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第一話:ゾンヲリさん爆誕

序盤は読者への世界観解説もかねてゾンヲリさん視点がメインになっちゃいます。

ただ、20話以降からは視点変更がちらほら入ります。


 どれ程の時間が経ったのか分からない。どれだけ叫び続けたのかも分からない。叫ぶ事に意味などない事を知って諦めた。


「ハァハァ……」


 腕の千切れる痛み、腹から臓物が飛び出す痛み、全身の擦り傷、折れた骨が臓腑を抉る痛み、腐った血液と胃液が体内を駆け巡り、脳髄を焼き尽くす程の激痛が絶え間なくやってくる。


 ただ、ひたすらに、無様に悶え転げまわって耐え続けていた。


「ハァハァ……ぐっ」


 何とか身体を起こし、千切れそうな足で石床を踏みしめる。金属鎧の重みで骨が軋み、肉が潰れ剥げていく。何とか石壁に寄りかかりながら立ち上がり、息を整える。


「ハァハァ……なんて、なんて痛みだ。これは……」


 腹を手で抑えながら、天井を見上げる。湿り、淀んだ暗室の中、自分が何者なのか、ここが何処なのかも分からない。


 ただ、はっきりしていたのは、この"痛み"だけが全てだった。


「ハァハァ……ふぅ……」


 ようやく頭の中がすっきりと落ち着いてきた。


 "慣れてきた"のだ。


 悲しい事に、人はどれだけ過酷な環境であっても、生き続ける限りに適応してしまう。


「ドコなんだよ……ココは……」


 わけも分からぬままに黒一色という虚空を歩き続けてきた。そこで少女の声に導かれるままにたどり着いた世界が、痛みと色彩のある世界だった。



 それでも、"何もない"よりは素晴らしい世界だ。



 ようやく呼吸を落ち着つけた頃、重い金属製の扉が開かれる音が鳴った。堅い石畳みを踏み叩く音が断続的に鳴り、それは徐々に大きくなる。誰かが近づいてくる気配を感じる。


 今の自分には音を聞く余裕があった。頭に被っている金属の塊が邪魔で視界が狭いため、階段を注視して来訪者に備える事にした。

 

 「ようやくあの失敗作がくたばったか…… ん?」


 鈴音のように爽やかな声からは想像も出来ないような、ガサツさを感じた。階段から降り立つ声の主が姿を現す。


 一目見て、思わず息を呑んでしまった。それは、少女だった。


「……っ」


 少女は黒と白と紺を基調としたゴシックドレスに身を包んでおり、見た目の年齢と身長から鑑みれば体つきは随分と女性らしく成長しているが、少女の域は出ていない。どちらかと言えば可愛らしいと言うべきだろう。しかし、少女は人とは違う特徴を備えていた。


 背中に生えた蝙蝠のような翼、頭部にある小さな二本の角、尾骨の辺りから伸びた黒くて細長くて艶のある尻尾。翼が生えているためか、肩甲骨から肩にかけて肌を露出させていた。


 人であって、人間ではない何かであると確信する。そして、可憐だった。


 少女はこちらを訝しげに見ている。それに合わせて視線を返す。


「驚いた。お前は、何故そうしていられる」

「それは、この身体を駆け巡る痛みの事を言っているのでしょうか?」


「そうだ、常人ならばとっくに生きる事を諦めて魂を自ら滅するか、狂ってまともな応答が出来なくなるはずだ。それに、私の魂縛りの術の影響を受けていない。どういうことか答えろ」


「痛みは慣れてしまいまして……他については何が何なのかがさっぱりで、ところで私は誰なんでしょうか」


「呆れた。ゾンビ化しておきながら慣れで正気を保つ人間だなんて見た事もない。そうだな、お前は死人の中の一人だ。誰なのかはお前が知らないなら誰も分からないな」


 薄々感じてはいた。自身を構成する何かが何もかも抜け落ちている。

 自分の名前も、立場も、役職も、知人も、出身も、この世界についても、何もかもが分からない。自身が名無しであることだけは理解できた。


「そうですか、ココはドコなんでしょうか?貴女は一体……」


「ここは魂呼びの儀を行使するための儀式場だ。私は魔族国の四大魔公が一人、ネクリア、本来ならお前のような下賤(げせん)なゾンビでは会話すらも許されない立場に居る者と知れ」


 四大魔公という響きを聞いて頭に刹那のような電流が走った。脳裏に浮かんだのは僅かな違和感。何か大事な事を忘れているような気がした。だが、思い出せない。



 改めて地下室を見渡す。



 部屋の中央には様々な幾何学模様の血文字が刻まれていた。

 壁の隅には物言わぬ躯が重ねられており、アレらと自身が同質の存在なのだと理解する。


 そして、目の前にいる少女は自分を使役する立場にあり、自分をあの暗闇の世界から救い出してくれた恩人でもある。


 現時点では少女を頼り、服従する他に道はないのだと確信した。

 

「私はこれから、何をすればよろしいのでしょうか? ネクリア様」


 服従の姿勢を見せるために膝をつく、しかし……。


「ぐべっ」


 膝が砕けて前方に倒れこみ、顔面を地面に殴打する。


 鼻が潰れ、垂れ堕ちた目が千切れて潰れ、視界が暗くなる。体全体を駆け巡るエキゾチックな刺激に一瞬妙な声をあげそうになるがこらえる。

 ゾンビの身体はもろく、悶絶していた頃にあらゆる部位を痛めてしまっていた。


「グフ、……ふぅ」

「全く、世話のかかる。これだから失敗作は……」


 少女は呆れたように倒れた自分に近寄りながら、手に持った書を開いて何かの念を込めるような様子を見せる。


「特別に別の身体に入れ直してやる。感謝しろよ? ええっと…… 名前がないと面倒だ。とりあえずお前はゾンビウォーリアー、略してゾンヲリとする」


 ゾンビ戦士という安着なネーミングから名前が決まった。だが、名を貰い、この世界に居場所が出来た事は純粋に喜べた。


 倒れたまま少女を見上げると、少女は臆せず思いっきり足を振り上げる。


「あ、ありがとうございます。ネクリア様」


 そして、次の瞬間にはヒールが降ってきたのだ。最期に見えた色は白だった。


「グベッ」


 少女に兜ごと頭を踏み潰された事で絶頂し、浮遊感を得た。魂としてその場に存在する状態と形容するのが正しいのかもしれない。かつての暗黒の世界とはまた違う感覚であった。


 周りの存在を感じる事が出来る。ネクリアの事も、周囲の構造も理解はできる。何やら空間を漂う薄い存在も見える。だが、一般的に言う見えるという感覚とは違う。



 漠然と存在がそこにあるのだとしか分からないのだ。


 

「ゾンヲリよ。汝の魂を我が物とする。生涯をかけて我に隷属せよ【アニメート】」


 少女が魔法の詠唱を終えると、倒れている死体の中に急に吸い込まれる。途端、世界に色と痛覚と音が戻った。


「こ……これは、一体……」


 先ほどより状態の良い死体なのか少し動きやすいが、若干痛みが物足りなくも感じる。一つ理解したことがある。私は"他人の死体"に"乗り移っていた"のだ。


 仰向けの状態から起き上がり、膝を立てて立ち上がって見せる。


「……えっ?」っという困惑と共にこちらを警戒する少女。


「どうして……。仮名で縛ったとは言え、私の支配に抵抗するだと…… ゾンヲリ、お前は一体……」


「どういうことでしょう?」


 少女は壁際に積まれている死体に対して先ほどと同じように【アニメート】を唱えると、空間を漂う薄い存在の一体が死体に吸い込まれていった。

 

 そして、死体は糸で操られた人形のようによろよろと起き上がり、静止したのだ。

 

「本来はコレと同じようにお前の意思と身体の自由を奪い、意のままに操るはずだった」

 

 操られたゾンビは急に腕立て伏せを始めだした。恐らく目の前の少女の趣向によるものなのだろう。私に意思など必要ない。それが少女の考えだった。


 それに、酷く悲しみを覚えた。


「何でもしてみせます。私では貴女のお役に立てないのでしょうか」


「……正気か? お前。私はお前をそのクソみたいな身体に押し込んだ上で頭まで踏みつぶした奴だぞ。いや、術がかかっているのか? だが…… 」


「ネクリア様は私に光を与えてくださりました」


 何もない闇の世界。あそこに居る事に比べれば、この全身を駆け巡る痛みも生きているという実感になる。痛みであっても、それはひどく快い感覚の一つだ。


 突如、ボキッグシャっという派手な音を立て、先ほどから腕立てを続けていた同僚が潰れたのだ。


「うわっ」


 ビクっと潰れた死体に振り向く少女の仕草は、年頃の女の子らしく可愛らしいものだった。少女は再び注意をこちらに向けると大きくため息を吐いて見せる。


「はぁ、なんかもう、どっと疲れたし腹も減ったよ。一旦食事にしてからお前の扱いを考える事にする。ついて来いゾンヲリ」


「はい」


 少女に招かれ、私はそれに追従する。

 階段を上り、暗い暗室を後にする。


 全ての段を乗り超えた先には、眼を焼き尽くす程の光で満たされていた。



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