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第六十四話:せ~えきとミルクが健康の秘訣

 ネクリア様が教会地下墓地に到着した後に私の魂は回収され、教化室に放置されていた司祭の身体へと移し替えられた。


 ブルメアは1階個室のベッドに寝かせているがまだ目を覚ます様子はない、その場に居合わせたシスターアンジェが看病をしているといった状況だ。


 また、教化室付近の独房に閉じ込められた者達の中で助かる見込みのあったのは、神の肉を投与されてからまだ日の浅かった聖歌隊の女一人だけで、そちらも今はネクリア様に処方された薬で安静にしているそうだ。


 ……それ以外の、完全にキノコ人間と成り果ててしまった者達は処分した。その辺の土に生えてしまったキノコと合わせて松明の炎で炙った後に刻んで周辺の土ごと削りとって廃棄口に捨てておいた。問題の先送りにしかなっていないが、地上や都市部に"神の肉の胞子"を持ち出すわけにもいかないが故の苦肉の策だ。


「まっ、今の状況は大体理解したぞっ。しかしさぁ……色々な意味で酷いな。司祭やったら終わるかと思えば変態さでずむ痴女天使に絡まれたり、それを何とかしたら今度はブルメアがおかしくなるって……」


「おやおや~? 変態さでずむ痴女天使なんか居たら大変じゃないか! あ、でもおかしいね。ここには超絶美少女可憐天使ヨムちゃんしか居ないはずなんだけどな~? ねぇねぇ、どこに居るんだい?」


 さっきからネクリア様との会話中に絡んできてはにんまりとしたり顔を浮かべてくる天使(コレ)についてはさっきからずっと無視している。


 視線を逸らすとわざわざ目の前に回り込んでくるものだからうざったい事この上ない。だが、コレに反応したら負けだ。そこいらに浮いてる死霊共と同じでつけあがるからな。


「ええ……まぁ。酷かったですね。色々な意味で」


「で、お前の腹に開いてある穴は継ぎ接ぎ加工(パッチワーク)で塞いでみたけど、どうだ? ゾンヲリ」


 パッチワークとは、複数の死体から部位を選りすぐり、糸で縫い合わせて肉人形(フレッシュゴーレム)を製造する作業だ。尤も、作業目的は止血のための突貫工事でしかないため、ハラワタの中に血を吸うための布切れを突っ込まれた挙句、止血布でぐるぐる巻きにされてる状態でしかないのだが。


 上着の司祭服にさえ血が滲まなければ問題ないだろう。


「血は漏れてないようですね。特に異常は感じません」


「まるでボロボロのぬいぐるみだね。や~幼女の趣味らしくて中々に微笑ましいね~」


 成果物の出来をヨムに扱き下ろされたのもあってか、ネクリア様が一瞬だけ凄まじくイラっとしたような顔をした。が、すぐに表情を元に戻した。


「で、ゾンヲリ。お前事後報告する前に私に何か言う事はないか? ん~~?」


 ネクリア様はジト目で見上げるようにして顔を近づけてくる。


「本来ならば敵を全て駆逐し、自力で帰還しなければならなかったのに、ネクリア様に手数をかけまして申し訳ございません。この責は腹を切って詫びましょう」


 腹切り用の聖銀の短刀を取り出す。


「折角やっと繫げたのに腹を切ろうとするな! 馬鹿! そういう事を私は言いたいんじゃ……まぁもういい、お前はそういう奴だからな。許す! 私はイイ女だしなっ」


「はは~~~」


 ネクリア様に深く土下座することで今回の責は許された。


「で! 何なんだこの場所。死霊が沸きまくってるどころか私が来た時にはもう司祭とかゾンビ化してたじゃないか。こうなるまで放置するとか頭おかしいんじゃないか? 教会の奴ら」


「実際、否定できない所が恐ろしいですね」


 ここに見本(ヨム)もいることだしな。


「身も蓋も無いな……ほんと……」


「どうして今一旦ボクの方を見たんだい? ちょっと悪意がこもってないかいキミ達。ねぇ?」


 頭がおかしいと思われてる自覚がヨムにあったのか……。ネクリア様も同じ感想を抱いてると思う。多分きっとそうだ。


「それよりネクリア様、どうしましょうか? この地下墓地は危険ですし一先ず埋めてしまいましょうか?」


 地下墓地四層へと続く廃棄口に大量の油を流し込んで火を放り込んでみたとしても……湿気の溜まる密閉空間では十分には燃えず、すぐに鎮火することから焼け石に水だろう。


 鉱山採掘に使う爆薬辺りを大量に廃棄口に投げ込んで爆破し、意図的に崩落を起こしてしまうのもある意味手だ。だが、地下の広さがどれ程まであるのかは分からない。真上にある教会どころか、下手をすれば都市部の崩落を引き起こしかねないだろう。


 とすれば、消去法で土や岩で埋めて封印しておくというのも手だ。尤も、これは"根本的な問題"を解決せずに先送りしているだけなのだが。


「……あんまり邪見にされるとね、ボクだって一応少しは傷つくんだよ……? 天使はあんまり寂しくなると白い羽が全部禿げちゃってね、毛を全部むしり取られて吊るされたチキンの手羽先みたいにボツボツの鳥肌になっちゃうんだよ……? よよよ……」


 ヨムは地面にしゃがみ込んで指先で何度も「の」の字を書いていた。もう一生それだけをやっててくれればいいのに。悲しんでいるフリはしているが、能面のような顔のままだ。


 ……だが、そこに3枚くらい白い羽が抜け落ちてた。ヨムには少し悪い事をしたかもしれない……。いや、ごま塩くらいの罪悪感を傷口にすり込もうとするのがヨムの狙いだろうな。


 放っておこう。


「いや、でもこの地下墓地は結構使えるぞっ。簡単な錬金術ならイケる設備もあるけどさ、何よりこれだけ天然モノの死色の魔霧(ミスト)が溜まってるなら色々なことができるからなっ!」


「確かに……ここにいる間は私も魂の摩耗を気にしなくて済みますが……ただ、拠点とするにはあまりにも危険ではないですか? 定期的に掃除しなければ死霊やゾンビが地上にも沸きかねませんし、地下深くに居る死霊を呼び寄せる存在も気がかりです」


 ……イリスの教義によって埋葬された死体は"信仰上の理由"で火葬されていない。火葬され肉体を消失するというのは、即ち審判の日に復活する権利を失う。よって、大罪人を除けば死体は防腐加工処理された後に棺桶に密閉されて土葬されているのだ。


 よって、もし地上部まで死色の魔霧が発生してしまったら地上のイリス教会共同墓地に埋葬されている死体までまとめて動き出しかねないだろう。


「ま~状況的にレギオンズ辺りのそこそこ強力なアンデッド集合体が湧いてる可能性が高いかなっ」


「レギオンズ。ですか」


 生前にアンデッドと戦う機会は殆ど無かったと思う。そもそも魔法を使えない戦士だった私では死霊相手に打つ手がない。そのような場所に近寄る事自体がただの自殺行為でしかない。


 故に、レギオンズと言われてもどういった敵なのかは分からない。しかし……私もアンデッドとなってしまったことから、最近はやたらと同業者と出会う事が多くなったな。


「まぁ、別にレギオンズに限らないんだけどさ、一定以上の規模で大量のアンデッドが発生する場所ってさ、アンデッド同士で共食いを始めてある種の"蟲毒"を形成して"強力な個体"が生まれがちなんだよなっ。で、その強力な個体は自身を"維持"するために周辺の弱い死霊を喰らって分解して作った死色の魔霧を周囲に放出するようになるわけ。それに呼び寄せられて弱い死霊達がまた集まって……って感じの流れを延々と繰り返すんだけど……これを"死の螺旋"って呼ぶんだよな」


「なるほど、では私が片付けてきましょう。ネクリア様の【ソウルイーター】があれば数千体程度のアンデッドならば私が夜通しで刈り取れば2,3日もあれば根絶してみせましょう」


 司祭から得た情報によれば、地下墓地の2層以降は推定千体を超えるアンデッドがうろつくダンジョンと化しているそうだ。シスターアンジェも2層より先には立ち入っていないことから、何らかの未知の脅威と遭遇する可能性も無いわけではない。


 それなりに強い力を持っているシスターが探索を断念した理由は単純で、下層に進む程ダンジョンが広くなる上に、ネクリア様が言ったような"強力な個体"が現れ始めるようになるからだろう。


 また、帰還のために余力を残そうと思えば浄化できるのは多くてもディスペル数十発分までが限度だ。もしも、奇跡に割く魔力すらも使い果たしてしまえば死霊系のアンデッドに対し対抗手段がなくなり、それ以前に魔力の枯渇による体調不良で身動きも出来なくなる。


 そして、この辺りに漂っている死色の魔霧は、地下墓地の"外"からも私を含めた死霊達を呼び寄せている。多少浄化したとしても放っておけばすぐに元に戻ってしまう。


 つまり、いくら高名な聖職者であっても単独で千体以上いるアンデッドの巣を突破し制圧するのは困難を極めるのだ。


 だが、【ソウルイーター】ならば死霊やゾンビを滅し続ける限り、喰らった魂を糧にして効果は持続するので私が単独で突入したとしても"魔力切れ"を心配しなくていい。


 つまり、皆殺しも制圧も可能だ。


「意気込んでる所悪いけどさ、そんな面倒な事をしなくていいぞ、ゾンヲリ」


「もしや、ネクリア様には何か妙案があるのでしょうか?」


「うむ、私は死霊術師(ネクロマンサー)なんだぞっ。つまり、この道のプロなんだぞっ! 当然こんな状況でも何とか出来る方法があるんだな~これが。結界陣と言うんだけどな!」


「結界陣ですか、聞き覚えがないですが……それは一体?」


「魔法陣によって周囲の死色の魔霧を集めて死霊を退ける結界を作り変えるのさ。まっ、説明するより見るのが早いかなっ」


 すると、ネクリア様は自分の指を食いちぎったのだ。指の傷口からは少なくない量の血が流れ出ている。


「ね、ネクリア様! 指から結構危険な量の血が流れてますが、大丈夫ですか?」


 そして、血をたらして幾何学模様の方円陣を描き始めたのだ。


「ん、何回かやって慣れてるから気にするなゾンヲリ。これは大魔法陣を描いて発動する儀式魔術でさ、"触媒"にこれくらい用意しないと上手く動作しないんだよ。大体、ゾンヲリ、お前だって汚屋敷(ウチ)の地下儀式場で何度か見てるだろ?」


 一般的に大魔法陣に使われる触媒は主に"水銀"に発動する魔法属性に対応した魔石粉を溶かしたモノを利用すると言われているが。


「血が触媒になるのですか?」


「うむ。まぁ別に血だけには限らないんだけどさ。例えば、龍の鮮血を浴びたら呪われる、な~~んて与太話があるくらいには、その者が持つ魔力が血に込められてるわけ。で、私レベルの血になるとそんじゃそこいらの触媒なんかとは比べ物にならないパワーがあるんだぞっ。すごいだろ」


「はい、流石です。ネクリア様」


「あ、ついでだけどさ。実は身体からとれて血よりも優秀な触媒もあるんだけど知ってるか? ゾンヲリ」


 こうなると怪しげな与太話程度に思っていたオカルトにも現実味が帯びてくる。


「目、髪、心臓でしょうか?」


 目で見る事を基点にして発動させる特殊能力と言えば、ゴルゴンの石化の魔眼、サキュバスの魅了凝視などがある。そして、こういった視線に力を持つ魔獣の瞳は高級素材として高値で取引されるのだ。


 髪と言えば、実は人間の髪でさえも意外に強度がある。さらに鋼鉄糸と違って魔法属性付与(エンチャント)にも適正もあることから、氷針にして飛ばしたり氷結糸にして強度を上げてブービートラップにするという使い方もあったな。


 心臓は、血を作り出す臓器という単純な発想からだ。


「ん~~~~~~確かに、血よりなら目とか心臓とか髪の方が魔法発動の触媒に適してるぞ。でも、目や心臓なんかくり抜くの嫌じゃん。だからもっとあるだろ~? 量産出来て~~濃厚な魔力が溜まってるところ」


 ……なんだ? そんなものあるのか?。


 ネクリア様はと言えば、ニヤニヤと小悪魔めいた表情を浮かべている。アレだ、普段私に"せくはら"する時と同じ顔だ。ならば、十中八九下ネタ……だな。


 そう言えば、下ネタと言えばウンコは意外にも使える。


 例えば、ウンコには何故か火の魔素が豊富に含まれやすいと言われているように、鉱山爆破に使う爆薬の原料が実は家畜や人間のウンコだったり、洞窟内に時折見かける魔獣のウンコ溜まりの近くでウンコを焼き払おうとして火の魔法を使ったら急に大爆発が起こって崩落に巻き込まれたなんて笑い話があがったりするくらいだ。


 これが竜のウンコにもなると割と高値で取引されるようになる。確か、妙薬の原料にもなるとかで、好事家に売りつければ金貨40枚から聖白金貨は下らないだとか……。


 ならばネクリア様の……いや、いやいやいや。やめておこう。これ以上考えると色々と不味いことになる。


「分かりません」


「ふふん、答えは~、せ・い・え・き、だぞっ。どうだ~? 驚いたか~?」


「……え、ええ、安心しました。色々な意味で」


 そう言えば、ネクリア様は淫魔(サキュバス)だったなぁ……。


 内心、頭の中がウンコでいっぱいになってしまい思考がそこから離れなくなってしまっていたので、遥かにまともな答えが返って来た事に安心してしまったのだ。


「なんだよ~反応がつまらないぞ~ゾンヲリ」


「あ、そうですね! 精液、精液すごいですね! どれくらい凄いのですしょうか?」


「そ~いうわざと臭い反応はしなくていいから。ま、一つせ~えきについての小話をしてやるとだな~。男女で比べると女性の方が魔力が高くなりやすいって話、知ってるか? ゾンヲリ」


「ええ、まぁ。精霊魔法を使う魔術師や奇跡を使う聖職者の割合は圧倒的に"女性が多くなる"という話は有名ですから。魔導帝国の率いる魔術師の部隊になると8割以上が女性で構成されてるとも聞きます」


 そして、残りの2割の男の魔術師は何かと言えば、"特殊な才能"を持っている者が殆どだ。逆に言えば、特殊な才能を持たない男が魔術師になれる可能性は限りなく低いし、生涯を魔法の為に費やしたとしても女性と比べて劣っている事が多いと言われている。


「その理由が、せ~えきなんだぞっ。人間30歳過ぎるまで童貞だったら魔法使いになれるって話、アレ、本当なんだからなっ。例えばサキュバスの強制搾精(エナジードレイン)でカラカラになっちゃうのは極端な話だけどさ、えっちしてせ~えきを出した側は衰えるし、せ~えきを取り込んだ側は魔力が増えるようになってるから女の方が魔力が高くなりやすいんだぞっ」


「はぁ……興味を惹かれる話ではありますが。やはり、サキュバスのネクリア様が言うからには精液の違いが分かるものなんでしょうか?」 


「うむ、一度も一人エッチすらしたことのないピュアッピュアな童貞のせ~えきはやっぱり格別だからなっ」


「……では、淫魔にとって童貞の男というのは」


「最高級のデザートだぞっ。魔族国じゃ童貞の人間男子は高級食材になってたりするくらいだからなっ」


 ヒエッ……と思わず言葉が出そうになったが、よくよく考えれば既に死んでいる私には全く関係の無い話だ。……だが、そう言い放ったネクリア様の私を見る目に若干恐ろしさを感じたのだ。戦士の勘が身の危険を告げる程に。


 ネクリア様がやたら"童貞"にこだわる理由が少し分かった気がする。


「し、しかし、だとすると男性は吸われる一方で中々に不公平ですね……」


 女性はエッチすればするほど強くなれる一方で男は弱くなるだけというのは……男として生まれた身では複雑な気分だな。色々な意味で知って後悔する知識だったな……と。


「そ~でもないぞ? 女性もえっちで魔力分け与える事は出来るからなっ」


「と言いますと?」


母乳(ミルク)だ。そうやって赤子に力を伝えていくんだぞ」


「あ~……だからネクリア様は乳製品を好んで食べていたんですね」


 一方で、"老齢"な魔術師になると逆に女性の割合が減ってくるというのも有名な話だ。子を成すのを機会に現役を一旦退くと二度と復帰しない者が多いのは子育てのためだとばかり思っていたが……単純に力が衰えてしまっているのか。


 一方で魔術師になれる男は生涯童貞でため込む一方だから大魔術師になれる……と。


「うむ、せ~えきとミルクはどっちも魔力を高める為には欠かせないからなっ」


 今のネクリア様の話を踏まえると……男の魔術師が効率的に魔力を高めるためには、生涯童貞を貫き通し、不特定多数の子持ちの人妻相手に母乳をせびり、不特定多数の男達に尻を捧げて精液を集めなくてはならない……と。


 何だこれは……。どれだけ重く多くの罪を背負えばこれほど業の深い食性活を強いられるようになるのだ。


「ぐっ……」


 もしや……私の保有魔力が高いと言われている理由も……奴隷時代の"アレ"が原因だったのか。


「どうしたゾンヲリ? 急に頭なんか抑えてさ」


「いえ……、あまり思い出したくない古い記憶を思い出しただけです。どうかお気になさらず」


「なんだよ~気になるな~教えろよ~ゾンヲリ」


 強さを得るには代償を伴うものだと思っていたが……。流石の私でもこのような生き方を貫けそうにない。もし、古い知り合いの魔術の探究者にこの真理を伝えたら何を思うのだろうな……きっと、今の私と同じ顔をするのだろう……。


 この知識は、私の胸の内に抱えたまま、誰にも伝えずひっそりと闇に葬ろう。


 ……そんな無駄話を終えた辺りで、ネクリア様は魔法陣の内円部分の紋様を半分くらいまで書き終えていた。


 しかし、円のサイズが部屋全体の半分くらいあってかなり巨大だ。教化室自体ヨムと戦闘を繰り広げた部屋と同じくらい広いのもあって、明らかに危険域の量の血がぶちまけられているように見えた。


「ネクリア様……その、ふらついてますが……本当に大丈夫ですか?」


 最初はクルクルと踊りを交えて魔法陣を描いていたネクリア様だったが、今となってはよろよろとふらついている。


「ああ、やば。全部描くにはちょっと血が足んないかも」


「でしたら、キノコ人間の死体辺りから血をかき集めてきましょうか?」


「いや、これさ、血に溜まってる魔力を触媒にして発動するから、私より力ある者の血じゃないと効果弱すぎるからダメなんだよな」


「ふんふん、お困りかい?」


 ヨムが突如目の前に出現する。当然のようにパンツ丸出しという恰好のまま、どや顔している。服の予備がないのだろうか。


「困ってないから私の前から今すぐ消えろ。変態ストーキング痴女天使」


 ネクリア様と言えば、案の上ヨムに対しては敵意剥き出しだった。


「や~……つれないね……こういう場面で天使だ~悪魔だ~と意地張っても仕方ないと思うけどね?」


「じゃあ、そこまで言うならゾンヲリ。そいつの腹を掻っ捌いていいぞ」


「はっ、ネクリア様の命ずるがままに」


「や~待ってよ。それはないよ~~。ほらほら、そこの杯にボクの血を移してあげるから、ゾンヲリ君も剣なんか持たないでよ~。あ、そうだゾンヲリ君、魔力たっぷりのボクの血がついた指でもペロペロするかい? 元気出ると思うよ? ……や~……睨まないでよ……ただの冗談だよ」


 そう言って天使ヨムは自分で自分の指を噛んで杯の中へと血を満たしていった。


「ふんっ」


 そして、ネクリア様は台座に置かれた天使の血で満たされた杯をひったくり、再び魔法陣の続きを描いて行った。そして、ヨムは描かれていく魔法陣を眺めては何度か頷いては唸っている。


「へぇ、これは大気に滞留している特定の性質を帯びた魔素(マナ)粒子だけを効率的かつ広い範囲から少量ずつかき集める魔術回路で、こっちのエーテル体変換回路に通すことで疑似的にヒトと同じ波長の魔力にしているのかな? で、それをさらに損耗なく増幅し自動的に魔法詠唱し続けるようにしているんだね。そして、この魔法詠唱式は……2種類あるようだけど……おや、これはボクにも分からないや。もしかしてこれが死霊術って奴かい? 中々興味深いね」


「お前なんかに一朝一夕でコレが分かられたら私のアイデンティティが崩壊しちゃうだろ!」


 ネクリア様はプリプリとむくれていた。


「ああ、でも何となく分かったよ。一つは一定以上の大きさの精神霊(アストラル)体だけを通さないようにする粗めの網、反霊障壁を作り上げているんだね。もう一つは、限りなくヒトに近い波長の魔力を溜まておくための池のようなものだね。なるほど、こっちはゾンヲリ君の為に作ったのかい? 健気だね~」


 そこまでヨムに言い当てられてしまった事でネクリア様のアイデンティティがついに崩壊し始めた。ヨムもしてやったりという感じでニヤニヤしている。


「おい、ゾンヲリ。今すぐこの不愉快で目障りな痴女天使をぶっ殺せ」


「はっ、全てはネクリア様の命ずるがままに」


「や~……そんな怒らないでよ~。ネクリアちゃんは魔法陣描くので忙しいし、ボクは見ているだけだと暇だから、ゾンヲリ君の為に解説役になってもいいじゃないか~」


 ヨムは転移で私の斬撃を避けると、無表情のまま頬を膨らませていた。ネクリア様に対抗してむくれているつもりなのかもしれないが、全く可愛げもないただの変顔になっている。


「ところで一つ気になったんだけど、この術式。結界ならどうして壁にするんじゃなくて粗い網にしているんだい? キミはこれだけ魔素(マナ)の集める術式も非常に高度で緻密な計算をしているのに、わざと消費する魔素の量を抑えて結界の強度も弱めてるように見えるんだよね」


「ふん、少しは自分で考えてみたら~?」


 魔術式に関しては門外漢の私が会話に入り込める余地はないな。


 ただ、壁にせず網にすること自体が"狙い"だと言うのなら、結界の先に"通したいモノ"と"通したくないモノ"があるのだろう。


 それに、この術式自体、周囲に漂う"死色の魔霧"を集積して発動している。死色の魔霧を放出しているのは結界の奥に存在するアンデッドだ。ならば、完全に壁で密閉してしまえば、後から作られる魔霧も全て閉じ込めてしまう。


 つまり……。


「壁にしてしまえば、壁で仕切られた先にある死色の魔霧を結界の維持に使用できなくなる。故に、網状にして強度を落としてでも結界の内側に閉じ込めた存在が放出している死色の魔霧を回収しなくてはいけない、でしょうか?」


「ん~~~100点! お前にしては冴えてるじゃないか! ゾンヲリ。じゃあ、何のためにそうしているのかは分かるか?」


 アンデッドが存在し続けるためには糧を得るために共食いが必要だ。私が魔獣を殺し魂の残骸を喰らって存在を保とうとするように、奥に居る存在も何らかの方法で糧を得なくてはいずれ存在できなくなるのだろう。


 そして、強大なアンデッドであればある程、存在を維持する為には多くの糧を必要とし、今回の場合は死色の魔霧によって引き寄せられて来た下等な死霊達が糧となるのだ。つまり……。


「奥の存在の糧となりえる結界の外からやってくる死霊達の侵入を阻みつつ、発せられる死色の魔霧を意図的に"浪費して枯渇"させることで、結界の内側にいる死霊達の共食いを促し最終的に全て"餓死"させるわけですか」


「うむ、だからわざわざ奇跡で浄化な~~んて無駄なことしなくても、ゴキブリ見たいに湧いてくるアンデッドは駆除できるんだぞっ」


 確かに、これは効く。


 強力なアンデッドであるほど糧が得られなくなってしまうのは死活問題だ。死色の魔霧が枯渇してしまえば、もはやアンデッドが継続的に集まってしまうことで生じる"死の螺旋"も起こりえない。


 結界一つで何もせずとも教会地下墓地から死霊達が勝手に根絶されてしまうのだ。


「流石です……ネクリア様」


 そう思わずにはいられなかった。


「ふふん、見直したか~? ゾンヲリ~。だけどまだまだこれだけじゃないぞ~」


「と、言いますと。もしやこちらの"魔素溜まり"の魔法陣は……」


「そ、お前がその魔素溜まり(マナプール)に入れば、お前が毎晩やってるようなしょ~もない魔獣狩りの百倍以上の効率で魔素が得られるんだぞっ。それも今までお前が失って来た分以上を有り余る量もあるから暫くは消滅を気にしなくてよくなるの! まさにらく~にゴキブリを駆除しながら御飯も食べれて一石二鳥ってわけっ」


「……ありがとうございますネクリア様。流石です」


「ふふん、もっと褒めろっ」


「流石です!」


「うむっ」


 そんな感じで十数回くらい、ネクリア様をほめちぎってはネクリア様が謙虚な胸を自信ありげに張るというやり取りを繰り返した。


「や~……それはさっきボクも説明したと思うんだけどな~……でもそれならどうしてもっと沢山の魔素を一気にマナプールに集めないんだい? その方が手間も少ないし短時間で終わらせられると思うんだけど? ネクリアちゃんならそれが出来たはずだよね?」


「は~~~~……これだから素人はさ~」


 ネクリア様はやれやれと言った感じで深いため息を吐いてみせた。どうやら今度はヨムの方が少しイラついたようだ。無表情だが、ピクっと眉間が動いたのが見えた。


 ……しかし、空気が悪いな。悪くしてる私が思うのもあれだが。


「まず、死色の魔霧だけを吸収してそれ以外の魔素を一切集めないようにすることで魔法回路の無駄を省いてるんだけどさ。ここで魔素の吸収出力を上げてしまうと、関係ない属性の魔素までごちゃ混ぜで集めるようになっちゃうわけ。じゃあどうなるかって言うと、魔素のエーテル変換式が多属性に対応するために複雑化するし変換効率も悪くなって損失(ロス)がでてくるの! しかも、土地の魔素自体も枯渇させてしまって周辺じゃ作物が育たなくなってしまうわけ」


「ああ、なるほど。つまりこの土地に住んでる人間達の事を配慮したんだね」


「いや、それだけじゃないぞ。 魔素って言わば魂の欠片だからなっ。そんな物を大量に一気に吸収しようとすると術式での"不純物の除去"がどうしても甘くなるの。しかも、死色の魔霧って言ってしまえば気の狂った死霊共を砕いて作った粒子だぞ? そんなのをそのまま吸ったら最悪ゾンヲリの人格にも影響が出かねないってわけ。だから、それが起こりえないくらい不純物の除去を徹底するとなるとこの速度が"限界"になるの」


 以前ネクリア様は言っていた。魔法陣はその土地に合わせて作るものだと。今のネクリア様が説明したような話は私には半分どころか一割も理解できない。


 それだけ複雑かつ緻密な計算をしてようやく作り上げているのだと思えば、魔術の深淵に惹かれる者の気持ちも少しは分かるような気がした。


「へぇ……なるほどね。不純物を含んだ魔素を一気に大量に吸収すると"混じっちゃう"から濾過(ろか)しているんだね。理屈としてはイリス信者に信仰を植え付け魂を調教して好ましい形に"順化"させておいてから"加工"すれば手間が色々と省けるようなものかな? だったらキミもそんな顔して案外エグイことやってるよねぇ~、あんまりボク達やイリス教の事を悪く言えないんじゃないかい?」


「ぐ、ぐぬぬ」


 死霊と言えど元は生きたヒトだ。それを資源のように扱う死霊術という魔法は人道的見地ではあまり褒められた事はやっていない。それこそ、イリス教の司祭がやっているキョウカの刑獄と代わりないのだとヨムに指摘されたことで、ネクリア様はバツの悪そうな顔していた。


 恐らく、私から受ける印象を気にしているのだろう。


「また下らない禅問答でもするつもりか? ヨム」


 投げナイフを引き抜いて構える。


「や~そこはほら、ゾンヲリ君は天使であるボクの事を随分と悪く見ているのに、ネクリアちゃんには甘やかして構ってばかりいるからボクもちょっとムクムクしてきてさ。だからボクも構って欲しくてイジワルしたくなっただけだよ。うっ、分かったよ~黙るよ~。あ~嫌われ者は肩身が狭いなぁ……ぐすん……」


 そう言いながらヨムはめそめそと泣くフリをしてはチラチラとこちらを見てくる。本当に面倒臭い奴だな……この天使。実にイイ性格をしている。


「そう思うのなら、少しくらい嫌われないように言葉を選んでみたらどうだ?」


「や~……それはほら、嫌われたくないからってず~~っと仮面をかぶってたら疲れちゃわないかい? それで好かれても結局は"キミにとって都合のいい仮面を被ってるボク"の事が好きになるんじゃ虚しいと思わないかい?」


 ヒトは大なり小なり仮面を被り本音を隠す。その多くは円滑な人間関係を形成するために行うものだ。私も、ネクリア様もやっている。だが、ヨムはそれをやる気が無いと言っている。


 いや、私とネクリア様の間にある主従関係を遠回しに皮肉っているのだ。この天使は。


「ならば嫌われたとしても仕方あるまい」


「うん、そうだね。でもね~それでよくないかい? キミ達はありのままのボクの事をありのままに嫌ってくれても構わないさ、ボクはキミ達の事を愛しいと思ってるからね!」


「こいつ……ほんと無敵だよな」


 ネクリア様も飽きれ果てていた。


「なんせこれまで600年は待ったからね~。いつかキミ達がありのままのボクの事をありのままに好きになってくれるまで根気よく待ってあげるよ。たとえ何年何十年かかっても、ボクにとっては大した問題じゃないのさ。それに、もしもボクがゾンヲリ君のお嫁さんになったら千年以上の歳月をず~~~っと末なが~~~くお付き合いする、なんて事もありえるわけだしね」


 ヨムは目の前に転移してきては可愛げのあるポーズをとりながら顔を近づけてくる。尤も、無表情では不気味さやシュールさの方が上回っていたが。


「ヨム、お前は本当に自由な奴だな」


「や~キミ達程でもないさ。ボクにはこの白い翼がついてるけど、このしがらみと建前で雁字搦(がんじがら)めになった翼では小鳥のように気の向くままに青空を飛ぶ程度の自由も許されてないし、自然の理を捻じ曲げる奇跡を使えても、ボクの魂は神の理に縛られ続けているからね。なんてね」


 そう言ったヨムの様子は無感情だがどこか寂しげだった。ヨムが"ありのままでいよう"とするのは、神の摂理に縛られ不自由であるが故なのだろうか。


「今の言葉は撤回しよう」


「おや、おやおやおやぁ? デレたかい? デレてくれたのかい? ゾンヲリ君。やっぱり可哀そうアピールが効いたのかな?」


 ヨムは首を危険な角度に曲げ、口元だけをニヤニヤさせながら顔を近づけてくる。


 本当に……面倒臭いな……コレ。


「……やっぱり今の言葉も撤回しよう。お前は自由だよ。ヨム」


 そして、程なくしてネクリア様はマナプールと結界陣の魔法陣を描き終えた。

 30歳まで童貞だったら魔法使いになれる……。一体だれがこんなことを言い始めたのだろうか……。


 なお、ゾンヲリさんの言った少年奴隷時代の"アレ"については……貴族の中には戦災孤児のショタを飼っておホモだちする系のブームがあるらしいぞ? ようするにアンジェさんと同じである。


 なお、貴族なだけあってせっかく潜在能力自体は高いのに、これで自分の潜在能力を射精と共にドブに捨てていく奴らが後を絶たないというのも中々悲しい話でもある。


 おホモ受け専子持ち人妻おっぱぶバーに入りびたらないと男の最強魔術師になれない……。魔導の深淵の業は深い……。システム的には強くなれると分かっていても、強さのためだけに自分からやろうとする奴が一体どれだけいるのだろうか……。


 童貞縛りどころか一人エッチ縛りも強要ですしおすし……。


 地味にブルメアさんやイサラちゃんやアンジェさんが強くなってる要因の一つが今回のお話なのさ……。ひどい話である

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