第十五話:半鬼<オルグハイ>
ユークの言葉にはもう一つ気になる点があった。半鬼
「ところでユークに一つお聞きたいのですが、半鬼が結界に押しかけているというのは、つまるところオルグハイと吸血鬼は結託しているのですか?」
「いえ、半鬼共は森賊です。大森林の奥地にある穢れた森に隠れ潜みながら、時折集落を襲っては食料を奪い女性を攫う獣のような連中ですよ。以前から我々と対立関係にありましたし、吸血鬼騒動のどさくさに紛れて結界を潜り抜けて中央に潜伏して狼藉を働こうという算段なのでしょう」
「……では、集落の者達は私を見るなり迷いも無くオルグハイと呼び蔑んでいたようですが、ユークにも私がオルグハイに見えていたりするのでしょうか?」
「ははは、ゾンヲリさんもご冗談を言わないでください。オルグハイの大半は猪のように醜い相貌をしていますし、その場にいるだけで鼻を背けたくなるような醜悪な体臭をまき散らすだけに飽き足らず、手足の指の数や形が違うこともあれば、身体の輪郭がそもそも歪んでいるのです。ようするに、半鬼と我々エルフでは全く似ても似つかないので間違えようなどありませんよ」
つまり、半鬼とはエルフの産んだ"奇形児"なのだろう。
「……中には容姿の整っている、エルフと全く見た目の変わらない半鬼も居るのではないですか?」
「あり得ません。とは言い切れませんが、居たとしても"極めて稀"でしょうね。エルフが鬼や半鬼と交わって生まれた子は必ず悍ましい見た目の奇形になりますから。それに、もしも本当にエルフと全く同じ容姿の半鬼が居たのならば、見分けることは出来ないでしょうね。ですから先ほど集落の者達の言ったことなどゾンヲリさんは気にしなくても大丈夫ですよ。あとで集落の者達には私からきつく注意しておきますので」
エルフ達が混血に対する偏執的じみた敵意を抱くのは無理もない。ブルメアがもしも誰かを愛し、子を成すことがあったとしてもその子は醜い半鬼として生き、差別され続ける烙印を押し付けられるのだから。
だが、この話を飛竜狩りとその従者のエルフが聞いたら……なんと思うのだろうな。いや、あまり考えたくはないな。
「ええ、ありがとうユーク。貴方のおかげで安心しました」
これでブルメアを知らない者から即座に混血であることを疑われることはなくなった。ただ、この話が真実であれば、容姿が美しくなく生まれてしまったエルフはエルフではない。そんな差別も平然とまかり通ってしまうのだろう。
そして、その原因を居もしない鬼に擦り付けるところまで正当化される……か。なんともやるせない話だな。
今となってはブルメアとユークをあわよくば個人的付き合いに発展させようなどと打算を巡らせていた自分を切り刻みたくなってくる。こんなことをしても誰もが不幸にしかなれない結末が待ってるだけだというのにな。
少なくとも、半鬼などという呼び方がまかり通ってるうちは。
「ああ、いえ……ゾンヲリさんには吸血鬼から命を助けて頂いたのです。これくらいは……あの……私はゾンヲリさんを怒らせるようなことをしましたか?」
「ああ、すまない。私の目つきが怖いのは性分なんだ。人と会う際には気を付けてはいるつもりなのだが、常日頃に大剣ばかりを振るってると笑顔も忘れがちになってしまってね」
「人の背丈ほどある大剣を自在に振るうエルフと言えば、ゾンヲリさんはまるで鬼狩り……黒剣のアルヴェイオ様のようですね」
「鬼狩りのアルヴェイオ……というと、あのおとぎ話の?」
以前、ブルメアが熱く語っていたラブロマンスファンタジー物語の主人公の名前がそうだった。それは奇しくもブルメアとアルヴェイオの境遇は似ていると言えなくはない。
鬼に孕まされたエルフの腹から生まれたエルフの見た目をしている半鬼。そして、凄まじい速度で成長を遂げ、使っていた得物も鬼から奪い取った"黒い大剣"や徒手空拳だという。
尤も、似ていると言ってもそこまでだ。ただの偶然でしかない。
「いえ、おとぎ話ではありません。全て実在していた出来事なんです。ですから、千年以上森を守り続けて下さったアルヴェイオ様は、我々守り人にとっては憧れでもあるのですよ」
「憧れ、ですか」
愛する者を失った腹いせに鬼を狩ることに千年間という時間を浪費し続けた復讐鬼と成り果てる生き方に、か。そんな世捨て人に似ているなどと言われても、同族嫌悪で吐き気がするだけだが。
しかし、鬼狩りのアルヴェイオは紛れもなくエルフという種族にとっての英雄なのだろう。たとえその実態が忌むべき半鬼であろうが、容姿がエルフでエルフという種族に大きく利益をもたらしたのならば英雄として礼賛されるのだ。そう、手のひらを返してな。
全くもって現金な話だが、それがある意味ブルメアにとっては救いにもなりえる、か。
「ええ、守り人の中にはアルヴェイオ様の戦い方を真似して大きな木剣を作って戦おうとする者だっているのです。お恥ずかしながら私も昔は真似をしようとして……」
と、ユークは照れながら頭の後ろをかいていた。ユークの外見は女性と見間違えられてもおかしくないくらいには華奢なことから、大型武器を振るうのには適していない体格だ。
尤も、ネクリア様という例があるだけに、外見から目測で筋力量を判断するのはあまり当てにならない。
「その点ゾンヲリさんは何と言いますか、まだ私と大して年齢も変わらないように見えるのに、まるで何百年も戦い続けてきた熟練のシュタムラートのように堂に入った気迫を感じますね」
「ところで、いたずらは感心しませんよ。ユーク」
ユークが"試し"に殺気を込める素振りを見せようとしたところを視線で制する。何をしても対応されると分からされてしまえばそこで思考が止まる。蛇に睨まれたカエルのように身動きがとれなくなるものだ。
「ええ、たった今、興味本位で少し"いたずら"をしてみようと思ったのですが、まるで動けませんでした。は、ははっ……」
尤も、彼我の力量差を判断できる目を持っていなければ、ここで攻撃を止めようという判断も出来ないだろう。無論、ブルメアの身体が借り物である以上、安易な試し行為には相応の報いを与える。
必要経費として腕の一本や二本へし折られても文句を言わせるつもりはない。そのつもりで殺気を込め返したのだから。
「時間は有限ですが、経験は年齢では得られませんから。ただ、そんな経験などと、しなくて済むならしない方がいいものですよ」
「まっ、ゾンヲリと同じ経験したら大抵の奴は気が狂うもんな」
「貴女方がそう言う程ですから、森の外で生きるというのはそれだけ我々エルフにとって過酷極まる環境なのですね……実は、森の外にも少し興味があったのですが……どうやら考えは改めた方がよさそうですね」
ユークが少しばかり勘違いしている節があるが。実害は特に無さそうなのでわざわざ訂正はしないでおく。エルフにとって外界が住みにくいのは事実だからだ。
「それで、今後ゾンヲリさん達はどうするつもりでしょうか?」
「一先ず、吸血鬼が現れるという大森林結界の周辺を調べるために、近いうちにアイゼネを発とうかと思います。吸血鬼が現れる方角だけでも分かれば吸血鬼の本拠地にも目星が付けられますので。そこで出来れば道案内が欲しいのですが」
「すみません。私はシュタムラートとして集落を守らねばなりませんから、これを……」
「地図と、これは……綺麗な琥珀でしょうか?」
「そちらの琥珀は身分証明に必要な物ですので見える場所に身につけておいてください。そうすれば結界を守っている他のシュタムラートから即座に攻撃されることはなくなると思います」
これはユークが自身の身分を証明するためにつけていたものだ。
「よろしいのですか?」
「ええ、吸血鬼や半鬼と間違えてゾンヲリさんに矢を射かけてしまうかもしれないシュタムラートの方々が心配ですから。ちなみに、ゾンヲリさんに一つ聞きたいのですが、もしも急に矢を射かけられたらどうしてましたか?」
ユークが先ほど私に対し試しを仕掛けてきたのは、私の力量を確認したかったからなのだろう。
「敵に矢を射返さない道理はありませんね。宵闇の霧の中では視界も悪いわけですから」
「で、ですよね……。だからですよ」
またゾンヲリさんが堂に入った目力で怖がらせてる……
司祭おじさんから四番目の騎士ペイルライダーだの言われる有様だからね……仕方ないね
何かとことある度に土着伝承(ゾンヲリさんアルヴェイオ説など)でこじつけられるなど、妙な伏線が張られていく今日のこの頃。