第五十二話:悪魔崇拝者の祈り
※説明会入れたら2万字オーバーとか分けわからんことになってテンポがブン……ブン……不可避だったので52話を再び差し替えてテンポアップを目指しました。つまり四度目の正直でやり直しました。はい。
なお、旧52話の後の話なので、旧52話の記憶は消去しなくても一応問題はないのですが……中途半端なところで区切られてしまっているのでやっぱり記憶は消去した方が無難です。はい。
目が覚めると、見覚えのあるテントの中で、見覚えのある淫魔の少女が私を看病していました。最近は、意識を失ってしまうとこの場所で目が覚めている気がします。
「……んっ……ここは……ネーアさん?」
「おはよ、シスター。随分といい夢見ていたみたいだな。はい、これ、薬だから飲んどいて」
ほんのり湯気のたった焦げ茶色のお湯入りのカップを手渡されます。薬草を煎じたお茶のようにも思えましたがどうも違うみたいです。風味はキノコ? でしょうか。 僅かですが香りや後味にキノコっぽさを感じました。
「あ、はい。ありがとうございますネーアさん。何だか久しぶりによく眠れた気がします」
私は夢の中に現れたあの黒い剣がないかテントの中を見回していたのです。ふと、テントの入り口を見れば、その先が真っ暗闇になっています。今の時刻は真夜中でしょうか?
「急にキョロキョロしだしてどうしたんだ? シスター」
「いえ、あの……以前は確か、その辺りに大きな黒い剣が立て掛けられていたと思うんですが……」
「ああ、ゾンヲリの剣の事か? だったら先ほどゾンヲリが持ち出していったとこだよ」
「そうですか……」
私は、あの御方がこの場に居ない事に落胆していました。せめて夢の中の出来事についてのお礼くらいは言いたかったから。
「それでだけど、シスターの体調に異常は特にないのか? 身体に痛みは? 頭痛とか幻覚はないか?」
「あ、はい、おかげ様で大丈夫です"特に気になりません"。もらった薬のおかげなのか、何だか少し身体がぽかぽかはしますけど」
「そっか、ならいいんだ。それと一つ質問なんだけど、シスターの頬っぺたに黒い痣って前からついてたっけ?」
そう言ってネーアさんは小さな手鏡で私の顔を映したのです。頬に映っていたのは、黒い翼でした。触れてみると通常の肌と何ら変わらなくて、傷や塗料のようなザラつく感覚がないのです。
「いいえ……でも何なのでしょうねこの痣。蝙蝠の羽?のようにも見えなくはないのですけど……言葉では言い表せない何かを感じます」
「ん~多分だけど、誓刻印の一種だと思うんだよな。神やそれに近い存在から"特別な加護"を与えられた者を"神格者"と呼ぶんだけど、そういった人間の肉体には特異な身体的特徴だったり、何らかの模様や痕が現れる事があるんだ。だけど……その痣から感じる力は随分と弱弱しいな。恐らくシスターに何らかの"誓約"を課すばかりで何の力も与えてはくれないと思うぞ」
私が神格者……と言われても実感がわきませんでした。何故なら、神格者と認定されるような人々とは、教会の勇者様や名を馳せた英雄達といった雲の上に立つ方々ばかりです。
そのような方々と肩を並べられる器は、私にはありません。そして、それ以上に大きな懸念点もありました。
「教会のシスターとしては少し複雑ですね……この模様、まるで悪魔崇拝者のようで、教会に属する方々に顔を見られてしまったら異端の嫌疑をかけられてしまいそう……」
黒い翼は悪魔を連想させるものです。それが、右の頬という目立つ場所にあっては隠すことなど出来ませんし、教会の中で人と目も合わせずに話すというのも失礼な話ですから。
「いや、シスターは私とふつ~に接してる時点で悪魔崇拝者だと呼ばれても全く擁護できないだろ」
そのようにネーアさんに指摘されて我に返りました。
「ふふ、そうでしたね。私はもう、身も心も堕ちるところまで堕ちてしまっています。言い訳のしようなどないのですから……」
私はいつから汚れてしまっていたのでしょうか? 司祭様にいわれるがままに人を殺した時? 信者の方々といかがわしい行為をした時? それとも、司祭様の命令に逆らった時? ネーアさん達と契約し教会に対する背信行為を行った時?
あまりにも罪を重ねすぎて、自分でも何が一番悪かったのかが分かりません。
「ああっ……でも、不思議なこともあるのですね。以前はどれだけ祈りを捧げても遠く感じていたのに、今はこんなにも近くに感じる事ができるだなんて」
頬に触れると、うっすらとですが"あの御方"を感じるのです。夢の中で得た小さな繋がりですけど、今もまだ切れることもなく私の中に残っているのです。
そして、あの御方を意識すると頬に刻まれた誓刻印が僅かに熱を帯びてきます。
「……あのさシスター、自分の世界に入り込むのは結構だけどさ、表情が大分ヤバイぞ。なんか危ない人みたいになってる。いや、これ処方した薬のせいか? 魔薬の飢えだけを満たす薬とはいえ、同じ原料を使ってるから少々の高揚作用はあるしな……」
ネーアさんの手鏡には頬付いて恍惚とした表情を浮かべている私が映っていることに気が付いて我に返りました。
「あ、ごめんなさい。ネーアさん」
「ま、別に良いけどさ、シスターはこれからどうするつもりなのさ?」
「……ネーアさん、私は、どうすればよいのでしょうか?」
教会は私を受け入れてはくれないと思います。いえ、私は戻りたくないのです。今の私は、司祭様に会うことをひどく恐ろしく感じてしまっています。戻ったらきっと、私はまた色々な事を忘れてしまうような気がして……、また罪を重ねなければいけなくなる気がして……。
「知らないよそんなの。私に聞くなよな~。シスターがやりたいようにやればいいだろ?」
結局、ネーアさんもあの御方と同じ言葉を返しました。でしたら、答えは自分で出すしかないのですね。
「ネーアさん、"あの御方"は教会に向かわれたのでしょうか?」
「んっ、ゾンヲリの事を言ってるならそうだけど、シスターも行く気? 今から行って止めるにせよもう遅いと思うけどさ」
「いいえ……私はもう、戦えません。誰も傷つけたくなどないのです。あの御方は私に約束して下さいましたから……。もう、私のような罪深い人間を産まないように努力して下さると。もう悪夢は見なくていいのだと。ですから、私に出来る事は、あの御方の成す事を信じ無事をただひたすら祈ることだけなのです」
「……あっそ。じゃあ夜更けだし、私はゾンヲリが帰って来るまでの間仮眠とるから、さっさと"私の"敷布団の上から退けてもらっていいか?、それで後はシスターが勝手にやっててくれ」
「はい、では勝手にやらせて頂きますね。お休みなさい、ネーアさん」
ネーアさんは私を敷布団の上から押しやると、藁の布団を被って不貞寝してしまいました。ネーアさんが寝息を立て始めるのを見計らって、私は以前黒い剣が立て掛けられていた場所の前で膝を折ります。
十字架を握り、目を瞑り、あの御方や、今もなお教会で寝泊まりしているシスター達の無事を祈ります。
「願わくば御名をあがめさせたまえ。御心のままに、暗き翼で夜天を翔け、地をも引き裂く黒き剣を以って、我らを悪より救いたまえ。どうか罪深き我らに、これ以上の試みを与えたまうことなく赦しを与えたまえ、日々の糧と安らぎを与えたまえ。我らの命と祈りは限りなく汝のものなればなり。アーメン」
ずっと、ずっと、私は祈りの時間は嫌いでした。
幾ら膝を折って祈れども、神は奇跡を与えるばかりで何も答えては下さりません。その奇跡も私達には苦痛ばかりをもたらしました。悪を放り、試みばかりを私達にもたらし、罪と罰ばかりを私達に課してきましたから。
「ふふっ、望むがままにありのままに祈る。それが今、初めて出来たような気がします」
私の信ずる神は、奇跡も力も何も与えてはくれませんが、こんなにも厚かましい祈りでさえも赦して下さるのです。私に、声をかけて下さるのです。
もう悪夢は見なくていいと。成したいことはしていいと。もう少しわがままに生きてもいいのだと。だから
「我が信仰を貴方様に全て捧げます……どうかご無事で……あっ」
その時、私の中から何かが少し抜け落ちた感覚がありました。奇跡を発動させたときのような疲労感ですが、今はそれすらも心地よく感じています。
「熱い……」
頬を撫でると、はっきりと熱を帯びていました。私は、熱が冷めないようにと、無我夢中で祈りの聖句を唱え続けていると。
「あ~~~もう、眠れないだろ! 延々とイチャイチャイチャイチャ惚気るつもりなら外でやってくれ!」
ネーアさんは藁布団を勢いよく蹴飛ばして起き上がりました。途中から夢中になりすぎて声の抑えが利かなくなってました。
「ご、ごめんなさい」
「あと、シスターは祈るのも程々にしとけよな。ソレをいつまでもやり続けると命に係わるからさ。アイツが戻ってきた時に精気カラッカラの萎びたシスターが居たら悲しむだろ?」
【神格者】について
一昔前のラノベ風に簡単に説明すればギフトだとか転生特典的な何か。という解釈でいいかもしれない。
神格者になる特典について、ゲーム風に言うならば20レベル(準英雄級)までのレベルアップが滅茶苦茶早くなります。また、傷の治りが速くなったり、バステ耐性がついたり、致命傷であっても自然回復で割とすぐ治ったりします(よほどの傷でもない限り宿屋で一晩で全回復します)。得意属性の魔法の詠唱速度が大幅に短縮され、威力も通常とは比較にもならないくらい強くなります。
なお、神格者になるデメリットも一応存在します。主に神の影響下、あるいは支配下に置かれる事になります。殆どの場合ではデメリットになりえませんが、神に逆らったり、使命を無視しすぎると……みたいな事もあります。死ぬと神格者としての資格は基本的に剥奪されますのであまりにも怠惰だと魂レベルではよわよわ~♡ざ~こ♡みたいになってしまう例も稀によくあります。
なお、分かりやすい神格者は、レイア・レッドフィールドちゃんの深紅眼なんかは火の大精霊の加護を貰った神格者という扱いになります。登場済みの男達で言うとレオス先生やハルバ君やライオネス含めたヴォイオディア一族も神格者ですが、生前のゾンヲリさんや常勝将軍ワロイス閣下、ヴァイス君は神格者ではありません。
また、神から加護を与えられることもなく後天的に神格者と同等以上の格を得る方法はあります。一番手っ取り早いのが神殺しによって神格を奪う事。あるいは生きた伝説として神格化されることです。どちらも通常はほぼ不可能です。はい。
なお、アンジェさんはスティグマータをコウモリの羽だと勘違いしてますが、実は龍の翼です。まぁ、最後のドラゴン死んじゃってるからね……知らなくても仕方ないの。
と言う事で次回、教会にカチコミをかけるお話になります。




