第十九話 メギドフレイム
「貴公の恩情に感謝する。」
女騎士が一言礼を述べると門の内側へと騎士達は戻って行こうとする。だが、女騎士は振り返ってこちらを向く。
「一つだけ聞きたい。何故、貴公はそれ程の腕を持っていながら魔族に手を貸すのだ。奴らは狡猾で残忍だ。幾つもの街や城を滅ぼしてきたのだぞ」
今更魔族の悪を問う女騎士の意図は分からない。そんな事は分かりきった話。奴隷市場での人間の扱い、増え続けるゾンビ達、帝国との戦争。人の理に則るのならば間違いなく私は悪。だが、そんなモノ全てどうでもよい。
「……知った事か。私はネクリア様に従っているだけに過ぎない。それらがネクリア様に害をなすと言うのであれば、皆まとめて切り捨てるのみ」
片手で大剣を振るい、空を薙ぎ払って見せる。
だが、このネクリア様の身体をもってしても魔族を切り捨てるに叶わなず。中央区に住まう貴族や上位階級の者達はそれ程までに強い。もし、それらに届く者が居るのだとすれば、騎士団の中枢にいる強者達だけ。
「そうか、すまない事をした」
一言謝罪を述べると女騎士は踵を返そうとする。
「……待て、一つ聞きたい事が出来た。貴様らは何故今魔族国に攻め込んできた」
魔族が敵かどうかを判断する必要があった。この争いが仕組まれたのであれば、裏で手を引いている者が居るはず。
「……それを教えるわけにはいかないな」
女騎士は黙り、質問への答えに否定を返す。沈黙は成り行きを知っているという事を意味する。
「知ってるようだな、ならば今屍を晒してみるか?」
「殺したいのならば好きにしろ。私にも矜持くらいはある」
女騎士は背後を見せ、脅しには屈しないといった態度を見せる。この状況では殺す意味もない。黙って見送ることにした。
「そうか」
ここでの戦闘は終わった。一息つき、見納めに魔族国を眺める。西地区南側の外壁の上空に浮かぶ巨大な悪魔達が視界に入った。
その悪魔達の威容はまさに悪魔たらしてめているものだった。中央区に住まう者達よりも明らかに強大な力を有してるソレは、大魔公に連なる程の実力の持ち主だというのが遠目からでもわかる。
「!? 何だアレは」
「悪魔!?」
遅れて気がついた女騎士も空を見上げる。
(ゾンヲリ、あれはベリアルだ。太古より生き続ける悪魔の古代種だよ。ベルゼブルや魔王様の親衛隊がどうしてこんな所に)
ベリアル、そう呼ばれた悪魔達は同時に術式を展開していく。すると西地区の丁度中央の上空に小さな太陽が形成され始める。小さな太陽、そう形容するからにして実際のサイズは相当な物になる。
「おい、アレは何だ。一体、何が起ころうとしている」
混乱する女騎士はこちらに詰め寄る。だが、私にもその術のもたらすであろう結果は計り知れない。
(対軍戦術魔法【メギドフレイム】だと? そんなモノを西地区に落とす気か! 何を考えているんだ!)
少女の狼狽え方は尋常ではない。それでやろうとしている事の検討はついた。
それは、焦土戦術。
他の地区への通路が閉鎖され、援軍が派遣されない理由も合点がいった。適度に弱い者を戦わせ、敵に勝利をちらつかせて中に引き入れ、殲滅魔法でまとめて一網打尽にし、ついでに厄介者も始末する。辛うじて生き残れたとしても、疫病と食糧難が一斉に襲いかかる。
なるほど……呆れる程、実に悪魔らしい策だ。これで確信できた。ベルゼブルも敵だ。と。
「銀狼騎士団と言ったか。貴様らは何の情報からここに攻め込んできた」
「……帝国だ」
「……だろうな。どうやらネクリア様の予感は正しかったようです。ベルゼブルと帝国は通じている。お互いにとって邪魔な銀狼騎士団を処分するのが目的なのでしょう」
ベルゼブルにとっての余計な物とは、ネクリア様。対抗勢力を排除し、魔族国の窮地を救い、大魔公としての影響力をさらに高める事ができる。貧民街である西地区を灰燼に帰した所で大局的には痛手にはならない。
憶測にしか過ぎないが、帝国にとっての余計な物とは、銀狼騎士団。帝国ならば、魔族国を倒した後に周辺国家をまとめて支配下に置きたがるはず。ならば、当て馬にして消耗させて弱体化してしまえばよい。
魔族国、帝国共にどちらにも利がある話。
「ばかな! そんな事があってたまるか! だが、そんな……まさか……ホリン王子殿下が危ない!」
ホリン王子殿下、どういった人物なのかは分からない。恐らくはこの騎士団を指揮する強者達の中の一人なのだろう。
「もう遅い!」
太陽は完全に形作られ、ソレは徐々に地を目掛けてゆっくりと落ちていく。西地区内から上がる悲鳴、恐怖、怒声がそれぞれ交じり合って溶けていく。ただ、ソレが成される様を呆然と眺める事しかできない。
(ああ……なんで……)
頭の中に響く少女の嗚咽。だが、私にはどうすることも出来ない。無力であるのならば、何が起ころうとそれを甘んじて受け入れるしかない。チリッと閃光が頭の中を駆け巡った。
その情景は焼き尽くされていく街と悲鳴。その有様を隠れて眺めていたのは俺。そう、無力とは罪。だから、俺は力を求めた。誰にも屈する事のない力を。
……何だ? 頭が頭痛で痛い。
「……貴公?」
女騎士の言葉で我に返る。ぼーっとしすぎていた。今やらなくてはいけない事は惨状が成就される事を眺める事ではない。
「何処に行く気だ」
「ネクリア様に害の及ばぬ所だ。もう会う事もないだろう」
女騎士に背を向け、全力で闇夜に照らされた平野を走る。
ここを生きて脱出する事こそが最重要。それが、当初から定めていた勝利条件だ。【メギドフレイム】の範囲がどれ程のものかを確かめる必要はない。これから成される光景を少女に見せる必要もない。
(ゾンヲリ、止まれ、街が!)
無視する。
(ゾンヲリ!)
無視する。
幾度となく、頭の中から呼びかけられるが、それらを全て無視し続けたのち。ソレは起こった。
一瞬、夕刻と間違えそうになるくらいに宵闇は朱色で照らされた。間髪いれずに一陣の疾風が暴風の如く過ぎ去っていく。多くの草や木々が一斉に揺れ動き、津波のような音を立てる。
ついでにスカートが捲れ上がる。正直動きにくいので邪魔だなと思う。
間をおいて遅れてやって来るのは凄まじいまでの爆発音。着弾点であれば鼓膜が後ろから破壊される程の轟音。
事は既に成された。
(あああああああ!)
少女は魂の底から泣き続ける。
頭では分かっていても、認められないものはある。その場所に込められた想いは色々ある。故郷、住処、地位、知人、思い出。それらが今、この時の一瞬で全てが灰燼と帰した。
既に心臓まで凍てついてしまった私にとってはどうでもよいもの。だが、少女にとってはかけがえのないもの。かける言葉は何もない。空っぽの私の言葉は全て薄っぺらいものになるのだから。
設定補足
・メギドフレイム
ベリアル達が一斉に合唱する事で発動する対軍戦術核魔法。
もしかして→ベ〇カ式国防術
実際、兵站伸び切ってる所でこれやられると軍隊は崩壊するでしょう。
・ネクリアさん十三歳モード
ゾンヲリさんがネクリアさん十三歳の身体を操作している状態。
実の所ネクリアさんの身体能力は人間的な基準で言えばそこそこ高い。
ですが、元々インドア系のネクリアさんのボディなのでマッチョなのかと言えばそうでもない。