第六十六話:エルフの耳かき
※KENZENです。多分
メアとの戦いの一件以来、気を失っていたブルメアが目覚めたとシスターアンジェから報告受け、教会一階の司祭の私室へと向かった。
部屋に入ってすぐにベッドに目をやると、それまで看病してくれていたシスターアンジェと目が合い、会釈した後にその場を空けてくれたのだ。
「あ、ゾンヲリ、ネク……ネーア、おはよ~」
ブルメアは私を一目見るや否や、なんとも間の抜けた挨拶をしてくれたものだ。地下であれだけ恐ろしいことをしようとしたであろう司祭の恰好をしているというのにな。
額には濡らした手ぬぐいが乗っていて、頬は紅潮していて汗が伝っている。一目見ても明らかに調子は良くなさそうに見えた。
「ブルメアさん、どうも軽い熱があるようなのです。【浄化】の奇跡を施そうにも、今この部屋に何も知らないシスター達を招き入れるわけにもいかなくて……」
「ま、ならちょっと私が見てみるよ。ほら、さっさと服をたくし上げろ」
「え、ちょっ!?」
そう言うと、ネクリア様は半ば強制的にブルメアを触診し始めた。勿論私はすぐに後ろは向いた。見てはいない。
女が三人揃えば姦しいというくらい黄色い声が響くのだから元気なんだろう。
「結論を言うと、ただの風邪だなっ。食べて寝てれば治る、終了!」
「え、えぇ……? なんか身体が節々痛いし具合も悪いんだけどナー……?」
「ぶっちゃけお前なんかより粗悪な魔薬で薬漬けにされて独房に閉じ込められてた奴とか、今までお前の看病してくれてたシスターの方がよっほど重症なの。こんなのもうほっておいていいからさっさと次いくぞ~シスター」
流石はネクリア様というべきか、あまりにも迅速な傷病者の振り分けである。その後ネクリア様は、淫魔的特徴である頭と翼と尻尾を隠すために子供向けのフードを深く被った。
「あ、はい、では失礼致します。お大事になさってくださいね。ブルメアさん」
「ネーア様、では私は?」
「お前はパッチワークで傷口は塞いだとはいえ、まだ血が完全に"乾いて"ないからこの部屋から出るなよ? 掃除しなきゃいけない場所が無駄に増えるじゃないか」
司祭の個室の中ははっきり言って大惨事になっている。床一面にぶちまけられた血糊がなんともグロテスクで猟奇的な光景を作り出しているのだ。
尤も、原因の9割は私がミンチ状態のまま這いずって神の肉の胞子や死霊の渦巻く地下にブルメアを放置するわけにはいかないと思ってここまで運んできたせいなのだが。
そんなこともあって、ブルメアと私と、恐らく透明状態で出歯亀しているであろう天使の三人がこの一室に取り残されたのだ。
つまり何というべきか、非常に気まずい。何と言っても昨晩互いに首を絞め合った仲だ。
「え、えっとね……ゾンヲリ」
「無理に起きずにそのまま寝ていろ。まずは身体を大事にな」
「うん」
ブルメアは布団を深く被ると、首だけをこっちに向けていた。
「昨晩の事はどこからどこまで覚えている?」
「う~……ん、地下に入ってゾンヲリが今の身体の人を刺したところまでかな……。なんか、そこからはもうあんまり覚えてなくって……気がついたらここで寝ていて……」
つまり、ブルメアにはメアが目覚めている間の記憶と自覚がなかった。そこに少しばかりの安堵を覚えたが、むしろ覚えてくれたままの方が良かったようにも思えた。
「そうか」
「私ね、多分またゾンヲリに迷惑かけちゃったんだよね?」
「その辺は貴女の経験も加味してある程度は事前に折り込み済みだ。むしろ想定以上によく堪えてくれたよ。ブルメアは」
精神に異常を生じさせる媚香が焚かれ、多数のアンデッドの蔓延る閉塞した空間で、常軌を逸した精神性を持つ人間と対面してしまったのだ。
このような場所では、最近までただの奴隷少女だった小娘はおろか、戦うためによく訓練されてきた精強な軍人でさえも正気を保てるかどうかは怪しい。最初から分かっていれば、私は他の手も打とうとするくらいには地下の状況は想定外だったのだから。
「でもね……やっぱり悔しいな。私、何にもできなかったもん」
正直、私もあまり褒められた働きをしていない。本来、司祭の身体を無傷に得るために"絞殺"する予定だったのに、感情に任せて大剣で串刺しにしたのだからな。
この時点で既に落第点だ。その後始末すらもネクリア様やシスターに任せっきりになってしまっている。全くもって、笑えない。
「なら、次は上手くやればいい」
一体どの口が言うのだろうかと、我ながら自分自身に呆れ果てそうになる。
失敗した以上、次はより辛く苦しい状況になるだけだというのにな。尤も、仮に全てが成功し勝利をつかみ取ったとしても楽になるとは限らないのだが。
「……うん」
「では、私はもう修行に戻るぞ」
「待ってよ~ゾンヲリ」
「……」
「傍に居て欲しいな……?」
また、これだ。何時からこれを拒めなくなってしまったのだろうか。
冷静に考えれば、私が今すぐしなくてはならないのは、この先訪れる脅威に抗うために一刻も早く新たな力を身に付けることだ。
私は保護者ではない。やるべきこともエルフの娘と親睦を深めることではない。追い縋る手を振り払って嫌われたとしても構わないはずだ。なのに。
「ああ、分かった」
静かに音を立てずにブルメアの寝ているベッドの元へと近づいた。
「えへへ……」
ブルメアは布団に手をかけながらひょっこり顔を出し、人懐っこい朗らかな笑みを私に向けてくる。
「ねぇ、ゾンヲリ。手を握って欲しいな」
「……それが今の貴女の風邪の原因だろうに、道端に落ちている腐り果てた食べ物を口に入れるような真似を何故したがるんだ。ブルメア」
ブルメアが風邪を引いた原因、思い当たる中で最も可能性が高いのが、メアが私と行った濃厚な口づけからなる体液の交換。次点で戦いで私の返り血を浴びまくったことにある。そして、身に余る力を使い過ぎた事で身体の機能が低下し免疫力が著しく落ちてしまっていることもそうだろう。
黒死病、破傷風、その他諸々の病症を併発したとしてもおかしくない不潔極まりない行為の数々。それで"ただの風邪"程度で済んでいるのは、単衣にネクリア様が"自身の血"で作ったと言われる抗病薬を摂取したことで後天的に獲得した免疫機能がそれだけ強力だからだ。
「……あ、あれ……? なんで……?」
「ん?」
言われた通りにブルメアの手をとると、一瞬ブルメアは戸惑ったような表情を見せた。ピクリと動いた指が拒絶とも捉えられたので、私は思わず手を離したのだ。
だが、ブルメアははっとしたのかすぐに私の手を両手でとった。
「うん、大丈夫。だって、ほら、こうするとゾンヲリの手ひんやりしてるから気持ちいいもん」
まるで自分に言い聞かせるような言葉に僅かばかしの違和感を覚えたが、ブルメアは私の腕を胸に抱きしめだした。
つまり、その柔らかで豊満で暖かな感触が腕に直接当たるわけで、この世の者とは思えない至福の……。
いや、いやいやいや、こういうのは違うだろ。触りたい触りたいと頭で思い、口に出すのはいい。だが、実際に触るのは絶対にダメだ。
私が自身に課した鋼の掟に反するのだ。
「お、おい。馬鹿止めろ。これは倫理的に不味い」
「馬鹿じゃないよ! だって身体がまだポカポカ熱いんだもん。って、あっ。私の汗の臭い、気になっちゃうよねっごめん」
と思いきや急に恥ずかしがり始めるという一人天然芝居をやりだした。
そんなブルメアからほのかに香る雄を惑わす甘い香りはもはや私にとっては劇物にも等しい。もし私が死んで不能になって無ければこれだけで理性が弾け飛んでしまっていただろう。
……今の私の肉体である司祭の身体からそこはかとなく漂う精液と愛液と膿の腐ったような醜悪な体臭の方が遥かに臭いのだから、嫌味にしかなっていない。
「ふむふむ、なるほどね~ゾンヲリ君はこ~いうのに弱いと、めもめも」
ここで傍観者気取りからの腹の立つ一言が虚空から聞こえてくると、すぐ近くに下半身の下着丸出し天使が現れた。この羞恥ぷれいを見られているというのは、もはや一種の体罰だな。
「ああ、待ってよ~ゾンヲリ~」
「そこまで元気なら看病は要らんだろう。下に戻るぞ」
「うう、じゃあほら、手ぬぐい、手ぬぐい取り替えてよ~。身体痛くて動けないんだもん」
「はぁ……なんか、貴女は随分ネクリア様に似てきてないか? いや、いい」
ブルメアの額から汗の染み込んだ手ぬぐいを取り替えて、温い水バケツの中から新しい手ぬぐいを取り出して額におく。
これも水バケツや手ぬぐいを死体の手で汚染するのだから、衛生的に褒められた行為ではないのだがなぁ……。
「もういいか?」
「えっと……身体はさっきアンジェさんから拭いて貰っちゃったし……えっと……」
やって欲しい事が思いつかなくなるくらいなら地下に帰して欲しい。とここで言うのは野暮なのだろうなぁ……きっと。
というか身体を私に拭かせるつもりだったのか? それは余計に問題しかない、鋼の意思で断固として拒否するに決まっている。
「全く……私は保護者ではないんだぞ」
どうせ地下に戻ろうとすると何か言われるのだから、ベッドに背をかけるようにして座して待つことにした。
「えへへ……ごめん。あ、そうだ……えっとね……? その……」
後ろに視線を送ると、ブルメアがまた赤面してもじもじしていた。正直勘弁してほしい。色々な意味で。
「耳がね、ちょっと聞こえにくくて、違和感があって、えっと……」
「つまり耳を搔けと言いたいわけか?」
「……うん」
「はぁ……一つ借りるぞ」
宙に手を伸ばし、近くにいる傍観者気取りの羽を無造作に掴み、手早く指で感触を確かめながら手頃な形の羽をえり分ける。そして。
「ちょ!? ゾンヲリ君!? アッ、羽はダメだって、アッ」
ブチッ。という小気味いい音と共に純白の羽を一枚毟りとれた。人の痴態を近くで堂々と盗み見る出歯亀の代金として丁度いいくらいだろう。
「も~ゾンヲリ君~ヒドイよ~。 言ってくれればボクの抜け羽くらい幾らでもあげたのにさ~。でもこう、アレだね、無理矢理毟られるのもちょっと興奮するよね。なんというかこう、求められるって感じ?」
最近確信したのだが、コレはネクリア様と同類な気がする。つまり、変態だ。しかもポンコツだ。色々な意味で。
「ほら、これで自分でやるといい」
ヨムが千切り取った羽根をブルメアに手渡そうとするが、ブルメアはフルフルと首を横に振って受け取らない
「えっとね……一人だと私、見えないから上手くやれなくて……だから」
ブルメアとくればチラ、チラと期待を交えたような思わせぶりな目くばせしてくる。
「あ~……ならヨム。ついでにお前がやってみるのはどうだ? エルフの耳かきなんか中々できない貴重な経験だぞ」
「や~……そこは謹んで辞退するよ。ボクとしてはキミ達の痴態を眺めている方が面白いしね。初めての耳かきはキミとやる時のためにとっておくよ」
思わず溜息が出てしまったし、もはや何かを語る気も失せた。ならば、腹をくくる他にあるまい。
ブルメアに向き直ってみると、恥ずかしいのかこちらに目を向けず反対側を向いて待っていた。
「じゃあ、始めるぞ」
「……うん。優しくしてね?」
……しかし、ブルメアの尖った耳がピクピクと動きまくって優しくするのも何もあったものではない。つまり単純に危ない。下手をすると鼓膜を傷つけかねないのだから。
耳の動きが止まった瞬間を見計らってそっと、ヨムの羽根をブルメアの耳穴の中へとそっと挿入する。そして、コツッと耳の内肌へと触れた。
「ぅ~~!!!」
途端、ブルメアはシーツを強く握りしめ、声にならないような奇妙な声をあげだす。
それに思わず立ち退きかけたが鋼の意思で踏みとどまり、羽根で耳奥に溜まったモノをツンツンと軽く突いては擦ってみる。
「ひぅっ! ひん! あっ、そこはっ! だめぇっ」
「ブルメア……変な声あげてもぞもぞ動くのやめてくれないか? 危なくて仕方ないんだが」
耳かきをしているだけだ。耳かきをしているだけだ。耳かきをしているだけなのだ。それが何故こうなる!? 何故喘ぐ!? いや、私が婦女子の耳を搔いてるという絵自体が中々不味いのだが。
「だってぇ……気持ちぃっ……ひいんだもん」
ブルメアは恍惚とした声をあげていた。
「や~……エルフの耳には人間の何十倍も神経が通ってるらしいからねぇ」
並外れた聴覚の代償がこれか。もうそういうことにしておくか。もうこれ以上、ブルメアの痴態に一々反応していたらキリがない。
「分かった。そういう事なら徹底的にやってやる」
動かれては面倒だ。ブルメアの耳を強く掴んで動かせないように完全に固定する。
「ひっ……ゾンヲリ? ふぐっ!?」
そして、ブルメアが叫んでも大丈夫なように、口元に枕を強く押し付けてやる。
「覚悟しておけ。だが、声はなるべく抑えてくれよ。色々と誤解を生む」
そして、ブルメアの耳の中を徹底的にほじくるべく、ヨムの羽根をブルメアの耳奥へと挿入する。ツブりと。
「ふぐっ! ふ~~~、ふ~~~!」
よくよく考えれば、耳とは脳にかなり近い器官だ。鼓膜で空気の震動波を多角的に咀嚼し、音という感触に変換してしまえるのだから。
例えば、素晴らしい音楽を聴いていると心地のよさを覚えるように、耳でも"快楽"を感じることはできる。ならば、音の代わりにより刺激の大きなモノが耳の中に入り込んできたらどうだ?
そして、繊細で敏感な器官である耳の内側に、通常では到底許容のできないような異物が無理矢理入り込んで来る。その感覚を、私は知っている。
ああつまり、なんというか、気持ちいいのだ。またの名は、快感だ。
「ふぁっ! ん、んんっ、んんん~~~~っ」
悶えるブルメアの耳の中をこちょこちょといじる。そう、いじるのだ。身体の内側、即ち"体内"をだ。
表面の肌を羽根でこちょこちょするだけでも気持ちがいいのに、体内をこちょこちょされたらどうなってしまうのか? それも、自分以外の誰かによって行われたら……気持ちが良くないわけがない。
例えるなら、私がパッチワークを受けた際にネクリア様によってハラワタの臓器優しくもみほぐされた時のように。思わず恍惚したような産声をあげてしまうのだって仕方がない話なのだから。
これで耳の中という敏感な体内を、徹底的に、蹂躙するのだ。耳垢という原住民共を一切残らず駆逐し、完全完璧に綺麗にしてしまうために、ブルメアの耳の中を蹂躙し尽くす。
羽根の根で、柔らかく撫でていくとブルメアの肩がビクりと震えた。 見つけたぞ、この引っ掛かり、明らかに大物だ。
羽根をカリっと引っかけるようにしてソレを強くほじくり出す。
「ふ~~~~~~♡♡」
ブルメアは恍惚を交えた絶叫をあげる。
「プハッ、ゾンヲリ待っ♡」
ブルメアは枕から口を離し、口元からはだらしなく涎をたらし蕩けたような表情を私に向けてきたことで一瞬、冒涜的なまでの背徳感に襲われた。
今ブルメアがした顔は知っている。これは口では拒否しておきながら、実はもっと激しくされる事を望み期待している者がする目。
つまり、私と同じマゾヒズムの気を持つ者特有の欲しがりだ。目は口以上にモノを雄弁に語ってくれるのだから。
だから……。
「――まだだっ! まだ終わってはいない――」
その余韻に浸らせる隙など与えない。ブルメアの口を力づくで枕元に押し付け、なおも耳の中を緩急と強弱を交えて穿り回し続けた。
カリ、カリ、カリ、と耳壁を削りとっていく。
「ん~~~~っ♡♡! ん~~~~っ♡♡! ん~~~~~っ♡♡!」
耳を搔くという行為。これはあまりにも自然過ぎて見落としてしまっているが、人間である私でもやった時には心地いいと思ってしまう程度の行為なのだ。
そして、これは"排泄"するという行為にも通じるものがある。 お花を摘んだ時にも私達は心地よいと思う瞬間があるだろう。
耳垢をとるというのはつまるところあれと全く同じだ。排泄行為なのだ。
そして、排泄行為は一人でやる分には心地いい程度でも、誰かに見られていたらどうだ? その興奮と快楽指数は桁違いに増大していくだろう。
だから、私達は誰かの前で排泄するという行為に羞恥心を感じてしまう。それが、快楽へと変わってしまう瞬間を恐れてしまう。その考え自体が、既に快楽の虜なっている証拠なのに。
「んんんぅっ! んんんぅんっ!」
一つ大物を削りとる度に、全身を喜びで身震いさせる。
「なるほど……こうか。ブルメア、お前の"底"を見切ったぞ」
ブルメアを力づくで押さえつけても、カリっと削る度に一瞬不規則に見悶えるのが危険で、まだ私は奥に踏み込むのを躊躇していた。
だが、ブルメアの身悶えについてもある程度規則性が読めて来たのだ。
ならば、こういう芸当もできる
「いくぞっ――」
ブルメアの身震いに合わせ指先を高速振動させる。こうすることで、耳の最奥を傷つけないようなソフトタッチを実現できるのだ。
「んーーーー!? んーーーーーー!? んーーーーーーー!!! ん!!!!!!!!!」
そして、中にばかり目をやって、案外外のことを疎かにしがちだ。ブルメアの耳を抑えている手の一指し指を使って軽く耳輪の周りや凸凹の裏筋まで丁寧に撫でまわしてやれば、ほらこの通りだ。
ブルメアは自分自身の震えで耳垢を落とすようになる。
「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」
どこに触れればどのようにブルメアが見悶えるのかを洞察、分析し理解する。そして、その身悶えに対し、私の技術がどこまで対応できるのか、実践を通して足りない箇所は徐々に修正し、より最適化していく。
敵を知っているだけでは足りない。技術があるだけでも足りない。両方知っているからこそ、出来る技もある。
ならばこれは――
「俺と、ブルメアとの戦いと何も変わらない」
戦いに秀でた者とは、一手の行動で敵の十手先まで支配し縛りあげてしまえる者だ。だからこのブルメアの耳輪を一指し指で人撫でした時の反応ですら、次の手を打つ為の布石でしかない。
だが、こんなことを戦いの最中で一々考えていてはどうしてもタイムラグが発生する。それではミスが生まれる。機械的に、反射的に、思考が入り込む隙間すらもなく、それを成してしまうことこそが真に戦いに秀でた者だ。
だから無心だ。無心になれ。俺は剣だ。ブルメアの耳の中に巣くう魔物を駆逐する剣。それ以上でも、それ以下でもない。
ただひたすらカリカリと削りとれ。
「うわぁ……ブルメアちゃん、白目むいてエビぞったり痙攣してるけど大丈夫なのかい?」
雑音など耳に入れるな。一瞬の判断の遅れが命取りになる。
カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ
「ようやく、終わったか」
我ながら沢山出したな。というより、よくこの量が耳の中に入ってたな。それは聞こえにくくもなるだろうに。
「はーーーーっ♡、はーーーーっ♡、はーーーーっ♡ こんにゃの、ひじょいよ♡、ゾンヲリ」
涙をでぐしょぐしょになり、だらしなくとろけきった顔を向けてきた。 ベッドから身を起こしたブルメアは全身汗まみれになっていて、白い肌も服から透けて見えている。むせかえるような甘い香りを漂わせていて……。
「うっ」
ヤバイ。
不覚にも、またブルメアが可愛いと思ってしまった。ダメだだめだだめだ、鋼の意思よ、世界の合言葉よ。目の前にいるのはゴリラか珍獣だ。そう思え、そう思え、そう思え。
やっぱり無理だ。可愛い。可愛すぎる……。ブルメアは元々可愛いと思っていたが、こんなにも可愛いのか? だってあまりにも可愛すぎるのだ。
クソ、短刀で腹を! ああ、ダメだ。この身体は傷つけるわけにはいかない。
ぐああああああああああああ!
「いいよ、ゾンヲリ。来てぇ」
そう言うとブルメアは私の腕を引きながら仰向けに倒れる。そして、目を閉じるという無防備のままの姿勢で、指先でベッドシーツを掴んで私の動きを待っている。
いや、何が"いいよ"なんだよ。何が"来て"なんだよ。私にどうしろと言うんだよ。耳かきだよな? 耳かきのことだよな?
「……ごくっ」
手、手が動かない。震えて動かせない。鋼の意思が折れてしまった俺は……もう、ただのなまくらと成り果ててしまっていた。
「ゾンヲリぃ……」
潤んだ翠玉の瞳でじっと見つめられる。目が離せない。息が止まる。
「ぐっ……あっ」
しまった。完全に集中が解けて素面になってしまっている。
やめろ。やめろやめろ! 甘えたような切ないような感じの声で私を呼ぶな。余計意識してしまう。
「まだ、反対側が残ってる、よ……?」
「ブ、ブルメア……」
誘われるように名前を呼んでしまう。
「ゾンヲリぃ……早くぅ……」
そうだ、腹をくくれ。理性を捨てろ。バーサクだ。
「――――はぁッ、よし、いくぞ」
「な~~~にがよしいくぞじゃボケぇ!」
突如扉を蹴破られた。
「ね、ネーア様!?」
「ひゅえっ!?」
「こんの淫乱ドスケベエロフ! ちょっと私が目を離せばこれか!? ゾンヲリ、お前もなんだその体たらくはよ~~~!? ア~~~ン?」
ネクリア様が滅茶苦茶プリプリしておられるし、首の角度も危険域に達している。そして、シスターが目をパチクリして呆けていた。
「えっとね……これはね? えっと、えっと……」
一方でブルメアはしどろもどろに誤魔化そうとしている。いや、無理だろ。明らかに現行犯だぞ。
「も、申し訳ございませんネーア様。不覚の至りでした」
だが、むしろ助かったかもしれない。私は過ちを犯さずに済んだのだから。
「や~ボクが言うのもアレだけど、淫魔のキミがそれを言うのかい?」
「というか痴女天使、お前は見てないでさっさと止めろよ。どうなってんだよこの色ボケ空間はよ~~~!?」
「や~だって面白そうだったし……。ボクも久々に新しい知見を得られて興味あったからね」
「もしや、地下の媚香の効果がまだ残って――」
「だまらっしゃい」
「はい、すみません……」
その後、ネクリア様の気が済むまで私とブルメアは滅茶苦茶尻を叩かれた。 その感想を一言で簡潔に述べるならば、滅茶苦茶気持ちがよかった。 ……あれ?
「ね、ゾンヲリ」
ネクリア様が目を離した隙にブルメアが小声で耳打ちしてくる。
「なんだ?」
「またいつかやろ~ねっ。耳かき」
……こういう時、どういう答えを返せばいいんだろうな? 私には分からなかった。
「……というか、身体は大丈夫なのか? 熱っぽかったんじゃないのか?」
だからさり気なく話をそらした。
「うん、治っちゃった、えへ」
この……天然ちゃんめぇ……。と心の中で思うことにした、そう、思うだけだ。
ムシャクシャしてやった。反省はしている。
なお、歯磨きプレイは真っ先に検索上位に〇物語上がるのに、耳かきプレイは出てこないのは何故なんだぜ……? マイノリティ……? そんなばかな……。
エロフの性感帯が耳ならば、天使の性感帯は羽つくろいなのさ……ペンギンとか鳩とかカラスは後頭部をよーしよしすると絶頂するらしいぞ? ごま塩程度に覚えておいて欲しいのさ……。