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第十四話:宵闇の霧と大森林結界

※前回の終わりをちょっと変えて出迎えのエロフと別れてない状態から始まるように修正されてます。

修正前の話を読んでいる方は注意してください。はい。


「"多少荒れて"はいますが、今日はこちらの空き家でお休みになってください」


 出迎えに案内されてたどり着いた空き家を一目見て、ここで何があったのかを何となく察してしまった。


 まず、鼻を突いてくるのは小便と生ごみの腐ったような臭い。堆肥(たいひ)置き場でもあるのかと思えば、単純に生ごみが空き家の入り口に野ざらしに投棄されていた。


 枝や丸太で作られている家屋自体も木材同士の接合がところどころ"人為的"に切られているのか、風穴が空いていて中の様子が外から丸見えになっている。庭の畑も荒れ果てており、踏みにじられて枯れ果てた野菜や雑草の代わりに得体の知れないキノコが生えているという有様だ。


 ああ、誰が見ても一目でわかる。この家に住んでいた者は"嫌がらせ"を受けていたのだろう。


「な……これは――」


 ネクリア様が小さくため息をついた一方で、ユークは憤りを感じてくれているようだ。とはいえ、ここでこの出迎えに対し物申したところで嫌味が返って来るだけだろう。


「寝る場所を貸してもらえるだけでもありがたいよ。案内ありがとう」


「その空き家での生活が不便なようでしたら、よければ"相談"にも乗りますよ。少々狭いですが私の家ならばもう一人くらいでしたら受け入れることもできますのでね」


 出迎えは(ブルメア)の肢体を値踏みするように視線を巡らす。この場合の相談というのは恐らく同棲の条件に何かと如何わしい要求をされることになるのだろうな。


「いや、それはまだ結構です。いきなり押しかけてご迷惑かけるわけにもいきませんので」


「そうですか、食料も含め相談はいつでも受け入れますので、気が向いたらいつでも来てください」


「ええ、その時はよろしくお願いします」


 つまるところ、これから思わず相談したくなるような出来事(マッチポンプ)が起こるのかもしれないな? 尤も、これについてどうこう言うつもりもない。 


 なんせ、こうやって相手の選択肢や思考力を奪うというやり方は私もよくやる手口だ。ようするにやられる方が悪いのだから、ある意味お互い様という奴だろう。


 とはいえ、もしも盤面をそっくりひっくり返した場面に私が立っていたのならば、こんな警戒心を抱かせるような露骨な手札の切り方をしない。


 なんにせよ、ようやく出迎えと別れることが出来た。


(……っ)


 不意に脳裏にブルメアが息を呑む音が響いた。その後、ブルメアは何かに耐えるようにずっと必死に声を噛み殺していた。私に気を使わせまいと、彼女なりに気を使ってくれているのだろう。


 ユークが居る手前で脳内会話をするわけにはいかないのだから。


「大丈夫だ、何も問題はない。少なくとも私の目の色が変わらないうちは普段と大して変わりはしない」


 誰に対して向けた言葉でもなく、小さく独り言のように言った。


 ああ、そうだ。何も変わらない。全ては普段通りだ。


 たまに街中で遭遇する有象無象の暴漢などと、ゴキブリと同じように世界中どこにでも現れるものだ。それが、偶々エルフの森の集落に現れたのだとしても一々対応を変える必要もなければ、一々恐れる必要もない。


(あっ……)


「え? ゾンヲリさん?」


「ああ、いえ。ほら、ネクリアさ、んが慣れない環境で不安を抱えている頃なのかと思い、元気づけようかと」


「ふん、うそつけ」


 ネクリア様はちょっとプリプリしていた。【ソウルコネクト】で心を読まれているのかもしれないな。いや、流石に【ソウルコネクト】関係なしにバレてしまうか。


「あ~それよりユっ君に聞きたいんだけどさぁ。エルフって皆こんな連中ばかりなのか? なんかさぁ、聞いてる印象と大分違って性格悪くないか?」


「ユッ君って……。そうなってしまう理由があるのです。ここ、アイゼネのように外界に近く鬼の干渉を受けやすい集落はある種の"隔離所"となっていますから」


「隔離所? というと、は、犯罪者などが隔離されているということでしょうか?」


 思わず混血(ハーフエルフ)を指してるいるのかと思って聞きかけたが咄嗟に思いとどまった。混血を話題に出すのはユークが相手でも不味いかもしれない。


「ええ、中央(アネモネ)で問題を起こした者は樹民(ヴェルトール)として生活する権利を剥奪(はくだつ)され、大森林結界の外側へと追放されるのです。そういった、結界の外に居るエルフ達が寄り集まって作られた集落の一つがここ、アイゼネなのですよ」


「何故、結界の外に一度出てしまったエルフは中央に入れないんですか?」


「外界に出れば世界に蔓延る邪悪な(オルグ)から様々な影響を受けてしまうこともあります」


「それは例えば、拉致監禁の後に奴隷として服従を強いられるといった具合でしょうか?」


「ええ……。そういった鬼達と関わり異常な環境に長く身を置いてしまったエルフの大半はどこか精神が歪んでしまうのです。例えば、鬼がやったような奴隷制度という考え方自体を一部の集落に持ち込んだり、やたらと他者に対し攻撃的になる者が現れたり、犯され鬼の子を身ごもったままであることを数年間気づかぬままに婚姻が行われた事で悲劇が起こったり、あまつさえ心まで完全に鬼に服従し、同族の拉致に加担するという者まで現れてしまうのです」


 ……なんだろうな。心なしかユークが今言った言葉の幾つかが鋭いナイフで刺突されたかのようにグサグサと私の胸に突き刺さってくるのだが。気にしたら負け、なのだろうな……。


 とはいえ、ブルメアの状態が一般的なエルフの感性としてまともなのかと言えば、恐らく全くまともではないのは確かだろう。ブルメアは私の行動や考え方にあまりにも大きく影響を受けすぎてしまっているのだから。


「では、外界に出て(オルグ)の干渉を受けたエルフは大森林結界の内側には入れないということですか?」


「はい、厳密には結界の外に一度でも出てしまったエルフは私のような守り人を除けば原則として二度と入ることは許されません。そして、守り人であっても結界の外に出る際にはこのように"耳に穴を穿たなくていけません"」


 そう言って、ユークが耳元の髪をかき分けて見せると、尖った長い耳に穴が空けられていた。


「この穴は?」


「これで樹民のエルフと外に出たエルフを区別するのです。こうして"穴空き"となったエルフはアネモネでの生活も制限されることになります。その中でも代表的なのがハイエルフ達が暮らす大樹上層区画への立ち入り制限と、樹民との婚姻が禁止されることです」


 つまり、鬼によって汚染された疑いのあるエルフを検閲する水際対策というわけか。


「な~な~それってさ、外界に出なきゃいけない守り人って貧乏くじ引かされてるようなものじゃないのか? 耳に穴空けられるのだってぶっちゃけ痛いだろ」


「ええ、ですから外界に出る守り人は志願制なんですよ。」


「ほ~ん? ならユッ君は何で志願したんだ?」


「それは……」


「ま、言いたくないなら別に聞かないぞ」


「いえ、行方不明になった"吸血鬼討伐隊"が生きているならば救出するためです。それでもしも死よりも辛い思いをしているというのなら、その時は……私が……」


 仲間の無念を晴らすために決死の覚悟で戦う。耳障りの良い言葉で飾ればこんなものだろう。しかし――


「それを成せるだけの具体的な策や勝算はありますか? 倒すべき敵の実力や弱みは知っていますか? 敵の数はどれくらいいるかわかりますか?」


 感情的になって冷静さの欠けた戦士が相手の実力も図れず身の程も弁えずに玉砕特攻を仕掛けるという行為にしかならない。


 戦いとは始まってしまった時点で勝敗はほぼ決まっている。


 必勝か必敗の二択だ。勝つには必ず勝つ理由があり、負けるには必ず負ける理由がある。つまり、同じ戦い方を同じ条件で百回繰り返しても千回繰り返したとしても、都合よく誰かが助けにでも来ない限り結果が覆ることはまずない。


 そして、勝てない相手と相対してしまった際にこちら側で出来ることは"負けない"ように足掻くことだけしか出来ない。必ず負ける理由を何とかして取り払ってから戦いを仕切りなおすか、都合のいい誰かが助けにくるまで、な。


「いえ、何も……」


「ならば現状ではその行動と選択を今のユークには勧められませんね。ゾンビ狩りがむざむざゾンビになりに行くようなものでしょう。そんな死にたがりになるのは気狂いだけで十分ですよ」


「ゾンヲリさんは辛辣ですね。ですが、確かに最も弱い下級の吸血鬼にすら満足に勝てない今の私一人では、どうすることもできませんね……。何か良い案があればいいのですが」


「ふふ~ん。実はな~ユッ君。一応無いこともないぞ?」


 ネクリア様がどや顔をしていた。それは清々しいどや顔だった。


「本当ですか!?」


「やつら太陽に弱いからな~。宵闇の霧さえ何とかすれば下級(レッサー)吸血鬼なら日の光でまとめて焼き払えるぞ」


「しかし、ネクリアさ、ん。宵闇の霧の発動を妨害するには敵陣に乗り込み儀式場を破壊しなくてはいけないのでは?」


 当然、そういった重要な場所には強力な護衛が配置されているだろう。よって吸血鬼の嗅覚探知網をすり抜けて忍び込んで秘密裡に破壊する……は現実的にほぼ不可能だ。そもそも吸血鬼が儀式場にしている拠点の位置すら定かではない。ここで闇雲に森を彷徨っても餓死するか、そのうち大量の吸血鬼に囲まれてリンチされるのがオチだろう。


 尤も、【フェイズシフト】による完璧な隠密行動が可能な天使ヨムならばその限りではない。のだろうが。


(や~ゾンヲリ君。もしかしてボクの事考えてくれてたのかい? それとも、頼みたいことでもあるのかな? いいよ~いいよ~是非是非頼んでくれても。キミがボクのお願いを聞いてくれるならね」


 一々別次元に【フェイズシフト】した状態で息が吹きかかるくらい近くの耳元で囁いてきた挙句、器用に周囲への音声遮断までこなし念話モドキをやるんじゃないとヨムに言ってやりたくなる。が、一先ずは知らないフリを継続するという無言の抗議で返しておいた。


 第一、お願いという名目で要求される代償は魂そのものだろう。つまり、ヨムに頼るのは論外だ。ならばまだ、私がそこそこの強者の死体を借りて一人で敵陣特攻(ゾンビアタック)を仕掛ける方がマシだ。


「ま~それも方法として正解だが、もう一つあるだろ~? 宵闇の霧がどういう性質の儀式魔術かは教えたよな」


「確か、大気中の風の魔素を闇に変換し続けることで吸血鬼が最も力を発揮できる夜の状態を作り出している。でしたか」


「そっ、つ~ま~り、その逆、闇を別の形の魔素に変換する儀式魔術を行ってやればいいの! そうすれば下級吸血鬼どころか貴族吸血鬼も大幅に弱体化させられるってわけ! ま、問題もたっくさんあるんだけどなっ」


 高位の魔術師同士の戦いは、自身の最も得意とする属性の"地相(モード)"を支配、奪い合う所から始まるものだ。


 何故吸血鬼が【宵闇の霧】を発動し続けているのかを考えれば理由は明快だろう。吸血鬼が最も本領を発揮できる時間帯は夜のみ。逆に言えば、吸血鬼は宵闇の霧で夜を維持し続けなければ自らの抱えている弱点、つまり太陽の光によって満足に活動もできなくなる。


 もし、これが実現できるならばネクリア様の策が最も現実的だ。


「流石ですネクリア様、しかし、どういった問題があるのでしょうか?」


「……ぶっちゃけ単純に魔力が足りない。いや、だって仕方ないだろ? いくら魔力つよつよで効率的な儀式魔方陣を組める私でも個人で相殺できるのは貴族吸血鬼の分までが限度なのっ。そこに生贄で増加してる分のパワーまでは私一人じゃ相殺しきれないんだよな。だからその分はエルフ達にも協力してもらんないとぶっちゃけキツイ」


 既に盤面は殆ど吸血鬼側に主導権を握られてしまっている状態だ。単純に多勢に無勢となっては分が悪い。


「吸血鬼を追い払えるのですね? それでしたら! 私は協力を惜しみません!」


 ユークからの協力は得られそうだ。だが、ネクリア様は渋い顔をしている。


「ネクリア様に一つお聞きしたいのですが、具体的に何人分の協力が必要になるものでしょうか?」


「ならちょっと、ユッ君の魔力を調べるぞ」


「えっ、あのっ、え、ええっ!?」


 そう言うとネクリア様はユークの下半身の特定部位に顔を近づけてスンスンと臭いを嗅ぐような真似をしている。サキュバス式魔力測定術なのかもしれないが、傍から見ていると何とも背徳的で冒涜的な光景だった。


「んっ、マイルドな童貞の匂いがするなっ」


 ……一瞬で致命的な個人情報(童貞であること)を女性陣3人の前で暴露されるというのは、中々地獄めいた経験だな。


(う、うわぁ……うわわぁ……)


 私の視界を共有しているブルメアが困惑しているので目を背けておくことにした。


「ユッ君くらいの魔力で大体100人から200人分くらい必要だなっ。ぶっちゃけ全然足りない。いや、ひじょ~~~~~~~にむかつくけどあの痴女天使の魔力があれば残り10人分くらいで済むかもしれないけどさ」


(ふんふん、またボクの力が必要なのかい? でも困ったなぁボクは立場上ネクリアちゃんに協力してあげるわけにはいかないんだよね。あ~でも、ゾンヲリ君がど~~~~~してもと頼んでくれるというならやぶさかではないけどね?)


 見えずとも無表情ながらもニヤついている天使の顔が浮かぶ。一々鬱陶しいな。どの道ヨムが本気になれば吸血鬼などと一人で何とでも出来るのだろう。ならば答えは同じ。無言の抵抗を続けるだけだ。


 第一、この天使は私がこう反応すると分かっているからこそ、あえてこのようにおちょくってくるのだろう。この天使が見たいのは、愚かな人間(わたし)が苦しみぬく姿なのだから。


 見てくれだけは美しくも可憐な天使だが、本質は悪魔よりも悪魔らしいサディストだ。ならば、この上位者気取りの望み通り、精々道化のように踊って見せて喜ばせてやればいい。


(や~……その表情、キミはボクについて大分認識の齟齬が見られるような気がするね)


「100人、ですか。集落の者達全員を合わせれば何とか……」


「あいつらの魔力は腐ってるから全ッ然ッダメッ。そんなのいくら集めたって人数合わせにもならないの。最低でもユッ君くらいの"質"があって100人以上必要なんだからな」


 ユークは才能溢れる若者であり、守り人として心身共に鍛えてきた。だからこそ、身に上質な魔力が宿っているのだろう。そういった優秀な人材というのは稀有だ。


「……そう、ですか」


「ユークにお聞きしたいのですが、今残存しているシュタムラートは一体どれくらい居るんでしょうか?」


「私を含めて50人も残っておりません。それも殆どが中央(アネモネ)と"結界"を吸血鬼から守るために集中しているのです」


 つまり、結界の外に連れ出せる守り人の数では、【宵闇の霧】を相殺するに足り得る魔力を捻出することは物理的に不可能というわけだ。


「では、シュタムラート以外で強力な力を持つエルフはどれくらい残っているのですか?」


「中央上層に住んでいる千年以上生きたハイエルフ達であれば、あるいは……ですが」


「結界の内側に部外者である私達は入ることは基本的に不可能。そして、守り人のユークであっても中央上層に入る権利が無いというわけですね」


「はい……」


 現状八方塞がりだ。


 宵闇の霧を相殺する儀式魔術を構築するにはネクリア様に協力的なエルフを100人以上集める必要がある。だが、結界の外では絶対数がそもそも足りない。結界の内側には私たちが入れない。


 そうだ、何をするにしても中央を守る"結界"が邪魔なのだ。


 ならばいっそ、吸血鬼に結界を破壊してもらうという手も……待て。


「そういえば、何故吸血鬼から結界を守る必要があるのでしょうか? 結界ならば吸血鬼の侵入も阻めるのではないのですか?」


「それが、【宵闇の霧】が広がるにつれて結界の力が弱まり、部分的に"穴"が空き始めているのです。その隙間を狙って吸血鬼や"半鬼"共が雪崩こもうと……」


 つまり、探せば私達が"侵入する隙間"くらいはあるというわけだ。 


 そして、戦闘が行われる可能性が高い結界付近であれば、私が使用する高い戦闘能力を持つシュタムラートの"死体"とネクリア様が【アニメ―ト】可能な吸血鬼の死体が多数手に入る可能性もある。私がシュタムラートに成り代わり、中央に侵入し、さらに上層に入る権利を持つ樹民に成り代わるか協力を取り付ければ……


 中央のハイエルフに会って交渉出来る程度にはつけ入る隙はあるというわけだ。


 幾つか懸念点はあるが……これで一つ、勝算が生まれた。




あれ……今回のサブタイトルは「半鬼(オルグハイ)」でユッ君と別れてハーフエロフ差別とショタエロフ導入の話に入る予定だったのに7000文字浪費してもまだ本題に入ってない不具合があるんですが……


なんにせよ、ユッ君が無事童貞認定されたことでめでたしめでた(殴

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