第十話:感度3000倍になったゾンヲリさん
幻覚キノコを食べて正気を失っていたブルメアを気絶させてしまったわけだが、今動ける身体はネクリア様ただ一人だけで、周囲に利用できそうな死体もない。
一応、天使ヨムもいるが、こちらを当てにするのは色々な意味で問題しかないだろう。
(で、どうするよゾンヲリ。言っとくけどお前の剣持ってるの私なんだからなっ、その上で私がブルメアまで担ぐのはごめんだぞ)
気絶中のブルメアはコバルトクレイモアに合成弓、軽装鎧の黒革のレザーアーマーのフル装備しているが……単純にネクリア様の体格ではブルメアを地面に引きずって歩かなければならず、運ぶのは困難を極める。
だからと言って、ブルメアの目が覚めるまで待っていても状況はただ悪くなる一方だ。むしろ、また空腹で変なモノを口にしてしまう予感がしてたまらない。
しかし、それ以上に"気になる存在"も居る。夜狼の嗅覚を失っている今、遠くにいるソレを察知して避ける術を失ってしまっているのだ。なるべく同じ場所に長い時間とどまり続けたくはない。
「仕方ありません。気絶しているブルメアの身体を私が動かしましょう」
(ま、それしかないよな)
そして、【死霊憑依】の死霊術によって、ネクリア様の身体からブルメアの身体に乗り換えて身体を起こそうとした時だった。
「うあっ!」
衣服の擦れた時、全身に痺れるような快感が迸った。
「なんだよ、ゾンヲリ。急に変な声をあげてさ」
「い、いえ……これは……ああっ!?」
な、なんだこれは? 一体どうなっている!? 身体がやたらと火照っている。それに、妙に切ない気分になるのだ。
「ふむふむ、呼吸の乱れ、発汗の増加、頬の紅潮、心拍数の増加が見られるようだね。ようするに、興奮、発情しているのかい? ゾンヲリ君」
「ば、ばかな、あっ♡ああっ♡」
や、ヤバいぞ。 全身の感覚が鋭敏になりすぎて、衣服が擦れる快楽だけで頭を溶かされそうになる。女の子の身体とは、こんなにも気持ちよくなってしまうものなのか?
「……ま、そりゃさっきあのバカエロフが食べたキノコの効果が残ってるから当たり前だよな。しかも短時間で大量に食ってたから下手すれば致死量だぞ、感度とか3000倍になってそうだよな」
「はぁ~っ♡ はぁ~っ♡ か、感度3000倍……? そんなの狂ってしまうに決まってっ♡」
と、とにかく、服を脱がなければ……。 そうして衣服に手をかけようとし……。ダメだ駄目だ。これではブルメアと変わらないではないか。
「あ、ああああっ!?」
こうなったら痛みで正気を……
「おいばかっ、何やろうとしてるゾンヲリ!?」
「ぐ、ぅぅううううっ!?」
無意識に短刀で腹を刺そうとして、寸でのところ思いとどまれた。そうだ、この身体はブルメアのものだ。傷つけるわけにはいかない。
「なぁ、ゾンヲリ。お前さぁ……とりあえず困ったら自分の腹刺そうとするのやめような」
「も、申し訳……あっ♡、ございません。あっ♡」
「謝りながら喘ぐな馬鹿」
「あんっ♡」
ネクリア様にペシっと叩かれて変な声が出てしまった。
「………とりゃっ」
「あんっ♡ ネクリア様!?」
「とりゃ、とりゃ、とりゃ」
ネクリア様に何度もペシペシと叩かれる。一度叩かれるたびに、全身に電撃が迸ったように快楽がめぐり、身体が無意識に跳ねてしまう。
「あっ♡やめっ♡どうして叩くのですか!? おやめください♡ ネクリア様」
「なんかさ、今のお前イジメてると、こう、ゾクゾクしてくるんだよな。なんというかさ、久々に燃えてきたぞっ」
ああ、ヤバい。ネクリア様が小悪魔モードに入ってしまった。口角を吊り上げ、まるでムシケラや家畜を見るような笑みを浮かべて、悶えている私を見下ろしている。
そして……。
「ふふん、なぁゾンヲリぃ、この際お前にメスの悦びをわからせてやろうか」
「……ああっ♡ネクリア様ぁ……♡」
私は、ただただ快楽に翻弄されながら、目じりに涙を浮かべて震えながら、ネクリア様を見上げることしかできない。そう、与えられることを望むだけの哀れなメス豚となり果てて……。
「全く……一体ボクは何を見せられているんだい?【浄化】」
「……治った……?」
先ほどまで火照っていた身体や頭が嘘のように冴えていく。これが、肉体や精神に対するあらゆる状態異常を消し去る【浄化】の奇跡の効果によるものか。
「おい、痴女天使、お前急に何してくれてんの? 今からがいいとこだったろうが!?」
「ボクとしては見ていてもあんまり面白くない見世物だったからね。さぁさぁ先を急ごうじゃないか」
心なしか、ヨムは少しムッとしているように見えた。
「……なら、私がさっきブルメアを気絶させる前にかけてくれてもよかったんじゃないのか?」
「ほら、ボクも興味本位で間違ってキノコを食べて発情してしまったからね。自分を治すために【浄化】した際に偶々キミが巻き込まれてしまった、という形になっただけの話だからね」
「それも天界の規則か?」
「そこは好きに解釈してもらっても構わないよ。ただ、これもトクベツではあるからね。あんまり当てにしてもらってはボクも困ってしまうよ」
天使は誰かのために奇跡を使ってはならない。だから、自分のために使った奇跡で巻き込まれたという形にしないとヨムは誰かのために奇跡を使えない。
そのために、わざわざ"毒物"だと分かりきっているキノコを口にしてまで【浄化】で私を巻き込んでくれたのだ。
「わかった。ただ一言言わせてくれ。感謝するぞ、ヨム」
「うんうん、キミに"勘違い"で感謝されるというのも悪い気はしないものだね」
「そうだぞ~ゾンヲリ、その痴女天使はな~お前が発情するや否や、後からいそいそとキノコ食べ始めてイチャつこうとかいやらしいこと考えてたけどさ、結局お前に見向きすらされずに放置され続けて、火照って疼く身体をひたすら持て余して"すねてた"だけなんだよなっ」
「ネクリアちゃん。また【ソウルコネクト】をボクに使ったのかい!?」
……あのヨムを翻弄するのだから、【ソウルコネクト】……本当に恐ろしい魔法だ。私もアレには翻弄され続けてきたからよくわかる。ぷらいばしーも何もあったものではないのだ。
「当たり前だろ~? 私は痴女天使なんか信用してないからなっ」
そして、また天使と悪魔の醜い争いが始まるかと思われたが、それ以上に重要なことがある。
「あ~……ネクリア様、お話し中のところ申し訳ありません。どうも"何者かが走ってこちらに近づいてきてる"みたいです」
「むむむ?」
先ほど感度3000倍になっていた間に気づいたことだが、何者か"複数"こちらに近づいてきている。と言っても、特に意図が見えない。こちらの方角に偶々がむしゃらに走ってきているように思える。先頭と後続に大分間があることから、恐らく先頭に居る者は"追われている"立場にあるようだ。
そして、後続の者たちは夜狼の身体の時にも感じていた"血の臭い"を漂わせている存在だった。なるベく遭遇するのを避けたかったので今まで回り道をとってきたわけだが……。
「ところでゾンヲリ君、気づいてるかい?」
「ああ、向こうにも気づかれたようだな。随分と鼻がいいらしい。一体こちらに来る」
「言っておくけど、ボクは手出しはしないよ? キミの健闘を見守っていることにするだけさ」
「ああ、お前はそこで黙って成り行きを見守っていればいい」
なお、キノコの力で感度3000倍になったせいで五感も3倍くらいになっていた模様
ドーピングコンソメキノコだぁ……!
と、ようやく10話近く続いた茶番も終わって次回からは少し真面目な話に入ります。はい。




