で"次の生贄"を選出する話をしているばかりだ。
なんなのだ、これは?
力を持つ者に対し自らを力を持たぬ弱者であり被害者であると声高々に嘯いておきながら、その一方では影に隠れて自分よりもさらに弱い者の足を引っ張っては平然と蔑んでいる。こんなものもはや見るに耐えん。無論、ふざけているわけでもないのだろう。本気で生きている結果がコレなだけだ。
単に、どこまでも身勝手極まりなく、あまりに不条理で、"下劣"なだけだと言う他にコレを形容できる言葉を私は知らん。だが、世界はこのただ死に損なっているだけの腐った肉塊のような彼らを許容する。そして、懸命に生きる誰かに不条理な犠牲を押し付ける構造をも許すのだ。
もしも人を見守る善良な神とやらが存在するのだとすれば、このような光景を見れば決して許しはしないだろう。だとすれば、人を見守る神などと始めからいやしないか、あるいは邪悪なゴミクズや巨悪ばかりが蔓延る世界を作るような塵屑が神なのだ。
ああ、ふざけている。
だが、分かりきっている話だ、善にも悪にも報いなど無いということを。ただ、彼らは"数の暴力"という力で誰かをねじ伏せて要求を押し付けているだけだ。同じように、吸血鬼という脅威に暴力で要求を押し付けられているだけだ。
それは弱肉強食という獣の理となんら変わらず、絶対的な力によって支配されているだけに過ぎない。彼ら自身がそれを良しとして利用し、抗う姿勢も見せないのだから同情の余地もない。
(ゾンヲリ君。キミは、怒っているのかい?)
私の傍で出歯亀をしていた天使がそう語り掛けてきた。
「ブブ……(いいや、分かっていたことを再確認しただけだ)ブッ……(もうここにも彼らにも用はない)」
(ま~、今のムシケラ状態のキミが何を言ってるかなんてボクには分からないんだけどね)
そう言いながらも、私の帰還の意図を感じとったのか、すぐ傍に出現したヨムが私を摘まみ上げてしまう。
エルフ達に見つからないであろう位置まで離れていたからいいものの、天使がいきなり姿を晒すという行動自体があまりにも迂闊すぎる。
「ブブブブブッ!(おい、手を離せ)」
「まぁまぁ、地面をカサカサ這うしか能のない今のキミの移動を一々待ってても会話も出来ずに退屈だし、時間だって勿体ないからね。ボクがこうして運んであげるよ」
「ブブブブブッ!(おい、ならば私の身体で遊ぶのはやめろ! おい!)」
背羽根を高速で動かすことで抵抗するも、天使に指で身体を摘まれてしまってはゴキブリの力ではどうすることも出来ない。
「あはは、何を言っているのか分からないよゾンヲリ君。なんてね」
ヨムはそうは言う割に、捕まえた私を指で突いたり撫でまわして弄んで遊ぶばかりで、ゆったりと散歩をするようにブルメアの家へと帰っていったのだ。
なにげに市長とか司祭サマよりゾンヲリさんからの心象が悪いアイゼネ住民。
市長や司祭は小物なりに小物としての自覚がある点だろう。(見下しはするが、あくまで自分には見下すに足る力と責任があることを誇示し、そこだけは取り繕わないのである程度ゾンヲリポイントが加算される)
が、アイゼネ民は弱者(守り人や吸血鬼に対しては自分たちは無力だからと言って)と強者(ハーフエルフに対しては大人や数という力を振り回して言うことを聞かせる)の理論を都合よく使い分けてる点が違うのでゾンヲリポイントがより低くなるのだ。
なお、ゾンヲリさんのゾンヲリさん自身に対する評価は"塵屑以下"だったりする。(まぁ、暴力で弱い奴に無理やり言う事聞かせる事しか出来ない奴だからね。仕方ないね)