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第四十六話:天使の気まぐれ


 鉱山都市に潜入し、フードなどでエルフの特徴的な耳を隠しながら元獣人奴隷収容区にある借宿へと向かった。周囲を警戒するような素振りを"見せる"といったあからさまな挙動不審な動きを織り交ぜることで、見る者が見れば外からでも一発で"ワケアリ"であることを見抜けるようにしておくのがコツだ。


「いたぞ、例のエルフだ」

「奴の足は疾い。袋小路に通りがかった時に前後から囲んで一気に追い込むぞ」


 エルフの聴覚は鋭い。気を研ぎ耳をすませば小声の密談であろうと聞き漏らすことはない。


 敵を前にしておきながら肉声で作戦をバラすとは随分と暢気なものだが。せめて事前に作戦を取り決めておくなり、行き当たりばったりならば行き当たりばったりで筆談や手を使った合図くらい使えばよいものを。


 元々三叉路の先の袋小路に誘い出す手筈だったので手間が省けた。追跡者を知らぬフリをしながら、目的の袋小路の前に通りがかった辺りで、物陰から現れた怪しげなフード集団に正面と背後の道を塞がれた。


「止まれ、そこのエルフ。すぐに武器を捨てて跪け」


 前後合わせて8……いや、12人か。予備兵がさらに後ろに控えている。立ち振る舞い見る分には隙が多い。視認できる範囲で見かけたのは、武器をかじった程度の素人が5人残りの3人は兵役経験はありそうだが、強者という程でもない。


「な、何ですか! あなた達は。人を呼びますよ」


 ジリジリと後ずさるように袋小路の奥まで下がると、8人のフード集団はそれぞれ得意とする武器を構えながらこちらとの距離を詰めようとしてくる。


「馬鹿め、そっちは袋小路だ。既に人払いは済ませてある。叫んだ所で無駄だ」


 建物の屋根の上までちゃんとくまなく確認して"対処"した上で言っているのならば、その通りなのだが。


「そんな! "後ろ"は家の壁!? "4人"もいるだなんて! 誰か助けて!」


 屋根上に潜んでいる亡霊部隊に予備兵の人数と場所は伝えた。とはいえ、敵もそこまで巧妙に潜んでいるわけではない。私が指示を出すまでもなく既に照準を合わせて待機してくれているだろうな。


「ぷくくっ……こいつ4人しか見えてないのか? こっちは8人いるのにな?」


「大人しく投稿するなら手荒な真似はしませんよ。ええ、ただ付いてきてもらうだけで結構です。ですので武器を捨てて投降しなさい。ですが、もしも投降しない場合は不本意ですが多少痛めつけさせて頂きます」


「……いえ、大丈夫です。もう"済みました"ので、では」


 手に持っている弓と短刀を大げさに空中に放りなげてみせる。


「おい――」


 何人かは私が放り投げた短刀があるであろう"頭上"に注意をそらした。"武器さえ取り上げれば優位に立てる"と相手が思い込んでるからこそ成立するブラフだが、通じれば敵を前にして脇見をするという隙を晒してくれる。


 武器に目をとられた隙に、姿勢を屈めるようにして肉薄すれば死角からの奇襲になる。


「かはっ」


 疾さとは、威力そのものだ。ブルメアの身体ではネクリア様の身体で放てるような貫通力は出せずとも、大地に逆らう跳躍の加速力を全て掌打に乗せて放てば吹き飛ばすかくらいは出来る。


 手刀を使わずあえて掌打を使うのは拳を痛めないようにするためだ。この勢いで殴った分の反動に耐えられるだけ、ブルメアの拳はまだ鍛えられてないのだから。


「うわっ」

「きさ――」


 即座に反応してきたもう一人の首をソバットで蹴り折り、丁度落ちてきた短刀を掴み取ってもう一人の首を描き切る。


「がぼっごぼぼぁ」


 そして、空中から遅れて落ちてきた弓を手に取ると同時に矢を3本矢筒から引き抜き、バックステップで距離をとりつつ矢をつがえる。

 これで手練れの部類を3人を無力化した。残りは今の動きにも反応出来ずに怯んでいる烏合の衆だけだ。 


「今立っている者は必要ない。全て射殺(ころ)せ」


 号令と共に矢を3本放ち三人射殺すると、空から降り注ぐ鋼鉄のボルトがフード達を貫いていった。次々と悲鳴をあげて倒れ伏していく肉の塊を無視し、最初に突き飛ばした聖歌隊の隊長格と思わしき男の首元に短刀を向ける。


「ぐっ……一体何が起こって……そうだ撤退を!」


「逃げられると面倒なので後ろに待機してた者達は"一番最初"に片付けさせてもらったよ。残りはお前ただ一人だけだ」


「そんな……」


「さて、形勢が逆転した所で、大人しく付いてきてもらおうか」


「くっ、キサマに情報を渡すくらいならっ、神よ――」


 隊長格の聖歌隊が自決しそうになったので短刀の柄で殴って昏倒させる。尤も、特に自決した所で大した問題にはならない。精々、肉の鮮度が落ちる程度だ。


「必要なのはお前の身体だけ、なのだがな」


 崩れ落ちるフードで姿を隠した男を抱きかかえた辺りで、屋根上に潜ませていた亡霊部隊が降りてきては死体を手際よく片付け始めた。


「隊長一人だけで半数やっちゃうですから、俺達いなくても全く問題なさそうでしたね」


 ミグルがそう声をかけてきた。


「流石に街中で11人分の死体を処理して人間を一人担いで帰るのでは私だけでは手に余る。人払いをしても目立ちすぎるからな。お前達には面倒をかけるよ」


「いえ、俺は隊長のお役に立てるだけで満足ですから。それにクソッタレなニンゲン共をこうしてぶっ殺せるんですから、最高ですよ、へへっ」


 牙を剥き出しにしてミグルは笑ってみせる。ふと、物言わぬ肉の塊の方に目を配ると、狂気と憎悪の織り交じった鋭い眼光で見下していた。


「はぁ…はぁ…隊長、ただ捨てるのも勿体ないし、ニンゲンってバラして食ったら美味いのかな?」


 ミグルは興奮して息を荒げている。肉と見るや食らいつきたくなるのは獣人の本能から来るのだろうか。それとも、飢えをしのぐために魔獣肉といったゲテモノに慣らせすぎてしまったせいか? 

 いずれにせよ、取返しがつかなくなる前に止めといた方がよさそうだな。


「人型は最悪だからやめておけ。あれよりなら泥をこねて作った団子やら樹皮でも食ってる方が遥かにマシだ」


「隊長はあるんだ……流石ですね」


 まだ味覚が残ってた時に喰らった不死隊の味は覚えている。


(ゾンヲリ……? 食べたことあるの!?)


 今まで黙っていたブルメアが思わず引いてしまうくらいの所業だが、ミグルの反応がどこかおかしいな。


「ミグル、お前は少し疲れてるのかもしれないな」


 ミグルの額を軽く撫でてやると、少し熱っぽさを感じたので額を当てて確認してみると、やはり熱っぽさを感じる。


「あっ……隊長……」


 すると、ミグルは潤んだ瞳で見上げてきた。心なしか頬も上気しているな。


「やはり熱があるのかもしれない。一度ネクリア様に診てもらった上で2,3日は休んだ方がいいかもしれないな」


「い、いえ、俺はまだまだ大丈夫ですから」


「"まだまだ"などと言ってる時点で重症だ。ミグル、どうせお前のことだ、また無理な鍛錬をしすぎてるのだろう。少しは休んでおけ、馬鹿者」


 ミグルは亡霊部隊の中でもとりわけ熱心に仕事をしたがる。……まぁ、最近私に対してどこか狂信的な感情を抱いてるような気がしてならないのだが……この事にはあまり触れない方がいいな。

 

 私から見たミグルの戦士としての素質は悪くはない。だが、あくまで"悪くない"どまりだ。ブルメアのように劇的な成長を見せるわけではないし、彼の持ち味は武力というよりは臨機応変に冷徹な判断を迅速にこなせること……つまり、部隊指揮官として扱った方が優秀なのだ。戦い方や戦術を教えると素直にすぐに飲みこんで応用してしまう物分かりの良さも彼の長所だろう。


 個ではなく、"軍"として戦うのならば私よりも彼の方が優れているとさえ言える。軍という単位で戦う場合、"最も経験の浅く弱い者に合わせた作戦"を立てければならない。ここで仮に優れた個を軍に放り込んでも逆にバランスが悪くなった挙句足回りが重くなるだけなのだ。


 実際、亡霊部隊の指揮はミグルに任せてしまった方が案外上手くいく。というのも、私は自身を活かすためには"個"に特化して動かざるをえないし、亡霊部隊では種族や感覚や経験が違い過ぎて歩調を合わせられないのだから。


 だから、ミグルには頭を冷やしてもらって物事には冷静に取り組んでもらいたいのだが……。やはり、私は人に物事を教えるのには向いてないのだろうな。


「……はい。ですが、隊長はこれからどうなさるおつもりで? 今夜例の教会に襲撃を仕掛けるなら俺達もお供致しますけど」


「いや、それには及ばない。今しがた捕獲したこの肉を使ってエルフを生け捕りにした体を装い、教会に潜入して司祭と接触し、場合によっては討ち取る。その際、万が一"不測の事態"が起こった時にお前達の関与を疑われると獣人国が窮地になりかねない。これはあくまで私だけで処理すべき問題だ」


 不測の事態として最も警戒しなければならないのが、私の蒸発だろう。アンデッドである私は奇跡【ディスペル】一発で消し飛んでしまうのだから、アンデッドであると見破られてしまえば呆気なく窮地に陥るし、単純にシスターアンジェ以上の強さの人間が潜んでいたらこの肉で勝つのは難しい。そして、何らかの失態で目撃者に逃げられてしまってもダメだ。


 目撃者という証拠を隠滅しきれなければコボルトの関与を疑われ、何かしらの国家から政治的圧力を獣人国に仕掛けられてしまいかねない。その場合、獣人国はネクリア様を売り渡すという選択をとらざるをえないだろう。


 故に、最終的にどうにもならなかった時は人里に潜んでいた"邪悪なアンデッドが一体消滅した"という筋書きでなければならない。そして、もしこの結末にならざるえをなかった場合、情報の洩れ方次第では最悪私はこの手でブルメアを殺さなくてはならない。


 もしも、ブルメアが敵の手に落ち、シスターの記憶を通して見たイリス教の"闇"に触れたり拷問を受けるようであれば、より最悪な結末になりかねないのだから。


 ……だが、果たして出来るのだろうか? 今の私に。いや、悪い方に考えるのはやめておくべきだな。


「俺は、あんな軟弱な国に遠慮してやる必要なんてないと思ってますよ。今さら滅んだって気にしませんしね。隊長がいなきゃもうとっくに終わってるような国なんですし」


「そうは言ってやるなミグル。誰もが武器を手に取って戦えるわけでもなし、国を背負う者には国を背負う者のみがもつ苦悩がある。私達は何も背負わずに動けるからこそ、そう思えるだけだよ」


 極端な話、一人で戦うのは楽だ。誰も守らず、小難しいことも考えず、ただ思うがままに剣を振るい、どうにもならなければ何もかもを放り投げて死んで果ててしまえるのならば、それが一番楽な死に方だ。


 誰かを寄り所とするから縛られる。誰が為になどと言うから死に果てた後を考え始める。剣も自由には振えなくなる。結果、何一つ身動きがとれなくなってしまう。実に、馬鹿馬鹿しい限りだろう。


 だが、そうして縛られる事に心地よさを覚えてしまうのだから。実に、度し難い話だ。


「そうでしょうかね……? まぁ、隊長が言うからそうなんでしょうね」


「それよりミグル、少しそれを借りるぞ」


 ミグルからひったくるようにクロスボウを奪いとり、振り向きと同時に空へ目掛けて射撃する。ボルトの矢は空を切り、重力に負けて屋根に突き立つだけだった。


 あえて手に持っている弓矢を使わないのは、矢を引く動作すらも見せずに奇襲を仕掛けたかったからだ。


「え? あ、急に空に目掛けてクロスボウ撃つなんてどうしたんですか? 下手したら誰かに当たって死人でてますよ?」


「……どうも視られてる気がしてな。どうやらただの気のせいだったようだ。後で矢は回収しといてくれ、念のため3人以上で行動し、周囲の警戒も怠らないようにな」


 ボルトを射った先をもう一度見据える。先ほどから感じていた僅かな違和感はもうない。敵意や害意は感じなかった。例えるならば、夜の訓練中にブルメアに視られている時の感覚に近いというべきか。


 観察、だろうか。ブルメアをそういう目で見る市民は少なくはないので普段ならば気にはしない。だが、視られる方角が問題だった。空からの観察を受けるなどと鳥でもなければまずありえないからだ。


 だが、そういった動物の気配はなかった。ならば不可視の隠遁魔法などを疑い、激しく動かすなり防御行動を誘発すれば何かしらの"揺らぎ"が生じると見てボルトを放ってみた。


 だが、何も反応はなかった。ならば、ただの気にしすぎとみるべき……なのだろうな。


 〇



 黒衣の獣人達が撤収し、静けさを取り戻したスラム街の屋根の上に、何の前触れもなく突如天使が出現した。


「いや~驚いちゃったよ。お散歩ついでに教会のお仕事を観察してたらいきなりクロスボウ撃ちこまれちゃうんだからさぁ~~。匂いも音も姿もちゃんと消して魔力の揺らぎだって人間には感じ取れないレベルにまで抑えてたはずなんだけどなぁ? 彼女……じゃなくて彼はボクが偶々目を離すまで位置を完璧に確信してたよね? 一体どういうカラクリで気付いてるんだろうねぇ、興味が尽きないね、うん」


 天使は屋根に腰かけると、"彼"が向かった方角を眺めていた。まるで新しい玩具を貰った子供のように、無邪気で残酷な微笑を浮かべている。


「あ~まだ胸がドキドキするなぁ。この感情を何て呼ぶんだっけ? えっと、確かドキドキするのは恋、だったかな? ちょっと違うかも、なんてね」


 天使は胸に手を当てて心臓の鼓動が早くなってるのを確認すると、満足気な表情を浮かべていた。心拍数が上がる理由は多数あるが、その中でも不安や緊張ではなく恋という単語をあえて選んだのはただの天使の気まぐれだ。


 天使は、"彼"が小麦粒くらいに見える距離を保つように屋根の上に姿を消しつつ瞬間移動しては腰かけ、頬突きしながら観察するといった事を繰り返していた。


「あ、彼、また振り向いてくれたよ。やっぱりボクが分かるんだね。やっほ~」


 そして、天使は彼が振り向く度に姿を消し、後ろを向いたら無邪気に手を振って遊んでいたのだ。まるで、珍獣を見て喜ぶ子供のように。


「う~ん、あっちの方で見かけたガハハ君も結構面白そうで気になるんだけど、もう他の"神"の先約がついちゃってるし、やっぱり彼の方が色々と興味を惹かれるね。どうして"あんなひどい状態"なのに自我をまともに保ってられるのかが全く分からないや」


 天使の興味を引いていたのは、彼の魂の状態だった。様々な"圧力"がかけられていることによって縛られ、ひび割れ、歪み、壊れかけている。にも関わらず、彼はまるで正常であるかのように振舞っている。


 それが、天使には不可思議でならなかったのだ。


「さて、もう少し"彼"を観察したかったけどあんまり近づいたら今度は本当に撃たれちゃいそうだし、今は大人しく帰ろっかな。彼、どうせ今夜にはあの変態司祭の元に来てくれるんだろうし、その時にでもお話ししようかな~どんな反応してくれるか楽しみだな~」


 そう言い残すと天使はその場から消えた。そして、一枚の純白の羽だけがそこに残されていったのだ。


「あ、でも兵隊が全滅しちゃったけど変態司祭への報告どうしよっかなぁ? なんてね、天使であるボクが人間のいさかいに干渉するだなんてつまらない事しちゃったら"ずるい"し不公平だからね」


ゾンヲリさんは打算がない時は稀によく自分が美少女エルフであることを忘れるらしい

そして、ガチキス距離までミグル君に顔近づけておでこ同士くっ付けちゃうなんていう小悪魔ムーブをしてしまうのだ。


なお、ミグル君視点からすればゾンヲリさんのメインボディは大抵ネクリアさん十三歳であったりするので……おねしょたシチュになってるのさ……。

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