第三十八話:ブルメアさんの厄日⑤
「ガハハッ今戻ったぞ~イサラ、ブルメアちゃん! ……んんっ? ブルメアちゃんはいずこに」
「ハルバ様~、ブルメアさんでしたらこちらの銀貨袋をお礼に下さって、先ほど帰られましたよ。これでまた美味しいご飯一杯食べられ、あいたっ」
イサラがそう言い終えるや否やの所で、飛竜狩りのハルバのげんこつでポコンと小突かれてしまう。なお、ブルメアはハルバと鉢合わせしないように店の裏口からこっそりと脱出している。
なお、店員曰く、「店内で不純なことをされては困りますので協力致します」とのことである。
「この馬鹿もん! 帰られましたよ、ではない! なぜ引き止めんかったのだ」
「えっと……あ、そうです。実はブルメアさんに恋人がいるんですよ! その方に早く会いたいって仰ってました」
「は……? 恋人……だと……?」
「はい、婚約の証である耳飾りを付けてらしたので、訪ねてみましたらそう言ってました。素敵ですよね~羨ましいなぁ~」
イサラはそう言ってチラりとハルバに流し目してみせるが、ハルバの表情を見て固まってしまう。
「おい、その不届きな野郎はどこのどいつだ」
ハルバの低い声音に込められていたのは、明確な殺意。
「は、ハルバ様……目が血走ってます。怖いです……」
「一体何のために俺様がイリス教とかいう面倒くさいオカルト宗教集団に割にあわん喧嘩を吹っ掛けたと思ってやがる。ぜ~~~んぶ、俺様専用美人エルフ皆仲良しハーレムを作るためだろうが! ついでにイサラも仲間が増えて万々歳って完璧な計画だったというのに」
「で、でも、ハルバ様は婚約者のおられる方は対象外って……」
「大方"師匠"とかいうクソッタレがブルメアちゃんが一人では抵抗できないことをいいことに、暴力で無理矢理言う事を聞かせてるだけに違いない。だからそいつさえぶっ殺せば全てが解決する」
この時イサラは思った。この方がそれを言うのかと。思うだけにした。
「や、やめましょうよ~~、ひんっ」
イサラのお尻がペシッと叩かれた。
「それより、男の名前は聞いたんだろうな?」
「し、しりま、ひんっ」
もう一度イサラのお尻がペシンッと叩かれる。気持ちさっきより強めである。
「イサラのくせに俺様に隠し事をするとは生意気だぞ。もう一回お尻を叩かれたいか? イサラ」
「うう……ゾンヲリさんという方らしいです」
「特徴は?」
イサラが黙りこくっているとハルバはゆっくりと振りかぶるような素振りを見せる。
「えっと……その……ハルバ様が戦ってらした銀の甲冑の方だそうです」
「あのいけ好かないゾンビ野郎か!? いや、おかしい。そいつは巨人の化け物にミンチにされたはずだろ。……なるほど、だからブルメアちゃんが一人で出歩いてたというわけか」
ハルバは一人で納得すると、徐々に機嫌が良くなっていったのであった。
「未亡人はセーフッ!!!! いや~良かった良かった。 俺様と一緒に肩を並べて戦ってたことを強調してあのゾンビ野郎をてきと~~~にほめちぎっとけばブルメアちゃんの俺様に対する印象もうなぎ上りっ。いや~俺様があのゾンビ野郎をぶっ殺してなくてよかったな~ガハハッ」
――ハルバ様にはゾンヲリさんがまだ生きてる? ことは言わない方がよさそうですね……
「って違うわ! さっき俺様が種付してやった女から聞き出した話だと、ブルメアちゃんを狙う連中はまだ沢山いやがる。 だから今ブルメアちゃんを一人にするのはあぶねぇ! すぐに店を出るぞイサラ」
なお、手掛かりもなしに一晩中市内を走り回ってブルメアを捜索し続けても発見できず、骨折り損になってしまった腹いせにその後イサラにめちゃくちゃお仕置きしたハルバなのであった。
〇
ブルメアが屋根の上からそっと見下ろすと、フードを被った怪しげな集団が世話しなく走り回っている様子が見て取れる。
「うわ……どうしよう……これ、もう宿の周辺にも張り込んでたし……」
幸い、盲点であるからか屋根の上まで捜索しようとする者はあまりいない。
「フリュネル、ちょっと下の方をこっそり見てきて」
「うん、わかった~」
風精フリュネルは一陣のそよ風となって地上を駆け巡る。仮に風と化したフリュネルに触れたものが居たとしても、それはただのそよ風。違和感を持つ者はいない。
不可視の偵察者。何の戦闘力も持たないフリュネルだからこそ出来る索敵方法である。
尤も、フリュネルの通ったルートには残り香として微量な魔素が残るものの、自然現象として発生するただの風に魔素が混入することは別に特別なことではない。故に、知っている者でなければフリュネルを探知することはできないのだ。
「ご主人様ご主人様、こっちの方には変な人達居なかったよ~」
「ありがと、フリュネル。よっ、ほっ、っと」
崖登りの経験があったからこそ、三角飛びで屋根上に登ることなど今のブルメアには造作もない。慣れた様子でぴょんぴょんと、次々屋根を伝っていく。しかし……。
「居たぞ! 屋根の上にエルフがいる」
地上を虱潰して見つからなければ上に意識を向け始める聖歌隊もそのうち出てくる。索敵網に引っ掛かるのは時間の問題であった。
「うわっ! 見つかった!」
もはや遠慮はいらずと、ブルメアは脱兎の如く屋根を跳び継ぐ。
「は、疾い」
一足跳びで屋根から屋根へと移動できるブルメアに対し、ドタドタと道を走って追いかけていては追いつけるはずもない。
訓練された戦士であるほど地にあまり足を付けないと言われている。何故なら、走るという行為は脚力と慣性を無駄に浪費する移動法でしかない。足を20歩を交互に前に出して進める距離など跳び越えてしまった方が遥かに速い。
それが、ゾンビウォーリアーを間近で視続け、時には己自身の身体でも経験してきたブルメアには自然と使えるようになった走法だった。
「……女エルフに都市の外まで逃げられましたね」
「馬鹿な、あんな動きが出来るだと……」
「追いますか?」
「いや、危険だ。シスターアンジェが未だ帰還していない件と飛竜狩りの件もある。今日の所はエルフ教化作戦は切り上げて一度司祭様に判断を仰いだ方が良いだろう」
そして、聖歌隊の追跡から逃げ切ったブルメアは、夜までずっと、一人寂しく魔獣が住む森の中で震えていた。
「暗いよ~~~怖いよ~~何も見えないよ~~」
「大丈夫? ご主人様、ゾンヲリのご主人様を呼ぶ?呼ぶ?」
「大丈夫……じゃないけどフリュネルがいるからまだ平気、一人だと怖いからここに居て……」
遠くから獣の遠吠えが聞こえてくる。そして、ガサりと付近の草が揺れる。
「ヒィッ!」
ブルメアはビビりながらも反射的に背後の草むらに矢を放つと、ドサリと物音がする。ブルメアは登っていた木から地上に降り立つと、恐る恐る物音の正体を確認する。
「なんだ~~、ワイルドボアかぁ。勿体ないし食べちゃっていいよ、フリュネル」
ワイルドボアの眉間に突き立った矢は脳を貫通していた。即死である。
「わ~い」
その後、バリッ、ゴリッ、ゴキィッ、ブチィッなどといった、幼女が出して良いわけがないグロテスクな音が周囲に鳴り響く。その新たなる夜の支配者の誕生に、鉱山都市ミンヒルズ近辺に生息している魔獣達は恐れ戦くのであった。
「う~早くあの紅い星が真上に来ないかな……」
貪食のデーモンが獲物を貪ってる真横で、ブルメアは空を見上げる。夜雲の裏に隠れていた紅き星の光に照らされて地上に色が映し出される。
鮮血によって周囲の草花は血で染まりきり、食い残された肉片や骨片がそこいらに散らばっている。その惨状についてブルメアが気に留める様子はない。既に、彼女にとってはありふれた光景でしかなかった。
〇
「ってことがあったんだ、ゾンヲリ!」
「……貴女はもう一人で十分やっていけるんじゃないか?」
「えへへ、まだまだだよ~」
実の所イサラちゃんの友達作るためにエルフPT作りに躍起になってるハルバ君であるが
当のイサラちゃんはそれを望んでいないのであった。
ハーレム内政治は許さん! 皆仲良くしろ! というハルバ君のスタンスとイサラちゃんの独占欲の深さが相反するというどうしようもなさ




