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第五十七話:レギオンズ・アイズ


 死霊達は、地べたに倒れてる司祭の四肢をとりあって互いに引っ張り合っていた。


(見ているよ見ているよ見ているよ)

「うわああああああ! 離れろ! 私から離れなさい!」

(おいでおいでおいでおいでおいで)

(ニエ、ニエエエエエ、ニエエエエエエ)


 死霊達はひたすら訳の分からない言葉を繰り返し、対話はおろか意思の疎通すらもまともには取れない。特別な強い力を持っているわけでもない。ただ、鬱陶しく(まと)わりついてくるだけである。


 だが、一度(ひとたび)彼らが見えてしまい、気にしてしまったならば、もう平穏には戻れない。


 死者達は、欲していた。


 共感して欲しい。哀れんで欲しい。救って欲しい。見て欲しい。触れて欲しい。愛して欲しい。聞いて欲しい。優しくして欲しい。死を理解して欲しい。死の寂しさを知って欲しい。死の苦しさを知って欲しい。


 各々が渇望の赴くままに司祭を求めていた。

 

「う~ん……ちょっとあまりにも鬱陶しいね。これ。え~と、詠唱文ってなんだっけ。暫く使ってないから忘れるんだよね。かみよ~不浄なる者達を浄化したまえ~だっけ? なんてね。はい。【ディスペル】」


 突如、虚空からとぼけた様子の女の声が発された。すると、司祭を取り囲むように周囲の地面に八つの白く光り輝く幾何学模様の魔法陣が出現し、魔法陣から光の柱が立ち昇る。


(キャアアアアアアアア!)


 それに触れた死者達は次々と断末魔を上げて塵へと化していった。


「や~、元気そうだね~。司祭」


 天使が司祭を見下ろしていた。どこか気だるげな笑顔を浮かべながら、気さくな声をかけたのだ。


「……天使よ、何故、私を"守って"下さらなかったのですか」


 司祭は這いつくばりながらも、失意を込めた恨み節発した。


「おや、心外だなぁ、ボクはちゃ~んと司祭のことをず~~っと"見守って"あげてたよ? まぁ、見守っていただけだけどね」


「ふざけているのですか?」


 詭弁を弄して嘲り笑ってるような態度の天使を前にして、ついに司祭は怒りを露にする。


「ふざけてなんかいないさ。だって、キミの為に【ディスペル】の奇跡まで使ってあげたんだよ? ボク以外の天使は絶対キミ如きの為にこんなことしてくれないよ? むしろ出血大サービスだと思って感謝して欲しいくらいさ」


「……天使である貴女様ならあの敵をどうにか出来たのではないですか?」


「う~ん……どうだろうね? ボクは別に戦うなんていう野蛮な行為の専門ってわけじゃないし? キミみたいな"役立たず"を庇いながら"彼"の前に出たら流石に非力なボクじゃちょっと……って思う所もあるんだよね。それに、正直言うとボクとしてはキミみたいなヘンタイを庇う所を見せて彼から抱かれる印象を悪くしたくないんだよね」


「……は? 敬虔なイリス教徒の私よりも悪魔に肩入れするというのですか?」


 天使は司祭を"如き"や"役立たず"と呼び、"彼"に対しては逆に配慮する姿勢を見せた。それが、司祭にとっては気にくわなかった。例え事実であろうとも。


「や~、あまり気を悪くしないで欲しいな、別に肩入れするわけじゃないよ? 単に話がしたいだけさ。悪魔だって元々はキミが信仰している神が作ったものなんだよ? ボクにも顔見知りくらいはそれなりにはいるしね」


「分かりました。天使よ、貴女の事情には配慮します。その代わりと言っては私を奇跡で助けては下さいませんか? このままでは死んでしまいます」


「う~ん……それは無理だね」


「何故ですか!」


「だってキミさ、もう死んでるじゃないか」


「なっ……」


 絶句した司祭は視線を降ろすと、そこには自分の身体だった肉がうつ伏せのまま倒れていた。


「気付いてなかったのかい? だからわざわざキミには【ディスペル】を当てないように気を使ってあげたというのにさ」


 本来、ディスペルの円形魔法陣は一つあれば効果範囲共に十分だった。だが、天使は司祭だけを避けて死霊達を浄化するために八回のディスペルを無駄に同時展開してみせたのだ。


「まぁ、死者を"生前の状態に蘇らせる"奇跡も無くはないよ? ただ、名をはせた英雄や神の使徒たる勇者に使うなら兎も角、キミ如きのために使うにはちょっと勿体なさ過ぎるよね。発動条件もそれなりに厳しいし、仮に発動してもそもそもキミじゃ復活の奇跡に耐えられないだろうからね」


「分かりました。では天使よ。貴女は私を神の元へと連れて行って下さる為にここに舞い降りたというのですね?」


「ん? どうしてボクがそんな事をしてあげないといけないんだい?」


 天使はとぼけた調子で司祭に聞き返した。


「貴女は天使ではないのですか? 天使とは神の御使いです。敬虔な神の徒たる私を神の元へと連れていくのが役目ではないのですか?」


「ま~確かに、敬虔で優秀なイリス教徒の魂を天上へ運ぶというのはボクの役目として間違ってはいないね。実際、最初はシスターアンジェを連れていくためにここに降りてあげたんだし」


「では!」


「だってキミは敬虔なイリス教徒でもなんでもない、ただの醜いアンデッドじゃないか」


「なっ……」


「おや、気づいてなかったのかい? キミはもうとっくに神との繋がりも切れてるんだよ。そんなのを神の元へと運んじゃったらボクが怒られてしまうよ。なんてね。ま~別に本当に優秀な魂ならイリス教徒じゃなくても殺しててでも召し上げるくらいやってあげてもいいんだけどね、ほら、キミってば別に優秀じゃないし。何より、正直に言うとね、単純にボクはキミの事があんまり好きじゃないから」


「何故ですか!? 私は今まで宣教師として"神の為"に、獣にも等しい愚かな蛮人達を教化し、信仰を授けてきたのですよ?」


 天使はやれやれと言った風に溜息をついてみせた。


「や~……初対面でいきなり厚かましい態度で接してきた挙句、ヒトの肢体をジロジロとスケベな目で見てくる小汚くて臭ってるおじさんに対して、どうしてボクの好感度が上がると思ったんだろうね……それに、神の為じゃなくて"キミの為"に、じゃないのかい? まぁいいや、キミの勘違いを一々正してあげても時間の無駄だし、事実だけを端的に教えてあげるとね、キミのお迎えはボクではないよ」


「では、誰が……」


「周りを見てごらんよ、キミを連れていくのは"彼ら"さ。折角"彼"がビシっと決めたのにここでボクがこっそり後から現れて台無しにしちゃうのってやっぱりな~んか性格悪いと思うんだよね。うん」


 司祭をグルグルと取り囲むように、死霊達は集まり始めていた。そして、ギョロりとした目玉が一斉に司祭を凝視する。


「見ているよ」


「何だ! 何なんだ! お前達は! 来るな! 来るな!」


 死霊達はもがこうとする司祭の手をとり、足をとり、頭をとる。無数の手が司祭に巻き付き、身動きを完全に封じてしまう。


「第一、前々から思ってたんだけど、キミってさぁ、こんな場所でよく平然としてられるよね。ボクも彼らがあまりにも鬱陶しいものだからこっそりとちょこ~っとだけ浄化してあげたりしてみたんだけど、やっぱり幾らでも沸いてきちゃうみたいだし、困ったものだよ」


「見ているよ」

「見ているよ」

「見ているよ」

「シサイサマ」


「ひぃ、や、やめろ。神よ、助けて下さい。どうか、早く助けて下さい」


「シサイサマシサイサマシサイサマシサイサマシサイサマシサイサマシサイサマシサイサマシサイサマシサイサマシサイサマシサイサマシサイサマシサイサマシサイサマシサイサマシサイサマシサイサマシサイサマシサイサマシサイサマシサイサマシサイサマシサイサマシサイサマシサイサマ」


 死霊達は司祭を無理矢理引きずり込んでいく。キノコ人間を処分するためにある"廃棄口"の中へと。


「あ~あ……連れていかれちゃった。ま、いっか。地下の最奥の気配は気にはなるけど、多分"深き者共"や"深淵に繋がるゲート"ではなさそうだしね。ボクには与り知らぬことさ。それよりもっ、と、彼に挨拶しに行かなきゃね」


 司祭が完全に廃棄口の中へと詰め込まれてしまったのを見届けた天使は、その場に一枚の白い羽を残して消えていった。


 司祭は地の底へと落ちて、深き闇の中へと堕ちていく。落ちて、落ちて、落ち続けて、ようやく底に辿り着いた。


「うう……ここは……地下4層。ですか」


 既に死霊と化した司祭に落下の衝撃は無かった。痛みも無かった。そして、そこには灯りも無かった。だが、闇の中で蠢く者がそこに居た。それが身じろぎすると、バキバキと乾いた音が鳴り響く。


 司祭は足場の材質に気付いた。地下墓地という場所の中にあるにも関わらず、そこには土や岩が無かった。


「骨……ですか?」


 髑髏(ドクロ)と白骨の絨毯が一面に広がっている。数えきれぬ程の骸が、折り重なるようにして隙間なく敷き詰められているのだ。


 その怖気の走る光景を前にして司祭は後ずさりすると、背に何かを感じた。 感覚的に"柱"のようなものであると察し、一先ず身を隠そうとしてソレに振り向いた。


「ひぃいいいいいい!」


 ソレは、人の柱だった。人骨を何度も何度も積み重ねて作った巨大な柱。幾十にも埋め込まれた頭蓋骨(ずがいこつ)達が、虚空を見つめていた。


 司祭は上を見ると、何かが柱を登っていた。それは、ゆっくりと、もぞもぞと、柱を登っていた。だが、次の瞬間、落ちてきたのだ。


「あへ、あへへへへ、外ぉ、外ぉおおお」


 おちてきたのは、狂った腐乱死体だった。 見ただけではもはや性別の判別すらも出来なくなる程に腐敗が進んでいたそれは、体中至る所に骨が突き刺さり、頭には萎びたキノコを生やし、狂ったような笑い声をあげながら、再び狂ったように人の柱にしがみつき、のぼっていく。


 出口を目指し、のぼっていく。動かなくなって柱の一部となるその時まで、上り続けるのだ。


「な、何なのですか。ここは」


 司祭は人の柱からも逃げるように走り出す。しかし、逃げた先には蠢く者達が居た。


「あ"~~~~~」

「う”~~~~~」


 その者達は、意味もなく互いに身体同士を重ねるように抱き合っていた。不規則に腰を動かす者もいれば、顔に何度も噛みつく者もいる。似た行為を何度もしてきた司祭には、その者達が何の真似事をしているのかを理解してしまった。


 死体達は生の営みを冒涜的に再現しようとしているのだ。互いに肉が全て溶けてなくなるその瞬間まで、生前に行われた記憶にあった行為を繰り返し続けるのだ。


「す……救いは……」


 司祭はまた後ずさる。アレらと一つにはなりたくない。同じにはなりたくない。その一心で、司祭は後ずさった。元は"自分がアレらに教え込んだ"愛ある行為だというのに。今はそれを嫌悪していた。


「見ているよ」


 声のする方角を見て司祭は戦慄した。


「ひぃっ」


 司祭を見下ろす幾百幾千の目玉達。ここに生き埋めにされた犠牲者達の魂がそこにいた。光沢の失せた瞳孔、濁り、狂気と闇を孕んだ瞳で、じっと司祭を凝視している。


 凝視している。見ている。見ている。司祭にはもう耐えられなかった。見ている。見ていられる事に耐えられ見ている。見ている。


「見るな! 私を見るなぁああ! 嫌だ! あんなの一緒になどなりたくないいいいいいい」


 司祭は気が狂いそうに見ている。いっそ狂ってしまいたいと思う程見ている。見ている。見ている見ているみているみているみている。


「ああああ!!!!!はははははははは!!!!!」


 司祭は走った。見ている。笑いながら。見ている。無我夢中に。見ている。


 ズブッ……。と何か柔らかなモノにぶつかった。


「あひっあひゃひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ」


 それは、肉だった。 腐臭を放つ巨大な肉の群体。元は人であった者達が幾百幾千と縋りつくようにして重なって生まれたソレに、司祭は沈み込んでいった。


「ひっあ~~……あ~……ぁ~……」


 肉の海に沈み、溶けて、混じり合っていく。幾百幾千という魂を飲みこみ混じり合ったソレには自我や個と呼べるようなモノはなく、白痴だった。ただ、来る者を拒まず混沌の腐海で優しく包み込み、溶かし、糧としながら蠢き続けるだけである。


 名は、レギオンズ。


 それは、光届かぬ地下の底で胎動していた。


「見ているよ」

え、地の文がバグってる? 仕様です。

うるせぇ! 誤字脱字てにをはがおかしいのが多過ぎでバグなのか仕様なのかわかんねーよ! ですって?


はい……すみません……。


 スクリプト埋め込んで文字だけを赤くしようとかやろうとしたら、小説部分にはスクリプト埋め込めない仕様なのね……と消沈する今日のこの頃


【モンスター図鑑】

・レギオンズ lv18

 群体の名を関するように、大量の死体を取り込んで巨大化した腐肉ボール。色々混ざり過ぎた影響で自我は殆ど残っておらず、本能のままに貪り続ける。ある意味アンデッドの末路を体現している。 周囲に取り込む事のできる餌が無くなると餌を求めて凶暴化する。


 凶暴化すると腐肉で作り出した触手を出し始めるし、物理的攻撃を加えるなどして分離させるとその部位がフレッシュゴーレムやゾンビと化して動き出す。よって、仮に物理的攻撃だけで滅ぼそうとした場合は同時に数千体のゾンビも相手しなくてはいけなくなるだろう。


 作中では司祭がこやつに生贄となるキノコ人間を提供し続けていたので大人しいままだった。なお、灰色の魔霧を作り出しているのはコイツであり、魔霧に呼び寄せられた死霊を吸収し、それを吸収分解して魔霧にして死霊を呼び寄せるという負のループを繰り返すことで肥大化し続けている。


・アイズ lv12

 みているよみているよみているよみているよみているよ。

 と混乱凝視を使用するなどして執拗に精神攻撃や憑依攻撃を仕掛けてくる霊体系アンデッドの群体。レギオンズとはある意味共生関係にある。


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