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第二話:ボウガンを量産計画が頓挫したらしい


 エルフの住む森へと旅立つにしても先立つものが必要だった。治安維持活動は亡霊部隊へ、野営地での治療活動はシスターアンジェにそれぞれ引継ぎ、補給もかねて一旦獣人国ビースキンへ戻ることにした。


「ん~~~~っビースキンに戻ってくるまで体感では2年くらい過ぎた気がするなっ」


 ネクリア様はと言えば、懐かしのビースキンの大通りのど真ん中で背伸びをしていた。


「う~ん、本当になんだかす~~っごく懐かしい気がする」


 その気持ちは分からないでもない。しかし……。


(ネクリア様……魔族国を出た日から数えてもまだ一月と1週程過ぎた程度ですよ)


 最も長い夏の昼も過ぎ、気温も上がりきってしまえば後は下がるだけ。とはいえ、収穫の季節まではまだまだ先の話だ。


「いや、分かってるからな。ただ言ってみただけだぞ」


 見渡す限り立ち並んでいる岩に穴をあけて作られたような建築物に懐かしさを芽生えたが、よくよく考えれば鉱山都市ミンヒルズの周辺で過ごした時間の方が長くなりつつある。


「で、まずはどこに行く? ふふん、ベルクトからコバルい~~っぱい貰ったからなっ。何でも好きな物を食べられるぞっ」


(ネクリア様……それは軍資金ですよ)


 主な用途は投資資金だ。というより、信用手形として5万コバルの書状を受け取っているだけで、手持ちにある現金は500コバルと言った所だ。もっとも、それでも万年金欠で自給自足か誰かにたかってばかりという半分乞食のような生活をしている私達の金銭感覚では有り余る大金ではあるのだが。


 まぁ、数万コバル相当の信用手形なんか普通の店に持ち込んでも両替などしてくれないし、現金に崩すことも出来ない。だから然るべき場所に然るべき使い方をするしかないわけだが。


「ぐっ……分かってるぞゾンヲリ。だけど頑張った私にもちょっとくらいご褒美が必要だろ? なっ。ブルメアもそう思うだろ?」


 ネクリア様は久しぶりにゴルゴンチーズを食べたいのだろうと言う事だけは分かった。何と言っても鉱山都市ではまず手に入らないからな。


「う~ん……私は別に捕った魔獣のお肉でいいけどな~」


 一方でブルメアはすっかり肉食系エルフになってしまっていた。


「おい、痴女天使、お前はどうなんだ?」


「や~天使であるボクはキミ達のように食事をとるという行為とは無縁だからね。ああ、でも宿屋の個室でゾンヲリ君と二人っきりという話なら歓迎するよ」


「お前に聞いた私が馬鹿だったよ。とりあえず死ね」


 ネクリア様がファイティングスタイルをとるとシュッシュと小気味よくジャブを放ったが、当の下着丸出しの痴女天使(ヨム)は転移で避けた後に、ネクリア様を見下すように挑発的に手の平をひらひらと振ってみせる。


 何か会話を始める度に天使と悪魔はこの通り、互いに醜い争いを繰り広げ始める。もっとも、特に害がなさそうなので最近はもう放っておくことにした。触れると面倒臭いだけだ。


 それに、ヨムはネクリア様をからかって退屈しのぎに遊んでいるだけなのだろう。


(ネクリア様、何をするにせよ先に所用を済ませておきましょう。信用手形などさっさと手放してしまわないと、また何かの拍子に無くしてしまいますよ)


 安心と信頼のネクリア様のことだ。突然物乞いのスリに体当たりされては有り金全部ひったくられる……などと言う事は私が居る間は決してさせないが、万が一が無いとも言い切れない。


「む、仕方ないな。じゃあ鍛冶屋にいくか。後は任せたぞゾンヲリ」


「はっ」


 そして、"馴染み"の鍛冶屋に行くと、親方が工房の方から顔を出してきた。個人的な付き合いとしてはネクリア様より私の方が長いし話も通しやすいので、鍛冶屋の前では私が"表"に出ることにしたのだ。


「久しいな。親方」


「なんだ、淫魔の嬢ちゃんか。まぁ、アンタ程の剣士なら"よほどの事が無い限り"心配する必要もねぇンだろうが、無事死に損なってるようで何よりだよ。まっ、武器を手入れした者としちゃ客に死なれちゃ商売あがったりなンでな」


 まぁ、その余程の事は割とあったような気もするし、そのうち2度は死んでいた。と言うのは野暮だろうな。


「コレの手入れをまた頼む」


 そう言ってダインソラウスをカウンターの上に乗せる。


「……はぁ~~~~~~~~。嬢ちゃん。アンタほんと鍛冶師泣かせだよ。何だよこれ、一体どういう使い方すりゃあ張り付けたコバルトが全部禿げちまうンだ?」


 あからさまに呆れたように大きな溜息をして見せる鍛冶屋の親方。


「人間数百と魔獣を千と数百程度、天使を一人切ったくらいだな」


 もっとも、それらよりも飛竜狩りの剣技を受け続けた事が要因ではあるのだが。


「冗談じゃ、ねぇンだろうなぁ……はぁ……」


「や~ちなみに切られた天使はボクだよ~。お腹をバサ―――ってやられちゃったのさ」


 ヨムは自分を指差し首をかしげるような仕草で存在感を出そうとしてみせる。


「出会う度に何かまた"増えてる"な、嬢ちゃん」


 そう言えば、ブルメアも、だったか。


「不本意ながらな。ああ、天使(コレ)の事は無視しておいて構わない」


「ああ、そうさせてもらうよ。で、それ以外の案件は何があるンだ?」


「鹵獲したものだが、コレと同じ機構の武器をこの手形の代金で足りる分可能な限り量産してベルクトの軍に納入して欲しい」


「こりゃあ……ニンゲン連中が使っている機械弓。ボウガンって奴か? ふむ」


 親方は机上に置かれたボウガンを手に取ると、引き金や弦を引く機構について調べていく。


「構造自体は単純だから近いモノを作れンこともねぇが。しかしなぁ、木材も金属も山ほど使うような贅沢な武器を大量生産、ねぇ。ちょっと前の獣人国(ウチ)からじゃまるで考えられんな。しかし嬢ちゃんよぉ、本当に鉱山都市を取返しちまったンだな」


「ああ。そうなるな。何時まで続くかは分からないが」


「なるほど、じゃあ責任重大というわけか。おかげで暫くは食い扶持と退屈にゃあこまらなさそうなンだが。嬢ちゃん、この武器を量産するには一つ二つ問題があるンだ」


「何があるんだ?」


「基礎になる質の良い木材が足りねぇンだよ。それ以外の細かい材料だと魔獣の"角"や皮も大量に必要になる。ま、幸い粘着剤のにかわに使う分の皮は誰だかさんのおかげで供給過多なンだが、"角"がとにかく足りてねぇンだ。数個作る分には困らねぇンだが、大量生産となると今ある木材と角の在庫からじゃ賄いきれん」


 角、か。角を持つ種の魔獣となると案外少ない。まぁ、単純に"角"という部位は戦闘や逃走において大した武器にならない点が大きい。そして、角を持つような魔獣とはその殆どが"草食性"か魔術発動の触媒器官として利用するような"厄介な個体"であり、これまで出会った魔獣で言えば精々ゴルゴンくらいだ。


 しかも、この付近には生息していない。


 牛や家畜で代用するという手もあるが、獣人国には"牛"が居ない。となると野良鹿に近い種の魔獣を探して狩るしかないだろう。


 と、なるとそれらの生息に適した"森林"に踏み込むしかないわけだが……。


「具体的にどれくらいが要る?」


「量産するボウガンの数だけ角が要るンだが、素材はいつまでに用意できるンだ? ちなみに、試作と検証もしなければならねぇンだからすぐに数を用意するのは無理だぞ。具体的な納期はどうなってンだ?」


 つまり、単純に計算して数百のボウガンを作るとなると数百の角を持った魔獣を狩る必要がある。


 獣人国周辺は夜狼やパンサー種の肉食魔獣が幅をきかせているのだから、草食性の魔獣の生息に適していない。第一、草食性の魔獣というのは臆病で気配察知に長けているのでそもそも人前に現れない。


 となると近くを闇雲に探しても徒労に終わる可能性が高いだろう。


「……仮に、即日に素材の問題が解消されたとして、来年の春までに500丁は厳しいか?」


「無理だな。検証が済んで実際にモノを量産するって段階になったとしても今の設備とヒトの数じゃ俺ンとこでも5日かけて一丁作るのが手一杯だろうよ、まぁ他所のビースキンの工房全部動かしても5日かけて5丁ってとこだろうな」


 つまり、大隊規模(およそ500人分)のボウガンを用意するだけですら1年と半年かかり、兵の戦術指導訓練を行って実戦配備するとなるとおよそ2年はかけないと軍として機能しない。


 これではあまりにも悠長すぎる。


「……むぅ、これは……」


「"昔"はもっと俺ンとこ以外の鍛冶屋もあったンだがなぁ、鉱石がねぇンじゃ仕方ないわな。ま~そもそもアレだ。量産ってのはそれだけ難しいンだ。例えば俺らのような鍛冶師って生き物は注文された通りに"至高の武器"を一本打つために日々切磋琢磨してるわけでな、細かい手間暇を何重にもかけ何回も折り返して丁寧に一品を仕上げる事こそを信条にしてるわけよ。だが、嬢ちゃんの言うように"誰にでも使える物を安く早く大量に作って配る"って発想はそれと真逆のなンだわな。どこかで手を抜かなきゃ絶対に回らねぇ」


 何故鍛冶師が受注生産(オーダーメイド)という形態で仕事を請け負うのかと言えば、装備は使う人間に合わせて作られるものだからだ。


 例えばネクリア様が着ている服をブルメアが着た瞬間ボタンが弾け飛んだあげく胸部の布地がダルダルになってしまうように。小が大を兼ねることはできないし、大が小を兼ねる事も出来ない。


 だから、高品質な装備を作り置きしても在庫が溜まるだけで全く"売れない"。当然高品質なら製造コストもかさんで相応の値札をつけるわけだが、そうなると購入できる者も限られてしまい、需要も少なくなる。


 そして、獣人には"魔導機関"を使った金属精錬技術がない。板金一枚、留め具となるネジを一つハンマーで打って作るとなると相応に時間がかかる。よって、単純に"効率と思想"が違うのだ。


「つまり、ボウガンの量産は不可能なのか?」


「不可能とは言ってはいねぇンだが、今のままじゃあ嬢ちゃんの要望通りは厳しいな。ま、素材が手に入り次第作りはするが、それでもいいか?」


「ああ、それでも頼むよ」


 私が獣人にボウガンを与えようとした理由、それは弱者が弱者のまま一騎当千の英雄を圧殺する術がどうしても必要だったからだ。そして、その思想の参考元となったのが。


 ヴォイオディア帝国の帝王ライオネス。魔導帝国を魔導帝国と言わしめるべく尽力した傑物(バケモノ)だ。


 彼のもたらした魔導革命により既存の戦術と環境は一新され、個人の英雄的な強さこそが全てだった"戦士"の戦いの時代は黄昏を迎えんとし、沢山の"兵士達"が沢山の魔導兵器を使って単純な数の暴力で圧倒する戦いの時代が訪れようとしている。


 それを上手く取り入れれば、個の強さでは弱者の獣人も数という面では人間と対等の戦力になれる。そうすれば、武力が抑止力となって安易に攻め込まれなくもなり、結果的にネクリア様の安全が保障できる。そう思っていた。


 だが、それを成しえたのはあくまで雷帝ライオネスという傑物(バケモノ)だったからという単純な点を見落としてしまっていた。


 現実はこうだ、何もかもが足りない。それでも……どうにかするしかないのだ。足りないなら足りないなりに、足掻き続けるしかないのだから。


「しかし嬢ちゃん。俺が言うのナンだが、嬢ちゃんならこのボウガンの調達先から集めた方が手っ取り早いんじゃないか?」


「確かに私ならば出来なくもない、だが、それではいけないんだ」


 まず、私がやったように単純に力づくで奪って調達するというのは論外だ。それは私という武力に依存した調達方法でしかなく、私が居なくなれば瓦解する程度の脆弱性だらけの愚論でしかない。


 では、亜人に兵器を横流しする奇特な人間の協力者を探すという手はどうだ? だが、それでは"人間に依存"してしまう。生殺与奪の権利を委ねる暴挙と言っても過言ではない。


 例えば、ある日"人間の都合"で急に取り上げられたらどうだ? 言う事を聞くしかなくなるだろう。つまり、奴隷に逆戻りだ。独立を勝ち取るためだった武力が自身の首輪になるのでは全くお話にならない。


 第一、差別されている亜人に見返り無くニコニコと笑顔を浮かべて協力してくれる人間などと胡散臭いにも程があるだろう。まず裏に一物を抱えているので信用に値しないし、仮に最初は善意でも利益や恐怖をちらつかせれば呆気なく裏切りもする。"私もそう"であるように。


 だから、獣人が自らの力と意思で、ボウガンのような"兵器"を調達できなくてはならない。その為には、効率が悪かろうが、原始的であろうが、一歩ずつ前に進み技術を高めるしかない。


「はいはい……分かったよ。それと、嬢ちゃん、コレ(ボウガン)はバラしてもいいのか?」


「必要ならば構わない。ソレはその為に持ってきたものだ。手形の資金も鍛冶仕事や人を新しく雇うのに必要な範疇でなら自由に使ってくれ」


「それはありがたい事で、なら早速仕事に取り掛かるンだが、要件は終わりか?」


「ああそれと、訓練に使う大剣を5本、予備のコバルトクレイモアを購入しておきたい。500コバルで足りるか?」


「あ~もう金はイラン、嬢ちゃんはもう好きに工房にあるモン持ってけ」


「恩にきるよ」


 そういうと親方はボウガンを持って工房の奥へと消えてしまった。そして、すぐに怒鳴り声が聞こえてきた。恐らく弟子と共に早速仕事にとりかかっているのだろうな。


 棚には前に私が借りてボロボロにしてしまった鏡銀製(コバルト)の大剣が立て掛けられている。見る限り若干刀身が細くなっているがピカピカに光沢を放っている。


 布切れ越しに刃に触れてみると以前より切れ味の鋭さを増している辺り、その仕事ぶりに抜かりはない。


「ブルメア、これを」


 物珍しげにヨムと一緒に工房の中をキョロキョロと見物して回っていたブルメアにコバルトクレイモアを手渡す。


「あ、ゾンヲリ。これってもしかして私が最初に使ってたの?」


「そうだ、今の貴女なら木の枝を振るうような感覚で使えるはずだ」


 コバルトクレイモアの重量は体感ダインソラウスの10分の1以下だ。まぁ、人が使う物なのだから、極力軽量化しながら切れ味が鋭い物こそが武器として優れていると言っていい。


 反面折れやすいので、こういった武器を扱うには相応の技量がなくてはすぐにダメにしてしまう。極端な例を言えばダインソラウスと同じ使い方をすれば即座に折れてしまう。


「ほんとだ、何か前よりす~~~っごく軽く感じるね~」


 ……奴隷として扱われ弱ってた最初の頃はともかく、今のブルメアなら夜狼の頭骨くらいなら素手で握りつぶせる握力くらいはあるのだから、軽く感じるのは当然だろう。


「ウズウズしてても振るのは訓練場か人が居ない所でな」


「えへへ、夜の訓練が楽しみだな~」


 ブルメアは大剣を大事そうに抱きかかえているが、鞘にも納めてない武器をそんな持ち方したらあぶなかっしい。


「所でゾンヲリ君」


「なんだ」


「ボクにも何かないのかい?」


 首をかしげながら手を差し出してくる天使(ヨム)


「なら腹部鎧(フォールズ)でも着ろ。いい加減その下着を隠したらどうだ?」


「や~……金属鎧はダメなんだよねボク。ほら、飛べなくなっちゃうから。というか、下界のヒトが作ってる防具の類はね~全般的にボクと相性悪いんだよね」


「なら何で手を差し出したんだ……」


「ほら、キミの気持ち欲しくてね? 可愛い所あるでしょ~? ボク」


「……」


(おい、ブルメアにだけずるいぞ。私にも何かよこせ)


 ネクリア様まで対抗心を燃やしてムクムクしだす始末。


 何だか頭が痛くなってきた。いや、別にネクリア様の身体なので痛みは特に感じてはいないのだが、気持ちの問題的な意味でだ。


 戦士の直感が告げている。こういう場合、どのような行動をとったとしても問題しか起こらない。


「ネクリア様、では、お後はよろしくお願いします」


 つまり、三十六計逃げるに如かず、ネクリア様に身体の制御権を返して知らぬ存ぜぬで押し通せ。


「あ、おい。ゾンヲリ! こんな大剣5本も私が持って歩けってのか! おい! クソ、逃げたな」

機械で工業化しているのと鍛冶仕事で一から作るのでは効率が段違いなのさ……

刀とか一本作るのに6日かけたりするらしいしな!

そのくせ5人も切ったら血と脂で切れなくなるし折れやすいという……コストパフォーマンスの悪い武器である。


結局一つの武器で1000人殺すならとにかく硬くて長い鈍器や丸太で殴るのが手っ取り早い……

という雑な思想から生まれるのがダインソラウスという武器であったりなかったりするのさ……。

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