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第一話:霧が出て来たな……


 ネクリア様と共に、野営地にある獣人軍司令部へ向かい竜王ベルクトと話をする事が出来た。


「よっ、元気そうだなっ」


「忙しいのに急に押しかけてすまないな、ベルクト殿」


「おお、これはゾンヲリ殿にネクリア嬢。獣人国を救って下さった英雄たるお二方でしたらいつでも歓迎しますよ」


「鉱山都市への移住に関して首尾はどうなっている?」


「課題はまだ沢山残っていますね。鉱山都市の中に移住するにも土地に空きがありませんし、差別は早々なくなるものではありませんから」


 鉱山都市は外壁に囲まれた都市だ。その構造上、既に都市内は建物同士が隙間なくギチギチに敷き詰められているような状態になっている。それでも限られた土地を使うというならば、建物の階層を縦に増やすくらいしか開拓の余地がない。


 よって、元獣人奴隷区のようなスラムを除けば、既に人が住むための土地は限界まで活用しており、新しく獣人を住まわせる事が出来ない。


 かつて鉱山都市に入植した人間がやったように、元々住んでる人々を追い出しでもしない限り。


「ただ、野営地に滞在している人間達から受ける差別に関しては大分薄らいでいる印象があります。恐らくですがネクリア嬢の行っている慈善活動のおかげでしょう」


 ネクリア様が野営地で行ってきたのは、錬金術を活用した負傷者や病症者に対する献身的な医療行為と物資配給と衛生指導だ。ほぼ無償同然で行われてきたこともあってか、野営地でネクリア様と関わった人間の多くは概ね獣人やネクリア様に対して好意的だ。


「ふふん、まっ、私の大人(オトナ)魅力(ミリョク)にかかればこんなもんだなっ」


 と、謙虚な胸を張りだすネクリア様だが、子持ちの中年男性達から生暖かく微笑ましい視線で陰から見守られているというのが真相だ。


 彼ら曰く「あんな小さな子が」だとか、「なんだか危なっかしくて気になる」だとか、至極真っ当な意見を言っている。


 本来魔族は出会って即殺処分が基本とも言える人間社会の中で、ネクリア様がこうも溶け込めてしまったのはやはり"見た目"の幼さやそのあまりの人畜無害っぷりが大きいのだろうな。


 容姿端麗な天使の腹でも躊躇(ためら)いなく裂ける私も、流石にネクリア様と同じ背丈の子供に剣を振り下ろせと命令されたら多少は躊躇(ちゅうちょ)する。ロリコンとはそういう生き物だ。


「流石はネクリア様です」


 実の所、度の過ぎた"不穏な動き"をしようとする者にはひっそりと病死者の中身入りをしてもらっている。特に、最近は"知らない部外者"が野営地に入り込み何かを探ろうとしている姿が目立つようになってきた。それで少し後ろから訪ねてやると"有無を言わずに自分で舌を噛みきろうとする"程度には覚悟も決めてるときた。


 教会での一件以来それが顕著になった。やはり、少し目立ちすぎたのかもしれないな。鉱山都市の周囲にはもうあまり長居は出来ないだろう。


 ただ、この件は私が内密に処理しただけでネクリア様には伝えていない。闇に触れすぎるとどうしても闇に引きずられてしまうように、この手の輩が"複数近くに潜伏して居る"と認知するだけで疑心と警戒を生んでしまうのだから。


 だから疑心暗鬼に陥るのは私だけでいい。ネクリア様は無計画に自然体のまま振舞ってこそ人々を魅了するのだから。


「だけど、何故かあいつら性的な目で私を見ないんだよな……」


「こほん」


 ベルクトが咳払いして話を誤魔化した。ネクリア様の"コレ"に付き合うと結構時間がかかってしまうので程々にしておかないと。


「あ~……そうだベルクト殿。エルフとの同盟の件は今どうなっている?」


 ベルクトの表情から察するに、結果がよくないのは分かった。


「使者をエルフ達の住んでいる森に送ったのですが、どうも何か様子がおかしいようなのです」


「おかしいとは?」


「森の雰囲気ががらりと変わってしまっているようで、昼なのに"夜"のように暗く、得体の知れない"霧"に包まれてしまっているのだとか。普段境界の見張りをしているエルフ達がおらず、結局案内も無しに森に入るのは危険と判断して戻って来たのですよ」


 霧が自然発生するためには幾つか気候条件がある。例えば、周囲を山で囲まれている"風通しの悪い"場所といった風に。


 尤も、森とは基本的には立ち並ぶ木々によって風や日の光が遮られるので風通しが悪い地形でもある。一見ベルクトはそこまでおかしい事は言っていない。


 だが、例外もある。


「確か、エルフの森は常に風が吹いてるのではなかったのか? 多少雨が降った所で森全てが包まれる規模の霧が発生するとは思えないが……」


 その森にだけ適用される超自然現象。それが、エルフの森の中には常に風が吹くということだ。


「ええ、そうですね。エルフ達は風の流れで迷いの森の正しい道を判断するそうですから。ですが、使者の報告によると風が()いでいたそうなのですよ。それと、どうも霧が"森の外"まで徐々に広がってきているとも」


 無尽蔵に広がり続ける霧、か。恐らく、自然発生したものではないのだろう。


「ネクリア様、これはもしや?」


「うむ、アビスゲート案件かもしれないし調べてみたいな」


「しかし、エルフの森の木々は"生きてます"から、現地のエルフの案内も無しに迂闊に踏み入ると遭難してしまうかもしれませんよ」


「生きている? 木々が歩き回るとでもいうのか?」


「ええ、踏み入る度に地形が変わってしまうのですよ。方向感覚を狂わせるように道も歪曲してますから、地図を作った所で意味がないのです。長らくエルフ達が人間から侵略を受けることなく独立を保てた理由でもありますね」


 天然の迷路である森の中で、エルフ達だけが理解できる道標が"風"というわけか。


「故に、現地(エルフ)の協力者無しで森の入るのは危険か」


「ゾンヲリ殿、この際エルフであるブルメア嬢に案内を頼んでみるというのはどうでしょう?」


「……どうだろうな」


「どうかしましたか? ゾンヲリ殿」


 確かにブルメアに頼むのも一つの手ではある。


 だが、風が"凪いでいる"状態で案内が機能するのかと言えば疑問が浮かぶ。境界に居るはずのエルフの見張りが居ないというのは、つまり何らかの異常事態に陥っているということだ。場合によっては撤退も視野に入れるなら、身はなるべく軽い方がいい。


 そして、もう一つ、ブルメアは追放されている身であるということだ。エルフの森では純血ではないエルフに対する差別が横行しているのは、これまでにブルメアとしてきた会話からでも十分に察せられる。


 ブルメアを連れていくことでエルフ達との関係を悪化させるかもしれないし、そうでなくてもブルメアに対し何らかの害意を向けるかもしれない。


 なのに、傷つけてくるかもしれない連中の元への案内を頼むというのは酷だろう。せめて、一般的なエルフ達がどういう態度で純血ではないエルフに接して居るのかを確認しないままブルメアを連れていく、というのは出来ることなら避けておきたい。


「とりあえず一度森を下見しておきたいところだな。何かを考えるのはそこからでも遅くは――」


「やっと見つけた~狩りが終わったよ~」


 天幕の中に不躾に入り込んできたのはブルメアだった。ブルメア抜きで話をしたかったので、とりあえず炊き出しに使う肉が欲しいとか適当な理由を付けて狩りに向かわせておいたのだが……。


 まさか半日足らずで戻ってくるとは、あまり優秀なのも困りものだ。


「あれ? なになに? ゾンヲリ達ってばまた何か難しい話していたの?」


「あ~……」


 しかし困った。この状況になるのは想定外だ。


「丁度良かった。今エルフの森にどうやって行こうかという話をしていまして、エルフであるブルメア嬢に道案内してもらう事が出来ないでしょうか?」


 ブルメアは純血ではないために森から追放されてしまった身であることをベルクトは知らない。内情を知らないが故に、ブルメアの傷口に火かき棒を突っ込むような頼み事を悪気も無く言ってしまうのは仕方がない話だ。


「えっ……」


 ブルメアの表情に浮かんだのは明らかな困惑。そして、すぐに明るい表情に切り替えて見せる。


「う、うん! いいよ~任せてよ。も~そ~いう事なら最初から私に言ってくれればいいのに~」


 ブルメアならそうやって無理を言うのは分かりきっていたから言わなかったのだが。ここで半端に気遣いを入れても意味がない。余計面倒臭い意地を張りだすに決まっている。


 結局、それで話を切り上げて帰路についている最中。


「ね、ゾンヲリ」


「なんだ? やっぱり案内を止めたいという話ならいつでも受け付けるぞ」


「また私を置いていこうとしたでしょ」


 ブルメアは咎めるように翠玉色の瞳で目を覗き込んで来る。それで毎度の如く距離感が近いのだから困る。


「どうしても連れて行かなければいけない理由もなかったからな」


 適当に視線を外し前へと進もうとすると、ブルメアは前に回り込んで来るのだ。


「ほら、やっぱりいじわるだよね」


「おい、私の目の前でいちゃつくの禁止だぞ! コラッ」


「そういうネクリアちゃんは無粋だよねぇ。ボクのように黙って見ていられないのかい?」


という事でエルフの森編に入ったかもしれないし、もう少し幕間的な話をやるかもしれない。

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