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第十九話:ブルメアさんのオヤジ


 奴隷となったエルフのうち、人間の支配からの脱走を試み故郷への帰還の森を目指す者は少なくはない。しかし、大抵の場合脱走は成功しない。


 土地勘が働かない未知の土地にいきなり連れられて、周りのヒトは人間ばかり。どの方角へ向かえば故郷があるのかさえ定かではない中、闇雲に人間の目を避けて逃げ回っても魔獣や賊の餌食となる。


 それでも上手く脱走を行える者というのは、"奴隷"の生活の中で上手く人間に取り入った者達だ。人間の土地の知識を得て、人間の文化を学び、ひたすら己の心を殺しながら奴隷という権利を上手く活用しながら要領よく立ち回れた者だけが、故郷の森への帰還を果たすことが出来るのだ。


 多くの脱走者は故郷の森の土を踏めたことで一息をつく。"帰ってこれた"のだと。ようやく奴隷という運命から解放されたのだと、もうあんな生活をしなくていいのだと、ほっと息をつくのだ。


 しかし、脱走者達は人間の領域で長く生活しすぎているが故に忘れてしまっている。どうして自身が"奴隷に堕ちてしまった"のかを。


 そう、故郷の森でさえも決して安全地帯ではない。人間はどこまでも追いかけてくる。エルフという非常に高い価値のある奴隷を求めて、どこまでも追いかけてくるのだ。様々な方法を用いて。


 例えば、外せない奴隷の首輪に特定の"波動"を広範囲に放つ魔力を込めた石を埋め込んでおけばどうだろうか? 多少魔力の操作に長けた者ならば遠隔探知も容易に可能とするだろう。


 といった多少の工夫を凝らすだけで天然の迷宮である迷いの森を攻略することも決して難しくはなく、一体の奴隷を"ワザと逃がして"沢山の奴隷を獲得するという狡猾な手法が何十通りも確立されているのだから。


 よって、大抵の場合、奴隷エルフの脱走が成功することはない。


 それでも脱走に成功する者とは、よほど運命に愛されているか、あるいは、人間にとってそれほど価値が高くなかったエルフでしかない。容姿が醜い、健康的ではない、性病を患う、精神に異常や問題を抱えているといった何かしらの"致命的な欠陥"を抱えた低価値なエルフばかりが見逃されるのだ。


 そんな脱走者達がより集まって生まれたのが、アイゼネ=ブルーメイルという肥溜めのような集落だった。そして、肥溜めの中へと沈み込んでいく一人のエルフの少女が居た。


 〇



「結局生き残ったのはこの子と私だけか、さて、どうしたものかな……。グッ」


 人間の死体とエルフの死体が相互に折り重なり合うような死屍累々の光景で、周囲の草木も赤黒く染まるような凄惨な戦いがこの場で行われていた。


 唯一この場に立っているエルフの戦士も、太ももには"鉛玉"が痛々しく食い込んでおり、足を引きずりながら歩くので手一杯、今にも意識を失いかけそうになりながらも何とか正気を保っているという有様だった。


「まいったな。人間が使うこの(いしゆみ)、"魔道銃"といったか、丸い矢じりだけを飛ばすとは厄介な武器だ。ここまで身体の中に深く入り込んでは"矢じり"が取り出せん。……最悪、片足が腐り落ちるのは覚悟しなければならないが。グッ、せめて、集落に着くまでは持たせねば……」


 これだけの激しい"戦闘"が行われたというのに、もう一人の生存者である少女はすやすやと寝息を立てている。


 戦闘時には魔道銃や攻撃魔法の爆音、悲鳴、怒声、喧騒が絶えず鳴り響いていた。子供は愚か鍛えられた戦士であっても恐ろしさから逃げ出してもおかしくはないという凄惨な戦場の中、少女エルフは何事もなかったかのように無邪気に寝ていたのだ。


 女エルフの屍に抱かれ、全身を赤黒い血で濡らしておきながら。


 エルフの戦士はその光景の異様さに吞まれていた。思わず恐れを抱いてしまったのだ。


「まさか……いや、違う」


 守り人として100年以上戦い続けてきて、まだ生後10年にも満たないであろう童女を相手に恐れを抱くなどとあってはならないと、エルフの戦士は一瞬頭の中に浮かんだ疑念を振り払った。


「そうだ、この子に何も悪い所などない。だが、このまま外から来た"誰の子かもわからぬよそ者"を、あのアイゼネに連れ帰っても結果は読めている。幼子がただ一人で誰の助けもなく生き抜くことなど、かの伝説の"鬼狩り"でもなければ……ならば」


 エルフの戦士は足を引きずって歩き、母親と思わしき物言わぬ(むくろ)から血に濡れた少女を取り上げては背負いあげ、この場から最も近い集落アイゼネ=ブルーメイルを目指したのだ。


「せめて、森へ還るまでの僅かな時の間だけ、私がこの子の面倒を見よう。結局、終生子を授かることが叶わぬのだ、どうかそれくらいは許してくれるよな?」


 エルフの戦士は遠い空を見上げると、そこに居ない誰かに語りかけていた。


「んん……」


 最中、眠っていたエルフの少女が目を覚まし、寝ぼけ眼を擦っていた。


「起きたか? 娘」


「ん~? だぁれ?」


 要領を得ないといった風にエルフの少女は聞き返した。


「ゼファー・シュタム・アネモネ。それで娘、お前の名は?」


「分かんない」


「他に覚えてる事はあるか? 例えば、母の名前や以前住んでいた所はどうだ?」


「分かんない。何も分かんないよぉ」


「そうか……。ならば娘、お前の名前はブルメアだ。そして、今日からゼファー・シュタム・アネモネはお前の父となる」


 それが、ブルメアの父と子の関係の始まりだった。


 ゼファーはアイゼネの集落に辿り着くと、集落の者達に対し自身の過去の功績を喧伝した上で守り人の特権を振りかざすことで諸々の問題を誤魔化し、アイゼネの外れに小さな一軒家を構えた。


 戦いで片足を失ってしまったゼファーには、もはや守り人として戦えるだけの力は残ってはおらず、杖がなければ歩くことすらままならないという状態に陥っている。


 ただ生活するのですら集落の者達からの援助に頼らなければ何もできないのだ。


 そんな穀潰しが二人も集落に上がりこんできたのだから、当然これを不服とする者達は少なくはなかった。しかし、中央(アネモネ)の守り人であるゼファーに対し直接物を申せる者というのは限られている。


 例え片足を失ったとはいえ、百戦錬磨の守り人が発する気迫は凡庸な者達とは比べ物にはならないのだから。アイゼネの集落の者達はゼファーを黙認した。


「おと~さんってば今日もまたダラダラしてる~」


「全く、私は200年は守り人としての仕事を休まなかったんだぞ。たま~にケガした時くらい数年休んだっていいだろうに……」


「おと~さんってば昨日も同じ事言ってる。そんなんじゃダメエルフになっちゃうよ~」


 アイゼネに住処を構えて以来毎日毎日食って寝る生活ばかりしているせいか、ゼファーはすっかりと自堕落なダメ男になってしまっていた。


「やれやれ、ブルメアは手厳しいな~。どうして中央(アネモネ)上層で暮らすハイエルフは毎日ダラダラ生きてもよくて私は文句言われるのかねぇ~」


「も~、ご近所付き合いが大事って言ったのおと~さんなのに」


「もちろん大事だぞ~。ウィロー君宅のママさんなんかは美人だからなぁ。こ~してたま~におすそ分けを貰いに行ってきてるだろ~? おと~さんみたいにすばらし~人徳が無いとおすそ分けだって貰えないんだからな~?」


「もう、お父さんってば不潔だよ~。またウィロー君のお父さんに睨まれるよっ」


「全く、私はママさん達にきもちよ~く挨拶しておすそ分けを貰ってるだけだというのに、夫婦の不仲の原因扱いされて勝手に逆恨みされても困るんだがなぁ~。第一、文句があるなら私に直接言いに来ればいつでも喧嘩も含めて受け付けてやるというのにな! はっはっはっ」


 ゼファーは腐っても守り人である。そして、やる気なし、甲斐性無し、仕事無しの掛け値なしのダメ男だった。しかし、守り人という肩書きと特権があるのでそれだけで偉い。故に、女の子(ママさん)達にもモテた。


 そしてこのゼファーのだらしのないダメ男っぷりが、"誰の子か分からない"ブルメアがゼファーの子であるという話に説得力を与えた。


 女癖の悪いゼファーならば隠し子の一人や二人いてもおかしくない、と周囲に思わせることが出来たのだから。


「ブルメア~。お前も将来嫁ぐ男はちゃ~~んと選んだ方がいいぞ~。おと~さんみたいに強くてカッコいい男じゃなくて、隠れてコソコソ睨んだりグチグチと女々しい陰口言っては群れて弱い奴に暴力振るってばかりの男どものとこに嫁いだらママさん達みたいに後悔するからな~」


「えぇ~……。どっちも嫌だなぁ……」


「うう……なんということだ……。1年前は将来おと~さんと結婚すりゅ~って無邪気な可愛い顔で言ってくれていたのに……。ブルメアにも反抗期が訪れて……時の流れとは残酷だな……」

はい、またブルメアの過去回想編に3話くらいかかりそうです。本当にありがとうごz(殴


銃で太ももを撃たれると足が腐る(破傷風+金属中毒)

滅茶苦茶長寿のエルフでも回復魔法も医療技術もない奴らはこれだから辛いね……という今日のこの頃


自分のことには無頓着なゾンヲリさんがネクリアさんやブルメアさんの身体を使う時はめっちゃ気を使ってる理由も大体コレ

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