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第五話:腐森

 


 早朝、予定していた通りに深い霧に覆われた大森林の中へと踏み入る事にした。


 まず、真っ先に抱いた感想が、"暗い"ということだ。空を見上げても霧と葉に遮られ、太陽の光は地上に届かない。目を凝らしても一寸先は闇ばかり、星明かりすらも届かない洞窟の中を歩くようなものだ。


 ランタンの灯りやネクリア様の【太陽術(ブライトネス)】の明かりのおかげで最低限の視界は確保しているが……。

 

「えっと~……確かこっちだったかな……あれ? こっちだったかも」


 案内役をかって出たエルフが早速不安しか感じない台詞を言ってるが、一応最低限帰れるようにするために通りがかった木々に目印を付けてきた。


 はずだった。


 私がしてきたそんな小手先の遭難予防策(わるあがき)も早速打ち砕かれる事になるのだ。ふと、音がしたので背後を振り返った時だった。目印を付けておいたはずの木がノシノシと歩き回っていたのだ。当然だが、目印が全く機能しなくなってしまった。


 ……長年、エルフ以外を拒み続けてきた迷いの森なだけある。


 だが、私達にはブルメアというエルフがいる。もう既にダメそうな予感しかしないが、それでもエルフにだけ分かるという正しい道標を知っているブルメアならば……。



「な~ブルメア。お前本当に道分かってるのか?」


 ついに堪えきれなくなったのか、ネクリア様が火の玉ストレート(ファイアーボール)をぶん投げ始めた。


「え~~~っと~~~……えへっ」


 それを可愛い仕草で誤魔化そうとするブルメア。ああ、もうダメかなこれは。


「だって、風が全然吹いて無いんだもん! 知らない道ばかりだし!」


 まぁ、つまり何というか、早速遭難したわけだ。私達は。 


 相変わらず一寸先は闇ばかり、時間の感覚も既に分からない。先ほどからグーグーとブルメアの腹の虫が鳴いている事から昼はもう過ぎてるだろう。


 幸か不幸か、魔獣には襲われてはいないし、嗅覚では獣の類は近くに居ないのも確認済みだ。逆に言えば、肉を得る手段が無いのでこのまま遭難し続けていたら草か木の皮か霞でも食って生きるしかなくなるわけだが。


「はぁ~~~~~~~~……」


 ネクリア様は諦めたように大きなため息をつき、ヨムは相変わらずの無表情のまま成り行きを見守っている。


「うわ~んどうしよ~~~~迷っちゃったよ~~~」


「ついにぶっちゃけやがったよ! この駄エロフ」


 このままでは埒が明かない。


(フリュネル、居るか?)


(ん~?)


 風精、いわば風の化身そのものとも言えるフリュネルならば打開策を示せる可能性がある。例えば、木々と霧の天井を超える高さまで飛んでもらい、空から私達の移動先を監視してもらうという手はどうだろうか。


(森の木より高い空まで飛ぶ事は出来るか?)


(ん~とね、飛べないの。飛べないんだよ!)


(何故飛べないんだ?)


(何か魔霧が変なの。ご主人様の外に出てると力抜けちゃうの。抜けちゃうんだよ!)


(なにっ? いや、わかった。とりあえず他に何かあったら教えてくれ)


(うん!)


 森に"風が吹いていない"ことにも関係しているのか?


 例えば、水の中では火属性の魔法は上手く発動できないように、この場所の地相(モード)が風属性以外の"何か"になってしまっているということか?


 ふと、ヨムの方を見ると、地面を"歩いて"いた。ことある事に空中に浮遊していたヨムが、座ってる時以外は地に足を付けている時間が殆どないヨムが地面を歩いていたのだ。


「ウゥ…(ネクリア様)」


「どうしたゾンヲリ?」


「ウォゥ……グルル、ウォウ、ウウッ(森に漂っている魔霧、何かおかしいな点があったりしないでしょうか? 例えば魔術発動が阻害されやすいだとか)」


「ん? ああ、それな? どうもこの魔霧、儀式魔術の類で周辺の"風の魔素"を人為的に"冥属性"に変換する結界モドキになってるっぽいんだよなっ。ま、こんな回りくどいことをわざわざするくらいなんだから、よっほど"陽の光が嫌い"な奴でもいるんじゃないか?」


 以前、ネクリア様は無色の魔素をマナプールに変換する結界を作る際に言っていた。多数の属性の魔素をまとめて変換するとロスが生じるので特定の属性だけに絞って変換をした方が効率が良い、と。


 故に、風属性の魔素だけに絞って冥属性に変換する結界を組める程度の魔術的知識と力量を持った存在が居るかもしれないということか。


「へぇ、それはどうりで"飛び難い"わけだよね。ボクは歩くなんて無駄に疲れる行為をあまりやらないものだから、もうヘトヘトに疲れてしまって困ってるよ。だからゾンヲリ君に跨る役を代わって貰えないかい? ネクリアちゃん」


「は? なんで私がお前の言う事聞いてやらなきゃいけないんだ? 痴女天使はその辺で朽ち果ててろよ」


「ボクの扱い酷くないかい!? ゾンヲリく~ん、ネクリアちゃんがイジメるよ~」


 一々私の目の前に何度も回り込んできては無表情のまま鬱陶しい泣き真似をし続けているくらいには元気が無駄に有り余っているヨムの事はどうでもいいから一先ず放っておくことにした。


 本当に疲れてる者というのは、言葉を発する気力すら奪われてるのだから。


「グルルァ、ウォウ、グル……(それよりネクリア様、"枯れ木"がちらほらありますね。それにこの臭いは……あまり長く嗅いでいると不味いかもしれません)」


 ネクリア様はおもむろに枯れ木の樹皮を剥いでは鼻を近づけると、すんすんと匂いを嗅いでいた。


「ん。この臭い、"木腐れ病"だな」


 よく見ると枯れ木の幹や太枝には大量の黒斑や出来物が浮かんでおり、その周囲には得体の知れないキノコやカビの類が生え、"胞子"を周囲にばら撒いている。


 そして、森の奥深くに進む程、その傾向が濃くなっていく。


「そんな……森が腐り始めてるよ……」


 森の中だというのに、地面の草がことごとく枯れている。そして、まだ新緑の季節で葉が落ちるような時期ではないというのに、枯れた落ち葉が地面を覆い尽くしているのだ。


 内部から腐り自身の重みに負けた事で裂け割れた太枝が道を潰し、蒸発せずに残り続けた事で濁り淀んだ水溜まりがヘドロのような異臭を放っている。


 それを形容するならば、ブルメアが言った通り、"森自体が腐っている"としか言いようがない。


「ま、陽の光がなければ植物って生きていけないもんだからなっ。湿気も溜まってるから木に寄生して腐らせる菌が繁殖しやすい環境になってるし、腐った木を苗床に繁殖した雑菌が他の木に伝染していくのも当然だよな」


「ウゥ……グルゥ、ウォウ、ウゥ……(もしや、この魔霧が原因なのでしょうか?)」


「十中八九そういうこと。大規模な儀式魔法ってのはこんな感じで土地の魔素バランスを大きく崩してしまうわけ。その結果、生き物がロクに住めなくなるくらい環境が狂ってしまったりするのもザラなの。全く、ド素人がハンパな知識とその場の思い付きで結界魔術に手を出すからこうなるっていういい見本だよな」


「ねぇ、ネクリア。これ放っておいたらどうなっちゃうの?」


「森全部が腐森になるんじゃないか? 多分、術式の性質からして風の魔素が減ってくる森の外までは広がり難いだろうけどさ。あくまで広がり難いだけだから何もしなきゃ際限なく広がり続けると思うぞ。大体2、3年も経てば鉱山都市周辺くらいまでは広がっちゃうかもな」


「どうにか出来ないのかな?」


「いやさ、これもう大分手遅れだろ。仮に今すぐ結界を反転させて魔素の地相を冥から風に戻したとしても、既に生まれてしまった生態系や菌に侵されて死んで苗床にされた木々までは元に戻せないからなっ。木を腐らせるキノコや菌類がここまで繁殖しちゃったら森を丸ごと焼き払うなりしないと止めるのは無理だぞ。まぁ、一応何とかする方法も無いわけでもないけどさ、まずはこの森に住んでるエルフ連中に話通さなきゃやれないし」


 ……エルフの森再生計画などと間違いなく私達にやれる領分をとっくに通り越してる。それでももしも私にやれることがあるのだとすれば、精々いずれ私達の"害"になるかもしれない馬鹿げた連中を根滅してやるところまでだろう。


 もっとも、それ自体も今はとらぬ何とかの皮算用という奴だ。


「なぁ、それよりもっと重要な話があるだろ? 私はいい加減お腹が減って来たぞ」


 森が得体の知れない病魔に侵されていては、木の皮や草を毟って食べて飢えを凌ぐという方法すらも怪しくなってしまっている。それが、今の私達を取り巻く現状というのを忘れてはならない。


 ほら、またブルメアとネクリア様の腹の虫が鳴いている。


「うう……お腹減ったよぉ……」


「グルゥア……ウォウ、ウウッ――(ネクリア様、ここは、私の身体を食べ――)」


 亡霊部隊の間でも好評な夜狼肉のスープの具材にもなれる。それがこの身体の優れた点だ。多少腐ってはいるが、肉は腐りかけが一番美味しいも……。


「おいやめろ馬鹿! 嫌だからなっ、私は絶対ゾンビーヌ肉なんか食わないんだからなっ」


「え~? 私は好きだけどなぁ~?」


 ネクリア様は食事の好き嫌いが多かった。


「や~キミ達は本当にせわしないよねぇ」

予定とは大体予定通りにいかないもの

約束とは破るためにあるもの


瞬間移動と空中浮遊と透明化からのUAVとかいう非戦闘員にしてはあまりにも強すぎる能力を持ってるフリュネルちゃんがあまりにも強すぎるせいで、何かと理由をつけて封印されてしまう今日のこの頃である。せめてアホの子にして戦闘能力ゼロにしておかないと本当に強すぎるから困った奴である

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