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第五十六話:鉄串

※はい、差し替えました。なお、展開はあまり変わりません

 教化室と呼ばれる部屋の中へと踏み入ると、よりいっそう空気の淀みが濃くなった。いや、これを形容するならば瘴気や邪気とでも呼ぶべきだろうか。肌を刺すような毒気と目に見える程に濃い死色の魔霧が混じり合っており、周囲の邪霊共は漂いながらこちらをじっと見ている。



 まず目につくのは中央にある拘束具付きの十字架を模した奇妙な寝台。ロクに清掃もされてる様子もなく、乾いた血の後が付着している。部屋の奥にはイリス教のシンボルともいえる十字架のオブジェがあり、手前には祭壇があり、その上に置かれた杯の中には"黒い粉"が満たされていた。


 周囲に"人間の気配"は司祭ただ一人か。部屋の中はかなり広く、拷問器具らしき機材も粗雑に置かれている。例えば、天井から垂れさがる鎖は人間を吊るすためにあるのだろうし、鋼鉄の処女や三角木馬、拷問椅子のようなものもある。


 そして、壁際にある硝子棚の中には得体のしれないポーションの類が大量に収納されていた。


「さぁ、エルフを寝台に繋いで下さい」


「……司祭様、その前にエルフに洗礼する際に使う薬はいずこに?」


 司祭は硝子棚の中から、瓶を一つ取り出すと、慣れた手つきで先ほど採取した神の肉を入れて蓋をして収納した後に、中身入りの小瓶を一つ取り出したのだ。


「神の肉を適量溶かしておいた溶液がこれです。この中に祭壇の聖杯の中にあるゾンビパウダーを注げば、洗礼に使う聖水が完成します」


 司祭は祭壇の前に行き、聖杯の中の黒い粉を溶液入りの小瓶の中に注いでいくと、次第に赤茶けた溶液の色は漆黒に染まっていった。


 それを見たブルメアがあからさまに狼狽していた。


「さぁ、エルフ。これで貴女は忠実なる神の徒として生まれ変わるのです。これまでの生と名を捨て去り、新たな洗礼名を授けましょう。さぁ、寝台に拘束しなさい」


 司祭は口角の上がった笑みを浮かべて私に命令を下す。言われた通りに寝台の隣にまで移動する。ふと、ブルメアの方に目を配ると、涙を浮かべながら私を見上げていた。


「……」


 もう、いいか。誤魔化すのは。それに、これ以上はブルメアが限界だろう。


「どうかしたのですか? 早くエルフを寝台に繋ぎなさい」


「司祭様、どうもこのエルフ、強情なのか梃子(てこ)でも動きそうにありません。しかも、私が手を離す一瞬の隙を伺っているようなのです。ですので、まずは薬を投与してからの方が安全かもしれません。お手数をかけますが、司祭様、お願いしてもよろしいでしょうか?」


「そうは見えませんが……? まぁ、いいでしょう」


 司祭は訝しげにブルメアの元へと近づいてくる。


「い、いや……こ、来ないで、きゃっ」


 司祭が一歩近づく度に、ブルメアは一歩後ずさろうとする。だが、首輪のリードが邪魔でそれ以上距離をとれずに慌てふためき、バランスを崩して尻持ちをついてしまったのだ。


 ……縄を解いて逃げていいという合図はとっくに出している。やはり、ブルメアは冷静さを失っている。か。


「そう怖がらなくとも大丈夫ですよ。すぐに気分が良くなりますから。貴女は奉仕と愛の悦びを知るのです」


「やぁ……やだぁ!」


 そして、司祭は私の間合いに入り込んだ。同時に、私は手に持っているリードを手放す。


「な、何――」


 すかさず漆黒の外衣で隠していたダインソラウスを抜き中段へと寝かせ、突進しながら司祭のハラワタへと目掛けて突き刺す。


「ガッ――」


 暗き鉄串(かなぐし)によって貫かれた臓腑からはおびただしい血液が飛び散る。

 

「おぉおおおおおお!」


 なおも勢いを殺さぬままに突進を続け、十字架のオブジェごと司祭を串刺して磔にする。純白だった十字架には亀裂が入り、鮮血によって紅く染められていった。


 今の司祭の様子を例えるならば、さしずめ、十字架刑に処された聖人、と言ったところだろうか。尤も、聖人とやらと呼ぶにはこの男は全く似つかわしくないがな。


「がはぁっ!」

 

 司祭は吐血した。 壁に叩き付けられた衝撃で落としかけた薬瓶を拾いあげ、司祭の衣服の隠しからは鍵束を奪い取ってブルメアに投げ渡す。


「それを持ってさっさとここを出ろ」 

「で、でも。ゾ――」

「早く!」


 ブルメアはこの死霊と瘴気が漂う邪悪な空間からは一刻でも早く脱出した方が良い。長く居続ければそれだけ正気を失いかねないのだから。


「うん……戻って来てね?」


 縄を解いてブルメアは走り去っていった。


「さて、血を流した気分はどうだ? 司祭殿」


「エ、エルフの色香に惑わされ、ら、乱心しましたか」


「言いえて妙だな。その通りだと言ったら?」


 私も、司祭も、ブルメアに惑わされて今に至っているのだからな。


「愚かな……今に、天罰が下りますよ」


「俺にその天罰とやらを下せるというのなら、今すぐにでも下してみせろ!」


 磔にされながらもなお、祈りの姿勢をとろうとする司祭の腕を掴み取り、短刀で手の平を串刺しにして十字架に固定する。


「ぎぃ、あああああああぁっ!」


 すかさず、もう片方の腕も予備の短刀で血染めの十字架に固定する。


「どうした? 喚くばかりで祈らないのか? シスターアンジェならば"キョウカの刑獄"で獣に腕やハラワタを食われながらでも神に祈って奇跡を発現させて見せたぞ?」


「ぎぃ、何故、貴方がそれを知っているのです。ではこの漆黒の大剣はぁっ、まさか、暗銀の騎士ィ」


 暗銀の騎士。シスターアンジェも最初は私を指してそう呼んでいたな。それが何を意味しているのかなどと毛ほども興味はないがな。


「くっ……悪魔(デーモン)めぇ……」


悪鬼(オウガ)に加えて悪魔(デーモン)か。まぁいい。では、司祭殿の仰る通り、悪魔らしくいくとしようか」


 突き刺したままのダインソラウスを抉るように動かし、司祭の臓腑をかき回してやる。


「ガフッ、シスターアンジェを堕とすだけでは飽き足らず、私までも害そうと言うのですか」


「……元より我々はお前など興味すらも無かった。ただ、ひっそりと過ごせれば他に何も望まなかった。だが、お前は、我々をシスターアンジェや聖歌隊を使って害そうとしたな。それは何故だ?」


「神の敵を討つのは聖職者として当然の務めです。未開の蛮族に神を教え諭すのも聖職者としての当然の務めです。それの何がおかしいと言うのですか?」


 元より対話などする気は毛頭もない。俺も、この男も。始めから分かりきっている話だ。


「この状況下でもそれを言えるのは結構なことだな。その胆力に免じて一つ、取引をしようか。"神に誓って"我々には二度と手を出さないと約束しろ。そうすれば、我々もお前から手を引くと約束しよう」


「悪魔と交わす言葉などありませんよ。私には天使がついてます。貴方など全く恐れるに足りません」


 天使がついてる……か。圧倒的に不利な状況下でも司祭のこの余裕、つまるところただのハッタリではないのだろう。


 それに、"見られている"気配を感じている。そこらに漂っている死霊共とも違う。ブルメアの身体で聖歌隊を始末した時にも感じた異質な違和感と同じ気配だ。


 敵意も害意も籠ってはいない。ただ、"じっと観察している"。そんな視線だ。


「やはり、そうか。どうしても我々を害したいと言うならば、致し方ない。お前に、俺の知る快楽(いたみ)を教えてやる」


 鍵穴を回すようにして、鉄串でハラワタの中身をかき混ぜてやる。ゆっくりと少しずつ。


「いぎぃい!!!! 神よ! 天使よ!!!! 何故見ているだけなのです! 私は困難に陥っているのですよ! 早く! 救いの御手を差し伸べて下さいぃいいい!」


 激痛に悶え悲痛な悲鳴をあげる司祭に対し、視線の主が返した答えは沈黙だった。


「……どうやら、お前の言う"天使"とやらは、お前を見捨てたようだぞ? 随分と無慈悲で薄情な天使もいたものだな?」


「ふざっ、けるな!敬虔なイリス教徒である私にぃ、そんな事がっ、あっては、ならないぃいい。このままでは、死、死んで……」


 敬虔なイリス教徒、か。この男がイリス教徒の"模範"だとは出来れば思いたくはないものだがな。さもなくば"皆殺し"にしなくてはいけなくなる。


「安心しろ。ハラワタを抉られたり食いちぎられた程度では人間はすぐには死ねない。試練と称してシスター達を教化してきた司祭殿であれば知っている事だろう? もう少し、ゆっくりと楽しんでいけ」


「ゲフッ、い、嫌だ。嫌だぁ」


 口やハラワタから血を流し、目元からは大粒の涙を流し、死に瀕した事で全身至る所から冷や汗を垂れ流し続け、純白の法衣を穢していく。


 その姿は、傍から他人事で見ている者にとっては哀れみすらも誘う程の痛々しさだろう。


「さて、司祭殿? 最期の確認だ。神に誓って我々に手を出さないと誓うならば、私は今すぐにお前から手を引くと約束するが……どうする? 尤も、あまり判断が遅すぎるとそろそろ"奇跡"でも手遅れになるかもしれないがな?」


「かひゅ……。誓います。神に、誓います。だから命だけは……」

「これで"契約"は成立した。お前は、"自由"だ」


 突き刺したままの鉄串を引き抜き、十字架に短刀で固定されている司祭を無理矢理引き剥がし地べたへと振り捨てる。


「げひゅ……」

 

 芋虫のように地を這い、息も絶え絶えになりながらも、司祭は引き裂かれた両手を合わせ、奇跡を発動するための聖句を唱え始める。


「【ひぃ……るらいと】」


 発動はしない。


「【ひぃっ……ライト!】」


 発動はしない。神とやらは沈黙で答えるばかりだ。


「【ヒールライト】【ヒールライト】!【ヒールライト】!」


 司祭は怒りに狂ったように同じ言葉を唱え続ける。されど、返って来る答えは沈黙だった。


「なぜ……だ? 何故、奇跡が……発動……しない。なぜぇ……」


 己の保身のために悪鬼や悪魔と契約した者の末路など、言わずとも知れているだろう。最期に訪れるのは、"破滅"だけだ。


「さて、これでお前自身は奇跡が使えなくなった。だが、それでもお前を救いたいと願う者が僅かでも居るならば、まだ、助かる猶予くらいはあるだろうな」


「そう……だ。アンジェ……シスターアンジェ……。私を助け……」


「……この後に及んで最期に救いを乞うのが、己の信仰と力ではなく、お前自身が捨てた者、とはな……。とことん救えないな。お前は、俺と同じ場所まで落ちるだろう」


 死霊達は弱った生者の気配に敏感なのか、部屋内に漂っている死霊達の数が増えている。それもそのはず、死にかけた絶好の贄が、ここにはあるのだから。


「聞け! お前がこれまでに虐げ、無視し続けて来た不浄共の声を」


 死は終わりではない。始まりだ。生ける屍や死霊と成り果て、魂が潰えるその瞬間まで、終わらぬ業苦に悶え続ける。深き闇の底で。


「何だ……貴方達は……ひっ、来るな……っ! 来るなぁぁあああ!」


 亡霊達は司祭に群がる。飛んで火に入るムシケラ共のように、闇を照らす生という光に惹かれて亡霊達は群がる。怒り、憎しみ、悲しみ、どれでもいい。そこにあるのは喰らえども喰らえども永遠に満たされぬ渇望、アンデッドとしての本能だけだ。


「お前は、この地の底で腐り果てるがいい」


 悶え蠢く黒い団子を背にして、私は教化室を出ることにした。

またゾンヲリさんが自分の後頭部にブラムドを叩き付けておられる……そんなお話である。


Q:なんで聖職者なのに司祭に死霊見えて無かったの?

A:全部の死霊が見えてたら絵がヤバイ事になるので……質量の少ない一般貧弱死霊は原則常人には認識できません。(寒気などで感じる程度)なお、同じアンデッドであるゾンヲリさんやネクロマンサーのネクリアさんには全部見えてます


次回、司祭の末路。

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