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第二十一話:集落の英雄


 森の奥地へ魔獣討伐に向かって帰ってこられた者は僅か数名だった。そして、彼らは事の顛末を集落に残っていた者達にこう語った。


「卑劣なゼファーが魔獣を操って我々を襲わせていたのだ!」


「犠牲は多かったが、我々が必死に戦って何とか魔獣共を追い払ったからもう安全だ」


 今の言葉を発した者達以外、真実を知っている者は皆魔獣に殺されてしまった。傷だらけの姿になってまで集落の為に尽くしたであろう彼らの言葉をあえて疑う者も殆ど居ない。真相はどうあれど、事実として魔獣が集落の周辺に現れることはなくなったのだから。


 こうして生き残った彼らは、集落を守った英雄となった。


 たとえそれが、勝手に魔獣のテリトリーを土足で踏みにじり子を殺した事で魔獣達の逆鱗に触れたあげく一方的に半殺しにされただけという、己の失態を隠すための保身の言葉なのだとしても。


「やはりあの"よそ者"のせいだったか」


「何が守り人か、裏切り者の恥さらしめ」


「あの人妻にも色気をだしてきた好色家のことだ、大方魔獣に所帯持ちの夫を襲わせて亡き者にした後に集落を救った英雄にでもなる気だったのだろうな。それで未亡人になった女たちを口説いて娶るつもりだったんだろう。全く……卑劣極まりない」


「許せない!」


 などと、元々ゼファーを嫌っていた者達はここぞとばかりに(はや)し立てる。彼らにとっては真実など始めからどうでもよく、ママさん達にモテていたゼファーを(おとし)めることさえ出来ればよかったのだから。


 ゼファーという悪者(おとこ)の死は徹底的に利用された。


 それこそ、悪者を(そし)ることで集落はまとまったし、夫を魔獣に殺されて未亡人となった事で傷心中の元ママさん達を口説くために利用されもすれば、空いてしまった守り人の枠に"集落の英雄"が居座るのも自然な話となる。


 分不相応の実力で集落の英雄になってしまった彼らが守り人として集落を守るという責務を果たすのは、実に容易い話でもあった。


 なんせ、片足のないゼファーでさえも出来たことだ。魔獣の長がゼファーの遺言を律儀に守り続けている限り、何もせずとも義務を果たし続けられることを、集落の英雄たちは知っているのだから。


 こうして、ゼファーの死を代償にしてアイゼネ=ブルーメイルは平穏を手に入れたのだ。その結果と結末に誰もが納得していた。ただ一人のエルフの少女、ブルメアを除いて。


「どう……して……? どうして皆そんな酷い事を言うの? おとーさんは何も悪いことしてないのに……皆を助けようって森に行ったのに」


 ブルメアがその言葉を震える声で言った瞬間、大人達は一斉に小さな少女をきっと睨みつけたのだ。まるで唾棄すべき汚物であるかのように。


「ひっ」


 向けられる大勢の悪意に、少女は怯える事しかできなかった。


「あの裏切り者の子か」


「持っていくばかりで何もしないごく潰しの忌子が」


「キサマの親が集落に一体何をしでかしたか分かっているのかぁ!」


 ある者は心底からうんざりしたように、ある者は義憤にかられ、口々に少女に罵声を浴びせかける。大の大人達が寄ってたかって少女一人を囲んでいるのだ。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」


 ブルメアはわけも分からずに謝った。大人達に謝り続けた。


「この忌子を半鬼の里(トート・ブラッド)の近くにでも放り出せ!」


 誰かが直接的にブルメアに手をかけようとしたその時だった。


「まぁ、待て。何も知らぬ子に罪はないだろう」


「これは英雄殿、いえ、新しき守り人(シュタムラート)殿と言った方がよろしいでしょうか?」


「シュタムラートか、そう呼ばれるのも悪くない。我々エルフにとって子は貴重な宝だ。そうだろう? それも人間に関わってもいない無垢な子ともなればなおさらだ。例え、それが"あの"穢れたゼファーの子であろうとな。植えた苗木が育つのを待つように、我々も長い目で見て受け入れてやろうではないか」


 そう言って一見優しそうに手を差し伸べて見せた守り人の手を、ブルメアは掴むのを躊躇った。幼子なりに気づいてしまったからだ。


 ――違う。この人、おとーさんと違う……。


 守り人のブルメアを見下ろす目が優しくなかった。口調も冷淡で感情を表に出さないようにしているし、ゼファーが時折ブルメアに見せてくれたような笑顔もない。


 既に本当のやさしさを知っているブルメアには子供心なりに嘘くさく感じていたのだ。そもそもゼファーを貶め始めた仕立て人がこの新しい守り人だ。


 そうと分かっていても、ブルメアには声を発することはできなかった。握りたくない手を握るしかなかった。そうしないと周りの大人達がまた一斉に怖くなるのが分かりきっていたのだから。


「シュタムラート殿がそう仰るのなら……」


 それで一先ずはブルメアとゼファーに対する大っぴらな誹謗中傷は丸く治まることになった。しかし、この一件でブルメアの心にはしっかりと大人達に対する恐怖(トラウマ)が刻み込まれたのだ。


「おとーさん……グスっ、私、どうすればいいの? どうして、居なくなっちゃったの? 分かんない。分かんないよぉ……グスっ……」


 夜、ブルメアは自分以外誰も居ない家の中で泣き続けた。


 夜中真っ暗の闇の中で目が覚めてしまった時、いつも傍で寝かしつけてくれていたゼファーの手の温もりがない。朝起きた時には当たり前のようにテーブルの上に用意されていた朝食もない。何気ない会話も無い。


 ゼファーを喪失した家の中は、冷たく静まりかえっていた。


「お腹……減ったな……。何か、食べなきゃ……」


 言葉にして腹の虫が鳴ってもなお、ブルメアは何もしなかった。ただうずくまってじっとしているばかりだ。


「木の実のおすそわけ……貰わなきゃ……」


 ブルメアは三日間何も食べていない。やらなきゃいけないことは知っている。口にも出した。なのに、足が全く動かなかった。


「無理……やっぱり無理だよぉ……」


 あの怖い大人達の悪意に満ちた視線を知ってしまったから。食べ物をくれなんて厚かましいお願いを聞いてもらえるとは子供のブルメアにも思えなかったのだ。


 狩りが出来るようにと弓をとって練習を始め、おすそ分けされたジャガイモを庭に植えて育て始めたのだって、いつかはこんな日が来るかもしれないと薄々思っていたからだ。


 ただ、その日が来るのがブルメアにとってあまりにも早すぎた。


「そうだ……ジャガイモなら……」


 庭に植えておいたジャガイモを掘り起こせば食べられるかもしれない。これなら怖い大人達に会わなくても済む。幼いブルメアなりに目先の食べ物を得る方法を思いついて、家の外に出て畑に向かった時だった。


「そん……な……」


 畑の状態を見て、ブルメアはその場に崩れ落ちた。植えてあったはずのジャガイモが掘り起こされた跡と、三日前までは無かったヒトと思わしき足跡と悪意の残滓だけがそこには残されていた。


 ブルメアの赤く腫れた目じりに、再び涙が伝った。


 急に父を亡くし、理不尽な悪意に晒されて、小さな身体には何もする力がない。どうすればいいのか、どうすれば良くなるのか、ブルメアには分からなかった。誰も何も教えてはくれないのだから。


 だから、ただひたすら泣き暮れた。


「うわあああああああっ」


 "もっと昔"だったなら耐えられたのに、ゼファーに出会って優しさと温かさを知ってしまったから。それらを失って初めて残酷なまでの冷たさと悪意をブルメアは知ってしまった。


 悲しさには底が無かった。ただひたすらに堕ち続けていく中、上を見上げても真っ暗闇の暗い空しかブルメアには見えなかったのだ。


「……誰か……誰か助けてよぉ……」


 そんなブルメアの哀願も、夜の闇の中へと溶けて消えていった。

う~ん、この……親が憎ければ子も憎いの勢いで小5ロリにもなってない幼女相手に大の大人が寄ってたかって怒鳴り散らすとかお前ら人の心とかないんか? と問いかけたくなるような今日のこの頃。

 これじゃサクーシャ……吸血鬼側を応援したくなっちまうよ……。


 しかしながら、これもまだジャブなのでございます。


 なお、他人の中身を透視して罵倒する際には自分にとっての弱みとか後ろめたいことを相手に投影してしまうことがレスバトラー界隈では稀によくあるらしいぞ? つまり後頭部ブーメラン芸という奴を言ってる本人が無自覚にやってしまうというギャグをやらかすのだ。


 ごま塩程度に覚えておいて欲しいのさ……。(殴

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