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第六十九話:亜人共栄防衛圏


 これまではネクリア様が一人で調合して配布してきた黒死病の特効薬は、シスターアンジェや鉱山都市の教会から協力を全面的に得られるようになったことで効率が劇的に改善されていった。


 今まで銀貨15枚で売られていたポーション類が今や銅貨15枚で教会で販売されるようになり、売れ残ったポーション類は時折シスターアンジェが野営地に持ってきては病人や怪我人達に配布していく姿が見られるようになった。


「おお、アンジェちゃんが来たぞ!」


「うっへっへ、早くこっちきてくれよ~美人シスター」


「はい、どうぞ。あ、もう、またお尻触って……だめですよ? ね?」


 ……まぁ、とっくに怪我も病気も治ってるのにシスターへのせくはら目当てで居残ってるような連中もいるが。シスターも口で言う程嫌そうではない。むしろ、思うがままに奉仕できることに喜びを感じているようだ。


 元々があまりにも人が良すぎて損しやすい性格なのだろうな。



 獣人国内で逼迫している食糧事情に関しても、冒険者等に仕事を依頼し近場の魔獣の肉や果実等を相応の値段で買い取る体制を築いた。


 冒険者達に払う依頼報酬は一先ず鉱山から採掘した鏡銀(コバルト)鉱石やコバルト製の武具や食器などで支払う形でベルクト達が何とか市長ゲートルドと交渉しているそうだが、今の所は悪い話は聞いていない。


 魔導帝国内では丁度"銀の需要"が上がっている事もあってか、獣人国内で採掘、備蓄しているコバルトが今の所かなり高値で取引されているのも追い風になっているようだ。


 よって、商人達が銀を求め、備蓄食糧と等価交換という形で何とか今年の冬は乗り切れそうという見方だ。


「ネクリア様。一先ずは一段落したという所でしょうか。結構大事になりかけて大変な場面もありましたが……」


 病死した人間の身体を借り、ネクリア様が寝泊まりしている野営地のテントの中で今後について話し合うことにした。


「うむ、大分疲れたぞ……。ようやく怪我人や病人の面倒を見る仕事から解放されると思うと済々するよ。ゾンヲリ、"胸が重くて"肩がこったから肩を揉め」


 ネクリア様のコウモリの翼がしょんぼりしている。

 

 私が教会と色々やり合ってる裏で、ネクリア様と言えば一人でずっと病人や怪我人の相手をしてきているのだから疲れて当然だろう。


 何故かいかにも特定部位の重量が疲労の原因であるかのように振舞っているが……背中の翼の方が遥かに重くないのだろうか……などと思考を巡らせるだけ無駄だ。特に意味などないのだ。


「はっ、お疲れ様です。ネクリア様」


「ん~そこそこ、ゾンヲリ、もうちょっと前前」

 

 などと、肩を揉んでるとネクリア様はもぞもぞと動いて露骨に胸の側を触らそうとしてくるが、一先ず知らないフリをして黙って肩を揉んでおく。


 途中舌打ちが聞こえてきたが聞こえないフリをしておこう。


「それより、この辺りはいかがですか?」


 鎖骨のコリコリとする箇所を適度な力加減で揉み解す。


「んっ!? ゾンヲリ、お前意外と上手いな? ナマイキだぞっ」


 戦士なのだから自分の肩や腕や太ももの筋肉を按摩(マッサージ)して揉み解すなんてことは割とよくやる。無理ばかりしていても体にガタが来て故障するのが早まるだけだ。


 だからこそ、一仕事終えた時は疲れた筋肉はしっかり伸ばしておき、翌日の戦いを見据えて疲労を溜めず肉体の回復を早める努力も必要になる。


 これを覚えたのは大分昔、時をさかのぼれば"奴隷剣闘士時代"や"貴族に飼われた奴隷"として奉仕活動をしていた時の話になるのだが……。あまり、いい思い出ではないな。


「これでも一応、按摩(あんま)の心得はあります。昔はよく仲間内でやったものですし、亡霊部隊の者達にも訓練終わりにやってやると喜ぶんですよ」


 ただ、背中ばかりは自分自身では揉み解せない。そういう時には仲間同士で背中のツボを押し合うというのも乙なものだ。


 ……尤も、絵面的に非常にむさ苦しいから嫌がる者も少なくはないのだが、亡霊部隊からは妙に好評だった。流石にブルメアは"受ける側"になって体に触れられるのは露骨に嫌がっていたので、厚意で施術を希望されても拒否はしておいたが。


「へっ……へぇ……? まっ、私を満足させるにはまだぜんっぜんっ足りないけどなっ」


「分かりました。では……」


 ちなみに、私くらいになればこうして筋肉に触れた時の反応やコリを確かめるだけで胃腸の調子、いつ頃お花を摘みに行ったか、まぁ……人には中々言えないような身体の状態まで割と分かってしまう。


 人は言葉より身体の方が大分素直なのだ。何せ嘘がつけないし、強がりも一発でバレる。


 その上で言うならば、ネクリア様は疲れてると言ってるが実は別にそれ程疲れていない。つまり按摩(マッサージ)をする必要性は皆無にも等しい。どちらかと言えば"欲求不満気味"……というのが正しいだろう。


 故に用意した今回の茶番が、胸が重くて肩がこる……というわけだ。


 だが、ネクリア様はそれは隠そうとしているのか、実の所気持ちよくなってしまいそうな所はあまり揉まれたがっておらず、身体を微妙にモゾモゾとずらしてツボを外そうとしてくる。


「っ……。っ……! ぃぅっ……っ!」


 ……何というか、ネクリア様には気持ちよくなってしまったら負けみたいな考えがあるのだろうか。とにかく必死に声を抑えようとして身体に力が入りまくっている。そして、鎖骨に意識を集中させてツボ押しから逃れようとするがあまりに逆にドツボにハマっているのだ。


 とはいえ、これではあまりにも不毛すぎる……。だから私もワザと適度にツボを外すようにして揉みほごすフリをすることにした。


「ふ、ふん。ろ、60点くらいはあげてやるぞ。その調子で精進するんだぞっ」


 按摩を一通り終えた後にネクリア様は震えた声でそのように点数を付けたのだが、大分甘めに点数を付けてくれていたように思える。


「はっ、ありがとうございます。ネクリア様」


 次回はもっとご満足いただけるように……などと言葉は付け加えない。


 ……多分、ネクリア様にもサキュバスとしてのプライドがあるのだろうし、サキュバスという種族の生理上仕方のないこととはいえ、中々難儀な話だ。


 早い所忠誠心に厚いネクリア様専属精液奴隷(スペルマン)の勧誘が急がれる。


「一先ずこれでようやく獣人国に戻れそうですね」


「あ~もう戦いとか戦争はも~こりごりだよな~。始めるのは簡単でも終わらせるのにどれだけ手間がかかるんだよってのっ」


「ええ、ごもっともですね」


 戦いなど、無いなら無いに越したことはない。戦士が何もすることなく暇を持て余しているというのは、それはそれで色々な問題が生じるわけだが……今は死霊としての力を身に着ける修練に時間を当てればいいだけだ。


「しかし、こうして晴れて自由になれたわけですが、今後私達としてはどう動きましょうか?」


「ん~……。今の所何とかしたい問題ってお前の余命をどうするかなんだよな~」


「ネクリア様が作って下さったマナプールがあるので暫くは大丈夫ではないですか?」


 幸い、ネクリア様が作ってくれたマナプールの魔法陣のおかげで、"教会の魔霧が完全に尽きる"までの間は私も急いで周囲の魔獣を殺しまわる必要もない。


「いや、ぜんっぜん。足りない。あんなのじゃもって半年だぞっ。ゾンヲリ、お前は私がよぼよぼのおばーちゃんになって天寿を全うするまで働いてもらうんだからなっ」


「ネクリア様……それは今生きている生物全てを尽く滅ぼしても足りなさそうですよ……」


 我ながら燃費の悪さに泣きたくなるものだ。


「ん……まぁ、最悪"奥の手"はあるぞ。その前にお前がちゃんと死霊術を熟達すればそのドラゴン並のクソ燃費だって大分改善されるはずだからなっ。だけどそうだな~……、少しだけ開きかけてるアビスゲートでも探すか~」


「ネクリア様……また随分と突拍子も……いや、まさか」


 確か、地下霊廟の周辺にはアビスゲートから漏れ出る死色の魔霧が漂っていた。


「うむ、一応私の使命でもあるし? アビスゲートから漏れ出る魔霧は無尽蔵だからなっ。上手く使えばお前の力に出来るぞ。だから前回完全に閉じちゃったのはちょっと勿体なかったな」


 つまり、開きかけているアビスゲートを完全に制圧すれば、私の寿命を実質無限大にまで引き延ばすことも出来なくはない。


 だが、前回がそうだったように"深淵の尖兵(ディープワン)"やそれに連なる者達と対峙する危険性もある。


「へぇ……面白い話をしているね、キミ達」


 ヨムが姿を現した。相変わらず下半身が下着のままの恰好だが。


 天使が装備する位なのだから相当高位の防具で、人前に姿を現すわけにもいかないので採寸もままならずオーダーメイドで衣服を作ってもらうわけにもいかず、一切替えが効かないと言われても一応は納得は出来る。


 特にネクリア様のように尻尾や翼があると、"人間向けの衣服"や防具を着る事も出来ないので調達面の問題も重々理解はしている。基本透明で誰にも姿を見られないのだから気にしなくていいという理屈も理解はできる。


 だからと言って、ずっと下半身が下着のままはどうなんだ? 尻尾がついてないのだから下半身防具は人間用でも全く問題ないのに、上半身の神聖な天使服を台無しにするコーディネートのズボンやスカートを着用するのがそんなに嫌なのだろうか?


 それとも、単に魔力伝導効率最優先主義の露出狂なだけか? 常に"浮く"のだから裸と遜色ないくらい優秀な魔法防具でなければ浮遊や転移時の魔力消耗も大きくなるだろう。それを嫌ってか?


 やめよう……不毛だ。こんな思考。


「急に混ざって来るなよ痴女天使」


「まぁまぁ、ほら、イリスに仕える天使としてもね? 次なる"神"が現れるかもしれない深淵に繋がる門を放置しておくわけにはいかないからね」


 死食の日、深淵の門よりイリスという神が現れたように、次の死食の日には次の神が現れる。今の時代の支配を目論んでいる神ならばこれ看過するわけがないのは当然だろう。


 ならば、イリスの天使も深淵の門を全て押さえておき、万全の体制で次の神との対峙に望もうとしてもおかしくはない。


「そうか」


 潜ませた短刀を握りしめる。


「あ~まったまった! 睨まないでよ~ゾンヲリ君。ボク個人としてはキミ達をどうこうしたいとは思っていないよ。ほら、別にアレを開きたいわけじゃないんでしょ~?」


「ま~な。ちょこっと利用してから閉じるだけだぞ」


「うんうん、ならボクもキミ達と利害は一致しているというわけさ~」


 ヨムはチラっと私の方に目を泳がせて来る。


「どうだろうな?」


「や~……信用ないなぁ。ボクはこれでも嘘はつかないことに定評があるんだよ? だって清き正しき天使だからねっ」


 そんな事を言いながら、ヨムは胡散臭い微笑を浮かべている。


「真実も言わないだろう。お前は」


「エルリリアちゃ~~ん、ゾンヲリ君がイジメるよ~」


「煩い離れろ痴女天使。あと真名で呼ぶな」


「ぐすん……。ボクだって好きで天使やってるわけじゃないのにさぁ……。わかったよ~もう何も言わないよ~。ぐすん……」


 ヨムは一指し指同士をツンツンしたり押し上げ合っては、思わせぶりな目配せで何度もこちらをチラチラと見てくる。


 本当に……鬱陶しいな……コレ。もう放っておこう。


「え~話を戻しましょうか。アビスゲートを探すのはいいのですが、当てはあるのでしょうか? ネクリア様」


「ん~……ない」


「ネクリア様……」


 つまり、当てもなく砂漠のど真ん中に"あるかもしれない"蜃気楼の街を探すようなものだ。間違いなく企画倒れだろう……これは。


「けど、一つは多分魔導帝国のどこかにある。まっ、オルヌルって奴に聞くのが手っ取り早そうだなっ! もう一つは、イリス神権国のどこかにあると思う」


「根拠はあるのでしょうか?」


「"神が現れる"場所にはアビスゲートもあるはずだからなっ。ってくらいの理屈だぞ。 オルヌルが見つけたゲートは多分人間の始祖……"鬼の神"が現れる時に使ったゲートだ」


 ……オルヌルと呼ばれた帝国貴族がアビスゲートと接触しているとすれば、帝国内の重要施設の中にある可能性が高く、警護も相応に厚いだろう。


「ヨム、イリス神権国にもゲートがあるなら場所はどこか知ってるか?」


「や~……その件についてはボクからは黙秘させてもらうよ」


 ヨムは知らない。ではなく、黙秘と答えた。つまり、知っている上で"教えるわけにはいかない"と言ってるわけだ。十中八九、イリス神権国のゲートに近づけば"天使達"との敵対は避けられないと見ていいだろう。


 そして……。


「……ネクリア様。つまり、"龍の神"が現れる時に使われたゲートもあるわけですね」


「ま、そうなるな。ま~問題はどれも"今の私達"が探すにはひじょ~~~に大変な場所にあるってことだけどな」


「"人間の支配圏内"は魔族であるネクリア様が動き回るにはあまりにも危険すぎますね。龍の神……竜族の住まうルドラ地方も強力なワイバーンやドレイクが住んでます。一体で街を滅ぼすような存在が大量に跋扈する土地に我々の戦闘能力で向かうというのは、はっきり言って自殺しに行くようなものです」


 最低でも飛竜狩りくらい強くなければそこに住んでる最弱の魔獣一匹にすら殺されるだろう。だからこそ飛竜狩りは飛竜狩りと呼ばれるのだ。


 そういう理由もあってルドラ地方は全く開拓されていない。というより、開拓は不可能だ。


「ん、だからその辺はぶっちゃけ論外。それ以外を探す」


「……ネクリア様。では、地下霊廟のアビスゲートは何なのですか?」


「ん、多分"獣人"のだと思う。霊廟の石棺の中には獣人の骨もあったし」


「つまり、かつては獣人にも神が居た……と?」


「うむ、何千年前かは知らないけど多分居るはず」


 ……獣人にも神が居る。


 いや、いた。今でも"信仰"されている。恐らく、土の大精霊タイタスがそれだ。一般的に多くの獣人の毛並みは土気色をしているように、土属性のモードと非常に親和性の高い身体的特徴があるのだ。


 ならば。


「エルフ……エルフの神が使ったゲート、というのは?」

 

 エルフであるブルメアの髪や瞳の色は、風属性のモードと親和性の高い美しい翠玉色をしている。飛竜狩りの従者をしていたイサラと呼ばれた女性も例にもれずその特徴を備えていたし、"風の魔法"を使っている。


 風精フリュネルの特徴も言ってしまえば小さな子供エルフに竜の部位を付けたようなものだ。


「ほぉ……それは確かにありえそうだな~。しかも、結構近いな」

 

 そう、近いのだ。


 獣人国とエルフ達の住まう土地はそれ程遠くない。何故なら、ブルメアが森から追放されて一人で鉱山都市まで歩いてこれる程度の距離なのだから。


「……確か、"亜人共栄防衛圏"を築くという話で、獣人国はエルフ達へ同盟を要請する便りを送っていたはずですね」


 亜人共栄防衛圏。


 簡単に言ってしまえば、亜人同士で同盟を組み、人間による支配に抵抗しようという試みだ。この勢力圏内でならネクリア様のような魔族も動きやすいし、人と出会って即切りかかられるなんてこともなくなるだろう。


「近いうちにベルクト殿に首尾を聞いてみましょうか」


「うむ、それがよさそうだなっ」


 ……何より、美形揃いのエルフならばイケメンも多いだろう。きっとネクリア様好みの精液奴隷(スペルマン)候補が一人くらい見つかるかもしれない。


 

訓練された整体師は身体に触るだけで割とプライベートな情報が筒抜けになるらしいぞ? 具体的に言うとエッチした時間まで分かるらしい。 誰かがそう言っていた……。ふりかけ程度に覚えておいて欲しいのさ……。


 しかしヨムちゃんのパンツ一丁問題どうするべきか……。ゾンヲリさんがアーマーブレイクしてしまったせいで割とシャレになってない事態に陥ってる。というのも、天使装備の性能が高いのはガチであるし、気軽に補給も代用もできるような代物じゃないのだ。


 本来、ゾンヲリさんが短刀で切りかかっても破けすらしない程度の防御性能自体ある……が、失礼剣で予めダインソラウスの置かれた場所にヨムちゃんが転移してしまったせいで(※壁の中にいる理論※)強度負けして破れてしまっているのだ。


 ハルバ君の愛剣も割と修繕費が洒落になってないしね……。


 普通のバトル漫画なら前ページでズタボロになって血まで流してても次のページになったら戦闘中に衣服ごと治ってたりするの当たり前なんですけどね!

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