弾四十四話:天使と司祭
「そうですか、エルフの改宗に失敗しましたか」
「申し訳ございません司祭様、この責はいかようにもお受けいたします」
「いえ、よいのです。貴女が無事であったことが何よりです。達聖歌隊の献身は神も見ておられますから。きっとお赦しになられるでしょう」
「司祭様……。次こそは必ず我ら聖歌隊の働きをもって――」
「ですが、飛竜狩りと淫行に及んだという"穢れ"は禊ぎ清めなくてはなりませんね。至急儀式を行いましょう」
「司祭様……?」
「大丈夫です。禊の前にコレを飲みなさい。気持ちが落ち着きますよ」
―――――……
司祭はベッドの上であられないのない姿のまま気絶している女に修道服を着せていた。室内に充満する媚香の匂いで誤魔化されているが、うっそうと漂う強烈な汗と体液の匂いを消し去るには至らない。
「ふぅ……」
司祭は一息をつくと、地下の個室を後にしようとした時だった。
「ふむふむ、人間の性行為とはこういう風に行われるモノなんだね。いや~こうして近くで見るのはボクも初めてだけど中々に興味深かったよ」
「ッ!?、何者ですか!?」
眠ってる女以外誰もいないはずの個室の中から突如見知らぬ者から声をかけられる。その異常性だけで司祭に警戒心を抱かせるには十分であった。
「おや、ちょっとショックだな~。予想してた反応は跪いて崇めてくれるんだとばかり思ってたんだけどなぁ。ボクもまだまだ人間の事については不勉強だね」
ベッドの真横に佇んでいたのは人間ではなかった。背には純白の二枚羽、神性を感じさせる装飾の施された法衣を身にまとっているそれは、羽を一切動かしていないにも関わらず地には足を付けていなかった。
そして、今までに禁欲を是としてきた司祭が思わず見とれてしまう程に、その容姿は整い過ぎていた。金色の長髪を揺らすように振り向くと、その者は司祭に気怠そうな笑顔を向けて見せた。
一言でその名を称するとするならば。
「天使……様?」
と形容する他になかったのだ。
「あ、そうだ。勉強がてらに一つ聞きたいんだけど、どうして生殖器をわざわざ不潔な排泄物を出す方に入れるのには何か理由があるのかい? もしかしてそっちの方がオーガスムを感じたりするのかな? いや~そこで寝ている彼女、すごかったしねぇ?」
「いえ、天使様……これは……その……」
直前まで行われてきた痴態の数々を上位者にありのまま観られていたのだ。司祭にはバツの悪そうに言葉を詰まらせる他にやれることなどなかった。
「なんてね、知ってるよ。この部屋に漂う香り、正常な判断力を奪う上に興奮作用があるし、そこの彼女が服用していた薬物には性的興奮度を極端に高める成分が入ってるもんね。あ~ボクもちょっとエッチな気分になってきたかも、なんてね」
特徴的な胸元を見せびらかすように法衣をパタパタとはだけるような素振りを見せつつ、天使は冗談めかしながらも司祭の倫理的に許されないような所業を適確に指摘してみせたのだ。
「……私の所業を咎めにきたのですか?」
「い~や、そのつもりはないよ。第一、今のボクにそんな権限も無いけど……キミの所業だっけ? 例えばコレらの事を言ってるのかい? キミ"も"中々エゲつないことしてるよねぇ」
天使が乱雑に机の上に放り投げた書類とは、裁きの銀槌のアンジェや一部の聖歌隊にすら近づけないようにしていた部屋で、厳重に保管されていたはずの極秘任務の指令などに関する報告書の数々だ。
「な……これは地下の隠し部屋にしまっていたはず……なぜこれを」
「だってボクってば天使だし? ほら、この指令書とか中々面白いね。保護を名目に都市の獣人奴隷を匿った後に、改造した黒死病を投与して獣人国に送り返して蔓延させ、その後奇跡を使って治療して信者を獲得するなんて自作自演工作を大真面目にやっちゃうんだからねぇ」
「……それがこの黒の聖典に記された我が神の望み。大いなる福音を未開の蛮族共に説くためには必要な措置なのです」
司祭が胸に抱いている黒い革の装丁で覆われた聖典は、一般の信者達に渡される"白い聖典"とは異なり、何年も時間が経過したことで風化してボロボロになっている。
「ふ~ん? まぁ、別にそんな事どうでもいいんだけどね。ボクがキミの元に降りて姿を見せてあげたのもほんのついでさ」
天使は一目だけ黒の聖典に目をやるとすぐに興味を失い、あどけたような態度をとって見せる。
「では、天使よ。貴女は一体何のために私の前に姿を現したのでしょうか?」
「ボクの本来の目的はシスターアンジェの回収さ。 彼女は聖人となりえる良質の器だったからね。ただ、少々問題が発生しちゃってね」
「問題、ですか」
「シスターアンジェと神とのつながりが切れてしまったんだよね、だからボクはこうして彼女ではなくその保護者であるキミの前に降りてあげたってわけさ」
「そうですか、ではやはり、シスターアンジェは任務に失敗して死亡したのですね」
「い~やそれがね~違うんだ。無事"死んでくれていた"のなら、ボクがシスターアンジェの魂を回収して神の元に供物として捧げる手筈だったんだけどね、そうはならなかったってことさ」
「……ではシスターアンジェに一体何が起こったというのですか」
「彼女は神を裏切ったのさ」
この一言だけ、それまでは軽くお茶らけていた天使の声音に冷たさが伴なっていた。
「なっ!?」
「何故キミたち人間が奇跡を使えるか分かるかい? それは神との契約によって貸し与えられた力なのさ。そして、契約には代償を伴う。キミ達に課せられた代償は死後に神のエサになるって約束なんだよね。だけど、シスターアンジェの魂は神のエサとして相応しくなくなってしまったのさ」
「我々が……エサ……?」
「そう、エサだよ。何を驚いているんだい? キミ達が大好きなえっと……そう、聖典だっけ? それには神と一つになることで永遠となります。みたいなことが書かれてなかったっけ? 神との契約ってさ、要するに魂に刻印を刻んで神にとって都合の良いような形に加工するのさ。例えるなら人間だって増やした家畜を屠畜した後に塩をふって焼いて食べて一つになるじゃないか。それと全く同じことさ」
「馬鹿な……それでは我々はただ喰われるために神に祈りを捧げてきたというのですか……」
「そうだよ? でもそれがキミ達にとっての"救い"なんだろう? なら何の問題もないじゃないか。キミが女性信者に使ってるような"薬物"と"拷問"で頭の中全部気持ちよくなってしまうのと、勝手に作ったありもしない妄信によって頭の中が救われることに何の違いもないのだからね」
「あ……? あ……?」
残酷な真実を突き付けられたことに狼狽する司祭とは対照的に、天使は愉悦にも似た笑顔を浮かべていた。
「クスッ、いいね、司祭のその顔。人間って感じがしてボクは好きだな。ねぇ、今どんな気分なんだい? 教えてよ。あ、それともキミも神を裏切ってみる? クスクスッ」
「悪魔め……本物の天使ならば我が神を愚弄するような言葉を吐きません、そんな戯言で私の信仰は揺るぎませんよ」
司祭の信仰は、歪んでいながらも本物であった。それまでに行ってきた所業の全ては一貫して神の為だ。ならば、その神に対する裏切りをほのめかす存在は何かと考えれば、明確な答えが司祭には出てきたのだ。
「悪魔だなんてキミはひどいこと言うね~ボクも傷ついちゃったよ。これでもボクは"今いる天使"の中じゃ一番慈悲深くて人間の理解者であると自負してるつもりなんだけどなぁ……」
天使は大げさに悲しむような素振りを見せるが、誰の目から見てもその言葉に芯が伴なっていないのは明らかだった。
「……では、貴女が本当に神の徒たる天使だと言うのならば、私からの"審問"を受けて身の潔白を証明して下さいますね?」
「うん、いいよ~、退屈しのぎついでにキミの審問にも付き合ってあげちゃおう。ではどうすればキミはボクが天使であると認めてくれるんだい?」
「天使の御力を示して下さい」
「ふぅん? つまり分かりやすく"奇跡"を起こして見せればいいのかい?」
「ええ、それでもかまいません」
「実はね、ボク達天使にもきびし~~~いルールがあってね、下界に降りたらむやみやたらと奇跡を使ってはいけないんだよ。だから、余程の事がない限りキミに対しボクが奇跡を見せてあげることは出来ないね」
「つまり、証明はできないと? ではやはり、貴女は詭弁を弄する悪魔なのではないですか?」
「ならボクからキミにこう答えよう。キミは奇跡を何だと心得ているんだい?」
「神の与えて下さった大いなる福音です。私はそれを元に無知なる人々を導く責任があるのです」
「それで、神が折角与えて下さったありがた~い福音を、まるで便利な魔法か何かのように見せびらかす必要があるんだろうね? キミは奇跡が使えなければ神を信仰しないのかい? 現金だねぇ~」
「奇跡がなくとも私は神を信じています」
「ふ~ん、別に奇跡は要らないんだね。なら使えなくしてあげよっかな~」
「な!?」
「なんてね、キミが神を心から信仰している限り、奇跡が使えなくなるなんてことは起こらないよ。でも、狼狽えたね? つまり、キミは喪失することを恐れたんだ。ならさ、やっぱりキミは神の力を欲してるだけなんじゃないかい? クスクス」
「それは……」
天使は言葉遊びで司祭から失言を引き出したことで満足したように嘲り笑っている。
「大体さぁ、キミ達が神に対しすべきことってただ畏れ敬い崇め奉ることだけさ。なのに、死後の幸福だとか奇跡のような見返りを与えるなり見せるなりしなきゃ信仰してあげませんだなんてさぁ、一体何様になったつもりだい? それって"神を試してる"も同然だとは思わないのかい?」
神を試すべからず。聖典においては何十にも重ねて記される禁忌を示す言葉であった。
「いえ、もう結構です。貴女は正しく我が神を理解しておられる。もしも、軽はずみに奇跡をひけらかして見せるようでしたらそれこそ異端として貴女を告発せねばならなくなっておりましたので」
「よくもまぁちょっと前に指摘してあげたキミの所業とも矛盾するような言葉を回せるものだね。流石のボクも感心しちゃうよ。」
「私の行いはこの黒の聖典に記された真実の信仰の前には何も矛盾しておりません。信者を獲得するためにヒトの都合でヒトの道義や倫理性を都合よくからめ、弱者の救済や平等を謡うような矛盾する教義を混ぜ込んだ"白の新約聖典"とそれを信仰する者こそが異端なのですよ」
「なるほどね、だからキミはこんな辺境の教会を任されるようになってしまったわけだね」
「……ええ、私は司祭達の集う審問会で異議を申し立てました。それは真実の信仰に反すると。ですが、多くの司祭に私の言葉は届きませんでした。私は宗教裁判で異端の嫌疑を着せられ、司教への道も閉ざされたのです」
「まっ、人間らしい話だよねぇ。何をやるにしても政治が絡んでくるし、正しい主張が必ずしも認められるとは限らないのは世の常さ。でも、安心しなよ。キミが編み出したシスターアンジェという執行者を"人為的"に作り出せる"魂の製錬方法"については"天界"ではある程度は評価されていたようだからね。もしかしたらキミのやり方は今後の"模範"となりえるかもね」
「……おぉ……やはり、神は私を見捨てなかった……!」
己の信念と信仰が認められた。司祭が感極めるにもは十分すぎる理由であった。
「例えば、キミのやり方の中で興味深いものだと、人間を裸にして羞恥心や尊厳を徹底的に踏みにじり、太陽の光が届かない部屋の中で食事も与えず毎日肉体的苦痛と精神的苦痛を与え続けてやると、人間は次第に反抗する意志を無くして従順で隷属的になるという所だね。そして、キミはこの対象に何故か女性ばかりを選ぶのには理由があるのかい?」
「とある辺境の村に宣教しにいったときの事です。その村では女性は毎日モノのように暴力を振るわれているにも関わらず、笑顔で男達の要望を受け入れ続けていました。その理由を村の男達に問うてみたらこう答えが返ってきたのです。"女は殴って言う事を聞かせればいい"と」
ただ、司祭はただ淡々と語っていた。
「そこで、私はその男達の言葉を参考に、戦災孤児を使って対照実験を行ってみたのです。男性に暴力を加えてみるとより反抗的になるのに対し、女性は従順で隷属的になりやすいという結果を得ることが出来ました。また、肉体と精神両方にショックを与える手段が多い上に"壊れにくい"という面でも女性は優れていました。特に、性的な快感も交えると好意的になりやすくなるという反応もありましたので、薬物の投与も合わせればより効率的に教化できることも判明しました。そして、従順にさえなってしまえば多少人の倫理や道義から外れた正しき信仰を教え込むのに苦労しなくなりますし、我が神イリスに忠実で優秀な執行者を"量産"できるようになるのです。シスターアンジェはそのための試金石でもあったのですが……新約聖典に則り、多くの矛盾を孕む不完全なドグマで教化してしまったので彼女は信仰の矛盾に苦しんでいました。非情に残念で、悲しいことです。ええ」
狂気を超えた信仰。絶対的な指針があれば、他のいかなる要素も無視していいような些末なものでしかない。司祭は、ただひたすら神の利益を求め続けた。女に試練を与え、教化することで執行者へと育成し、神に捧げようとしていた。
「正直、流石のボクもちょっとばかり引いちゃうね。あと、これでもボクは一応乙女なんだけどね? そういう女の子に対する配慮はキミは持ってないのかい? というのはおいておいて、人間の常識的に考えてこんな事して咎められないのかい?」
それまで不敵な笑顔を崩さなかった天使が苦笑いを浮かべていた。僅かながらの嫌悪感、軽蔑感といった感情を表に出してしまったが故の反応であった。
「ええ、流石にこの方法を大っぴらにやるわけにはいきません。ですから、私は前市長と秘密裏に取引を行い、人権や他者との繋がりを持たない戦災孤児や蛮族共の"奴隷"を密かに分けてもらうことにしたのですよ。教化に使用する媚薬や自白剤といった薬物と共に、ですが。出来れば寿命が長く優秀そうなエルフも素体として欲しかったのですが、それは前市長に拒まれましてしまいましてね」
「あ~その辺からはもういいや。さっさと本題に入ろうか」
「分かりました。では貴女が私の前に降りてきた本当の理由を教えてもらいましょうか」
「じつはね~ボクの個人的な理由として折角地上に降りて来られたんだから退屈な天界にはまだ戻りたくないんだよねぇ。だからシスターアンジェの捜索か、シスターアンジェと同様の素質を持った魂を回収するという名目で地上に居座りたいのさ。だから一先ずはキミに付いててあげるよ」
「では、天使よ、その間は貴女は私を守ってくれると捉えてよろしいのですか?」
「う~ん、そうだね、ちゃ~んと"見守って"てあげるよ。あ、ボクからキミに何かしろとか言うことはないよ。変にかしこまらずにありのままの自然体で居てくれる方が嬉しいな。その方が見ていて面白いからね」
天使は言葉を弄して回りくどくこう言ったのだ。特に"干渉はする気はない"、と。
「分かりました。では、そうさせて頂くとしましょう。ところで天使よ、貴女のことを私はなんと御呼びすればよろしいでしょうか?」
「う~ん、そうだね。ボクは神から個体識別番号くらいしか与えられてないし、ボクが勝手に天使名を名乗ったりするとこわ~い殺戮マシーンな天使達に粛清されちゃうからねぇ。ああ、でも、キミがボクのことを好きに勝手に呼んでくれる分には何でも構わないよ。ボクがそれを"認めない"だけだから」
名を勝手に名乗るのは罪でも、名を勝手に呼ばれることは罪にならない。天使は天界のルールの穴を突くことで地上に降りても自由に振舞っていたのだ。
「そうですか、では貴女に配慮し、引き続き"天使"とお呼び致しましょう」
「そう? つまらないね。それより、キミはさっきからボクを見るなりずっと前屈みになっているけど、何か理由はあるのかい?」
司祭の法衣の下腹部の辺りに不自然な膨らみが出来上がっており、司祭はそれを隠そうと前屈みの姿勢になっていた。
「すみません。どうやら貴女を見ていると私の聖棒が滾ってはちきれそうになるのです」
「あ~なるほど、キミはボクを見て"発情"したんだね? まぁ仕方のないことかな、なんと言ってもボクは可愛いからね。キミ達人間には極めて性的な魅力を感じるようにも意図的に設計されてるわけだし。人との会話中だというのに、キミはずっとボクの胸や局部ばかりをじろじろ見ているのも分かってたからね」
「……天使にそういう機能がある……では、もしや徳を積んだ聖人や"勇者"は死後に処女の天使達と交わるという教えは事実だったというのですか?」
「あ~~……うん、まぁ、それもある意味事実だね。ボクには一応そういう機能は盛り込まれてるし、なんならキミの子供を孕む機能だってついてるからね」
「おぉ……では、貴女こそが私の貞操を捧げるに相応しい運命の天使だったということですか」
「キミは一体何を言ってるんだい? 正直、キミの言葉の誤りをどこから訂正してあげようかとさっきからずっと判断に困ってしまっているんだけど? 第一、キミは聖人でも勇者でもない、ただのスケベな変態オヤジだろう? 流石に君如きを相手にそこまで堕ちてあげるつもりはないよ。正直、これ以上キミのその視線に晒され続けるのは不快だから今後は姿は隠させてもらうとするよ」
天使がその場から姿を消すと、司祭は下半身に出来上がった膨らみを見下ろして溜息をついた。
「そうですか。仕方ありませんね、では」
司祭は媚香の漂う部屋の中へと踏み入り、扉を閉じたのだ。そして、暫くすると女の嬌声が響き始め、それが朝まで続いたのであった。そして……。
「はぁ……天界も、人も、やることが変わらないとなるとつまらないね。"先任者"は一体人間の何を見て、思って、地上に堕ちたんだろうねぇ……。なんてね」
誰も居ないはずの空間から、吐き捨てるような溜息が響いたのであった。
46号ちゃん初登場回
位階自体は第七位権天使なので実は第八位の一般貧弱ベリアル=サンより上らしい
アンジェさんも大概ひどいめに遭わされてるが、ハルバ君に〇〇されたガチレズ女性聖歌隊さんも中々アレな目に遭ってる今日のこの頃。
この世界の人間ガチクズだらけだから滅んだ方が良さそうじゃないか? と思うのがぜいいんだろう。サクーシャもそう思う。




