第九話:好きなキノコはドキドキキノコ!
「うぅ……ひもじぃよぉ……お腹減ったぁ……」
「お~いゾンヲリ君~ボクはもう歩くのに疲れたから抱っこしてくれないかい?」
「おい、うるさいぞ~お前ら。理想的なボディラインの健康な身体作りにはたまにはダイエットも必要だからなっ」
霧に包まれたエルフの森を遭難してからどれだけ時間が経ったのかは定かではないが、女性陣二人は空腹と疲労で満身創痍になっている。一方、ネクリア様は隠し持っていたおやつのチーズを一人食べてたのもあってか割と元気だった。
しかし、"だいえっと"か。ネクリア様は時折面妖な言葉を使うのだが、毎度毎度一々聞き返すわけにもいかないのでなんとなくニュアンスで理解するしかないが故に理解に困ることがある。言葉を分解して意味を推察すると"だいえっと"とは死(die)と食事(eat)を繋げたもの、恐らく枯れる食事、絶食して死に向かうという意味だろうか?
なかなか物騒な言葉に思えるが……本当に健康に必要なのだろうか? 筋肉を作るためにも食べられるなら食べるにこしたことがないと思うのだが、とりあえず聞き流しておこう。
「きゅぅ……非常食は先に触手に食べられちゃうし、やっぱりあの触手を非常食にして連れてくればよかったんじゃないかなぁ……」
ネクリア様の【アニメート】は殺害した魔獣をゾンビにして連れて歩くことで肉を大量に持ち運ぶことが出来る。私が毎晩大量に殺してきた魔獣の肉は人知れずゾンビ化して運んで"謎肉のスープ"にしてきたわけだが、今思えば具材が"ゾンビの肉"なので色々と字面がヤバい。
まぁ、野営地の配給でも好評だったので気にするだけ負けだ。
というのはさておき、ブルメアは空腹のあまり魔獣食に目覚めかけていた。ブルメアに色々と魔獣食を与えてきた私が言うのもあれだが、ブルメアの順応力はどうなっているんだろうな。
「やめろやめろ! あんなもの食ったら絶対腹壊すから、というかエクソサンソンなんか臭すぎてゾンビにして連れて歩きたくないわっ」
「それはボクも同感だね。出来ればもう顔も見たくないね。うぶっ……まだ胸の辺りが気持ち悪いよ」
その割にしっかりと錬金術の素材にもなるエクソサンソンの唾液を瓶詰にして保管しておく辺りめざといというか、ネクリア様は意外と逞しいところがある。
流石は魔族国の下町では多くの童貞達に夢と春を売り歩いていただけあるというべきか。ヨムはと言えば、どうも体調が悪そうだな。エクソサンソンの唾液を直接口の中に注ぎ込まれたのだから仕方ない話か。
無理をさせた挙句またヨムに足を引っ張られてはたまらない
(ネクリア様、粘菌地帯も抜けたようですし、一先ずここで休憩してみてはいかがでしょう?)
「んっ、ちょっと早いと思うがそうするか。おい、おまえら~休憩にするぞ~」
「はぁ~い。うぅ……でもご飯はないんだよね……」
ブルメアはうずくまるようにしてお腹を押さえている。心なしかとがった耳もしょんぼりしていた。
「ふぅ……、歩く、というのも案外疲れるものだね」
「お前さぁ、歩いたことないのか?」
「ほら、ボクにはこの翼があるから、基本的にずっと飛んでいるかその場で休んでいるかだからね。そういうネクリアちゃんは飛べないのかい?」
「う、うるさいな。私は飛ぶなんていう魔力の無駄遣いをしていられるだけの余裕がないの。飛ぼうと思えば飛べるし、多分」
ネクリア様はぴょこぴょことコウモリの翼を動かすが、純粋な筋力だけで飛ぼうと思えばその32倍は早く翼を動かす必要がある。そう、ゴキブリや蜂の羽のように、滅茶苦茶頑張れば飛べる……かもしれない。
(ネクリア様、試しに私が飛んでみましょうか)
ゴキブリで滞空するのに毎秒32回くらい必要だったのだから、ネクリア様が飛ぶとなれば、かなり難しいが滅茶苦茶頑張って毎秒64回くらいの勢いで羽ばたけばイケるか……? いや、身体の構造が飛ぶのに適していないからもっと滅茶苦茶頑張って毎秒200回はいるかもしれな――
「やめろゾンヲリ。お前がやると私の翼がちぎれるから。そうじゃなくてもお前が私の身体使って全力で動くと筋肉痛がヤバいんだからなっ、ていうかサキュバスの翼は飛ぶためにあるもんじゃないしっ」
「ボクも物理的に飛ぼうとするって発想はなかったな。でも、うん、それは面白そうだね。ゾンヲリ君、試しにボクの身体に入って飛んでみる気はないかい?」
「は? なんだ唐突に」
「や~ほら、ブルメアちゃんもゾンヲリ君と一つになったことがあるみたいじゃないかい? だったらボクだけ仲間外れはずるいと思うんだよね」
「そんなのダメに決まってるだろ。他は良くても痴女天使、お前にだけは絶対ゾンヲリは貸さんからな。入れた瞬間天界に飛んでゾンヲリを拉致する気だろ、お前」
「や~ボクってば信用ないねぇ。ま~当たってるんだけどね。ん、おや、これは……魔力のパスが繋がっているね。もしや、ボクの魂を読んでいたのかい? ネクリアちゃん」
「ふんっ。これくらいするのは当たり前だろ。そうじゃなきゃ私がわざわざ表に出てないっての」
もしや、ネクリア様は事前に【ソウルコネクト】による読心をヨムに行っていたのか。ネクリア様が珍しく"自分で歩く"と言い始めたのだから妙だとは思ってはいたのだが……。
「なるほど? ではここまでは大丈夫なんだね。ああ、でもボクが気づいてしまったからには……、ネクリアちゃん、それはもうボクに使わない方がいいと思うね。もしもキミ達が"余計な知識"を得てしまうと大変なことになるからね。これはゾンヲリ君のためにキミに言ってあげてるんだからね」
「ふん、なら痴女天使、お前が"やましいこと"を考えないように気を使えばいいだけだろ? ゾンヲリのためにな。ま、"お漏らし"したらお前もただじゃすまないのくらいは分かってるからなっ」
「やれやれ……ネクリアちゃんはボクに手厳しいねぇ」
「ぶっちゃけ私、お前のこと大っ嫌いっだからな。嫌なら今すぐどっかに消えてくれてもいいんだからなっ」
「ボクはネクリアちゃんのことが大好きだけどね? ほら、浅ましくて短慮で感情的で何も考えてないところとか、とっても愚かで可愛げがあっていいじゃないか。ボクはそんな風に振舞えてしまえるネクリアちゃんのことが本当に羨ましいと思ってるよ」
最近ヨムと付き合って気づいたことだが……。
ヨムの性質の悪いところは、この切れ味の鋭いナイフのような罵声を"賛辞"だと本気で思っている所にあるだろう。彼女にとって愚かであることは"美徳"であり"羨望"の対象でもあるのだから。
どう聞いても嫌味や皮肉にしか聞こえないが、彼女にとっては本気の賛辞なのだ。ああ、非常にばかげている話だが。
「なんだと!? このっ」
「なんか分からないけど二人とも喧嘩はやめよ~よ~」
「うんうん、ブルメアちゃんはかわいいなぁ」
胃……胃が痛い。いや、胃は痛くはないんだが、主に心の中の胃がキリキリと悲鳴を上げている。同行者が増えればこういう軋轢は増えてくるとはいえ、実際に経験するとやっぱり辛いものがある。
そして、ネクリア様とヨム双方いがみ合っている原因が私だというのだから猶更性質が悪い。何なのだこれは、一体どうすればいいのだ……? どうすれば良かったのだろうな……? 私は……。
そんな調子で休憩中は険悪な雰囲気が続くかと思われた矢先だった。
「あっ! 見てみて! キノコだよ」
周囲を見回りしていたブルメアが枯れ木に寄生しているキノコを発見したらしい。
「っておい、もう食べてるし」
ブルメアは両手いっぱいに抱えた得体の知れないキノコを口の中に頬張っている。いや、貪っているというべきか。よっほど腹を空かせていたらしい。
しかし、いくら私でもキノコをいきなり食べるというのはかなり抵抗がある。何故ならキノコは素人が絶対に手を出してはいけない食材の中でも上位に君臨するのだから。
まず、キノコは毒性を持つ種が少なくはない。しかも、神の肉のような致命的な毒を持つキノコだってある。……というより、ちょっと前に"キノコ人間"を見たというのに、得体の知れないキノコを生のまま口の中に入れようと思えるのがすごいが……というのはさておき。
毒持ちとそうじゃないキノコを外見だけで見分けるのはほぼ不可能。迷信の中にはイボがついてるとダメだとか、色が自然なキノコは大丈夫だとか、縦に裂けるキノコは安全だとか、毒があっても塩漬けにして焼けば食えるだとか色々言われてるが、全部間違いだ。私もこの迷信を信じてキノコに手をだし、何度も死ぬ思いをしてきた。
さらに、九分九厘ほぼ同じ見た目でもほんの少し"種"が違うだけで無毒と猛毒、あるいは生育環境の違い一つで同じ種でも毒を保持したりし始める。
よって、厳密に見分けるには一度食べて"確認"し、食べたキノコそのものを厳密に覚えるしかない。
「えへへ~大丈夫(らいじょ~ぶ)らよ~。これね~ドキドキキノコって言っれお祭りとかれ食べりゃれてるひゃつらもん。おいひぃよ」
……なんか、酩酊して呂律が回ってないが大丈夫なのか? というより、ブルメアの目がトロンと蕩けている。明らかにヤバいキノコじゃないのか? これ。
しかし、"お祭り"……? エルフ特有の祭りでキノコを食う風習でもあるのか? いや、今はどうでもいい。重要なことじゃない。
「ね~ネクリアも~ヨムも~~一緒に食べよ~?」
「うん、中々興味深いね。それじゃボクも一つもらおうか――」
ヨムがためらいもなくブルメアから受け取ったキノコを口にしようとしたその手前。
「おいまて痴女天使、お前がそれ食って勝手にアヘるのは勝手だけどさ、その前にそのキノコを【イグ】で焙ってみろ」
「ふむ? まぁそれくらいなら問題ないから構わないよ。【はい】」
そういって天使は【イグ】を発動し、指先の火でキノコを軽く焙ってみせる。すると、徐々にキノコの色が青色に代わっていった。
「青く変色するから幻覚、興奮、酩酊作用のあるタイプだぞ。これ食ったらぜっっったいにダメな奴だろ」
(ネクリア様……毒のあるキノコを見分ける方法があったのですね)
「と~ぜんだろ、錬金術じゃキノコから成分を抽出する、なんてのは基本中の基本、じょ~しきだぞ。ちなみに、キノコが保有している幻覚作用をもたらす成分が"火"に反応しやすいし、一部の猛毒は"銀"とも反応する。これで錬金術に使えるキノコかどうかはある程度見分けられるからな」
そんなネクリア様の解説を後目に、痴女天使ことヨムはもしゃもしゃとキノコを食べていた。
「なんかここ熱いよね~。脱いじゃお~」
なんか急に服を脱ぎだしましたよブルメアさん。
(おっ!? おおっ!?)
衣服を脱ぎ捨てたブルメアは、グルグルとさらしを解いていき……柔らかく包み込むような肉を縛り付ける枷が徐々に解かれて露わに――
「おい、馬鹿やめろドスケベエロフ! おい、この馬鹿をさっさと止めろゾンヲリ!」
「………………はっ。許せ、ブルメア」
「きゅう……」
手刀一発でブルメアを昏倒させた。欲を言えばこのまま黙って成り行きを見届けていたい……という誘惑に危うく囚われかけたのだが、断腸の思いで何とか耐えた。
「ゾンヲリくぅ~ん、どうやらボクもこのキノコのせいで身体が熱くなってエッチな気分に――」
続けざまに背後からどさくさに紛れて抱きしめようとしてきたヨムの頭部目掛け、即座にダインソラウスを抜き打ち、全力で峰打ちを――
「うわわっ、ネクリアちゃんの身体でそれをやられたらボクが死んじゃうからダメでしょ! ゾンヲリ君」
「転移を使って避ける程度の冷静さを残しておいて何を言うのか。あまりふざけた真似をするならこちらも相応の用意があるぞ。ヨム」
「キミ達……ほんとボクにだけはアタリが辛いよね。身体が火照ってるのは本当なんだよ?」
「ならさっさと【浄化】でもして毒素を抜いてしまえ。気絶者が二人に増えたらここから身動きが取れなくなるだろうが」
飢えた結果ただの同士討ちで戦闘不能者が出すという有様である。夜狼ボディを失い、ブルメアさんが気絶したせいでついに索敵能力がゼロになって……?
なお、現代でも精霊信仰の根強い少数民族の中には巫女やシャーマンが幻覚キノコを食べて……とか、お祭りで村全員で神秘体験をしながら大乱〇するとかあったらしい。ごま塩程度に覚えておいて欲しいのさ。




