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第六話:霧、時々くさい息の後に一時触手プレイになるでしょう


「はぁ……」

「お腹減ったよぉ。臭いよぉ……」

「……」


 エルフの森で遭難してから一体どれくらい時間が経ったのだろうか。もはや、私以外は皆口を開き何か言葉を発すれば空腹を訴えるという状態に成り果てていた。


 腹部を抑えながらよろよろと歩くブルメア、持ち込んだおやつのチーズも全部食べ尽くして私の背中の上で黄昏ているネクリア様。ネクリア様に絡む気も失せたのか、無言のままひたすら地面を歩き続けている天使(ヨム)


 一旦探索を諦めて撤退するかどうかの判断を下せる分水嶺(ぶんすいれい)は既に過ぎている。私達はただひたすらに、食糧の見当たらない腐った森の中を前に進み続けるしかないのだ。


「ねぇ、ねぇ、アレってもしかして食べ物じゃない!? 木の実かな? 野菜かな?」


 目の良いブルメアが暗闇の先に何かを見つけたらしく、急に駆け込みだした。だが、駆け込んで行った先から漂ってくる臭いを夜狼の嗅覚で感じ取れたのは――


「ウォウ!(待て、ブルメア。いきなり走るな! そっちは不味い!)」


 不味い、この夜狼の身体では言葉がつかえない。先走るブルメアを言葉では制止できない。


「ンッ、こら、ゾンヲリ、急に走ると背骨が強く当たるじゃないかっ」


 冷静に考えれば分かる話だ。このヘドロのような凄まじい異臭の漂う場所にまともな食い物などあるわけがない。


 周囲の木々ですら皆枯れ腐っているし、粘々する得体の知れない粘菌状の粘液が地面を覆っている。その上で育っている木の実……?


 ……ああ、経験上、これらの状況下に置かれてる時点で非常に嫌な予感しかしない。


「ほらほら~見て見て~これきっと木の実だよ~」


 そう言ってブルメアは、人間の頭より大きな木の実、甜瓜メロンのようにも見える物体の隣で元気いっぱいに手を振っていた。


 ああ、確かにそれは"実"だった。陽を忌む落とし子(エクソサンソン)と呼ばれる、主に暗所に好んで生息する食人触手生物の卵……とでも言うべき代物だが。


「ウォウ!」


「え……!?うわっ、なにこれっ」


 実だったモノを内側から食い破り、二の腕程ある太い触手がしゅるしゅると無数に伸びて始める。そして、近くにいるブルメアの肢体に絡みつこうとしていた。


「うわ、これもしかしてエクソサンソンか? キモッ、臭ッ」


 ネクリア様が気持ち悪いといった通り。頭部から胴部にかけての全身が緑色の触手で無数に覆われている達磨(ダルマ)状のグロテスクな生物が、卵を突き破って姿を現し始めた。


 胴部よりも頭部の方が巨大で、顔にあたる部位には巨大な口と触手以外なく、酷い臭いのする粘液を口から垂らして地面を粘菌で汚染し続けている。


 ああ、最悪の敵だ。あらゆる意味で。


「わっ、とっ」


 咄嗟に触手を噛み千切ろうと思ったが、その前にブルメアが短刀を使って触手を自力で切り裂いてエクソサンソンの幼体から逃れてみせたのだ。


 あの程度の不意打ち如きで捕まるような軟な鍛え方をしていない。

ああ、だが。遅かった。


「ミャーーーー!!!!!」


 傷ついたエクソサンソンの幼体は、その体面積のおよそ半分にもなるくらい巨大な口をあけて(いなな)いたのだ。


「ミーーーーー」「ミーーーー」「ミーーーー」「ミーーーーー」


 そして、その嘶きに呼応するように次々と産声を上げ始めるエクソサンソンの幼体達。周囲にあった大量のエクソサンソンの実が一斉に()化し始めたのだ。


「え、え、えぇ……? ひぃ……。ゲホッ、なに……これ、臭いぃ!……臭いぃよぉ……」


 大量に蠢く触手達が、口元からこの世のありとあらゆる汚物を煮詰めたような、まさにこの世の終わりのような醜悪な臭いのする(よだれ)を垂れ流しながら舌なめずりしている。


 ああ、ヤバい。この身体は嗅覚が鋭ど過ぎるせいでもうすでに頭がグラグラ揺れている……猛烈な吐き気が抑えきれない。これがいるなら嗅覚を頼りにしている魔獣達が逃げるのも当然か。


 こいつらの"臭い"によって鼻を犯され淘汰されてしまうのだから。


「なぁ、ゾンヲリ。これもしかしなくてもヤバイんじゃないか? こいつら、あのエクソサンソンだよな? めっちゃくちゃ"臭い息"を吐くことで有名な」


 そう、エクソサンソンは一部の界隈では非常に有名。いや、悪名高い。そして、エクソサンソンを象徴とする一番最悪な攻撃方法が、あらゆる汚物をも超越した臭いがすると言われる"臭い息"だ。


 あれを一度でも生でまともに嗅いだことのある人間のうち、百人中百人が心臓を抉られた方が遥かにマシだと答えるだろう。それくらい酷い臭いがするのだ。アレは。


 その恐ろしさを具体的に挙げるなら、まずはその息に触れると目や皮膚が焼けるように痛くなる。目の場合は最悪失明する事もある。次に、あのガスは純粋な劇毒物だ。一度吸ってしまったら最後、常人なら悶絶し5分ともたずに死亡することもあり得る程度の致死性を秘めている。さらに、仮に劇毒に抵抗できる強い抗体を持っていても神経性の麻痺で動けなくなるのだ。挙句の果てには、幻覚、魅了、発狂といった精神に甚大な異常をきたし、人によっては全身の穴という穴から血が噴き出しながら石化したとの報告まであるくらいだ。


 かくいう私も、初めてアレを生で直接嗅いだ時は暫くの間記憶が飛んでいた。どう戦っていたのかが全く思い出せない。


「ウゥ……ウォウ! ガルルァ……(ええ、不味いですよこれは。幼体は一体一体は大したことありませんが、すぐにこの場を離脱しないと……)」


 幸い、エクソサンソンの個別の戦闘力自体は大した事はない。動きも非常に鈍い。"近寄り"さえしなければ基本的に脅威にはなりえない。


 だが、万が一にでも触手に触れると刺胞から強烈な麻痺毒を注入され、一切の身動きが取れなくなる。斬撃や射突による攻撃はある程度有効ではあるが、奴らの口元から飛び散る唾液や返り血の体液もくさい息と変わらないくらいの劇物だ。


 高い生命力を有しているので触手の一つや二つ引き千切ったくらいでは絶命しないどころか、千切れた触手から再生して分裂までし始めるのだから、完全に倒すとなると非常に"手間"を取る。


 そして、奴らは"群れ"を作ると非常に統率のとれた動きをする。 得物を見つけると徹底的に"狩れそうな相手"に狙いを集中させ、逃げられないように四方を囲んだ後に、一斉に触手か"臭い息"で攻撃を仕掛ける傾向がある。


 ようするに、一気にまとめて焼き払える手段がない状態で相手するとロクなことにならない。なにより、私もこいつらだけは相手をしたくない。


「いくら流石の私だって触手産卵プレイからの苗床エンドは嫌だぞっ。嫌だからなっ! 早く何とかしろぉ! ゾンヲリぃ」


「ウォーーーーン! ウォウッ、ウゥッ(あれらとは絶対に戦ってはいけません。とにかく逃げます。ネクリア様、ブルメア達にも指示を!)


「んっ、じゃあ私達は逃げるから、ブルメアも早くついてこいよ」


「え、ちょっと待ってよ~ネクリア~」


 そして、エクソサンソンにはもう一つ悪名高い噂がある。それは、臭い息で無力化した生物を苗床にして"生殖"するらしいのだ。


 よく聞く噂だと、あの酷い臭いのする大きな口の中に丸のみにして生きたまま卵に変えてしまうだとか、臭い息に含まれている粘菌がヒトをエクソサンソンに変えてしまうだとか。ヒトからエクソサンソンに成り果ててしまった場合、自我が残っていれば言葉を喋る個体もいるのだとか。


 つまるところ、奴らに捕まると"死ぬより恐ろしい目に遭う"のだそうだ。


「や~……こんな下等な生物如きに狼狽えるだなんて、ボクの知るいつものゾンヲリ君らしくないよね――」


 ヨムはエクソサンソンの幼体群を指差してはヘラヘラと余裕を見せていたが、背後から近づいてくる存在にまでは気が回っていないようだ。


 ムワッ……と漂う病害汚染の息(テイントブレス)。それが這い寄っているとは知らずに。


「んっ!? んーーーーー!?んぎゃーーーー目がーーーー目が痛いーーーーー!? へ、えっ? いだっ!」


 テイントブレスで目を焼かれた事で悶絶しているヨム。だが、それはまだ序の口でしかなく、突如数本の太い触手が勢いよくヨムに絡みついてくる。


 ああ、アレはもうダメだ。ああなってはもう、助からない。


 そう、来てしまったのだ。成体のエクソサンソンが。幼生の大きさが5歳児の子どもくらいだとすれば、成体は口だけでも大人は軽く丸のみにできる程の大きさだ。触手の数も大小含めると数百どころの数ではない。


 と、ヤバイ、足を止めるとこっちも死ぬ。私もテイントブレスの余波だけで嗅覚が完全にイカれた。大分離れていても臭さだけで鼻が焼け爛れるような痛みに見舞われるのだから、あんなモノ直接嗅いではたまったもんじゃない。


 人間として完全に終わりかねん。


「ゲホッ、ゴホッ、ゴホッ、ンゲっ、げえええええええ。ウブッ、ゲホッ、ゲホッ、身体、動かな、奇跡、使えな……だ、だすげ。ゾン、おげぇ、ゴホッ、ゴホッ」


 普段の余裕ぶっている態度をしているヨムだが、一転してあまりにも無様で凄惨で痛ましすぎる悶絶っぷりだった。


 そして、身動きもとれないまま、ヨムは成体エクソサンソンの触手に四肢をからめとられて宙づりにされてしまう。顔は涙と鼻水でグチャグチャで、失禁して出来た水たまりには幼体共が群がってる。


 そしてもう一度。


「ハァァァァ~~~~~~~~~……」


 と臭い息を直接吐きかけられ、唾液の飛沫が顔面にかけられていた。


 ヨムを見ているこっちが心臓を鷲掴みされて潰された気分になる、それくらい地獄めいた光景だ。


「ぐぇえええええええ、ゲホッ、ゴボッ、げぇええええ。らめ、でぇ、ゴボッげぇええええええ」


 ヨムはもはや潰れたカエルのような悲鳴をあげることしか出来なくなっていた。だが、あの状態でもまだ生きてるだけ、流石は天使としか言いようがない。


 だが、そんなヨムに追い打ちをかけるがごとく、口の中に粘液のついた汚い触手をねじ込んでいく。


「「う……うわぁ……」」「ウォ……(うわぁ……)」


 その悲惨すぎる光景を目の当たりにした者たちは、思わずそう言葉をもらした。


「どうしよう。あのままだとヨム、食べられちゃうよ」


「流石にちょっと可哀そうだよな……。アレ……」


 ネクリア様ですらヨムに同情する有様だった。


 実際可哀そうではある。あるのだが……。ヨムの惨状は7割くらいは傍観者気取りでいたことによる己の慢心が招いた自業自得の結果でしかない。しかないが……。あんな天使でも今死なれたら非常に困る。


 ヨムが事故死したせいで代役の天使がここに派遣されでもしたらどうだ? ああ、最悪だ。生きていても死んでいても殺しても面倒事を運んでくれるのだから、たまったものではない。


「……ウォウ、ウゥゥ……ウォウ……(ネクリア様、どうやらエクソサンソン達はヨム一人に集中しているようです。なのでもう、私から降りて逃げても大丈夫でしょう。気は進みませんが……ええ、非常に気が進みませんが、一応ブルメアの援護があれば彼女(ヨム)はまだ助けられます)」


「ん、ブルメア。痴女天使を助けてやるからゾンヲリを弓で援護してやってくれ」


「うん、任せてねっ」


(フリュネル。【エアスクリーン】を頼む)


「うん、分かった~。え~い!」


 ……作戦は単純だ。


 ヨムに絡みついている触手にブルメアが矢を撃ちこみ、拘束から解放した瞬間を見計らって私がヨムを回収して逃げるだけ。風の膜である【エアスクリーン】で臭い息を退ければ"ある程度"は軽減できるだろう。


 まぁ、運が良ければ致命傷くらいで済むといったところか。


 ああ、やりたくないな……。本当にやりたくないな……。何が何でもやりたくないな……。多少臭うくらいならむしろ好きなくらいなのだが。


 臭い息だけは嫌なんだ。


 こう、気合だとか根性だとか、精神論で耐えるとかそういう次元の話ではないのだ……アレは。もはや臭い息という概念そのもの。神代の法則、決して抗えない何かだ。


 天使という絶対強者であるはずだったヨムが、臭い息の前では口から血の混じった泡を吹いて白目むき、ビクビクと陸に上げられた魚のように痙攣し続け、その身をエクソサンソンの苗床として捧げるくらいしか出来ない状況に陥ってるくらいにどうしようもないのだ。


 だが、まぁ……ええいままよ。なるようになれ。


「ウォオオオオオオッ―――」


 ――――……


(……あ……?)


 一体何が起こったのか全く覚えていない。ああ、まただ。記憶がトんでいる。気が付けば私はネクリア様の身体の中にいて、周囲には黒焦げに成り果てているエクソサンソンの群れがあった。


「気づいたか? ゾンヲリ」


(え、ええ……。一体何が……?)


「まぁ、本人から聞いた方が良いだろうな、おい。おもらし痴女天使。うっ、くさっ」


 およそ50歩程離れた場所で膝を抱えてしょんぼりと不貞腐れている痴女天使ことヨムがいた。


「や~そ~いう誤解を招くような発言はやめて欲しいなネクリアちゃん。ボク自身は臭くないよ? ああ全く臭くないさ。これはその、あの醜い下等生物の体液とかが羽とか衣服にべっとりついちゃって臭いが残ってるだけで、ボク自身の体臭とは全くの無関係なわけで」


「それを臭いって言うんだよ!」


 ブルメアも顔には出していないが、ヨムから距離をとっている。


「ゾンヲリ君、ボクは臭くないよ! 臭くないよね? 我が身を犠牲にしてボクを助けてくれたキミなら、ボクの事を受け入れてくれるよね?」


 いつにもましてヨムは感情的だった。まぁ……天使にあるまじき醜態を晒し、乙女の尊厳も悪臭で汚されてる状態では流石にクルものがあるのだろう。


 その点は同情する。だがな。


「やめろ、それ以上近寄るな。思わず切り刻みたくなるくらい酷い臭いがする」


 第一、ネクリア様にまで悪臭が伝染(うつ)るだろうが。


「ゾンヲリく~ん。それはひどいよ~~~」

 戦闘含めると長くなってしまったので2話に分割することにしました。


 唐突ですが、某国民的ゾンビ虐殺アクションゲームでショットガンやグレネードランチャーを拾った時、プレイヤーであるあなたはどう感じるだろうか。まぁ、これで楽になるぜ! と興奮するのが大抵のプレイヤーだと思う。


 しかしながら、開発者目線の場合、ゾンビよりハンターとかリッカーのような強敵をたくさん配置したいな……グヘヘ(ニチャア……ああ、でもゲームバランス調整のために、仕方ないからショットガンここにおいたろ……となるわけです。はい。つまり、強敵が現れる前触れでしかないわけですね。はい。


 つまり、何が言いたいのかといえば、回復魔法(ヨムちゃん)という手段を手に入れたのならば、じゃあこれからはもっと遠慮なくボコボコにしてもいいよね!? というニチャついたサクーシャがいたりいなかったりするらしい。


 なお、何故ヨムちゃんがモ〇ボ〇……じゃなくてエクソサンソンさんのテイントブレスに対処できなかったのかといえば、ヨムちゃん本人の気配察知能力自体は割と低いせい。(隠密能力の高さにふんぞり返って一方的に観察することに慣れきってるせい)


 加えて、不意打ち暗闇状態で視界を奪われたので空間転移先を目視できず、触手による麻痺攻撃で身動きができない状態になってしまっている。(なお、今回のケースだと仮に最初から姿隠しててもテイントブレスによる面制圧攻撃に直撃して触手プレイルート直行である)


 などと、慢心してると割とあっさり死にます。


 ちなみに、ヨムちゃんの身体能力は高いけどあくまでそれは1対1で相対していて"相手を最初から目視できている"からなのであって。ブルメアさんに視界外から脳天をスナイプされるとあっさり死にます。


 つまり何が言いたいのかといえば、強いはずなのに程よくポンコツでゾンヲリさん以外で攻撃を食らっても大丈夫な奴といえば……ヨムちゃんに白羽の矢がたったらしい。 そういうお話なのさ……。

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