表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
209/270

第六十五話:骨をカタカタと動かすコツは三つのK。気合、気合、気合、それでAllRight!!


「じゃあ、私は今から結界陣の術式起動するからお前らは黙って見てろよ! 失敗するとえらいことになるんだからなっ。とくに変態さでずむ痴女天使、お前だぞ! 絶対邪魔するなよ! 絶対だからなっ」


「はっ」


「や~いくらボクでもそこまで無粋な真似はしないよ。純粋に興味もあるしね」



 ネクリア様は魔法陣の中心に立ち、死霊秘術書(ネクロノミコン)の写本を開き、静かに目を閉じた。


()に集い悠遠(ゆうえん)渦中(かちゅう)に身を委ねし無名の残滓(ざんし)よ、我は汝らが為の道標(みちしるべ)なり」


 風の吹くはずがない地下墓地の中で風が生まれている。いや、魔霧がネクリア様の周囲に集まり、流水の渦を作っているのだ。


「我が名を知らぬ者は今以て聴くべし。其の名は、儚き汝らに久遠の安らぎを与えるだろう」


 無秩序だった死霊共もこの場の支配者が誰なのかを理解したのか、大魔公屍麗姫ネクリア様の前に次々と(かしず)き始める。


「我ネークリアル=エルリリア・ウルガルの名において命ず、其は此岸(しがん)冥護(みょうご)と成りて彼岸(ひがん)の境界を縛鎖(ばくさ)の檻で隔てよ!」


 ネクリア様が詠唱を終えると、血で描かれた魔法陣が眩しく発光した。


 そして、周辺に漂っている魔霧が徐々に魔法陣の中へと吸い込まれていくと、一筋の光が幾重にも立ち昇り紡がれていき、光の網が作られる。


 それは、次第に教会地下墓地の壁面を覆い尽くしていく。


「ふふん、どうだ~? 見直したか~ゾンヲリ」


 くるりと回ってスカートを軽く摘まんで笑ってみせるネクリア様からは、もはや先ほどまで周囲に発していた膨大な魔力の奔流による威圧感はない。


「えぇ……凄まじい魔法ですね。それ以上に驚いたのはネクリア様の御名前の方ですが……。今度からネークリアル=エルリリア様と御呼びした方がよろしいでしょうか?」


「エルリリアちゃんね~。いや~いい名前だね~エルリリアちゃん」


 ヨムはからかうように呼んでいた。


「おい、やめろ馬鹿! 私の真名をむやみやたらにベラベラと呼ばれたらたまらんぞっ。ネクリアでいい!」 


 壁一面に張り付いた光の網からは、本能的にこれには触れてはならないという忌諱(きい)感を覚える。まだ消滅していない死霊共も、光の網を嫌って散り散りに"地上"へ目掛けて逃げ出していった。


 だが、そんな本能には逆らってみたくなるのが人のサガだ。


「……おっ、これは……」


 光の網に近づく程、チリチリと焼けるような痛みが強くなってくる。


 ……この内側から滲んで来るような痛みは、なんと言うか、かつてビースキン風激辛香草煮込みを腹に入れた時の感覚に近いのだ。つまり、なんというか、すごく……気持ちいい。


「おい、ゾンヲリ。お前、何して……」


 試しに指先で光の網に触れてみると、バチィッとくる。


「おおっ♡ おおっ♡ おおおっ♡ これ凄い気持ちイイですよネクリア様」


「さっさと離れろ馬鹿! っておい! 結界破れてるじゃないか! 何してくれちゃってんの!? ゾンヲリ」


「す……すみませんネクリア様。近づいてみるとつい、懐かしい気持ちよさを覚えたものでつい……」


 私が網に触れた所は破れてしまっていたが、離れると網は即座に修復されていった。


「や~……その結界、ゾンヲリ君に速攻で破られてるけど、そんな強度で大丈夫なのかい?」


「いやさ……低級の死霊なら触れた瞬間速攻で細切れになってるはずだし、私より力の弱いアンデッド……それこそレギオンズ程度なら余裕で阻める強度の結界のはずなんだけど?」


「ふぅん? でもゾンヲリ君が触ると"気持ちいい"程度なんだよね?」


「う……うるさいな! 一応結界の自動修復機能つけたのだってゾンヲリが万が一通っても大丈夫なようにするためだぞ? まぁ、ゾンヲリには私の【アニメート】が効かなかった時点でこの結果は分かりきってた。分かりきってたけどさぁ……。それが"気持ちいい"って……私、ちょっと軽く自信無くしたぞ……」


 ネクリア様のコウモリの翼をしょんぼりさせてしまった。


「申し訳ございませんネクリア様。この責は腹を切って――」


 切腹用ナイフを抜いて……。


「だからそれもやめろ馬鹿! 腹切って詫びるくらいなら私を励ませ馬鹿!」


 その後、私が美麗百句を並べてネクリア様をめちゃくちゃ褒めちぎってご機嫌をとっている最中、ヨムが光の網に近づいては暫くの間訝し気に眺めていた。そして……。


「ふむふむ、え~いっ♪」


 何を思ったか、ヨムは光の網に指を突っ込んだのだ。


「って、んぎゃあああああああ! いだだだだ【ヒールライト】」


 ヨムは絶叫しながら指を抱えながら地面をゴロゴロと転げ回っていた。周囲に舞い散る白い羽がヨムの悲痛さを物語っている。


「急に結界に指突っ込んだと思ったらのたうち回って、一体何やってるんだ? あの痴女天使」


「さぁ……? ですが、同じ痛みに快楽を見出すところには少し親近感が芽生えますね」


 ネクリア様から無言で小突かれた。


「や~指がもげるかと思ったよ……。全く……ゾンヲリ君が気持ちいいとか言うものだから、ボクも気になって興味本位でかる~く結界破ってネクリアちゃんを凹ませてあげようと思ったんだけどね……」


「ふ~ん? まっ、よわよわボディのゾンヲリに負けるような雑魚雑魚天使にはちょ~~っと私の結界は強すぎちゃったかな? ふふんっ」


「む、……キミも似たようなものじゃないか。ま、でも気になっていた事は大よそ理解できたよ。確かにこの結界は最低限"ボク如きには力づくでは破れない"程度の強度はあるね。だからボクからもネクリアちゃんを褒めてあげよう。よ~しよしよしすごいね~~えらいね~~エルリリアちゃん!」


 こうして、ヨムに対してイニシアチブがとれた事でネクリア様の機嫌がとてもよくなったのであった。ネクリア様が謙虚に胸を張っている間、ヨムが不自然に私に流し目してきたのだが、意図は掴めない。


 もしやネクリア様のご機嫌をとるために気を使ってくれたのか? 


「そうそう! そうやって素直に褒めればいいのっ。案外お前も悪い奴じゃ――」


「ま、ボクは転移で結界をすり抜ければいいだけだから破る必要性すらないんだけどね? それに、術式の記されている魔法陣自体を壊してしまえばこんな結界簡単に消せるよね?」


 そんなわけなかったな。


「あ? 内側からは簡単に停止と再起動できるようにしておくのは結界の常識だろ! じょ・う・し・き。大体、半端に壊すととんでもない事になるからな、コレ。痴女天使、お前は絶対に魔法陣を壊すなよ?」


 天使と悪魔。そう簡単に相容れるわけがないな。


「や~流石のボクもそこまで愚かな真似はしないさ。そんなつまらない事をやってキミはともかく、ゾンヲリ君や"その信徒"のシスターアンジェには嫌われたくないしね。ま、"仕方がない"からキミとも一応仲良くはしてあげるけどね」


 何だろうな。何故か胃の辺りがキリキリと痛くなってくる。あ、腹が割れてるのを塞いだ後なのだから最初から痛かったな。


「ネクリア様……ちなみにですが、もしも魔法陣を半端に壊すと何が起こるのですか? 」


「文字を消す箇所次第では最悪別の術式が発動して鉱山都市が丸ごと吹っ飛んだり、めっちゃ広い範囲からアンデッドを呼び寄せる死の都市と化したり、都市周辺の土地のマナが枯れ果てさせてしまうかも。ま、そうならないように一応セーフティは二重にかけてるけどさっ。でも……魔術事故が発生せずに結界が消えてくれた場合でも、半端に飢えて弱らせた死霊が餌を求めて地上に這い出て暴れるから大惨事になるんだぞ。だから絶対魔法陣は壊すなよ! 絶対だからなっ!」


 ……何だろうな、この話を聞いた瞬間、何故か非常に嫌な予感がした。例えるなら、導火線に火のついた爆弾を抱えているような気分とでもいうべきか。そして、こういう悪い予感に限って無駄によく当たる。そう、何故か当たるのだ。


 例えば、無知な子どもが偶々この場所に踏み入って、興味本位で魔法陣を消したりしないだろうか? そういった危険性に対してこの結界は極めて脆弱だ。


 では、「触るなよ? 絶対に触るな!」と正しい知識に啓蒙する張り紙を近くに掲示してみてはどうだろうか。私は触る自信がある。というか、さっき触った。ヨムも触った。魔法陣ではなかったのだが。


 ……考えるのは止めよう。それと、この場所に踏み入る可能性のあるシスターアンジェには絶対伝えておこう。血で塗られた魔法陣などと、明らかに邪教の儀式に見えるからな。イリス教の教会にあっていいものではない。


「……心得ました」


「それでさ~ゾンヲリ。そろそろマナプールにも魔素が溜まって来たから入ってみろ」


「はっ、では……」


 青白く発光するマナプールの小円魔法陣は神秘的にさえ思えた。試しに片足だけ静かに乗せてみる。


「うっ、おっ? おおっ?」


 何かが体内に染み入って来る感覚があった。脈動する力の奔流が私を駆け抜けていく。だが、この感覚、少しだけ覚えがあるぞ。ヨムとの戦闘中にシスターアンジェの"声"が何故か聞こえてきたあの時だ。


 ……尤も、この魔法陣から得られる力はあの時とは比べ物にならない程大きい。


「それでさ、マナプールの調子はどうだ? ゾンヲリ」


 暫くマナプールに浸かっているとネクリア様が声をかけてきた。表情や声調が明らかにウキウキしている。私が返すであろう答えが分かってるからなのだろうか。


「内から熱くなってきて力が漲るような気持ちよさを感じることは感じるのですが……光の網に触れた時の方――」


「そっちの話からは離れろ」


「あ、ハイ。感覚的にはネクリア様と出会った時点と同じくらいまで戻って来たような気がします」


 私がネクリア様と初めて会った時と同じように、それも、フリュネルという大喰らいとの契約を抱えている状態なのに戻っているのだ。


 いや……? なんだ、まだ力が滾るぞ‥…? 


「へぇ、やっぱりね」


 ヨムは私を見ては何かを含んだように呟いた。


 今までは失うばかりであったせいか、無意識に初期の私が絶好調なのだとばかり思っていたのだが、違うのか?


「うむうむ、マナプールの中ならお前は存在保持のための魔力消費を気にしなくてよさそうだなっ。よし、ならちょっと死霊術の修行とかやってみるか?」


「ネクリア様……また、随分唐突ですね……」


「だって、お前さぁ、私より生意気に魔力高いアンデッドのくせしてアンデッドパワー殆ど使ってないじゃん。それでやる事が剣振るだけだぞ。おかしいだろ。いや、それで何とかしてしまうのもおかしいんだけどさ」


 アンデッドパワー……。言われてみれば死霊状態なら誰かに憑依するような嫌がらせくらい私に出来てもおかしくはない。そこいらの低級死霊ですらブルメアに憑りついたりしてるわけなのだから。


 しかし、私はネクリア様の死霊術による補助無しにそういった事をやってこなかった。自発的にやろうとはしてこなかった。


「ネクリア様、それは私が戦士ですから致し方なく……」


 やはり、感覚的に染みついてしまったモノから離れるのは中々出来ない。昔は人の居ない場所に隠れては、頭の中で火の玉のイメージを必死に念じて【ファイアーボール】なんて何度も叫んできては、その後に訪れる静寂に寂しさと虚しさを感じていたものだ。


 人間、そうやって大人になって身の程と諦めを知る。出来ないものは出来ないのだと……。


「うるさいつべこべ言うな! 大体さぁ、剣くらいしか使えないお前のために、私がわざわざ【ソウルイーター】まで用意してやったのに、お前それを単に魔法と霊体を切れる剣くらいにしか使ってないじゃん」


「や~……ボクが思うに、魔法を切るって発想自体が大分狂ってると思うけどね? 普通魔法は"魔法障壁"で防ぐものでしょ?」


「え、違うのですか?」


 魔法属性付与(エンチャント)ってそういうものじゃないのか? 


 確かに、魔法剣から魔法弾を飛ばしたりみたいなことは出来るとは聞くし、実際にかつて戦った黒騎士ヴァイスはそれをやっている。だが、それはあくまで"魔法属性付与(エンチャント)を行った者自身"が"魔法属性付与(エンンチャント)した武器を使用している"からこそ出来る芸当だ。


 ……他者から魔法属性付与された状態で修行する機会など殆どないし、どうやって魔法弾を出すのかなど皆目見当もつかない。そもそも魔法を使うという感覚自体が分からないのだから。


「ぜんっぜん違う! 【ソウルイーター】の本質は霊体を食らい支配し、己の糧にする剣だぞ。切った相手の魔素を己に順化させて吸収したり支配した魂をゾンビや死霊にして自由自在に操ったりだってできるのに、お前は魂砕いて終わりじゃん」


「はぁ……な、なるほど……」


「や~……エルリリアちゃん、さり気なくかなりエグくて邪悪なこと言ってるよね」


「もしお前がちゃんと【ソウルイーター】を使いこなして魔獣の魂を"順化吸収(ライフドレイン)"してれば普通に殺すのと比べて"20倍"は効率が違ったんだからなっ。こんなマナプールだってわざわざ用意しなくたって十分賄えたんだぞ、だからお前は【ソウルイーター】をちゃんと使いこなすためにも、死霊術やアンデッドパワーの使い方を覚えないといけないの! 分かったか?」


 それからもネクリア様は死霊術の有用性を力説しだす。


「し、しかしネクリア様……私は戦士ですし、面妖な術を使うのはあまり好みま――」


 そう、人目から隠れて【ファイアボール】と叫んできた過去が……。


「命令だぞ」


「アッハイ。善処します。しかし、修行と言っても何を始めればいいものか……」


「ゾンヲリ、お前に相応しい修行法についてはもう用意してやったぞ。ほら、これだ」


 そう言ってネクリア様は犬が咥えているような骨を一本私の目の前に投げ込んで来たので、それを拾い上げて手の平の上に乗せて見せる。


「骨? こんなものをどうするのでしょうか?」


「気合で動かしてみろ。勿論身体で物理的に触れて動かすんじゃないぞ。当然剣風で動かすとかいう屁理屈もナシ! お前が死体の身体を動かすように、身体の一部みたいな感覚でその骨を動かすんだ」


「身体の一部……? いやしかし、ネクリア様。骨には筋肉がついてませんよ? これでは動かせません」


 いや、骨だけになっても自由自在に空を舞う存在には覚えがある。深淵の収穫者、ディープワンがそれだ。それを見て以来、以前気になってネクリア様に聞いたことがある。


 何故、骨だけで動くゾンビを作らないのかと。その時にもらった答えは筋肉が無いと"動かせない"から無理だった。


「厳密には"動かしにくい"んだよ。 筋肉と比べると骨はマナ伝導効率が五百倍程悪いからなっ。ようするに、殆ど同じ形の"岩"のゴーレムを動かすのと変わらないくらい魔力を浪費するの。でも、ミンチになっても動けるお前なら"それをどこかでやってる"はずなんだ」


「岩のゴーレム、ねぇ? 魔力で人の真似事をさせるにはあまりにも効率が悪すぎるのに、それと同じことが出来てしまえるのが人体の奇跡だよねぇ~。なんてね」


 ヨムは壁に手をかざすと、魔法で一つレンガを引き抜き、岩人形の形に作り変えて私の前でテクテクとぎこちなく動かしてみせる。そして、10歩程歩かせた弾みに足が折れて倒れてしまった。


「あ、失敗しちゃったよ。やっぱり関節や筋肉の動きを魔法で再現するのはちょっと難しいね」


 "岩のゴーレム"を魔法で動かす、か。


 単純に岩人形に魔法で"歩行の真似事"をさせるという動作を一つ行わせるだけでも"高度な軌道制御"が必要になるのだ。単に移動させるだけを目的と考えるなら岩人形に歩行なんかさせず全部まとめて飛ばすかスライド移動させてしまった方が遥かに魔力の消費面では効率的で単純なように。


 だから、岩のゴーレムを操って戦わせるという発想をする者はいても、実際にやる者は殆どいない。"曲芸"以外の何物でもないのだから。


「そう言えば……あの時のアレか……?」


 メアの首を絞めた時だ。あの時は間違いなく骨も筋肉も完全に切れてしまっていたはずの"指が動いた"気がする。アレが……そうなのか?


「では、身体の一部と思い込んでいれば、動かせる……? うぅむ……」


 ゴキブリの羽や犬の尻尾を人間の身体で動かそうとする感覚だろうか。しかし、だとすればこれは、"引き千切れた身体"を意思の力で動かすようなものだ。そんなことが出来るのか……?


「まっ、今すぐ完全に使えるようになれとは言わないさ。お前がマナプールの中で黙って休んでる間とかずっと暇だろ? だからついでくらいの感覚で骨を動かす練習をこの中でしてみればいいさ」


 幸い、時間は余っている。他に私がすべくこともない。


「ええ、そうですね。一先ず陽が昇るまでの間やってみましょう」


 そうしてガラにもなく魔術修行した甲斐もあってか。始めは手の平に乗せた骨ならばカタカタと震えるくらいには動かせるようにはなった。


「オオオオオオオオオオッ!!!! 動けええええええええ!!!!!!!」


 そして、床に置いた骨をカタカタと動かし、動かせるようになる度に骨との間の距離を少しずつ離していった。


「う~む……今は歩幅にして2~3歩分まで離れた距離が干渉できる限界でしょうか?」


 丁度ダインソラウスを振るう間合いまでなら、その辺に落ちている骨を念じればカタカタと動かすことが出来る程度の能力を会得した。


 ……いや、だからどうしたという話なのだが。いや……待てよ、まさかな。


「オオオオオオオオオオっ!!!!!うごけぇえええええええええ!!!!!!」


 ちなみに、骨を動かすコツはとにかく気合を入れることだ。敵を殺すという殺意を全力で込めながら叫ぶとカタカタとよく動く。


「や~……なんというか、ゴリ押しだねぇ……力に指向性を持たせるも何もあったものじゃないし扱いに繊細さの欠片もないね。でもこの肌にピリピリ来る感覚はちょっとクセになるね。まるでゾンヲリ君に全身を撫でまわされてる気分かも、なんてね」


「駄々洩れで有り余る大量の霊波動を無差別に全方位に放射してぶつけるだけで物質を無理矢理動かすって……ゴリ押しだよなコレ。というか何でこんな無駄の極みみたいなやり方で動くんだよ……。おかしいだろ。というかうるさっ!」


 私の修行の様子を見ていた二人の魔法と奇跡の権威から押された太鼓判がこれだ。普段仲が悪いのに、どうしてこの時だけ意見が一致するのだろうか。


「ネクリア様……私は戦士ですから魔力の制御と言われましても」


「つべこべ言うな! 練習だ練習! お前が本来持ってる力の10分の1でもまともに使ってれば骨一つを空中に浮かすくらい余裕なんだからなっ」


「アッハイ」


 しかし、何故今さらになってから私は拙いながらも"魔法の真似事"が出来るようになったのだろうかと、修行の最中に色々と可能性を思案して一つだけ思い至れたことがある。


 私がネクリア様の肉体でネクリア様が魔法を使う際の感覚を共有したおかげかもしれないのだと。


 人はゴキブリや鳥が羽で羽ばたくことを知っているが、羽で"羽ばたくという感覚"自体を知らない。つまり、背中の羽という器官を"知覚"できないのだ。羽を知覚している人間が幾ら書物や言葉で筋肉の動かし方を説明しても、これは実際にやってみなければやはり理解できない。


 どれだけ努力しても魔術の"後天的な体得"が難しい理由が恐らくこれなのだ。


 最初から背中に羽が生えた人間として生まれなければ羽ばたけないように、最初から魔法というものを知覚している人間だからこそ魔法を扱う事ができるように。だが、私は"他者の身体で感覚を共有する"ことで羽や尻尾や魔法といった器官と神経が繋がってしまったのだろう。


 多くの魔術師達が思い悩み修練してようやく体得するような魔素の繰り方や声を使った詠唱のコツでさえも、ネクリア様と共有した経験によって私は一足飛びで体得してしまったのではないか、と。ブルメアが私の戦い方を即座に覚えてしまったように。


 ……この死霊術という力は……非常に危険だ。正しく禁忌とされるだけある。


 例えば、名も知らぬ死霊に私の経験を全て与えて兵士にしたらどうだ? 比較的短時間で一騎当百の化け物を量産できるだろう。 

 例えば、目の前でカタカタと動かしてる骨の代わりに、動かしやすい"その辺に転がってる肉の人形"や"切り離した部位"を私が遠くから"自分の肉体を動かす"ように動かせたらどうだ? 

 私ならば目で見なくても"殺意や視線を肌で感じて"ある程度は敵の動きを読める。つまり、完全とは言えないが私と全く同じ思考と技術を持つゾンビ【魂縛(アニメイ)(デッド)(サーヴァント)】が2,3人生まれる事になる。


 今はまだ夢物語かもしれない。


 だが、それを実現する術は私はもう知っている。感覚を共有する魔法【ソウルコネクト】と魂を思うがままに操る魔法【アニメート】だ。だからこそネクリア様は、私に死霊術を覚えろと言っているのだろう。


「流石です。ネクリア様。まさかここまでを始めからお見通しだったのですね」


「いきなりどうした? ゾンヲリ」


「いえ、何でもございません」


 ……ならば、私が向かうべく方向性は決まった。まずは、この目の前に置かれた骨を自分の手足のように自由に動かせるようになることだ。


 そうして、私は骨をひたすらカタカタと動かし続け、夜が更けていった。


「オオオオオオオオオオオッ!!!!!!!」


 〇


 一方その頃、教会一階ではちょっとした騒動が起こっていた。教会に住み込んでいる子供が夜中に目が覚めてしまい、お手洗いを目指して廊下を歩いてた時である。


「オオオオオオオオォォォッ………」


 耳をすませば、亡者の嘆きと思わせるようなおぞましい声が木霊してくるのだ。何度も、何度も、何度も、何度も。


「ひっ、シスターアンジェ様。なにやら地の底からとても恐ろしい声が響いてくるのです。何かの予兆でしょうか?」


 子供はまるで世界の終わりが訪れたかのように震えていた。


「大丈夫です。大丈夫ですから……ね? 汚してしまった着替えは私が片付けておきますから、部屋に戻りましょう? ね?」


 シスターアンジェは優しく子供を抱きしめて背中を撫でていた。


「オオオオオオオオォォォッ………」


 耳を澄ませば、亡者の嘆きが地の底から微かに響いてくる。


「ひぃっ!」


「分かりました。私が少し様子を見てきますから、ね?」


 シスターアンジェは子守りに明け暮れていた。


 ついでに、まだ結界に抗って地下2階に留まっていた死霊達や、密かに地下墓地に住み込んでいた魔獣達も、真のアンデッドが発する本能を焼き尽くすようなおぞましき殺闘気に当てられ、(おそ)(おのの)き狂ったように地下3階層以降の階層へ逃げ出していったという事実は誰も知る由もない。


 〇


「その……か、司祭様……子供が怖がってますから……もう少しその……お声を抑えて頂けると……」


「その、申し訳なかった……。地上までは結構距離があるから問題ないと思っていたのだが、まさか一階まで響いてるとは……手間をかけさせてすまない。シスターアンジェ」


「あ、いえ。滅相もございません。私などが司祭様にお言葉を挟むだなんて……とても畏れ多くて……」


 その後、シスターと私で二人して滅茶苦茶土下座しあっていた。

 通常ネクリアさん十三歳がクソ雑魚ゾンビを3人分まとめて精密制御したからどうすんの? って思うのがぜいいんだろう。術者タイプがこんなことしてもぶっちゃけ役に立ちません。


 だが、脳から肌まで筋肉で出来てるゾンヲリさんがクソ雑魚ゾンビを複数精密に動かした場合は話が全く変わってくる。


 首を落とされてもデュラハン化して復活も可能になるし、切り落とされた部位がファンネルとなって襲い掛かって来る。何なら首の無い魔獣の死骸に乗ったデュラハンの正体が実はゾンヲリさんだった……? なんていう可能性が生まれたのが今回のお話である。 


 なお、ネクリアさん十三歳的には早くライフドレイン覚えてマナ回収シテ! という願い以外全くなかった模様。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ