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第五十九話:聖絶の光槍

※ 今回も長いです。ボリューム1万字


「さて、ボクが【奇跡】を使う名目だけど……そうだね、その辺に居た邪悪な野良アンデッドを浄化する為ということにしておこうか。これなら人間には肩入れはしてないからね。うん。あ、それと一応最初は軽く試みてあげるけど、これに当たると魂ごと消滅するから、そのつもりで避けてね? ゾンヲリ君」

 

 天使ヨムは転移で俺から距離をとると、片手を高く掲げる。すると、光の粒子が手元に集い始め、次第に青白い鋼の"槍"の形へと変貌していく。今までに一度も見た事のない【奇跡】だ。


 いや、これは……類似している。氷術の上級術【フリーズランサー】と。だとすれば――


「主の御名の元へ、地を這う哀れな魂を捧げよう。下れ裁きの光槍よ、この者達に安息と眠りを与え給え……【聖絶の光槍(ヘイレムドゥームス)】」


 そして、槍の穂先が青白く激しく燃え上がると、天使ヨムの手から消えた。違う、消えたのではない。投射されていたのだ。目では到底捉えられない程の速度で。


 咄嗟に、ダインソラウスを盾代わりにしていた。


「っ!? おおおおおおっ」


 光槍を受けた瞬間、腕ごと抉り取られそうになる凄まじい衝撃が手首から全身へと伝わる。投射角に対して斜めに受け流して辛うじて光槍は反らせたが、光槍が通り過ぎた先にあったのは風穴。


 そこにあったはずの本棚はおろか、何層にも重なる土と岩石の壁すらも、まるでそこには何もなかったかのように、先の見えない深い闇のような虚空だけが広がっている。


 ……もし、光槍を受け流す角度がほんの少し違っていれば、一撃でダインソラウスごと貫かれかれていたか、胴体をもぎ取られてしまっていただろう。


 それ程の威力だった。今のを防げたのは……たまたま運が良かっただけだ。


「なんてね。別にこんな仰々しい口上なんか要らないんだけどね。すごいよ~ゾンヲリ君。ちゃんと凌いだね~パチパチパチ」


 天使ヨムは挑発的に拍手をしてみせる。


「でも不思議だね~。どうして聖絶の光槍がキミに凌げたんだい? 参考までに教えて欲しいな」


【精霊魔法】による攻撃は各属性も含めると無数に存在する。だが、どの属性の魔法においても、"類型"が存在し、それらを大きく分類すると、投射、放射、拡散、起爆などが存在する。


 例えば、【ファイアーボール】や【ストーンバレット】や【ソニックスラッシュ】などの魔法は、全て術者の"手元"で生成した魔法物を対象に目掛けて高速で"投射"するのだ。速度、威力、効果などには違いはあれど、投射という性質自体は変わらない。


 そして、今放たれた【聖絶の光槍(ヘイレムドゥームス)】は投射系の術の中でも極めて強力な魔法である【凍葬零槍(フリーズランサー)】に酷似した性質を持っている。直撃すれば問答無用の一撃必殺の貫通力、極長射程、物理的投射物、目視困難な凄まじい投射速度、か。


 ならば、対処方法はそれらと全く変わらない。しかし、何故ヨムは【ディスペル】ではなくこんな奇跡をわざわざ使った? いや、今は次に備えろ。目の前に集中するべきだ。


「勘と経験則から予想がついた。それだけだ」


「ふ~ん? それじゃあ今度は二本、いってみよ~か。【ほい】、【ほい】」


 先ほど物々しい詠唱と共にゆっくりと作り上げらた光槍が、今度はすぐ様に二本生成される。そして、ヨムの「ほい」という分かりやすい合図と共にこぎみよく投射されてくる。


 一射目を軸をずらし紙一重で(かわ)し、二射目は聖銀の短刀で真横からパリングして凌ぐ。正面に対し凄まじい威力を誇る光槍も、物理的投射物であれば真横からなら容易く弾ける。


「それはもう、一度"見た"ぞ」

 

 投射されてから"着弾までの瞬間"は最初にダインソラウスで受けた時に見切った。そして、一度"照準"して投射されてしまった光槍は後から"追加制御"や連鎖起動詠唱(トリガーチェインキャスト)されずに光の粒子と化して"消滅"する事も確認した。


 これならば、一度投射された光槍を"壊しておく"必要はない。


 ……仮にもしも相手が"狡猾な魔術師"だったならば、忘れた頃に戦場に潜ませておいた"氷槍"を再制御して背後から刺してきたり、氷槍が溶けて生じた水をうっかり踏んだら【水爆破(スプラッシュ)】や【氷結尖塔(フロストスパイク)】や【路面氷結(アイスバーン)】を遠隔連鎖起動して俺の機動力を奪いにくる、なんて味な真似をしてくれるものだが。


 ヨムは随分と素直に魔法を使ってくれる。これならば、幾分かは"やりやすい"。


「わお……すごいね。キミにはこれが見えてるんだ?」


「見えてはいない」


 一度放たれてしまった光槍は確かに見えない。光槍の生成自体も類を見ない程に速い。だが、光槍が生成されてから放たれる前までの"予備動作"自体が速いわけではない。狙いを"定めて"から発射するまでにも多少の"間"がある。


 ゆっくりと歩きながら、天使ヨムの元へと近づく。


「じゃあ今度は八本でどうかな~?」


 ヨムの背には八本の光槍が円を組むように出現し、こちらへ目掛けて一斉に照準を"定める"と、順番に連続射出する。


「芸がないな」


 パリングされる事を警戒してか、間髪いれずに連続で射出してそれを防いだつもりなのだろうが。ならば"跳ぶ"だけで事足りる。光槍の投射先が"俺を狙っている"限りな。


「あら……?」


 獣のように姿勢を低く屈めて跳躍して光槍を回避しながらヨムへと肉薄する。そして、空中で両手に持ち替えたダインソラウスを横に振りかぶる。


「死ね」


「うわっと!」


 天使ヨムの脇腹を両断するように薙ぎ払う。だが、手ごたえは無い。ヨムは目の前から消えていたのだ。 

 すぐにヨムの転移先を目で追うと、ヨムは"二度目の転移"を行っている所が見えた。そして、完全に距離を離され、振り出しに戻ってしまう。


「外したか」


 尤も、今のが当たるとは始めから思ってはいない。小手調べだ。


 転移の方角は、また"同じ"か。さらに、転移を二度に分けて距離を取り直したことから、どうやら、一度目の咄嗟の"回避"に使用する転移は完全に"癖"になってしまっているらしいな。


 そして、何故転移を一度で行わずに"二度に分けた"のかについて推測する。


 二度目の転移をする際に、ヨムは転移先を中心に捉えるように"見ていた"。これは、"精密"な位置に転移をするためには"事前の目視"が必要になる程度の制約があるかもしれない。単純に癖を"自覚していない"可能性もあるが。


「や~……。あはは……今のはちょっとヒヤっとしたよ」


 光槍発動直後に後隙がない。これが厄介だな。


 本来、強力な魔法は制御し続けるためには発動から終了にかけて集中を維持し続けなくてはいけないため、身体の動きに"多少の乱れ"が生じやすい。即ち"後隙"が生まれる事があるし、魔法の同時詠唱(マルチキャスト)自体がそもそも難しいのでそこで回避行動に意識を向けられなくなる。


 だから、光槍と転移の同時詠唱が出来ない可能性にかけ、光槍を回避するのと同時に攻撃を仕掛けてみたのだ。

 

 結果としては、転移と光槍の同時詠唱程度ならお手の物というわけだな。いや、ヨムは先ほどの俺の斬撃を(かわ)した際に僅かに"焦り"があった。ならば、同時詠唱ではなく投射した光槍の制御を即座に"放棄"することで後隙を減らし、迅速に転移できるようにしているのかもしれない。


 ならば、ヨムは攻めではなく"保身"や"身の守り"に重きを置いてる。


 ……今の応酬で確信した。


「……確かに、ヨム、お前は"弱い"な。これならばまだ、怯えて震えているだけだったエルフの小娘の方が遥かに怖かったぞ」


 天使ヨムは戦闘に慣れていない。例えば、光槍の射出のタイミングについても"単調"だ。多重詠唱しても光槍の"発射間隔"が全て同じで"発射速度"にも変化や工夫がない。これでは幾ら強力な魔法であっても容易く攻撃が読める。この肉体でも回避が出来る。


 例えば、ほんの少しだけ八本の光槍の射出間隔や速度に緩急を交えたり、俺の先の動きの"読んで"狙いを絞る、フェイントを入れるだけでも避けたりパリングが困難になるというのに、それをやろうとしていない。


 これは、己の魔力を過信するあまりに"戦闘感覚"を培って来なかった魔術師。特に、"完全な手癖"、無詠唱(ゼロキャスト)による最大の全力攻撃だけを使いたがる魔術師によくありがちだ。


 実に、傲慢な天使らしいな。


「……なんでだろうね。自分で言うのはいいけど、他人から言われるとムっとするよね」


 怒りは思考を鈍らせ冷静さと集中を欠く。魔術師は最後までクールであり続けろ。誰かがそう言っていたようにな。だから、このようなつまらない煽り一つで敵の思考をかき乱せるのなら安い。何度でも言ってやる。


「次は殺すぞ?」


「次は殺す? あははははっ。面白い冗談だね。キミはボクに触れる事すら出来ないじゃないか」


 ヨムは光槍を十重二十重(とえはたえ)に生成し、俺の四方八方をとり囲むように展開し始める。空中に展開されている槍先が目掛けるのは、全て俺の胴体だ。


「……それで全力か?」


 取り囲んでいる光槍の総数は三十二本。俺の知る限り【フリーズランサー】を使えた魔術師の同時詠唱限界は八本だった。しかも光槍の生成自体にそれ程時間をかけていない。出鱈目(でたらめ)だな。


 天使と人間ではそもそもの備えている魔力の桁が違うというわけか。


「や~……あまり怖い顔で睨まないで欲しいな。キミに睨まれていると、なんかこう、全身がゾワゾワしてくるんだ。 これってどういう感情なのか知ってるかい?」


「恐怖だ。見えているぞ、お前の恐れもな」


「ボクが、キミを恐れてる……? キミは状況が見えているかい? どこにどう跳ぼうが串刺しだよ? 今ならまだ、キミを許してあげられるけど?」


「やってみるがいい。"その方法"で俺を殺したいのなら、せめて今の5倍は用意しておけ」


 地上からは水平に取り囲んだ16本の光槍が、空中から俺に目掛けて16本の光槍が、それぞれの位置から狙いを定めている。仮にこれの斉射を二度に分け、一度目で俺に回避動作を行わせ、二度目で回避動作そのものを狩りにこられたらお手上げだが。


 それが始めから出来ているのなら、二本の光槍もあれば俺を仕留めるに事足りる。ただのこけおどしだ。


「言ってくれるね。後悔しても遅いからね【ヘイレムドゥームス】」


 全ての光槍が一斉に同時射出される。直前の瞬間を見計らって獣のように姿勢を低くしながらヨムへ目掛けて跳ぶ。


「っ!」


 1本の光槍が頭上を掠める。地上の光槍の矛先は"足"を狙わずに当てやすい"胴体部"を照準してくれていた。"同時詠唱"を増やせば一つ辺りの槍の精密な動作指定が犠牲になる。だから、"一斉射撃"のようなより"単調"な使い方をするしかなくなる。


 ネクリア様が【アニメート】した大量のゾンビに対し一斉に指示を送る際にも同様の問題を抱えていたようにな。


 ならば、こんなもの、真正面から下を潜ってしまえばいい。 


 ダインソラウスで薙ぎ払うために横に振りかぶろうとすると、ヨムは俺に近づかれるのを恐れたのか姿を消し始める。転移だ。


 ならば――


「ォオオオオ!」


 ダインソラウスを地面へと突き刺し腕力で強引に着地し、それを軸としつつも両足と残った片手で地面を滑らせながら制動し、低空跳躍の勢いを殺さぬよう"軸回転"によって方向転換を行い、予測していたヨムの再出現位置に目掛けて再度跳んで加速する。


 【獣躙払車輪剣(じゅうりんほっしゃりんけん)


 四足の獣としても戦ってきた俺の両の手は、今や第二の足としても使える。ヒトの二足では出来ない戦闘機動も獣であれば可能とする。


「死ねぇい!」


 眼前には転移を終えたヨムが出現する。肉が抉れ血の滲む手でダインソラウスを握りしめ、目の前に現れたヨムを横一閃に薙ぎ払う。


「いいっ!」


 大剣は空を虚しく薙ぎはらった。殺し損ねた。ヨムの再転移がギリギリ間に合ってしまったのだ。


 ならばもう一度追撃を……、いや、ダメだ。もう遅い。


「チィ、これでは届かないのか」


 無理矢理の方向転換を行う為に使った腕や足の骨が既に折れかけている。この身体ではもう一度【獣躙払車輪剣(じゅうりんほっしゃりんけん)】を使用するのには耐えられない。仮に無理に使ったとしてもさっきより技のキレが落ちるのでは転移で(かわ)される。


「はぁー……はぁー……」


 天使ヨムの呼吸が荒い。体力的に疲労しているかあるいは、動揺と恐怖によるもの。ならば、こちらの余裕の無さをヨムに気取られないようにしなければ。


「お前には、そんな表情もあるんだな?」


「あ、あはは……何を、言ってるんだい?」


「顔から余裕が消えているぞ? ヨム」


 ヨムの無表情の笑顔が崩れている。一歩歩み寄れば同じ歩幅分ヨムは後ろに下がろうとする。


「……なるほどね、さっきから胸の辺りのドキドキが煩くてたまらないんだけど……これを、恐怖って呼ぶのかい? また新しい事を学べたよ」


 そして、一歩下がる度に一つ光槍を出しては射出してくる。正面から、上から、左右から、不規則に。それら全てを最小限の体捌きで躱しながら、ヨムの元へと一歩ずつ詰め寄る。


「ああ、もう! 何で当たらないんだ!」


 壁際に追い詰められるとヨムは転移して反対側へと逃げだす。 光槍によってムシケラの巣穴のように穴だらけにされてしまった書斎(しょさい)は、バラバラに散らかった本や倒れた本棚で荒れ果てている。


「芸はそれで終わりか?」


 まだ俺に狙える勝ち筋があるとすればヨムの"魔力切れ"だ。いくら膨大な魔力を持つ天使と言えど、保有する魔力は"無限"ではない。四大魔公であったネクリア様の父君ネウルガルですら死霊術で100体分魂呼びを行えば魔力が枯渇するように。


 ヨムがこのままひたすら【聖絶の光槍】を使い続けてくれるというならば、最低限の動作で凌ぎ続ければいずれ枯渇するだろう。 特に、調子に乗って三十二本も無詠唱(ゼロキャスト)同時詠唱(マルチキャスト)したのが響いているのか、光槍の生成速度が目に見えて遅くなってきている。


 いずれ"転移"に割ける余剰の魔力も無くなる。その機会を見計らって殺す。


「ああ、ごめんごめん。キミには【聖絶の光槍】はちょっと退屈だったみたいだね。だから趣向を変えてあげるよ」


 ヨムは両手を前にかざす。戦士としての勘が告げる。


 何か別の事をしてくる? "予備動作"から判断すると恐らく"放射"だ。火炎放射のように"継続的"に魔法を照射し続ける類型の魔法ならば、とにかく障害物や地形を盾にして射線上に立つことだけは避けなければいけない。だが、放射の魔法は"後隙が多く"威力自体も魔力が分散しているので低くなりがちだ。


 躱せば好機。最悪この死体の身体を犠牲に"食らいながら"でも反撃できる。


 ヨム手元に光の火花が集い迸り始める……照準の瞬間に真横へと跳ぶ。そして、放射された"閃光の矢"を回避し――


「【チェインライトニング】」


「ガアアアア!?」


 突如、何かに打たれ全身が火達磨になって焼けるような痛みが巡った。被弾した。足を止めずに効果範囲から逃れようとも、意思に反して身体を全く動かせない。身体が、痙攣、"麻痺"している!?


 地面へと崩れ落ちていく最中、視界に捉えたヨムは愉悦の笑みを浮かべていた。両手からは、"稲妻"を照射し続けながら。


「や~……跳んで避けられるなら最初からこうしておけばよかったよ。あ、ゾンヲリ君、ボクが【精霊魔法】を使えて驚いたかい? なんてね。あ、そっか。そのままじゃキミはお喋りできなさそうだしね、一旦止めてあげるよ」


「ガァッ、ぐはっ……。【雷術】、だと……」


 "雷術"。火水風土の四元素属性から外れた精霊魔法。氷術よりもさらに使い手が少なく、俺も実際に敵として対峙するのは……これが初めてだ。


「これね~、"金属"みたいに通電しやすいモノを"勝手に追尾"してくれるから、キミみたいなの相手だと便利なんだよね~。【ほら】」


 ヨムはわざとらしく左半分程振り向いた後に、【チェインライトニング】を発動してみせる。


「ガアアアアッ!?」


 照射される稲妻は直角に曲がり、俺に目掛けて追尾してくる。そういう……ことか。紫電の速度は音をも超える。これでは、跳んで回避など出来るわけがない。


「あはっ! あはははっ! 感謝してよ~? 本来なら骨も焦げカスくらいしか残らないんだよ? キミの為にあえて出力を落としてあげてるんだからね?」


 痛みには耐えられても、"麻痺"で身体を動かせん。これは、不味いぞ。


「ゾンヲリ君、今のボクはおかしいんだ。こうしてキミの悲鳴を聞き続けてるとね。何だかお腹の辺りがキュッて熱くなってくるんだよ。他の人間が同じように目の前で泣いて喚いてても何も感じなかったのに、一体どうしてなんだろうね? あははははっ」


 ヨムは高笑いしている。今までの無表情で気だるげだった時とは様子が違う。頬まで紅潮し、艶を感じさせる笑み。嬌声にも似た狂喜の籠った声調。


 確かな感情がそこにあった。愉悦という名の感情が。


「がっあっ……。いたぶる事に快楽を覚える加虐嗜好の変態(サディスト)、が。ガアアアアアア!?」


「ああ……やっぱりキミが欲しいな。キミだったらボクを満たしてくれそうなんだ。だからゾンヲリ君、ボクと契約して天使になってよ」


「それが、人にモノを頼む態度。ガァアアアアアア!?」


 ヨムが何かを問いかけてくる度に稲妻で内部から頭が破裂しようになるような痛みを与えてくる。クソ、クソクソクソ。麻痺が解けて身体さえ動けば。この程度の痛みなど。


「いいよ~。キミがうんって言ってくれるまでずっとやり続けるからね~。さぁ、答えはどうだい?」


 ヨムの魔力が切れるまで耐える……。


 いや、ダメだ。出力も殺傷性も下げたこの魔法を耐え続けた所で何日かかるか分からない。いや、死色の魔霧(ミスト)が豊富なこの場所では周辺の大気に残留している魔素を利用するだけでも賄える。下手をすれば魔力は消費量より周囲から吸収して自然回復する量の方が勝りかねない。


 状況は……悪くなるだけだ。


「お断りだ。ガアアアア!?」


 これでは、先に壊れるのは俺だ。

 クソ、たった一度、たった一度さえ身体が動けば――


 〇


「願わくば御名をあがめさせたまえ。御心のままに、暗き翼で夜天を翔け、地をも引き裂く黒き剣を以って、我らを悪より救いたまえ。どうか罪深き我らに、これ以上の試みを与えたまうことなく赦しを与えたまえ、日々の糧と安らぎを与えたまえ。我らの命と祈りは限りなく汝のものなればなり。アーメン」


「我が信仰を貴方様に全て捧げます……どうかご無事で……」


 〇


 ……声がした……気がした。だが、聞き覚えのある声だ。指が、動く。力が入る。滾るぞ。理屈は分からないが、麻痺が解けたのか。


「オオオオオオッ!」


 聖銀の短刀を握りしめ、ヨムに目掛けて投げつける。膝を立てろ。立ち上がれ、前に出ろ。


「えっ!? うわわわっ!」


 【チェインライトニング】は金属などの通電する対象に"勝手に追尾"する魔法だ。ならば、避雷針があれば稲妻を反らせる。発動した瞬間に金属で誘導すれば自滅させることも、狙える。


 ヨムは転移して投刃を避けると、再び俺に目掛けて両手をかざす構えをとる。


「や~驚いたよ。【チェインライトニ――】」


「それも一度見ているぞ」


 懐から最後の投げナイフを引き抜き投げつけると、ヨムは詠唱の最中に転移して目の前から消えていく。


「【ン――】」


 転移先は、視線で読んでいた。俺の、"背後"だ。


 そして、事前に詠唱待機しておいた【チェインライトニング】を至近距離から即座発動することで"避雷針"を使わせる間と距離すらも俺には与えてはくれない。


 それが、ヨムの描いた筋書きだろう。


「"待っていた"ぞ、この時を」


「……がふっ……え……? あれ……? 何で……? 熱っ……」


 ヨムが俺の思う通りの傲慢な天使だったならば、一度はやってくれると信じていた。


 戦士である俺のプライドを屈辱的にへし折るために、ここぞという場面で転移を使って得意げに俺の背後をとりにくることをな。


 そして、俺が倒れ伏した瞬間を"見下ろせる"ような最高の特等席に居座ろうとするだろう。その、傲慢さが命取りだ。


「俺の知る痛みを、お前にも教えてやる……。ハラワタをぶちまけろ!」


 自分(おれ)自身の腹部に突き刺したダインソラウスを一気に引き抜く。 吹きすさぶ悪魔と天使の血が混じり合い、地面には血だまりを作っていく。


「や~……まいったね……。まさか自分ごとボクを串刺しにしようだなんてさ、ゾンヲリ君、キミってばやっぱりイカれてるよ……」


 切腹……。この行為をする意味は単純だ。


 完全なタイミングで放った【獣躙払車輪剣(じゅうりんほっしゃりんけん)】ですら転移で逃れられてしまうのならば、ダインソラウスを振っているのをヨムに"見せている"ようでは万が一にも当たりはしない。


 だから、ヨムに対して攻撃しているように"見せない"ようにする【失礼剣】を使った。それも自分の肉体で攻撃そのものを完全に覆い隠し、ヨムの転移先にダインソラウスの刃を"事前に置いておく"必要があったのだ。


 いきなり人間の背中から刃が生えてくるなどと発想出来る者は中々いないように、意識の外からの攻撃ならば警戒も緩む。


 尤も、これは一種の"賭け"だ。読みを外せば終わりのただの大博打でしかない。


 だが、弱者が実力差のはっきりしている強者に対し正攻法で真正面から挑んでも万が一にも勝てない。だから、相手の"底"を完全に読み切って裏をかくか、何らかの分の悪すぎる博打に勝ちきらないといけない。


 例えそれが万が一にしか通れない道なのだとしても、戦士であればその道を突き進むしかないだろう?


「頭がイカれていない奴は戦士などというイカれた役割を選んだりしない」


 ヨムはゆっくりと仰向けに倒れていく。朱と白の羽を散らしながら。


「ああ、痛いなぁ……。これが痛みかぁ……。初めて知ったよ。一度地上に堕ちてしまえば、天使もヒトと変わらないものなんだね……」


 天使ヨムの瞳からは雫がこぼれ、口元から血を流し、空に向けて手を伸ばそうとしている。だが、表情は自然で、どこか安らかな笑みを浮かべていた。




 ゾンヲリさん曰く、ヨムちゃんはブルメアさんより弱い。というのは煽りではなく本気で言ってる模様。

 なお、ゾンヲリさんが時おり例に出してる狡猾な魔術師=サンはレオス先生のことです。


 ゾンヲリさんの対魔術師戦想定が大体レオス先生レベルを前提にしているため、それと比べるとヨムちゃんの魔法の使い方はパワー一辺倒でかなり下手くそな部類になってしまう。


 例えば「魔法少女レイアちゃん!」のレオス先生曰く


「無詠唱は言わば究極的な手癖だ。魔法の制御と味方への周知を初めから放棄しているも同然なんだよ」


 と、痛烈に文句を付けられてるように、無詠唱で無双できるのは"格下相手"や"初見殺し"でゴリ押しできる相手に限られてしまい、それなりの相手にも中途半端に通じてしまうので中々クセが矯正されず放置され、ゾンヲリさんのように"戦い方を知ってる"一定レベル以上の相手からは逆にこれを狩られるようになってしまう。


 そして、ブルメアさんの【3連速射】で回避読みして狩ってくるレベルの戦術すらもなく、地形もガン不利な場所で戦ってるのでレベル20オーバーの基礎ステータスの高さを全く活かせておらず……本人の舐めプも相まって……というオチがつくのさ……。


 まぁ、ヨムちゃんの戦闘経験ってゼロだからね……仕方ないね……。なので実はネクリアさん十三歳とは色々な意味で似た者同士だったりする……ふりかけ程度に覚えておいて欲しいのさ。

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ゴマ塩じゃなくなった 〈悲〉
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