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第六十話:おっぱいでも揉むかい?

「ああ……痛いなぁ……血も、傷口も、こんなにも熱いのに、身体がだんだんと冷えていくんだね……。何かが少しずつ失われていくんだ。これが、苦しいって気持ちなんだね……」


 ヨムは血を吐きながら、仰向けのまま自身の穴の開いたハラワタに手を当てる。そして、血に染まった手をじっと見つめていた。


「言い残すのはそれだけか? 生憎、今の私ではお前を楽にはしてやれない。許せ」


 今のダインソラウスには【ソウルイーター】は付与されていない。だから、目の前の天使の首を切り落としたとしても、魂滅できず死の苦痛からは解放は出来ない。天使ヨムは苦痛と愉悦以外の感情を知らぬまま生を終え、死出の旅路に出るだろう。


 行き着く先が神の元か、地下の主の元に行くのかは私には分からない。だが、同情はしない。いずれは皆が通る道だ。


 止めを刺すために、振り上げた大剣をヨムの喉元へと振り下ろそうとした時だ。


「待ってよ」


 首の皮一枚という所で寸止めする。


「ボクを殺すのは、待って欲しいんだ」


「時間稼ぎか命乞いのつもりか?」


 何故、私は剣を止めた? 冷静に考えれば、話など無視してヨムに一切の時間を与えずトドメを刺すべきだった。私はもう、既にヨムに手札を全て見せた上で使い切っている。もう一度交戦状態に入ってしまったら、次は何万回戦っても絶対に一度も勝てないのだから。


「そう捉えてくれて構わないよ。でもね~、これはキミの為にも言ってるんだよ。現存している"大天使"であるボクを殺してしまうと、キミに対し討滅指令(バスターコール)が発令されてしまうからね」


「私のため……? 討滅指令(バスターコール)、だと? 」


「神、イリスを害しうる可能性のある"脅威"を天使達が総出で滅ぼすという命令さ。主に天界を裏切った天使を粛清する為に行われるんだけど、それ以外でも"大天使"以上の階級を殺害した対象にも発令されるんだ。そして、これはイリス教の"教皇"を通じてイリス教の信徒達全員に対しても命令される。つまり、"世界の敵"になるんだよ。そして、キミだけに限らずキミの関係者も皆"根絶やし"にされるんだ。キミはそれでもボクを殺すのかい?」


 天使ヨムの話を要約するならば、ヨムを殺せば世界の敵となった私の関係者……即ちネクリア様達もまた、天使達による粛清の対象となる。つまり、人質をとられたのだ。


「……その話が真実だという証拠はあるのか? でなければ信用できないな」


 鎖が絡みつき、締め付けてくる。選択肢が奪われていく。


「や~……キミも大概イジワルだなぁ……。今こうやってその剣を振り下ろしきらずにボクの話を黙って聞いてくれてる時点で信じてるようなものじゃないか……。証拠はそうだね、ボクを殺してみれば分かるよ? ど~ぞど~ぞ、ボクは一切抵抗はしないよ。あ、出来ればやる時はひと思いに頼むよ? やっぱり痛くて苦しいのはボクも嫌だからね」


 ヨムはそう言いながら、目を閉じて両手を広げ、首をダインソラウスに押し付ける。柔らかな肌に血の筋が伝う。


「一つ聞く、命乞いをするくらいなら何故抵抗しない。ヨム、お前なら今の状態でもソレが出来たはずだ」


 ……ヨムならば今の私がようやく得たであろう優位性など一手でひっくり返せる。例えば、転移と同時に【ヒールライト】を無詠唱(ゼロキャスト)で使用するだけだ。待ってよの"待"の字を発言する間に出来てしまう事を、ヨムはあえてやっていない。


 命乞いなど、ヨムがする意味はない。


「ボクはね、キミの"選択"を尊重したいんだ。だからこれはね、ボクの試みを乗り越えてくれたキミへのご褒美みたいなものだと思ってくれていいよ」


「それで自分の死すらも(いと)わない理由はなんだ? とてもまともだとは思えないな」


「や~……キミがそれを言うのかい? そうだね、ボクにとってはどっちでも良いのさ。キミがボクの身体と力を奪って今すぐ天界に挑むという展開も面白そうだし、キミがボクを生かすことでボクの好感度を稼ごうって展開も面白そうじゃないかい? あ、でもボク的には後者を選択してくれた方が嬉しいな。まだまだキミが悶え苦しんでくれる姿を見る事が出来そうだからね」


 ……仮にヨムを殺し肉体を奪っても、私はヨムの使う魔法や奇跡を使えるようになるわけではない。身体能力は低くはないが、一体でも厄介な"天使達"と戦うにはとても十分とは言えない。勝算が全くない。


 だが、仮にヨムを生かしたとすれば、ヨムが結局"天使達"に私という存在を報告し戦うことになるだろう。私がこの場で口を割らずに滅べば"討滅指令(バスターコール)"の発令という最悪の展開だけは防げる。ネクリア様達に"飛び火"することだけは防げるのだ。


 どちらの選択肢を選んだとしても、私は既に"詰んでいる"。 こんな悪辣な二択がご褒美とはな、ふざけている。


「つまり、お前は私がより苦しむ姿を見たいというわけか」


「そうだよ~」


 私が信じたヨムという人物像とは矛盾しない。戦いの最中で私に見せた愉悦、アレだけは嘘ではないと確信できるのだから。


「……お前を信じよう」


 ダインソラウスをヨムの首筋から静かに引き揚げ、力無く降ろす。


 ……もはや、信じる、信じないは関係なかった。そうするしかなかったのだ。戦う理由を他者に委ねてしまっている私には。


「じゃあ、信じてくれたみたいだからもういいよね。はい。【ヒールライト】」


 ヨムは急にガバっと上体を起こすと、【ヒールライト】と言葉を発した。すると、腹部に空いている風穴が光に包まれ、光が消え去るとそこには傷一つ無い綺麗な白い軟肌があった。


「……」


 さっきの戦いでようやく付けた傷も、今の一瞬で治されてしまった。もはや、勝ちの目はない。


「あ~痛かったなぁ……。キミってばほんと酷いよね。儚げ美少女なボクの下半身に、そんな黒ずんで大きくて凶悪な硬い棒を無理矢理ねじり込んでくれちゃうんだからさぁ。ボクの初めてだったんだよ? 乙女の純血を散らした責任を取って欲しいよね」


 奇跡では破損した衣服と頭の中身までは治らないのか、ヨムは露出している下腹部を(さす)っている。


「ならばもう一度コレをねじ込んでやろうか? グリグリと中も抉ってやる。慣れると案外気に入るかもしれないぞ?」


「や~……ボクが悪かったよ。流石にそれはもう遠慮するよ」


 そう言うと、ヨムは私に向けて手を差し伸ばしてきた。そして、笑みを浮かべながらそのまま固まっている。


「……ここはねぇ、可愛くてか弱い美少女であるボクの手をキミがとって立たせてくれる感じで、ボクの好感度を稼ぐ場面じゃないのかな?」


 馬鹿馬鹿しくて思わず溜息が出た。コレはやっぱりネクリア様と根っこは同じ種族なんだな、と思ってしまった。


「手を掴まれたいのか? この血まみれの死肉に」


 【獣躙払車輪剣】の反動でズタズタになった私の右手からは、抉れ出た肉と血液が滴り落ちている。その汚らしい部分をヨムに見せつける。


「嫌だけど。そこはね~、キミの為に嫌じゃないフリをしてあげるのが乙女の甲斐性だと思わないかい?」


 自分で言っては世話がないな。


「だろうな。だから黙っていたんだが」


 それでもヨムは手を伸ばして固まったまま動かなかったので、仕方なくこちらが折れる形で手をとって立たせてやることにした。純白の天使の装束や手が血で穢されていくというのに、ヨムは気にする素振りを見せない。


 天使の手は暖かった。当たり前か、悪魔の手も暖かいのだから。


「ボクの身体に初めて触れて傷物にしたのがキミだよ~? どうだい? グッときたかい? 欲情したかい? 罪悪感を感じたかい? 今キミがどんな気持ちなのかをボクに教えて欲しいな」


 さっきまで殺し合いをした仲だというのに、ヨムは両手で私の手を握りしめ、今すぐ顔面を殴り飛ばしたくなってくるようなニヤニヤした笑みを浮かべながら顔を近づけてくる。


 顔が近い。距離の詰め方がおかしすぎるぞ。


「っ!? 離れろ」


 ヨムの手を振り払って距離をとる。


「あれ~……? おかしいね……。ゾンヲリ君のように身体の汚さとか臭さにコンプレックスを抱いてそうな男の子なら、こうやって美少女であるボクが気にしないアピールをしてあげることで好感度が上がると思ったんだけどな~。う~ん、ボクもまだまだ勉強が足りないのかな……それとも教材にした司祭が良くなかったのかな……う~ん……」


 理解したぞ。コレのおふざけに一々付き合ってると日が暮れる。


「ヨム、結局お前は何がしたかったんだ?」


「暇潰し? や~、怒らないでよゾンヲリ君」


 首をひねっているヨムに対し、無言のままダインソラウスの切っ先を向ける。


「では、その暇つぶしが済んで満足した後はどうするつもりだ?」


「や~ど~しよ~かな~。ど~して欲しい? ゾンヲリ君。あ、ボクのおっぱいでも見るかい?」


 ヨムは腕を後ろに組みながら腹の立つ二ヤケ顔を浮かべて距離を詰めて来たかと思えば、思い出したかのように両手で胸を押しあげるような素振りを見せてきた。

 

 思わずダインソラウスでヨムの首筋を切り払ってしまったが。やはり当たらないか。転移で躱され、転移で元の位置に戻って来た。


「ふざけているのか?」


「や~ボクは至って真面目さ~。ボクの手を取ってくれるのを選んでくれたゾンヲリ君への心ばかりのご褒美をあげたいと思ってね」


「神の支配下に置かれた天使のお前と、お前の神に刃を向けようとする私はどうあろうと敵同士でしかないのにか? 何が本当の目的だ」


「キミは本当にそう思うのかい? それはちょっと短絡的じゃないかな? ゾンヲリ君」


「なら別の道があるとでも? どの道、お前を生かして帰せばこの場で起こった出来事は天界に報告するのだろう?」


「ん~確かにここで聞いた事は報告はするかもしれないよ? でもそれって上から召還命令を受けない限りは別に"今すぐ"やらないといけない規則はないしね。だから5年くらい放っておいてもキミ如きを気にする天使なんて多分ボクくらいだよ~? 皆規則には厳しいクセに時間に関してはかなりルーズだしね~」


「……理解できないな。 悪魔の私に有利になるような行動をするのは天界の規則とやらに触れるんじゃないのか?」


「や~確かに人間や悪魔に有利になるように肩入れしちゃったらボクは罰されちゃうよ? でもキミは単に"自称"しているだけで人間でも悪魔でもない、ただの"霊魂"だからね」


「馬鹿な、シスターも司祭も私と口約束を交わしただけで規則の禁足事項に触れたぞ」


「"規則(ルール)"なんてものはね、どんなに厳密に定めても"曖昧"なんだ。だから解釈や認識次第で違反の境界なんて都合よく変わるものだよ。だからね、規則(ルール)規則(ルール)を上手く使える者の味方なのさ。覚えておくと便利だよ~~~?」


「違反の境界が変わる……だと?」


「ゾンヲリ君。例えば、人間達が過去に作ってきた規則の中には"生類憐みの令"なんていう、この世に存在する"全ての動物"を殺してはいけない、なんて(うた)っている中々イカれた感じの規則があったりするんだけどね? 地面を這ってる小さなムシケラを人間は一々気にして歩かないし、踏んづけて殺してしまっても誰も気にしないし、それを見ても誰も罰しようとはしないんだよね。哀れなムシケラだって同じ動物に区分されるはずなのにね? おかしいよね? でもここで、私はムシケラという動物を踏んづけて殺してしまいましたって"罪を自白"したなら流石に罰されてしまうんだよね」


「ならば……お前達天使やイリス教徒達は、規則を破ったという自覚、即ち、心からの"背信"が無ければ咎められないのか」


 シスターアンジェや司祭が奇跡を剥奪された理由。それは……私を悪魔と"認知"した上で、神に背を向けるような約束を交わした事で"明確に背信を自覚"してしまったからに他ならない。逆に言えば、私を人間や悪魔と認知しないだけでいい。


 哀れなムシケラ如きに一々規則を適用するなどとおこがましい……というわけか。


「そうだよ~? ボクは至って真面目な天使だからね~規則なんて破った事はないよ。ボクがこうしてキミを贔屓にするのは、キミを鍛えてより優秀な天使となってもらう為だって口実をつけることもできるのさ」


 だが、口で言うのは易くても心からそう思い込むのは難しい。ヨムのこの一見ふざけた態度も、天界を欺くために自らの感情や心すらも欺いてるというのか。


「ヨム、お前は何故そうまでして私にこだわる?」


「ボクはね、キミが好きになってしまったんだ。その弱いくせに虚勢を張っちゃう姿が愛しいんだ。無知蒙昧で浅はかなクセに必死に足りない考えを巡らして頑張ってるキミの姿が恋しいんだ。 無様で、惨めで、哀れで、なのに藻掻いて、足掻いて、苦しみながらも懸命に虚しい努力をし続けてしまうゾンヲリ君の姿が大好きなんだ」


 これ程の美女に"好き"と一度言われてしまえばグッと来てしまうのが悲しい男のサガだ。だが、ここまで好きを大安売りされると感慨もクソも沸かない。 


 今からでも遅くはない……。


「やっぱり殺してやろうか?」


 ダインソラウスでヨム目掛けて今可能な全力の刺突を繰り出す。しかし、ヨムは転移して避けてしまう。


「や~……実際にその物騒な剣で刺しながら言わないで欲しいな……。ボクだって刺されると痛い事は痛いし血だって流れるんだからね? それともう時間切れ~~。だからキミにはもう殺されてあげないよ~」


 ヨムは言い終えると、転移でさっきまで会話していた位置に戻ってくる。


「……どこまでもふざけた天使だな。結局何がしたいんだ、お前は」


「や~……仕方ないなぁ。じゃあ大好きなキミの為にトクベツに素直に教えてあげるよ? ボクはね、ただ知りたいだけなんだ。"先任者"達は地上で何を思い何を感じてきたのかをね」


「先任者とは何だ?」


「天界から地上に降り立った堕天使、つまり今の悪魔達のことだよ。ああ、でも彼女の気持ち、今はボクにもちょっと分かるんだよね。キミといる瞬間がここ数百年間生きてきた中で一番面白いって感じてしまうから」


 依然として表情筋と目が死んでるが、初対面の時よりはヨムの表情が多彩になったようにみえる。数百年間という長い時間、ヨムは喜びも怒り悲しみも楽しみも痛みも快楽もない世界を生き続けてきたのだとすれば、地上にはある物は全て新鮮に映るのだろう。


「はぁ……つまり"面白そう"だったから遊びにきた以上の理由がない……と。それで、今丁度面白そうな玩具を見つけたと言いたいわけか」


「や~……ゾンヲリ君。キミのその、ボクの事をちゃ~~んと見て理解しようとしてくれる所も好ましいと思ってるよ」


「私は、お前のような煩くて傲慢でふざけた天使が大嫌いだよ」


「ボクを天使と認識してくれた上でそういう言葉をかけてくれる所も愛しいね。他の人達なんて酷いんだよ~? ボクの事を堕天してるだとか悪魔だとか決めつけてくれちゃってさぁ。それでね――」


 ほぼほぼ正論だろうに。とは言う気もおきなかった。どうせヨムに去れと言っても去らないなら、こちらから去ってしまうのが手っ取り早いな。


 それに、ヨムがすぐに天使達に告げ口しないつもりだと言うならば、ご機嫌取りをする必要もない。


「では、私は待たせている相手がいるからそろそろここを去る事にする。達者でな」


「うんうん、分かったよ」


 ヨムを背にする形で会話を強引に打ち切って書斎から足早に立ち去ろうとすると、ヨムはぴったり背後についてくる。見下ろせるように少し浮いた状態でな。


 ……もうさっきまでの会話の流れで、ずっと嫌な予感はしていた。


「……分かってはいたが、やはり私に付きまとってくるつもりか?」


「や~……付きまとうだなんて誤解だよ。ボクはね、キミを"見守って"あげたいんだ。キミが何を成し、何を失い、どんな道を進み、どういう結末を辿るのかをね」


「……監視の間違いじゃなくてか?」


「や~……そこはほら、ボクの事情も組んで欲しいな。だから基本的にはキミが"望まない限り"はボクからはキミに何にかするということはないし、キミの邪魔もしない。もしもボクが居る事でキミに迷惑がかかりそうなら姿だって隠してあげるよ。 まぁ、たま~にこうして傍で"独り言"を言うし、天界の規則に反しない程度には勝手に動き回ってる事はあるかもしれないけどね」


「……おい……いつまで続けるつもりだ?」


「ず~~~~~っとだよ。ボクはいつだってキミの傍でキミの事を見守ってあげるよ。例え、ボク達の行き着く先が深淵の果てや地獄の底であったとしてもね」


 "こんなの"に四六時中付きまとわれるだと……? 呪いにしても性質が悪すぎる。


「……勘弁してくれ」


「嫌だよ」


「なら、私が望んだ時はお前は何をしてくれるんだ? ヨム」


「そうだね~。じゃあ一緒にお喋りしてあげよう」


 ヨムは正面に回り込むとずいっと顔を近づけてくる。


「必要ない」


 ヨムを避けるようにして通路を進む。


「じゃあ、ボクの姿を見せてあげよう。あ、おっぱいでも見るかい? 形には結構自信があるんだ」


 ヨムはまた目の前に回り込んできては唐突に服を脱ぎだそうとする。


「必要ない。服をたくし上げるな」


 またヨムを避けるようにして通路を進む。


「う~ん……じゃあボクの身体を触ったり揉んでみる? 世にも珍しい美少女天使のおっぱいだよ~~? あ、でも羽だけは触っちゃダメだよ、実は結構デリケートな部位なんだ。羽が禿げちゃった姿はキミに見せたくないしね」


 そう言いながら、ヨムはまた正面に回り込んできては胸を強調するようなポーズを見せつけたり、羽をパタパタ動かしたり、毛づくろいするような仕草をした後、抜け落ちた純白の羽を一枚摘まんで見せてくる。


「…………必要ない」


 くっ、一瞬気の迷いが生じた。それを気取られたのか、ヨムは顔を覗き込んできるなりニヤニヤしている。とにかく、ヨムを避けるようにして通路を進む。


「や~こんな美少女にここまで言わせておいて何も手を付けないだなんて……キミはちょっとイジワルじゃないかい? それとも、もしかして……同性愛者や不能だったりするのかい? クスクス」


 私は精神上では男性でも、ネクリア様やブルメア様の身体を借りている時の性別は生物学的に女性になっている。つまり、ある意味では同性愛者とも言える。ゾンビの時は生理活動も停止しているために不能と言っても差し支えない。


 そして、ブルメアからは散々イジワルと言われてきている。


「否定はしない」


「仕方ないなぁ、それじゃあ、キミはボクに何をして欲しいんだい?」


「頼むから何もしないでくれ。目の前から消えてくれ。私からお前に望むのはそれだけだ」


「ごめんごめんって。ついつい楽しくてキミをからかいすぎたよ。だからお詫びにだけど、もしもキミがどうしても辛くて、苦しくて、悲しくて、どうにもならないと感じて、絶望して何もかもを諦めたくなってしまった時に、"一度だけ"キミだけの為にキミが望んだ通りの"奇跡"をボクが起こしてあげるよ。まぁ、所詮ボク如きに出来る事だからたかが知れてるけどね」


「その代償は?」


「天使になってボクと二人っきりで一生お喋りするってどうだい?  時の最果てまでずっとね」


 まだこの話を引っ張るつもりなのか、コレは。


「勘弁してくれ……私がお前に何かを頼むような事はない」


「うん、ボクもそうならないように祈っててあげるよ、ゾンヲリ君。っと、どうやらボクはそろそろお邪魔虫みたいだね? だから今は一旦姿を隠してあげるよ」


 そう言い残すと、ヨムは有無を言わずに姿を隠してしまった。


「お、おい」


 まだ近くにヨムの気配は感じ取れる。


 これは、そこにヨムが"居る"と知っているからこそ、透明無臭無音に隠ぺいしていても気付ける違和感だ。注意深く探れば"魔霧や風の流れ"までは完全に隠遁しきれていないように。人一人分がそこに居る事で生じる"自然"が発生しているはずなのに、何故かそこには人が存在しないように隠そうとしてるといった不自然が僅かに発生しているというべきか。 


 これは、ヨムのような存在がいる、と認識していてかつ警戒しているからこそ辛うじて気付ける程度の些細な違和感でしかない。


 近くなら周囲の魔霧の濃さなどで十分判別できるが、距離をとられた状態では"視線を送られない限り"はまず気付けないだろう。それ程の見事な隠遁術だ。


 出来れば、敵にはしたくないな。


「……あれは」


 地下1階入り口の十字路が見えてきた。そこには……人影がいた。いてはならないはずの人物が、あってはならないはずの様相で。

無事ゾンヲリさんにストーカーする人が増えました。


 なお、使える能力は非常に強力なくせに"規則"のおかげでストーキングくらいしかまともに出来ないという有様です。お助けキャラの悲しい宿命という奴ですね。はい。諜報能力担当としては割と自由にやれるフリュネルちゃんで被ってるという有様。



実はラスボスはヨムちゃんではありません。

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