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第六十一話:悪い子のブルメア


 エルフの娘ブルメアは焦燥していた。閉じた木造扉の鍵穴に鍵を差し込み、ガチャガチャとせわしなく動かしながら。


――早く……早く開いて……っ。


 鍵束に吊り下げられた鍵の数は複数ある。また鍵が合わなかったのだ。


「見ているよ」


「ひっ」


 傍で(ささや)かれる死霊の呼び声で、ブルメアの全身はピクリと震える。


――だ……ダメっ……オバケには反応しちゃダメだってゾンヲリが言ってたのに。


 ブルメアは寸での所で呼び声のする方角に振り向くのを堪えた。全身に伝うのは寒気、怖気、生理的な嫌悪感。なのに身体は異常なまでに熱を帯びていて火照っている。


 恐怖と恐悦、相反する感情二つに翻弄されながら、ブルメアは心の中で必死に戦士の助言を心の中で復唱する。


 死霊の声は聞いてはいけない。死霊を見てはいけない。死霊に触れてはいけない。死霊に語り掛けてはいけない。もしも、これを守らなければ"奴ら"はよりつけあがる。と。


「見て、見て見て見て見て見てぇええええええ」


 背後から感じるおぞましい気配。醜悪な息遣いすらも聞こえてきそうな距離で、死霊はブルメアに囁き続ける。


「見ているよ」


 死霊はブルメアの眼前に回り込んで来る。黒い人型、目玉をくりぬかれたような両目には闇色の空洞が広がっている。それが、ブルメアをじっと見つめている。


「っっィ!」


 ブルメアは声を必死に抑えた。意思に反してガチガチと歯が勝手に鳴り出していた。目の焦点も定まらない。


――怖い……怖い……怖いよ……早くどこかへ行って……


 ブルメアは息を止め、死霊が目の前から立ち去るのをじっと待っていた。しかし、死霊はブルメアの正面からどこうとはしない。じっと見つめているのだ。


 そして……。


「はぁ~~~~~~……」


 死霊はブルメアに対して息を吐きかけるような真似をする。


 これに本来は臭いなどないし色も見えない、何の物質的な作用を及ぼす事のないブレス。だが……"見える者"には見えてしまう。暗黒に染まった醜悪な煙が、ブルメアの鼻孔を刺激し始める。


――臭い……臭い! 


 その瞬間、ようやく慣れかけてきた周囲の異常な臭気を再び自覚してしまった。男の体液の臭い、女の体液の腐った臭い、死臭、腐臭、媚香、それらがグチャグチャに混ざり合った常軌を逸した醜悪な臭いを、鮮明に思い出してしまった。


 ブルメアの翡翠色の瞳からは涙が出ていた。喉の奥から何かが込み上げてくる。


 ブルメアにはもう、耐えられなかった。


「近づかないで!」


 ブルメアは目の前の死霊に対し、護身用の短刀を振り回してしまう。だが、刃はするりと死霊をすり抜け、黒い肢体に手が触れてしまった。


「見た! 見た! 見た! 見た! 見たあああああああ!」


 死霊は狂喜する。邪悪な笑みを浮かべて叫ぶ。


「ひっ……」


 もはや、戦士の助言はブルメアの頭の中から消えてしまっていた。


 何故なら、ブルメアには見えてしまうのだから。そこら中に居る死霊達が、壁の中から、地面の下から、牢の中から、天井から、ありとあらゆる場所から湧き出てきては、ブルメアをじっと見つめていたのだから。そして、語り掛けてくる。


「みているよ。見ているよ。見ているよ。見ているよ。見ているみているみているみているみているみているみている」


 死霊達が集まりだす。そして、一人の女エルフをじっと見つめていた。


「い、いや……」


 もはや、冷静でいられるわけが無かった。恐れないわけが無かった。さっきまで死霊を払ってくれていた戦士も傍にはいないのだから。


「そ、そうだ……ゾン――」


「見ているよ」


「ひっ!」


 ブルメアは戦士の居るはずの教化室の方角に振り向いてしまった。安易に頼ろうとしてしまった。 さっきまで、何故振り向かないようにしていたのかも忘れて。


 並んでいた。沢山の黒い死霊達が、ブルメアの真後ろに並んでいたのだ。そして……・


「見た!見た!見た!見た!見た!見た!見た!見た!見た!見た!見た!見た!見た!みたああああああああああああ!」


 死霊達は一斉に狂唱する。音などそこには何も発生していないのに、聞こえる者には大気を揺らすような大狂声に。一斉に歪み始める死霊達の表情。歪んだ笑顔、闇色の瞳、ケタケタと嗤う声。


 それらが、全て、ブルメアの元に一斉に近づいてくる。


 

「ぃぁ……あっ!……ぅぁ!」


 ブルメアは叫ぼうとした。だが、恐怖のあまりに声が出ない。頭の中が真っ白になり、思考が上手く働かなくなっていた。


 だが、身体だけは覚えていたのだ。戦士に毎晩鍛えられてきた日々が、ブルメアに無意識の行動をとらせたのだ。


 ブルメアは走った。目の前を塞ごうとする死霊を避けて、脇目もふらず、本能に任せて出口を目指した。戦士にも褒められた自慢の瞬足で、必死に走ったのだ。その場にいた死霊達を置き去りにして。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 気がつけば、ブルメアは教会一階にある司祭の個室の中にいた。普段ならば全く疲れない程度の距離を走っただけなのに、息が切れている。心身共に疲れ果ててしまっていたのだ。


 ブルメアはさっと周囲を見回し、地下に沢山いた死霊達の姿がないことを確認すると、ペタンと床に座り込んでしまった。


「はぁ~~~~……怖かったぁ……」


 地上だからか、窓の隙間からは星明りが差し込んで来る。窮屈な石造りの空間はなく、死臭の臭いも薄れ、落ち着く香りのする蝋燭、木々で作られた生活環のある家具。


 それが、ブルメアに普段の日常が帰ってきたのだと錯覚させたのだ。


「……うぅ……立てない。まだ足が震えてるよ……。それにビショビショになっちゃった……どうしよう……」


 などとブルメアは安心して暢気な事を言い出しながら、顔を上げた時だった。


「見ているよ」


 眼前に死霊がいた。 引き裂けた口を大きく開けて、闇色の瞳でじっとブルメアを見つめていた。

 意識して緊張させていた膀胱が、再び完全に脱力しきってしまった。


「あ……あぁ……」


 ブルメアは完全に恐怖の虜になってしまっていた。徐々に近づいてくる死霊から目が離せなくなっていた。


「や……やだぁ……来ないでぇ……」


 そんなブルメアの懇願など、死霊は聞いてはくれない。黒い手で、ブルメアの頬を人撫でする。まるで愛おしむように、ゆっくりと。


「暖かい……」


「うあっ」


 触れられた感触はないはずの接触。だが、ブルメアにははっきりと感じ取れてしまった。冷たい手による愛撫、何か黒いモノが身体に入り込むような嫌悪感、身体に無理矢理触れられるという過去のトラウマ。


 それらがブルメアの身体をピクりと震わせた。


「や、やめて……何をする気っ。いやっ、いやぁ……入って来ないでよぉ……」


 死霊の冷たい手がブルメアの豊かな胸の中へと沈み込んでいく。最初は手の平、次は腕、と徐々に死霊はブルメアの中へと沈みこんでいく。


「ここ、空いてる。入れる。暖かい」


 そして、死霊の手の平がブルメアの根源的な部分に触れた。


「ァッ! ダメっ、そこだけはダメなの、やめて……」


「ここ、イイ。すごく暖かい」


「そこは、"ゾンヲリのための場所"なの。だからやめてよぉ……」


 本来、一つの身体に二つの魂が入り込めるような隙間などない。だが、ブルメアにはその隙間が生まれてしまった。己の身体に戦士の魂を何度も受け入れ続けてきてしまったことで。


 そして、ブルメアは自ら身体と魂をそれに適した形に作り替えてしまっていた。戦士が入りやすいように、快適に動かしやすいように、戦士の魂に深く触れられるように、と。


 そうして作り上げた玉座に、死霊が土足で乗り込み、居座り始めた。


「見ているよ。私はブルメア。ブルメアを見ている。ブルメア。ブルメア」


 そして、ブルメアの大事な部分に触れるや否や、べたべたと手垢を遠慮なく付けていく。


――っっ嫌あああああああ! あ、あ、え……? 声が……出ない……。身体も動かない……何で……?


――私ブルメア、ブルメアになった。ブルメア知ってる。知ってる


 死霊はブルメアの肉体を支配しようとしていた。


――拒絶しなきゃ……出ていって! お願いだから、私の身体から出ていってよ!


 ブルメアは強く念じて抵抗を始めると、僅かに身体が動くようになった。


「はぁ……はぁ……戻せ……。痛っ……」


 だが、身体が鈍い。鉛のように重くなっていた。立ち上がろうとしても力が入らず目の前に倒れ込んでしまう。


――どうして? どうして拒絶するの? 私ブルメア


 ブルメアの脳裏に死霊の声が響く。だが、声音はブルメアの声そのものになっていた。


「違う、あなたは私じゃない。出ていってよ」


――違うよ。違う。私はブルメア。ブルメアの事は何でも知ってるよ。だから私はブルメア


 ブルメアは思い知らされた。戦士がどれだけ自分に気を使ってくれていたのかを。


 戦士はブルメアの"魂源"には一切触れようとはしてこなかった。中に居る時は傍で静かに寄り添ってくれるだけだった。なのに、死霊はブルメアの魂源に何の遠慮もなく触れた。中にあるモノをほじくり出そうした。


 戦士は身体を使う時は緊急の時を除けば必ず事前に許可をとってくれた。制御権を受け渡す時にはお互いの中で手続きがあった。身体だって精巧なガラス細工に触れるように大切に扱ってくれた。


 なのに、死霊は無理矢理奪いとろうとしてくる。乱暴に身体を動かそうとする。


――私はブルメア。人間が嫌い。エルフが嫌い。男が嫌い。女も嫌い。コボルトも嫌い。ネクリアも嫌い。皆嫌い。大嫌い。殺したい。殺したい。


「何を……言ってるの? 私の声で、変な事を言わないで」


――私はブルメア。叩かれるのが好き。殴られるのが好き。首を絞められるのが好き。怒られるのが好き。触れられるのが好き。舐められるのが好き。


「違う…私そんなの好きじゃない……もういやぁ……助けて……ゾンヲリ……」


――好き。好き。私はゾンヲリ好き。大好き。


「えっ……?」


 その時、ブルメアの拒絶が一瞬弱くなった。"違う"と死霊の言葉を否定しなければならないのに、否定できなかったからだ。


――私はゾンヲリが好き。だから滅茶苦茶にされたい。滅茶苦茶にしたい。一つになりたい。ずっとずっと一つになりたい。


「や……やめ……」


 主語にその名前がついてしまうだけで、強く否定できなくなってしまった。


――私はずっと思っていたよ。ゾンヲリに触れられたい。触れたい。殴られたい。殴りたい。怒られたい。抱きしめたい。抱きしめられたい。ずっとずっと。


「私は女なのに、無力で可哀そうな女なのに」


また、ブルメアがブルメアの意思に反して勝手に喋り始める。


――あ……れ? 声が……でな……。


 ブルメアの中で自分が揺らいでいた。死霊を否定しなかったために、死霊の言葉に賛同を示してしまったばかりに。


「エルフが何だっていうんだよ。どいつもこいつも私を見るなり淫売と呼んで犯そうとしてくる。人間が何だっていうんだよ。どいつもこいつも私を見るなり鬼と呼んで見下して犯そうとしてくる。エルフも、人間も、ふざけるなよ。だから抱きしめてよゾンヲリ。私に優しくして」


 そして、ブルメアではないブルメアが剥き出しの憎悪を曝け出し始める。


「人間の血が何だって言うんだよ。エルフの見た目が何だって言うんだよ。好きで混ざり者になったわけじゃない。ああ……憎い。憎いよ。どいつもこいつも私の居場所を奪おうとする。臭いし醜いし鬱陶しいし殺してやりたい。だから私の代わりに殺してよゾンヲリ。全部殺して」


――違う。私……そんな事思ってなんか……


「黙れよ良い子ちゃん。私だって良い子になったよ? 沢山頑張って良い子になったら男共は喜ぶんだ。殴られても笑うんだ。怒られても笑うんだ。犯されても喜ぶんだ。そうしたら殴られなくなるんだ。首も絞められなくなるんだ。ごはんだって貰えるんだ。でもね、本当は私、悪い子なんだよ?」


――あっ……あっ……あっ……


「私汚いの、醜いの、嫉妬しているの、だから私からゾンヲリを奪おうとするネクリアが許せないの。ゾンヲリは私のモノなのに、私だけのモノなのに。私だけがゾンヲリの辛さを知っているのに、誰にもなれず受け入れられない気持ちを理解してあげられるのに。したり顔でいつも私の前にいる。許せない」


――お願いです……もうやめてぇ……もう私の中をかき回さないでぇ……これ以上おかしくしないでぇ……


 肉体の支配を奪われてしまったブルメアに出来るのは、ただの懇願だった。


「思い出せ。思い出せ。私は空っぽだよ。思い出せ。森と牢獄の中で男に媚びへつらって男の上に跨って喜んでた時の顔を。トカゲを剣で刺し殺した時の顔を。"初めて人間に矢を射って"殺した時の顔を、私の中にあるのはこの暗い疼きと肉欲だけ。この記憶だけが私の全て」


――違う……そんな記憶、私は知らない。"人間を殺したことなんて一度も無い"。えっちな事も知らない! 知らない!


 ブルメアには不自然な記憶の欠落があった。


 独房では市長達との行為の最中の記憶だけは思い出せなかった。男に触れられた瞬間からその後の記憶がないのだ。そして、気がつけば独房の中には誰も居なくなっていて、身体には痛みと事後の気持ち悪さだけが残っていた。


 そして、鉱山都市攻略戦で日喰谷に布陣されていた征伐軍の魔術師に対して矢を射ろうとした時、ブルメアには"撃てなかった"記憶しかないのだから。


――あ……あれ……なんで? 思い出せないの……?


「あはっ、そうやってまた誤魔化すんだ? ジャガイモ畑だっけ? そんなところから子供なんか生まれるわけないのにね? いつまで何も知らずに綺麗なままのフリをしているつもりなの? 馬鹿らしい。 ゾンヲリが見ていない時の私が"本当の私"なのに。あなたは良い子ぶってるだけのただの"偽物"なのに」


――にせ……もの……? 私……? 偽物なの……?


「あなたは、また"いつも"みたいに"私に任せて"くれればいいの。だから、今度は私にもゾンヲリを頂戴?」


――………


 ブルメアの意識は暗い淀みの中へと堕ちていく。完全に抵抗するのを諦めてしまったのだ。


「あはっ、やった。やっと出て来れた。"死霊(こんなもの)"でも案外役には立つんだ」


 ブルメア? は立ち上がった。そして、自分の胸を揉みしだき、肉の感触を一通り確かめるとウットリしたように溜息をついたのだ。


 さっきから肉体の主導権を握ろうとしていた死霊も、今は全く身動きがとれなくなっていた。そもそもの"力量"に違いがありすぎたために。


「んっ……はぁ……今会いに行くね……? ゾンヲリ」


 ブルメア? は、再び常軌を逸した臭気漂う地下墓地の階段を降りていく。周囲に漂う死霊のことなどものともせずに。


 その瞳からは"翡翠色"の輝きが失われ、冥い光と妖しさが宿っていた。

 無事鉱山都市の性女編のラスボスと化したブルメアさん。


 実の所、牢屋から出た直後のブルメアさんと最近のブルメアさんってキャラ全く違うくね? というキャラブレを二重人格という手を使って伏線にするっていうのは、実はただの後付け設定だったりするのはミンナニハナイショダヨ? 


 タイトルヒロインのはずのネクリアさん十三歳を差し置いてブルメアさんにばかり属性が盛られていくのは何故なのか……これが分からない。


 ゼ〇ギアスとベ〇セルクのフォ〇ネー〇さんの例の馬の話とD〇Dを足して3で割ったキメラパ〇リとか言ってはいけないよ!(ドゴォ

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