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第十八話:ウソツキウィロー


「なぁブルメア、一体お前に何があったんだよ」


「……ウィローは、知っても軽蔑しない?」


「するわけないだろ。ってお前に急に何やって――」


 ブルメアは衣服をはだけさせ、巻いていたサラシ布を静かに巻き取って胸元を露出させたのだ。そして、胸元に刻み込まれた所有物の証、"奴隷の烙印"をウィローに見せたのだ。


「なっ、まさか……」


「私ね、人間の奴隷になっちゃったんだよ? えへへ」


 ウィローにはブルメアが何故はにかむように"笑っていられる"のかが理解できず、息を呑んでしまった。何故なら、常識的に考えれば全く笑えるような話ではないからだ。


「ねぇ、ウィローは人間の奴隷になったらどんな事されちゃうか知ってる?」


「し、知るわけないだろ、そんなの」


「何があったか知りたい?」


「そんなの聞きたくない!」


 ウィローは頭を左右に振るう。そして、再びブルメアに対し視線を戻した時に瞳に宿っていた感情は、かつての幼馴染だった者に向けるものではなかった。


 憐憫(れんびん)か、あるいは、軽蔑か。ブルメアにとってはもはやどちらでも良かった。ただ、同じヒトに対して向けられる目ではないと言う事だけは確かだったのだから。


「そっか、そうだよね。ごめんね」


「あ、いや……悪い。それで、もう大丈夫なのかよ?」


「うん、思ってたより平気だよ?」


 会話が途切れて場は静寂に包まれる。気まずさを感じていたが、先に口を開いたのはウィローの方だった。


「なぁ、ブルメアはどうして今のこの大変な時期に戻ってきたんだ?」


「ゾンヲリの手伝いがしたくて、後は成り行きで立ち寄っちゃっただけなの。だから、明日にでもここは出ていくつもりだよ?」


「さっきも言ってたけど、ゾンヲリって誰だよ。ブルメアとどういう関係なんだよ」


「なんて言ったらいいんだろ……? 人間に捕まってた私を助けて鍛えてくれたお師匠様……? それとも憧れの人、かな? とにかく、ゾンヲリはね~、す~~~っごく強くてカッコいいんだよ。たまにちょっと怖いけど、でも優しくて頑張ると褒めてくれて……あ、でもね……ううん、なんでもない。えへへ」


 まるで白馬に乗った王子様を夢見る乙女のように、ブルメアは嬉しそうにかつ饒舌に語っていた。その姿が、ウィローにはただただ不快だった。


 過去に一度も自分に見せたことの無い表情を、自分以外のどこぞの誰かを思い浮かべるだけで見せているのだ。腹が立たないわけがない。


「お前さ、ソイツの事好きなのか?」


「うん、そうだよ?」


「でもソイツは"エルフ"じゃないんだろ?」


「うん」


「だったらそんな奴を好きになるのだけは絶対にダメだ。ブルメアだってここに住んでたんだから分かるだろ? この森の中で半鬼がどういう扱い受けてるのかさ」


「それくらい分かるよ。だって私って半鬼だし……」


 村八分。無視されるだけなら可愛いものだ。実際には混血だと判明している者に対して人権など無い。殴る蹴るといった暴行を加えたところで誰も咎めはしない。むしろ、集落全体で推奨する有様であり、ブルメアはその暴力をこの集落の中で受け続けてきた。


 血を穢す混血の排斥、それはエルフ達にとっての"大義"となり得るのだから。


「違う! ブルメアはエルフだろ? あいつらが勝手にそう言ってるだけだ!」


「だったら、ウィローは私がエルフの見た目じゃなかったら、ううん。私以外の誰かが半鬼だったらあの人たちと同じことをするの?」


「それは……。でもそんな質問意味ないだろ。だって半鬼なんて顔が豚みたいな"化け物"ばっかりだろ。言葉だってロクに通じない魔獣と一緒だよ。ブルメアとは違う」


 ブルメアの問に対する今のウィローの行った弁解は根本的にズレていた。何故ならこれは、"半鬼"をヒトとして認めることができるかどうかという問だったのに対し、エルフでなければヒトではないと言っているのに等しかったのだから。


 ブルメアの瞳には、失望の感情が宿っていた。


「意味は、あるよ……」


 種族が、容姿が、言葉が、思想が、立場が、何かしらが違い、許容できなければ戦争になる。以前に"あの戦士"がブルメアに言った言葉だった。そして、種族を見て個人を見ようともしない者というのは少なくない。


 それもあの戦士が言った"諦め"にも近い言葉であり、ブルメアの胸の内に残っていた。


 半鬼という種族であるという理由だけで排斥され、豚のように醜い顔をしているという理由で排斥される。家畜や獣の言葉に耳を傾ける人はいないように、家畜に同情し家畜の言葉を発する人などただの狂人であるように、家畜や獣の立場など誰も配慮をしなければ、己が身を粉にしてまで助けようとは思わない。精々安全な場所から可哀そうだと同情してみせるくらいだ。


 仮に偶々人と同じ言葉を発し、人と同じ思想を持ち人と同じ容姿の生き物が"家畜の豚の胎"の中から生まれたとして、それに人と同じ権利を認めることができるだろうか? 当然、出来るわけがない。 


 家畜とは所詮家畜であり、豚は豚という種族でしかない。酷い臭いのするすし詰めの牢獄の中で生まれ、外の世界を知ることもなく餌を与えられ肥え太らされては屠畜され、料理された後に食卓の皿の上に飾られる一生を生まれながらにして定められる。


 同じように、生まれながらにして迫害を肯定される定めを背負う。それが、半鬼という種族にかけられた呪いだった。


「誰も私を見ていない。だから、私はここが嫌い。皆大嫌いだよ!」


 誰も好きで半鬼に生まれたわけではない。なのに一方的に半鬼であることを押し付けられる不条理。各々が好き勝手な基準で線を引き、線の引き方が気に食わないと文句をつけ合い不毛極まる争いに殉じようとする。


 見た目がエルフならば半鬼ではない。いやいや成長の仕方がエルフではないのなら半鬼だ。といった風に、ブルメア自身の行いは全て無視され、各々が勝手な基準で定めた半鬼であればそれだけで罪になる。


 そんなやり取りに、ブルメアは心底からウンザリし、絶望していた。


「ブルメア?」


「もう出て行ってよ……」


「ま、待てよブルメア。一体何を怒って」


「出て行って!」


「謝る。謝るから、今はそんな事言ってる場合じゃないんだ。早く逃げなきゃ吸血鬼が……っ!?」


 一瞬、ウィローは言い知れぬ不安をブルメアから感じた。


「あはっ別にいいよ、そんなの私とゾンヲリが"殺してあげる"から。だから、ウィローは私の事なんか何も心配しなくてもいいんだよ?」


 "何かが変わった"。そんな印象をブルメアに抱いたのだ。そして、ふとブルメアの表情をウィローが覗き込んだ時、翠玉色の瞳に(くら)い光が灯った。


 ような気がした時に、ウィローの全身に怖気が走った。ブルメアの瞳を覗き込んだ際に、同じように瞳を覗かれて本能的に恐怖したのだ。


「っ!? お前何言って……殺せるわけないだろ! 守り人達だって吸血鬼には勝てないんだぞ!?」


「一回ゾンヲリが殺す所を"見た"し、殺し方も教えてもらったから下等種(アレ)と同じのなら私でも平気だよ? ゾンヲリより全然怖くないし頭も悪いし、あ、でも一度に沢山はまだちょっと難しそうかな……」


 どこかとぼけたような仕草は普段通りのブルメアのようで、しかし、妙な艶やかさも兼ね揃えていた。


「どうしたの? ウィロー」


 ブルメアはきょとんとした表情で首を捻っていた。


「お前、誰だよ」


「誰ってブルメアだよ? 変なウィロー」


「ブルメアが"殺す"とか物騒なこと言うわけないだろ」


「あはははっ本当に? 本当に私が言わないと思うの? ああでも仕方ないかぁ、私がここの大人達とやってたことをぜ~んぶ見て見ぬ聞いて聞かぬフリばっかりしてたもんね、ウィローは」


「一体何を言って……」


「あ~あ……この場所に居ると常に虫唾が走りっぱなしだよ。生ごみ一つを乞うために身体差し出してさ、下手糞な奴らに好き勝手に犯されてるのに悦んでるフリまでして媚びてやらなきゃ顔を殴られたり腹を蹴られて、それでも普段は何事もないかのようにニコニコしてなきゃいけないんだから」


「……は?」


「あ、そうだ。私処女じゃないよ? ウィロー。残念だった? とっくにウィロー以外の集落の男どもほぼ全員と何回もヤッてるから。あ、でももしかしたら奴隷だった時に人間とも沢山ヤったから鬼の子供が出来ちゃってるかもね? ウィローはそれでも私の事、好き?」


 ウィローには目の前の現実を信じることが出来なかった。目の前の女が言っている言葉に理解が全く追い付かない。いや、理解することを拒否していた。ただ、ウィローにはこみ上げる吐き気を抑えることができなかった。


「う、うげぇ。げぇぇ……。なんだよそれ……なんでそんな事言うんだよ……おかしいだろお前」


 今度は守ると決めたかつての幼馴染の姿がぐにゃりと歪む。もはやウィローの目の前に見えている女は、ただの気の狂った淫売だった。


「あはっ、そうだよ? 私おかしいんだよ? それで、ウィローは私の事守ってくれるの? 集落連中を今度は皆殺しにしてくれるの? ねぇ、ねぇ、教えてよ」


 ブルメアはゆっくりとウィローに近づき、手に触れようとする。


「うるさい! 気持ち悪いんだよお前! 近寄るな!汚らわしい半鬼が!」


 ウィローはブルメアの手を払いのける。そして、一目散に逃げだし夜の霧の中へと消えていく。その後ろ姿をブルメアはじっと見送っていた。


「あはっ……私さ、ずっとず~~~~っと叫んでたんだよ? 誰か助けてって。ああ、でも、やっぱりここでは誰も助けてはくれなかったけどね。 な~にが今度は守るだよ。口ばっかりのウソツキウィロー」


 ブルメアは静かに自身の肢体に手を這わせる。


「ああ……はぁ……やっぱりゾンヲリじゃなきゃダメなの……。私の事をちゃんと見て、汚いところもぜ~んぶ受け入れてくれるのはゾンヲリだけ。そう思うよね? って言っても聞いてないよね」

ちょとこれsyれならんでしょ……。

メンヘラ黒メアさんのせいでウィロー君の脳みそが完全破壊されてしまった……。


ということで黒メアさんの過去話を次回やります。はい。(一話にまとまるかは知らない)


なお、キノコで気絶している際に実は黒メアさんが表に出てきていたわけだが……(ゾンヲリさんが憑依すると寝れなくなる関係上実は意識の覚醒自体はしている)。

以前の件もあってゾンヲリさんと顔合わせるのが気まずくて黙ってたらしい。メンヘラなところはあるけど意外と黒メアさんは乙女である。


 なのでウィロー君が根性出して今度こそ絶対に守るマンになってればブルメアさんとフラグをたてることも出来なくはなかったが、あそこまで煽られて根性出せる奴っているのだろうか……?(ゾンヲリさんくらい貞操観念と倫理観が破綻してる奴ならまだしも) と思う今日のこの頃である。

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