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第十一話:吸血鬼


 こちら目掛けて一直線に近づく血の臭い。それは、飢えた獣よりも獣らしく、ただひたすらに眼前の獲物で飢えを満たすことだけしか考える知性を持たざる者が繰り出す猛進だ。


 エルフの持つ恵まれた聴覚をもってすれば、目で見ずとも風を切る走駆の音を聞くだけで具体的な位置を割り出すことは造作もない。


 ならば、と。矢を三本つがえ、闇の中を翔る敵に目掛けて放った。


 しかし、手ごたえはない。猛進を続ける敵の勢いは微塵も削がれない。


「避けもしない。か」


「おいおい、大丈夫なのか? ゾンヲリ」


「離れてくださいネクリア様。敵が来ます」


 放たれた矢に対する回避に意識を割けば僅かにでも前進が遅れる。だが、それが一切ない。事実、闇の中から姿を現したソレは、自身に突き刺さっている矢を全く気にしてすらいなかった。


「血を寄越せェエエエエ!」


「ふっ」


 凄まじい速度で飛び掛かって来るソレの腕をとってへし折りながら地面へ目掛けて叩きつけ、その隙にバックステップで距離をとりながら3本の矢で四肢を射抜き地面に縫い付けてやる。相手が体制を取り直す前にすかさず再び3本の矢をつがえ、手首と足首目掛けて矢を放つ。


 【壁縫い】


 膝や肘、手首、足首の関節部分を破壊すれば通常身動きは出来ない。それで地面や壁に四肢を釘を打つように縫い付けてしまえば、"矢が刺さる"のだから殺せなくても行動不能くらいにはできる。


 それを目的とした拘束射撃戦技だ。だが……。


「なに!?」


「キェエエエ!!!!」


 ソレは金属を切るような甲高い絶叫を上げながら、自身を拘束する矢で肉や血管がブチブチと引きちぎれるのを全く気にも留めずに立ち上がろうとしている。


 幽鬼のように血色のない白い肌は血に染まっていくというのに、自我を持たないゾンビのように痛みには鈍感で、知性をまるで感じさせない。されど容姿は美しいエルフそのものでありながら、眼の色はまるで血のように暗く濃い赤色をしている。


 そして、口から覗かせる特徴的で非常に発達した犬歯は、自身以外の誰かの血で染まっていた。


「おいゾンヲリ、そいつ"ヴァンパイア"だぞ。血は毒だから絶対触れるなよ」


 血を渇望する夜の種族。噂や作り物の物語の類ではそういう存在がいるとも聞いている。その中で多くの弱点を語られることもある。


 例えば、聖別された教会の十字架だとか、ニンニクだとか、流れる水だとか。だが、そういった迷信に縋った結果痛い目を見るのはキノコだけで十分だ。そんな事よりも確かなものがある。


「ネクリア様、何か弱点はないのですか!?」


 ネクリア様ならば吸血鬼に対する確かな知識を持っている。


下等種(レッサー)なら心臓を破壊すれば死ぬぞ。あと銀製の武器も傷の再生を著しく遅延させる」


 すかさず、背に持つ鏡銀(コバルト)大剣(クレイモア)に持ち替えて心臓を一突きにすると、吸血鬼は絶叫を上げながら生命活動を完全に停止させた。


 つまり、死んだのだ。


「ネクリア様、まだ敵は残っています。生存者がまだ"囮"になっているうちに、私は残りを始末してきます」


 今の相手を見る限り、一対一で各個撃破する分にはさほど苦戦はしない。知性を持たない相手は動きが単純で読みやすく、故に強靭な身体能力に任せ痛みに怯まずに突っ込んでくるしか能のない相手ならばいかようにも料理できる。


 だが、2対1以上の対複数戦では相手をしたくはないくらいには厄介だ。辛うじて早さだけはブルメアの身体で追いすがれていられるが、筋力は恐らく吸血鬼の方が遥かに高い。


 矢では殺すどころか怯ませることもできず。どうしても近接戦闘を強いられる中囲まれてしまったら単純に手が足りなくなる。それで一度組みつかれたら終わりだ。


「しょ~がないなぁ、じゃあ私はコレに【アニメート】かけてゾンビ化させておくから、後で援護に向かわせるよ。ま、間に合ったら申し分程度の肉壁くらいにはなるだろ」


 私が一体吸血鬼を撃破している間に、既に生存者達は毒牙にかけられていた。


「来るな、来るな! うわああああああっ」


「……あっ……ああっ……ぁ……」


 駆け付けた頃には吸血鬼に首を噛みつかれて虚ろな目で恍惚な表情浮かべているエルフが一人、矢を放って襲い来る吸血鬼に反撃をしている戦士と思わしき青年エルフが一人、血を吸われ尽くして枯れ果てた死体が一つ。


 残る吸血鬼は3体、幸い、戦士と思わしき青年エルフはそれなりに動きが良い。1対1ならば即座に殺されるということはなさそうだ。そして、一体は夢中で血を啜っているのかすぐに動こうという気配はない。


 恐らく、アレらには互いに"連携する"などという考えはなく、各々が本能を満たすために勝手に動いているのだろう。


 ならば、まず始末するべきなのは今すぐ動ける奴だ。目があった吸血鬼の心臓目掛け"聖銀"の短刀を投擲する。


「死ね」


「キィエエエエ!!!!!」


 胸を押さえ壮絶な叫びをあげながら吸血鬼の一体は絶命する。


 奴らは痛みに鈍感で回避をしない。持前の身体能力と再生能力でとにかく最短経路で敵に近づこうとする。だからこそ、この投擲は心臓に当たる。


 次だ。


「血、血ィイイイ!? キィエエエエエ!!!!」


 吸血に夢中な吸血鬼を背後から肉薄し、クレイモアで心臓をくし刺しにすれば事足りる。


 しかし、思いのほか身体がよく動く。身体能力自体はネクリア様の身体の方が高いはずなのに、感覚的にブルメアの身体の方がかなり動きやすく感じる。


 私が生者(ネクリア様)の身体を動かそうとする際、動こうとするのと実際に動けるまでの間にほんの僅かな"時差(タイムラグ)"や抵抗が生じるのだが、これは戦闘という刹那的な時間での判断や動作が生死を分ける状況下においては致命的な隙になる。


 それが近頃のブルメアの場合"殆どない"のだ。


 私の精神とブルメアの身体と相性がいいのだろうか? それとも、ブルメアの身体の成長が著しいのだろうか? ……いや、今はこれについて考えるのは不必要なことだ。


 次だ。


「う、うわ、や、やめろ、やめて――」


 その間、青年の戦士エルフは肩口を爪で引っ()かれたのか、弓を落として尻もちをついてしまっている。それに吸血鬼が覆いかぶさろうという状況下になっていた。


「死に果てろ」


 即座に吸血鬼の背後をとり心臓をくし刺しにしながら、あばら骨にクレイモアを引っかけて持ち上げ、引き抜くと同時に投げ飛ばす。


「大事はなさそうだな?」


 クレイモアにこびり付いた返り血を振るい落としてから、尻もちをついている青年エルフに手を差し伸べてやる。


「あ、ありがとう。貴女は? 一体……」


 さて、本名(ブルメア)と名乗っておくべきかどうかだが。今はまだ彼女の精神は気絶しているまま、か。ならば、まだしばらくは誤魔化しておこう。


 魔族国でもうかつに生前の肉体の名前を言った結果女騎士と戦うハメになってしまったように、もしもこの青年エルフが森から追放される前のブルメアを知っていたならば、今の瞬間敵対もあり得てしまうのだから。


「私は偶々友人と共にこの辺りを通りすがった"ただのエルフ"でして、どうも風がおかしいせいで森で道に迷ってしまい困り果てていたのですが。あなたは?」


「私はユークリッド・シュタム・グリュム。知り合いや友からはユークと呼ばれています。まだ高々65年しか生きてはいませんが、これでも一応はシュタムラート……里と森の守り人として鍛錬を積んできた戦士だ。なのに、貴女はシュタムラートでもないのにあの"吸血鬼(ヴラドヴォルグ)"複数をこうも容易く……?」


 恐らく、守り人(シュタムラート)というのはエルフにおける兵士や衛兵階級のようなものだろうか。そして、先ほど倒した吸血鬼(ヴァンパイア)はヴラドヴォルグとエルフ達に呼ばれているのだろう。


「いいや、アレらを容易く撃破できたのは貴方達が注意を引いてくれたのと、私の友人がアレらの弱みを知っていたからだよ。真向から相手していてはこうもいかなかったさ。それと、訳合って身分や名前はまだ明かせない。出来れば私のことはあまり詮索はしないでもらえると助かる」


 青年の戦士エルフ、ユークの肩口の傷の手当をしていると、ネクリア様が現れた。どうやら、戦闘が終わったとみて、【アニメート】で支配中のヴァンパイアを隠してきたようだ。


「なんだ、結局お前一人で片付けちゃったのか」


「蝙蝠の翼に、尻尾を持つ子供……? 何者だ!」


 ユークは即座にネクリア様に対し弓を向ける姿勢をとった。淫魔という特徴的な身体の持ち主であることと、エルフがそもそも他種族に対し排他的な種族であることから、こうなってしまうのは予測できた話だ。


 だからこそ、恩を売っておいたというのもある。


「待ってくれ、彼女が先ほど言った吸血鬼を倒せる知識を授けてくれた方なんだ」


「彼女が……? しかし、エルフ以外のよそ者を招き入れるだなんて……」


 ……回収しておいた短刀をいつでも引き抜けるようにしておく。最悪、ここで話を聞く耳を持たず敵対すると言うのであれば、彼には私の"新しい身体"になってもらうことも念頭に入れねばならないが……。


 幸い、ここで人が死んだところで"吸血鬼のせい"にできる。どう転んだとしてもどうとでもなる。


「いえ、今はそんな事を言ってられる状況ではありませんね。どうか、私達に手を貸して下さりませんか」


「うむうむ、手を貸してやるぞ! 私は優しいからなっ」


 こうして、吸血されて手遅れになった死体の心臓を潰してから埋葬し、私達はユークというエルフの守り人に付いていくことにしたのだ。


 〇


 エルフ達が立ち去ってからしばらくした後、漆黒のレオタードを身につけた女が、放置されている心臓の潰れた吸血鬼の死体の元へと舞い降りた。


「へぇ、"血の繋がり"が切れたとおもって来てみたら、なんの役にも立たない非童貞で節操無しの廃棄物(ロスト)化した雑魚(クズ)共相手とはいえ、ミラカの下僕を全部一人でやっつけるくらいには根性のある奴もいるんだな」


 自身をミラカと呼んだ赤髪の吸血鬼は一指し指を口元にあてて小さく舌なめずりする。


「面白いなっ。血が旨そうな童貞だったならグラーキスに内緒でこっそりミラカの新しい下僕にして飼ってやるのも悪くないかもな」


 そう言い残すと、吸血鬼ミラカは闇の中へと消えていた。

童貞かと思った? 身体は非処女でした! 残念! が平気で起こり得てしまう今日のこの頃


ビキニアーマーもいいけどレオタードアーマーもいいよね……

でもボンテージアーマーも捨てがたい……

そもももアーマーとは一体……? ウゴゴゴ……

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