第二話:世界の合言葉はロリ
「グル……」(朝か)
太陽は昇り、日の光が辺り一面を照らす。牧歌的でのどかな草原となるはずだったこの一帯も随分と様変わりしてしまった。狩りの終わりを見計らい、死肉を漁りにきた黒鳥共が舞い降りては肉片を突いている。
「ん……んんっ……ううんっ……」
切り株に寄りかかりながら眠る少女がもぞもぞとうごめく。ようやくお目覚めの御様子。少女を主として従う者であるならば礼節を欠かすわけにはいかない。寝ぼけ眼をこすっている少女に向け、私の作れる精一杯の笑顔を贈る。
「ガルッ」(おはようございます)
「う、うわっゾ、ゾンヲリ!助けっ!」
「グルルァ、グル」(ネクリア様、私です)
「うわわわわっ!」
どうやら少女は寝ぼけているようだ。
こうなっては全力で服従のポーズをとるしかない。背中を地面にくっ付け、爪を引っ込め、両足を広げて害意がない事を精一杯アピールしてみせる。
「……ああ、そうか、それが今のお前の身体だったな……なんか駄犬みたいで見っとも無いから止めろ」
駄犬、その響きを聞いた時、私の中で何かがざわついた。これは別に褒められてはいないのは分かっている。だが、何故か、こう、ゾクゾクするのだ。
……とりあえずいつまでも服従のポーズをしていても話が進まないので、起き上がって少女の前から退け、昨晩に作った赤い花の花壇をみせる事にした。
「これは…… ゾンヲリ、これ全部お前がやったのか?」
「ガル」(はい)
頷いて少女の問いに肯定してみせる。
血と肉に釣られてきた暗爪獣をどれだけの数を屠ったか、その具体的な数は覚えてはいない。それ以外にも群れを成した小さな魔獣も居たような気がする。だがどうでもいい話だ。少女の安眠を妨げる者共は皆例外なく血と肉と赤い色に変えてやるまでだ。
それが、少女に贈る花壇だ。だが、それを見た少女の表情は困惑していた。
「【ソウルコネクト】全く、そんなの私に見せてどうしろって言うんだよ。それに、その傷……」
私は夜通しで戦い続けて来た。死肉漁り共に噛みつかれた四肢から解れた筋が見え、暗爪獣の牙で貫かれた臓腑からは内容物が零れ、使い過ぎて尻尾の棘棍棒もすり減って使い物にならない。身体中至る所に作られた裂傷と噛み傷が、元々は全身真っ黒の毛並みを深紅に変えてしまったのだ。
「申し訳ございません。獣の肉体では返り血は拭き取る事が出来ないのです」
「いや、そういう事じゃなくてな、痛くないのか?」
魔獣の跋扈する外で一晩中過ごし続けるというのは、それだけの戦いを繰り広げなくてはならない。幸い、私は死者であるために致命傷を負っても痛みさえ我慢すれば戦い続ける事ができる。
「ええ、慣れましたので」
「もういい、さっさと新しい身体に取り替えるぞ」
「はい」
役目を終えたボロボロの暗爪獣の身体を脱ぎ捨て、昨晩に殺した中で一番死体の状態が良い暗爪獣の肉体に身体を【ネクロマンシー】で取り替える。
「それでは付近で休める村を探しましょうか」
「うむ、この道を真っ直ぐ進み続ければ着くはずだ」
少女は歩こうとしてすぐ足を止める。
「……ゾンヲリ、足が痛いから乗っけて」
筋肉痛は一日では治らない。むしろ翌日からが本番の痛みが来るものだ。
「お安い御用です」
私は少女の前で前足と後ろ脚を畳み、平伏してみせる。
そして、少女は私によじ登ろうとする。慣れない手つきで毛皮を掴まれて中々むずがゆい。だが、そこが少女の微笑ましい所でもある。
「おい、馬鹿にするなよ!」
「申し訳ございません」
ようやく登頂し終えた少女は私に跨ろうとする、が。
「……跨れないぞ。それにチクチクする」
少女の小さな体躯では獣の私に跨るのは難しかったようだ。脇腹まで足が届かないのでこのままでは振り落としてしまう。
「ネクリア様、毛皮にしっかりと掴まってください」
「それならこっちの体勢の方が楽そうだな!」
少女は私の背の上でうつ伏せの姿勢になり、両脇腹の私の毛皮を掴む。それは、抱きつかれている体勢である…… 全身で少女の温かさを感じる。
「うっ……」
「ゾンヲリ、お前今、私に欲情したな?」
「い、いえ、そんな事は……」
ほんの少しだけ、ほんの少しだけだ。不意な暖かな感触に面を食らっただけだ。生者と久しぶりに触れ合えたという感動は筆舌にもしがたい。決して、邪な想いが入り混じったわけではない。
「そういえばお前さ、前に私の頭撫でたがってたよな。つまりそういうことか?」
「ち、違います!私は決して小児性愛者ではありません」
あの時の気持ちはあくまで亡者として人肌の暖かさに飢えていただけなのだ。ロリコンを拗らせたわけではない。だが、小さくて可愛い女の子を守りたいという気持ちは嘘ではない。 そう、それは誰しもが思うべき尊い話だ。別におかしくはない。
「怪しい奴だな。正直に言ってしまえよ。うりうり」
少女は悪戯っぽく全身を撫でまわす。たまらず身体が打ち震える。
いけないいけない。私はロリコンではない。私はロリコンではない。私はロリコンではない。私はロリコンではない。私はロリコンではない。この精神は潔白である。間違いなく私はロリコンではないのだ。YESロリータNOタッチ。絶対なる不可侵の領域を侵してはいけない。
そう、私は正気だ。
「私はロリコンではない!」
「ゾンヲリ、そういう反応はホンモノっぽいぞ? ほりほり」
「ちちち、違います。ネクリア様もふざけないでください!」
「【ソウルコネクト】してるから取り繕ってもお前の考えなんてダダ漏れだぞ?うり」
いかんいかん。冷静になれ、Koolになれ。今までだってそうしてきた。これからだって大丈夫なはずだ。そう、少女とは陰から見守り愛でるもの。決して劣情を催していいものではないのだ。私は健全。そう、KENZENだ。
世界の合言葉はロリ。違う、YESロリータNOタッチ。
「あっあっお願いです。本当にやめてくだしぁい」
「ふふ、別に私はお前がロリコンでも構わないぞ?むしろ、お前にも可愛い所があって安心したよ」
少女は私をからかうのに満足したようだった。
おお、神よ、一体何が少女をこんなに歪めてしまったのですか。ハゲのデーモンでしょうか、オルゴーモンでしょうか。奴らが純粋無垢な少女を汚してしまったというのならば、私が切り捨てよう。
「物騒な事考えてないで、いい加減さっさと進め。ゾンヲリ」
「……はい。しっかり掴まっててくださいね……」
それからは気が気でなかったので【ソウルコネクト】は切ってもらった。この魔法は危険だ。死霊の心に触れて良い事など何一つもない。
少女を背に乗せて整地された道路を駆け巡り、風を切る。常に襲歩の速度であろうと構わない。私はゾンビ。肺から血が吹き出ようと、疲労で脚が重くなろうと関係ない。
ゾンビの命はとても軽い。だからこそ早く遠くまで走れるのだ。
「おおおお!ナイトメアよりずっと早いな~」
少女が無邪気に喜ぶのであれば、お釣りがくるほどに安い命。それが、ゾンビだ。
作中設定上、肉食魔獣は基本的に夜行性らしい。